永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1048)

2011年12月29日 | Weblog
2011. 12/29     1048

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(19)

「客人の御出居、侍、としつらひ騒げば、家は広けれど、源少納言東の対には住む、男子などの多かるに、所もなし。この御方に客人住みつきぬれば、廊などほとりばみたらむに、住ませたてまつらむも飽かずいとほしく覚えて、とかく思ひめぐらす程、宮に、とは思ふなりけり」
――(守が)これは客人(左近の少将)のお居間だ、これはお供部屋だと設え騒ぎますので、お邸は広いのですが、源少納言(常陸の介のすでに婿になっている人)が東の対には住み、その他にも男の子供が大勢いますので、客室を設ける場所もありません。この浮舟のお部屋だったところに左近の少将が住みついてしまいましたので、渡殿などの端近な所に浮舟をお住まわせしますのも、まことにお労しくてならず、あれこれ思案の末に、北の方は宮の御方(中の君)へと心を決めたのでした――

「この御方ざまに、かずまへ給ふ人のなきを、あなづるなめり、と思へば、ことにゆるい給はざりしあたりを、あながちに参らす。乳母若き人々、二三人ばかりして、西の廂の、北に寄りて人げ遠き方に局したり」
――浮舟の御身内に、この姫君を大事になさる方が居ないのを、守達は侮るのであろう、と思えば、お子として表向きお許し下さらなかった、故宮の御娘の君の(中の君)御許ではありますが、無理にもお願いしたのでした。乳母と若き女房を二、三人ほど連れて、二条院の西の廂の北側に寄った人気(ひとけ)のない所に、お部屋を設けてお住いになります――

「年頃かく遥かなりつれど、うとくおぼすまじき人なれば、参るときは、はぢ給はず、いとあらまほしく、けはひことにて、若君の御あつかひをしておはする御ありさま、うらやましく覚ゆるもあはれなり」
――長い年月遠く離れておいでになりましたが、もともと宮家には縁のある人ですので、北の方が参上するときは、中の君も親しくお逢いになります。今はまことに申し分ないお暮らしで、目を瞠る程の尊い御身分になられ、若君のお世話をなさっているご様子が、常陸の介の北の方にとっては、つい娘の身に引き較べては羨ましいと思われるのも、あわれな親ごころというものです――

「われも故北の方には離れたてまつるべき人かは、仕うまつると言ひしばかりに、かずまへられたてまつらず、くちをしくてかく人にはあなづらるる、と思ふには、かくしひて睦びきこゆるもあぢきなし。ここには御物忌と言ひてければ、人も通はず。二三日ばかり母君も居たり。こたみは心のどかに、この御ありさまを見る」
――自分も八の宮の北の方とは全く縁続きが無かったわけでもなく、奉公するという、それだけの理由から人並みにお扱い頂けず、口惜しくもこのように人から軽く見られるのかと思いますと、こうして強いて中の君のところに押しかけて、懇意にしていただくのも、味気ない気がするのでした。こちらへは物忌のためと言って来ていますので、誰も訪ねてくる人もいません。母君も二、三日ほど滞在して、この度はのんびりと中の君のご様子などを拝見するのでした――

◆ゆるい給はざりし=許し給はざりし、の音便。

◆12/30~1/4までお休みします。新年が幸多きことをお祈りして、では1/5に。