2011. 12/1 1034
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(5)
「かくてかの少将、契りし程を待ちつけで、『同じくは疾く』と責めければ、わが心ひとつにかう思ひいそぐも、いとつつましう、人の心の知り難さを思ひて、はじめより伝へそめける人の来たるに、近う呼び寄せてかたらふ」
――こうして、かの少将は、母君が約束した結婚の時を待ち切れず、「同じ事なら早く」と責め立ててきますので、母君は自分の一存でこのように用意するのもたいそう気がひけますし、少将の気持ちも計りかねて、最初に少将の文を取り次ぎはじめた人が来たのを、側近く呼び寄せて相談します――
母君が、
「よろづ多く思ひはばかる事の多かるを、月ごろかうのたまひて程経ぬるを、なみなみの人にもものし給はねば、かたじけなう心ぐるしくて、かう思ひ立ちにたるを、親子などものし給はぬ人なれば、心ひとつなるやうにて、かたはらいたう、うちあはぬさまに見えたてまつることもや、と、かねてなむ思ふ」
――こちらには浮舟のことについて、何やかやと気兼ねすることが多いのですが、この月頃、あのように仰せくださいましてから日数も立ちましたし、並々の方ではございませんので、お断りするのも申し訳なく存じまして、事を運んだのでございます。実は、父親に先立たれたお方(浮舟)なので、私ひとりでお世話しておりますが、何ごとも不行届きで、少将からはお気に召さぬところもありますまいかと、以前から思っておりました――
つづけて、
「若き人々あまた侍れど、思ふ人具したるは、おのづからと思ひゆづられて、この君の御事をのみなむ、はかなき世の中を見るにも、うしろめたくいみじきを、物知りぬべき御心ざまと聞きて、かうよろづのつつましさを忘れぬべかめるに、もし思はずなる御心ばへも見えば、人わらへに悲しうなむあるべき」
――こちらには若い娘が他に大勢いますが、お世話する父親が側におりますゆえ、自然に何とかなると、そちらは任せております。ところが、浮舟の行く末ばかりは、定めのないこの世を見るにつけましても、ひどく案じられてならないのです。少将は、物の道理の分かる方のように伺いましたので、このように一切の極り悪いことを何もかも申し上げたのでございます。もし思いがけず、少将に冷淡なお気持でも見えますなら、外聞悪く世間の物笑いにもなって、悲しいことでございましょう――
と話すのを、この人が、少将の所へ行って、
「『しかじかなむ』と申しけるに、けしき悪しくなりぬ」
――「…しかじかでございます」と申し上げますと、浮舟を継娘(ままむすめ)と知って、少将はひどく機嫌を損ねてしまいます――
では12/3に。
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(5)
「かくてかの少将、契りし程を待ちつけで、『同じくは疾く』と責めければ、わが心ひとつにかう思ひいそぐも、いとつつましう、人の心の知り難さを思ひて、はじめより伝へそめける人の来たるに、近う呼び寄せてかたらふ」
――こうして、かの少将は、母君が約束した結婚の時を待ち切れず、「同じ事なら早く」と責め立ててきますので、母君は自分の一存でこのように用意するのもたいそう気がひけますし、少将の気持ちも計りかねて、最初に少将の文を取り次ぎはじめた人が来たのを、側近く呼び寄せて相談します――
母君が、
「よろづ多く思ひはばかる事の多かるを、月ごろかうのたまひて程経ぬるを、なみなみの人にもものし給はねば、かたじけなう心ぐるしくて、かう思ひ立ちにたるを、親子などものし給はぬ人なれば、心ひとつなるやうにて、かたはらいたう、うちあはぬさまに見えたてまつることもや、と、かねてなむ思ふ」
――こちらには浮舟のことについて、何やかやと気兼ねすることが多いのですが、この月頃、あのように仰せくださいましてから日数も立ちましたし、並々の方ではございませんので、お断りするのも申し訳なく存じまして、事を運んだのでございます。実は、父親に先立たれたお方(浮舟)なので、私ひとりでお世話しておりますが、何ごとも不行届きで、少将からはお気に召さぬところもありますまいかと、以前から思っておりました――
つづけて、
「若き人々あまた侍れど、思ふ人具したるは、おのづからと思ひゆづられて、この君の御事をのみなむ、はかなき世の中を見るにも、うしろめたくいみじきを、物知りぬべき御心ざまと聞きて、かうよろづのつつましさを忘れぬべかめるに、もし思はずなる御心ばへも見えば、人わらへに悲しうなむあるべき」
――こちらには若い娘が他に大勢いますが、お世話する父親が側におりますゆえ、自然に何とかなると、そちらは任せております。ところが、浮舟の行く末ばかりは、定めのないこの世を見るにつけましても、ひどく案じられてならないのです。少将は、物の道理の分かる方のように伺いましたので、このように一切の極り悪いことを何もかも申し上げたのでございます。もし思いがけず、少将に冷淡なお気持でも見えますなら、外聞悪く世間の物笑いにもなって、悲しいことでございましょう――
と話すのを、この人が、少将の所へ行って、
「『しかじかなむ』と申しけるに、けしき悪しくなりぬ」
――「…しかじかでございます」と申し上げますと、浮舟を継娘(ままむすめ)と知って、少将はひどく機嫌を損ねてしまいます――
では12/3に。