永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1043)

2011年12月19日 | Weblog
2011. 12/19     1043

十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(14)

「北の方あきれて物も言はれで、とばかり思ふに、世の中の心憂さをかきつらね、涙も落ちぬばかり思ひ続けられて、やをら立ちぬ」
――北の方は、あきれ果てて物も言えず、しばらく思いめぐらしているうちに、世の中の憂さや辛さがつぎつぎと襲ってきて、涙が落ちそうになってきましたので、ややしばらくして座を立ったのでした――

「こなたにわたりて見るに、いとらうたげにて居給へるに、さりとも人にはおとり給はじ、とは思ひなぐさむ」
――母君が浮舟のお部屋に戻って見ますに、浮舟はたいそう美しく上品に座っていらっしゃいます。何であろうと、この子はあの娘になど劣るものではないと、心が休まるのでした――

 浮舟の乳母に、北の方は、

「心憂きものは人の心なりけり。おのれは、同じごと思ひあつかふとも、この君のゆかりと思はむ人の為には、命をもゆづりつこそ思へ。親なしと聞きあなづりて、まだ幼くなりあはぬ人を、さし越えて、かくは言ひなるべしや」
――浅ましいのは人の心です。私は娘たちの婿は、みな同じように大切に扱うにしましても、将来この浮舟の夫と思う男のためには、命まで捧げても良いと思っていますよ。浮舟は父親が居ないと聞いて蔑んで、まだ成熟していない娘を、こちらの姉君をさしおいてこのように言い寄るなんて――

 さらに、

「かく心憂く、近きあたりに見じ聞かじ、と思ひぬれど、守のかくおもだたしきことに思ひて、受け取り騒ぐめれば、あひあひにたる世の人の有様を、すべてかかることに口入れじ、と思ふに、いかでここならぬ所に、しばしありにしがな」
――こんな情けない事は、目のあたりに見たくも聞きたくもないと思いますが、守がああして名誉なことと思って受諾に大騒ぎしているようですので、まあ二人は似たもの同志でしょうから、私はこの事には一切口出しはするまいとは思うものの、何とか此処ではない所へ、暫くでも移りたいものです――
 
 と泣きながら言います。

「乳母もいと腹立たしく、わが君をかくおとしむること、と思ふに、『何か、これも御さいはひにてたがふこととも知らず。かく心口をしくいましける君なれば、あたら御様をも見知らざらまし。わが君をば、心ばせあり、物思ひ知りたらむ人にこそ見せたてまつらまほしけれ。大将殿の御様容貌の、ほのかに見たてまつりしに、さも命延ぶる心地のし侍りしかな。あはれにはたきこえ給ふなり。御宿世にまかせて、おぼし寄りねかし』
――乳母もたいそう腹立たしく、よくもこちらの姫君をこうまで見下げたものよと思って、
「なんの、これも御幸運があっての違約かもしれません。少将はこのように心の劣った忌まわしいお方だからこそ、あたらご立派な浮舟のお人柄をも理解しないのでしょう。お嬢様(浮舟)を、思慮深く物の道理の分かった人にこそ御縁づけ申したいものですこと。薫の君のご容姿、ご態度をかすかにお見上げいたしましたが、いかにも寿命がのびるようでした。その上、真心から浮舟をご所望なさるそうです。御宿縁にまかせて、そうお決めになればいかがでしょう――

 と申し上げます。

では12/21に。