2011. 7/7 968
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(29)
匂宮はつづけて、中の君に、
「よし、わが身になしても思ひめぐらし給へ。身を心ともせぬありさまなり。もし思ふやうなる世もあらば、人にまさりける志の程、知らせたてまつるべきひとふしなむある。たはやすく言出づべきことにもあらねば、命のみこそ」
――まあいい、わたしの身になって考えてみてください。私は、わが身も心のままにできない身の上なのですよ。もしも思い通りにできる世にでもなりましたら、だれよりもあなたを愛おしく思っていることとして、お知らせ申したいことが一つあるんですよ。(将来即位したら中宮にしたい)今は軽々しく口に出すべきことではないので、まあ、せいぜい長生きしてください――
こうしていらっしゃるうちに、先ほど六の君に差し上げた使いの者が、ひどく酔っ払って、中の君の手前遠慮すべきだということも忘れて、大っぴらにこの対の屋の正面に参上してきたのでした。
「海人の刈るまづらしき玉藻にかづきうづもれたるを、さなめり、と人々見る」
――(使いが)褒美の禄に貰っためずらしい衣裳を肩から被いかけているのを、なるほど、と中の君の女房たちは見ています――
匂宮としては、
「あながちに隠すべきにはあらねど、さしぐみはなほいとほしきを、すこしの用意はあれかし、と、かたはらいたけれど、今はかひなければ、女房して御文とり入れせさ給ふ」
――六の君からのお返事を、強いて中の君に隠さなければならないわけではないけれど、中の君に見せつけるのはやはりお気の毒なのに、少しは注意してもらいたい、と、苦々しくお思いになりましたが、仕方がない、と、女房に仰せつけて御文をお受け取りになりました――
「同じくは隔てなきさまにもてなしはててむ、とおもほして、ひけあけ給へるに、継母の宮の御手なめりと見ゆれば、今すこし心安く、うち置き給へり。宣旨書きにてもうしろめたのわざや」
――どうせこうなったからには、いっそのこと、中の君に隠しだてがない風にしてしまおうと、封をお開きになりますと、継母(落葉宮)の御手蹟らしいので、いくらかほっとなさって、下にお置きになります。しかしいくら御代筆でも、後朝の文のお返しをご覧になるのは、こういう時には随分具合の悪いことではありますけれどねえ――
◆さなめり=然なめり=さ・なめり=六の君への使いで、先方から貰って来たということ。
◆継母の宮(ままははのみや)=落葉宮のこと。【夕霧の巻】で、夕霧と藤典侍腹の六の君について、その養育を落葉宮に託した由が見える。夕霧は、器量良しの六の君を将来有望な婿取りの切り札と考えて、内親王だった未亡人落葉宮を妻の一人とし、養女を頼んだいきさつが書かれている。
では7/9に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(29)
匂宮はつづけて、中の君に、
「よし、わが身になしても思ひめぐらし給へ。身を心ともせぬありさまなり。もし思ふやうなる世もあらば、人にまさりける志の程、知らせたてまつるべきひとふしなむある。たはやすく言出づべきことにもあらねば、命のみこそ」
――まあいい、わたしの身になって考えてみてください。私は、わが身も心のままにできない身の上なのですよ。もしも思い通りにできる世にでもなりましたら、だれよりもあなたを愛おしく思っていることとして、お知らせ申したいことが一つあるんですよ。(将来即位したら中宮にしたい)今は軽々しく口に出すべきことではないので、まあ、せいぜい長生きしてください――
こうしていらっしゃるうちに、先ほど六の君に差し上げた使いの者が、ひどく酔っ払って、中の君の手前遠慮すべきだということも忘れて、大っぴらにこの対の屋の正面に参上してきたのでした。
「海人の刈るまづらしき玉藻にかづきうづもれたるを、さなめり、と人々見る」
――(使いが)褒美の禄に貰っためずらしい衣裳を肩から被いかけているのを、なるほど、と中の君の女房たちは見ています――
匂宮としては、
「あながちに隠すべきにはあらねど、さしぐみはなほいとほしきを、すこしの用意はあれかし、と、かたはらいたけれど、今はかひなければ、女房して御文とり入れせさ給ふ」
――六の君からのお返事を、強いて中の君に隠さなければならないわけではないけれど、中の君に見せつけるのはやはりお気の毒なのに、少しは注意してもらいたい、と、苦々しくお思いになりましたが、仕方がない、と、女房に仰せつけて御文をお受け取りになりました――
「同じくは隔てなきさまにもてなしはててむ、とおもほして、ひけあけ給へるに、継母の宮の御手なめりと見ゆれば、今すこし心安く、うち置き給へり。宣旨書きにてもうしろめたのわざや」
――どうせこうなったからには、いっそのこと、中の君に隠しだてがない風にしてしまおうと、封をお開きになりますと、継母(落葉宮)の御手蹟らしいので、いくらかほっとなさって、下にお置きになります。しかしいくら御代筆でも、後朝の文のお返しをご覧になるのは、こういう時には随分具合の悪いことではありますけれどねえ――
◆さなめり=然なめり=さ・なめり=六の君への使いで、先方から貰って来たということ。
◆継母の宮(ままははのみや)=落葉宮のこと。【夕霧の巻】で、夕霧と藤典侍腹の六の君について、その養育を落葉宮に託した由が見える。夕霧は、器量良しの六の君を将来有望な婿取りの切り札と考えて、内親王だった未亡人落葉宮を妻の一人とし、養女を頼んだいきさつが書かれている。
では7/9に。