2011. 7/13 971
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(32)
「その日は、后の宮なやましげにおはします、とて、誰も誰も参り給へど、御かぜにおはしましければ、ことなる事もおはしまさずとて、とて、大臣は昼まかで給ひにけり」
――匂宮と六の君との御結婚三日目の日は、明石中宮がご病気らしいということで、どなたも、どなたも御所に参内なさいましたが、ちょっとしたお風邪とのことで、格別のご容態ではいらっしゃらない由、夕霧は昼のうちに退出なさいました――
その折、薫をお誘いになって、一つ車で六条の院に向かわれます。
「今宵の儀式、いかならむきよらをつくさむ、と、おぼすべかめれど、かぎりあらむかし。この君も、心はづかしけれど、親しき方のおぼえは、わが方ざまにまたさるべき人もおはせず、物の栄えにせむに、心ことにおはする人なればなめりかし」
――(夕霧は)今宵の儀式、三日夜の祝宴はどのように善美を尽くそうか、なるべく晴れがましくとはお思いになっていらっしゃるけれど、それにも臣下としては限度があるというもの。この薫を招待するのも以前のいきさつ(はじめは薫を六の君の婿にと)があって気が退けるところもあるけれども、親しい身内で世間の人望も格別で、この人を置いては相応しい人はいない。祝宴の引き立て役には特にすぐれた人なのであろう、この薫という人は――
「例ならずいそがしくまで給ひて、人の上に見なしたるを口惜しとも思ひたらず、何やかやともろ心にあつかひ給へるを、大臣は人知れずなまねたし、とおぼしけり」
――(薫は)いつに似ず忙しく夕霧のところへ参られて、六の君を他人のものにしたことを口惜しいと思うご様子もなく、何やかやと御一緒にお世話なさることを、夕霧はひそかに忌々しいと思うのでした――
「宵すこし過ぐる程におはしましたり。寝殿の南の廂、東によりて御座参れり。御台八つ、例の御皿など、うるはしげにきよらにて、またちひさき台二つに、花足の皿ども、いまめかしくせさせ給ひて、餅まゐらせ給へり」
――宵を少し過ぎた頃に匂宮がお出でになりました。寝殿の南廂の東に寄ったところに、匂宮と六の君のご婚儀の御座所が設けてあります。食膳の高坏八つに、慣例どおり立派に美しく、そのほかに小台盤二つに華足の付いた銀製の御皿などを、当世風に設えて、餅(三日夜のもちひ)を差し上げる用意がなされてます――
「めづらしからぬこと書きおくこそにくけれ」
――こんな珍しくもないことまで書きとどめるのは気がきかないことですけれどね――
(作者の謙辞)
「大臣わたり給ひて『夜いたう更けぬ』と、女房してそそのかし申し給へど、いとあざれて、とみにも出で給はず。北の方の御兄弟の、左衛門の督、藤宰相などばかりものし給ふ」
――左大臣夕霧がお出になって、「夜もたいそう更けましたから(そろそろ婚儀をはじめたい)」と女房を姫君のお部屋に遣わして御催促になります。婿君の匂宮は、お迎えの女房を相手にお戯れになって、すぐにはお出でになりません。北の方(雲居の雁)の御兄弟の左衛門の督、藤宰相などだけが、この場(ご婚儀のお部屋)の御相伴に控えています――
◆その日は=匂宮が六の君との結婚三日目の日。
◆なやましげ=病気、具合が悪いこと。
◆もろ心=諸心=一緒にこころを合わせること
では7/15に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(32)
「その日は、后の宮なやましげにおはします、とて、誰も誰も参り給へど、御かぜにおはしましければ、ことなる事もおはしまさずとて、とて、大臣は昼まかで給ひにけり」
――匂宮と六の君との御結婚三日目の日は、明石中宮がご病気らしいということで、どなたも、どなたも御所に参内なさいましたが、ちょっとしたお風邪とのことで、格別のご容態ではいらっしゃらない由、夕霧は昼のうちに退出なさいました――
その折、薫をお誘いになって、一つ車で六条の院に向かわれます。
「今宵の儀式、いかならむきよらをつくさむ、と、おぼすべかめれど、かぎりあらむかし。この君も、心はづかしけれど、親しき方のおぼえは、わが方ざまにまたさるべき人もおはせず、物の栄えにせむに、心ことにおはする人なればなめりかし」
――(夕霧は)今宵の儀式、三日夜の祝宴はどのように善美を尽くそうか、なるべく晴れがましくとはお思いになっていらっしゃるけれど、それにも臣下としては限度があるというもの。この薫を招待するのも以前のいきさつ(はじめは薫を六の君の婿にと)があって気が退けるところもあるけれども、親しい身内で世間の人望も格別で、この人を置いては相応しい人はいない。祝宴の引き立て役には特にすぐれた人なのであろう、この薫という人は――
「例ならずいそがしくまで給ひて、人の上に見なしたるを口惜しとも思ひたらず、何やかやともろ心にあつかひ給へるを、大臣は人知れずなまねたし、とおぼしけり」
――(薫は)いつに似ず忙しく夕霧のところへ参られて、六の君を他人のものにしたことを口惜しいと思うご様子もなく、何やかやと御一緒にお世話なさることを、夕霧はひそかに忌々しいと思うのでした――
「宵すこし過ぐる程におはしましたり。寝殿の南の廂、東によりて御座参れり。御台八つ、例の御皿など、うるはしげにきよらにて、またちひさき台二つに、花足の皿ども、いまめかしくせさせ給ひて、餅まゐらせ給へり」
――宵を少し過ぎた頃に匂宮がお出でになりました。寝殿の南廂の東に寄ったところに、匂宮と六の君のご婚儀の御座所が設けてあります。食膳の高坏八つに、慣例どおり立派に美しく、そのほかに小台盤二つに華足の付いた銀製の御皿などを、当世風に設えて、餅(三日夜のもちひ)を差し上げる用意がなされてます――
「めづらしからぬこと書きおくこそにくけれ」
――こんな珍しくもないことまで書きとどめるのは気がきかないことですけれどね――
(作者の謙辞)
「大臣わたり給ひて『夜いたう更けぬ』と、女房してそそのかし申し給へど、いとあざれて、とみにも出で給はず。北の方の御兄弟の、左衛門の督、藤宰相などばかりものし給ふ」
――左大臣夕霧がお出になって、「夜もたいそう更けましたから(そろそろ婚儀をはじめたい)」と女房を姫君のお部屋に遣わして御催促になります。婿君の匂宮は、お迎えの女房を相手にお戯れになって、すぐにはお出でになりません。北の方(雲居の雁)の御兄弟の左衛門の督、藤宰相などだけが、この場(ご婚儀のお部屋)の御相伴に控えています――
◆その日は=匂宮が六の君との結婚三日目の日。
◆なやましげ=病気、具合が悪いこと。
◆もろ心=諸心=一緒にこころを合わせること
では7/15に。