永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(977)

2011年07月25日 | Weblog
2011. 7/25      977

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(38)

 中の君のお文をご覧になって、薫は、

「宮の御忌日に、例のことどもいと尊くせさせ給へりけるを、よろこび給へるさまの、おどろおどろしくはあらねど、げに思ひ知り給へるなめりかし。例は、これより奉る御返りをだに、つつましげに思ほして、はかばかしくも続け給はぬを、『みづから』とさへ、のたまへるが、めづらしくうれしきに、心ときめきもしぬべし」
――八の宮の御忌日に供養のことなどを大そう厳めしくおさせになりましたのを、中の君が大変お喜びになっておられるご様子が、大袈裟な表現ではないものの、こちらの気持ちがお分かりになったようだ。いつもはこちらから差し上げる御文のお返事さえ、極まり悪そうにお思いのようで遠慮深げにはかばかしくもお書きになりませんのに、この度は、「直々に」などとおっしゃってくださったのには、珍しくもうれしくて、心ときめくのは尤もなことでした――

「宮の今めかしく好みたち給へる程にて、思しおこたりけるも、げに心ぐるしくおしはからるれば、いとあはれにて、をかしやかなることもなき御文を、うちも置かずひき返し、ひき返し見ゐ給へり」
――匂宮が六の君の方に浮き浮きと胸を燃やしておられる時で、中の君を疎そかにしておられる今を、なるほどとお気の毒に思われる時でもあってか、特に風流な御文でもない中の君のお手紙を、下にも置かず、繰り返し繰り返しご覧になります――

 薫のお返事は、

「うけたまはりぬ。一日は、聖だちたるさまにて、ことさらに忍び侍しも、さ思ひ給ふるやう侍る頃ほひにてなむ。名残りとのたまはせたるこそ、すこしあさくなりにたるやうに、と、うらめしく思う給へらるれ。よろづはさぶらひてなむ。あなかしこ」
――御文のこと、承知いたしました。先日の御法事の折には、修行僧めいた態で宇治に参りましたのも、ひそかにと考えてのことでした。(お知らせすれば同行したいと言われそうで)けれども「名残り」などとは、私の志が昔より少し薄らいだようにおっしゃられたようで、恨めしく存じます。万事は参上いたしました上で。あなかしこ――

 と、気真面目に、白い色紙のごわごわしたものに書かれています。

「さてまたの日の夕つ方ぞわたり給へる。人知れず思ふ心し添ひたれば、あいなく心づかひいたくせられて、なよよかなる御衣どもを、いとどにほはし添へ給へるは、あまりおどろおどろしきまであるに、丁子染めの扇の、もてならし給へる移り香などさへ、たとへむかたなくめでたし」
――さて、次の日の夕方、薫は中の君の御許にお渡りになりました。人知れず中の君をお慕い申していますので、わけもなく心遣いばかりが勝って、着馴らされて優雅にやわらかなお召し物にも、さらに香を薫き添えていらっしゃるのは、あまりにも大袈裟である上に、お持ちになった丁子染めの扇の、お使いになっている移り香までが、たとえようもなく艶めかしい――

◆丁子染め(ちょうじぞめ)=丁子の蕾(つぼみ)の乾燥したものを濃く煮出した汁で染めること。また、それで染めたもの。香染めよりやや色が濃い。

では7/27に。