永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(901)

2011年02月23日 | Weblog
2011.2/23  901

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(78)

 薫は、

「『かく待たれ奉りつる程まで、参り来ざりけること』とて、さくりもよよと泣き給ふ」
――「こんなにお待たせするまで、お訪ねしなかったとは」と、しゃくりあげて涙をながしていらっしゃる――

 大君は少しお熱が高いようで、薫は、

「何の罪なる御心地にか。人のなげき負ふこそかくはあなれ」
――どんな罪障でこんな病気になられたのでしょう。人に恨まれた者がこういう目に遇うそうですのに――

 と、大君のお耳にお口を当てて、くどくどと仰いますので、大君は煩わしいのと恥ずかしさで、お顔を覆っておしまいになりました。薫はこのまま大君を亡くしたならばと、胸も張り裂けそうな思いで、中の君に、「日頃からお疲れでございましょう、私が今夜は御看病いたしますから、お寝みください」と申し上げます。
中の君は気懸りではありますが、何か訳がおありなのだろうとお思いになって、奥にお引き込みになりました。

「ひたおもてにはあらねど、這ひ寄りつつ見奉り給へば、いと苦しくはづかしけれど、かかるべき契りこそありけめ、とおぼして、こやなうのどやかに後やすき御心を、かの片つかたの人に見くらべ奉り給へば、あはれとも思ひ知られにたり」
――まともにお顔を突き合わせるのではありませんが、薫がいざり寄ってご覧になりますので、大君はまことに苦しく恥ずかしくてなりませんが、これが前世からの御縁というものだ、と、お考えになって、あの好色がましいもうお一方に引き換え、この上も無く穏やかで安心のできるお心の薫を慕わしい人であると、しみじみ思い知られるのでした――

 そして、大君はお心のうちで、

「『空しくなりなむ後の思い出にも、心ごはく、思ひ隈なからじ』と、つつみ給ひて、はしたなくもえおし放ち給はず」
――「自分が亡くなってのち、あの方にいつまでもなつかしく思い出して頂くためにも、強情で思いやりのない女だったとは思われたくない」との思いをお心に秘めて、素っ気なく追い帰したりはなさらないのでした――

◆さくりもよよと泣き=さくり・も・よよと泣く=しゃくりあげて激しく泣く

◆ひたおもて=直面(ひたおもて)=顔を隠さずむき出しにすること。面と向かうこと。

◆心ごはく=心強く=強情

◆つつみ給ひて=包み給ひて=隠す。秘める。

では2/25に。