永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(890)

2011年02月01日 | Weblog
2011.2/1  890

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(67)

「時雨いたくしてのどやかなる日、女一の宮の御方に参り給へれば、御前に人多くもさぶらはず、しめやかに、御絵など御らんずる程なり。御几帳ばかりへだてて、御物語きこえ給ふ」
――はらはらと時雨がきて、のどやかなある日、匂宮は姉宮の女一の宮(おんないちのみや)のお部屋においでになりますと、御前には女房たちも多くはおらず、物静かに絵などをご覧になっているところでした。御几帳だけを隔ててお話をなさいます――

 匂宮は常々、

「かぎりもなくあてに気高きものから、なよびかにをかしき御けはひを、年頃二つなきものに思ひきこえ給ひて、またこの御有様になずらむ人世にありなむや、冷泉院の姫宮ばかりこそ、御おぼえの程、うちうちの御けはひも、心にくくきこゆれど、うち出でむ方もなくおぼしわたるに」
――(姉君を)この上もなく気高く、雅やかな中にも、たおたおとして可憐な風情がおありになるのを、今まで類いないお方と思って、このご器量に肩を並べる人などこの世にいるだろうか、ただ冷泉院の姫宮だけは、院がこの上なく大事になさり、内々のお感じも、奥ゆかしいとの評判だと聞いてはいるものの、なかなか言い寄る術も無く過ごして来たのだが――

「かの山里人は、らうたげにあてなる方の、劣りきこゆまじきぞかし、など、先づ思ひ出づるに、いとど恋しくて、慰めに、御絵どものあまた散りたるを見給へば、をかしげなる女絵どもの、恋する男のすまひなど書きまぜ、山里のをかしき家居など、心々に世のありさま書きたるを、よそへらるる事多くて、御目とまり給へば、少しきこえ給ひて、かしこへ奉らむ、とおぼす」
――かの宇治の姫君は愛らしく上品な点では、冷泉院の姫宮に決して負けをとるまい、などと先ず思い出されて、ひどく恋しさが募って、せめて慰めにもと、御絵のたくさん取り散らしてあるのをご覧になりますと、面白い女絵に、恋する男の住いや風流な山里の有様が描きまぜてあり、思い思いの恋の風情がうかがわれます。匂宮はご自分の身に引き比べられることが多くて、少し分けていただいて、中の君へ差し上げよう、とお思いになります――

 『在五が物語』をご覧になった匂宮は、姉君の近くに少しにじり寄られて、

「古の人も、さるべき程は、隔てなくこそならはして侍りけれ。いとうとうとしくのみもてなさせ給ふこそ」
――「昔の人も姉弟として一緒に暮らす間は、隔てを置かないのが習わしでございます。随分よそよそしくおもてなしなさいますね」

と、そっと申し上げますと、姉宮はどのような絵かしら、とご覧になりたいご様子ですので、匂宮は絵を巻き寄せて、ご几帳の下から差し入れてお上げになります。

◆女一の宮(おんな一の宮)=匂宮の姉君。母君は明石中宮で、実の姉弟の関係。姉弟であっても七歳以後は、女性は顔、姿を露わに見せない。

◆冷泉院の姫宮=譲位された冷泉院には皇子が生まれず、この姫宮は弘徽殿女御腹の皇女。冷泉院は源氏の秘密の子で、皇位継承の皇子を、物語でも断つ内容となっている。

◆『在五が物語』(ざいごがものがたり)=在五中将物語で「伊勢物語」の中にあったらしい。

では2/3に。