永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(897)

2011年02月15日 | Weblog
2011.2/15  897

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(74)

 この匂宮からの御歌に、姫君たちは、

「耳馴れにたるを、なほあらじことと見るにつけても、うらめしさ増さり給ふ」
――ありふれたお言葉ですこと。匂宮としては黙ってもいられないので、こんな風に言ってこられたのだとお思いになるにつけても、姫君たちはなおさら恨めしさがこみあげてくるのでした――

 大君はお心の中で、

「さばかり世にありがたき御ありさま容貌を、いとど、いかで人にめでられむ、と、好ましくえんにもてなし給へれば、若き人の心よせ奉り給はむもことわりなり」
――あれほど世にも類なくご立派な御容姿の上に、匂宮ご自身がまた、なんとか女に騒がれようと風流めかしく優雅におつくろいになっておいでなのですから、若い中の君が心をお寄せになるのも無理はない――

「程経るにつけても恋しく、さばかりところせきまで契りおき給ひしを、さりとも、いとかくては止まじ、と思ひ直す心ぞ常に添ひける」
――(中の君は)匂宮がお見えにならぬまま日数が経つにつれ恋しくて、あれほど、大袈裟なくらいに愛を約束なさったのですもの、まさかこのままになる筈はない、と、気を取り直しては、繰り返し思っていらっしゃるのでした――

 匂宮の使者が、「今夜のうちに京に戻りたいのです。お返事を」と申し上げております。侍女たちも、中の君に早くお返事を、と、お勧めになりますので、ただ一つ歌だけを書いて差し上げます。

(歌)「あられふる深山のさとは朝夕にながむる空もかきくらしつつ」
――霰の降る宇治の山里では、朝夕眺める空もかき曇っていて、あなたを思う私の心は晴れる時とてございません――

 それは神無月(十月)の末のことでありました。

「月もへだたりぬるよ、と、宮は静心なくおぼされて、今宵今宵とおぼしつつ、さはりおほみなる程に、五節などとく出できたる年にて、内裏わたり今めかしく紛れがちにて、わざともなけれど過ぐい給ふ程に、あさましう待ち遠ほなり」
――ああ、中の君を訪ねぬままにひと月も経ってしまったことよ、と、匂宮は気が気では無く、今夜こそ今夜こそとお思いになりながら、何かと差し障りが起こっていらっしゃるうちに、今年は五節(ごせち)なども上旬に行われる年ですので、宮中の中もその準備で華やぎ、匂宮もそぞろに取り紛れておいでになるのを、山荘では堪らなく待ち遠しくていらっしゃるのでした――

「はかなく人を見給ふにつけても、さるは御心に離るる折りなし」
――(匂宮は)かりそめに女にお逢いになるにつけても、やはり中の君のことを忘れることができません――

◆さはりおほみなる程=障りがちに

◆五節(ごせち)=朝廷で大嘗祭(だいじょうさい)および、毎年の新嘗(にいなめ)祭りに五人(新嘗祭りでは四人)の舞姫たちによって演じられる、舞楽を中心とする行事。陰暦十一月、中の丑(うし)・寅(とら)・卯(う)・辰(たつ)の四日間行われる。後世は大嘗祭のときだけ行われた。

では2/17に。