永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(875)

2010年12月31日 | Weblog
2010.12/31  875

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(52)

 宇治では、中の君がどんなに匂宮を待ち焦がれておいでであろうと、薫はご自分の思わぬ過まちからお気の毒で、匂宮にご意見を申し上げては絶えずご様子を伺っておいでになりますと、心から中の君を恋しく思っておられるご様子ですので、一応は胸をなでおろしておいでになります。

「九月十日の程なれば、野山のけしきも思ひやらるるに、時雨めきてかきくらし、空の村雲おそろしげなる夕暮れ、宮いとど静心なくながめ給ひて、いかにせむ、と、御心ひとつを出で立ちかね給ふ」
――九月十日の頃なので、あわれ深い野山の景色も思いやられ、時雨模様にかき曇って村雲の様子も恐ろしげな夕暮れ、匂宮はそぞろにお心が波立ち、思い乱れていらっしゃいます。今宵はどうしたものか、と、心ひとつに決めかねておいででした――

 そうした匂宮の御心を見透かしたかのように、薫が参上して、

「ふるの里山いかならむ」
――雨もよいの山里はいかがでございましょう――

 と、水をむけられますと、宮は渡りに船とお喜びになって、是非一緒にとお誘いになりましたので、例のように一つの車でお出かけになりました。
宇治の山里に分け入られるにつれて、おそらく姫君たちの思い沈んでおられるであろう胸のうちがお労しく、その身の上ばかりを語りつづけていらっしゃいます。

「黄昏時のいみじく心細げなるに、雨冷やかにうちそそぎて、秋はつるけしきのすごきに、うちしめり濡れ給へるにほひどもは、世のものに似ずえんにて、うち連れ給へるを、山がつどもは、いかが心まどひもせざらむ」
――黄昏時の心細く暗い道を、雨が冷やかに降りそそいで、秋の末の気配が深くものすごいほどですのに、濡れそぼったお二方の匂いがこの世ならず、えも言われぬなまめかしさで漂っていて、お迎えした山荘の人々は驚き慌てています――

「女ばら、日頃うちつぶやきつる名残なく笑みさかえつつ、御座ひきつくろひなどす。京に、さるべき所々に行き散りたるむすめども、姪だつ人二三人尋ねよせて、参らせたり」
――侍女たちは、今まで匂宮が来られぬことを、ぶつぶつ言っていたことなどすっかり忘れたように、満面に笑みをたたえてお席を調えたりしています。京に何かの縁故先へとそれぞれ奉公に散っている老女たちの娘や姪などをニ三人呼び寄せて、中の君のお付きとさせるのでした――

◆九月十日=現在の十月半ば

◆雨もよいの山里=古歌「初時雨ふるの山里いかならし住む人さへや袖の濡るらむ」をふまえている。

*みなさま、今年もご愛読いただき有り難うございました。来年もどうぞよろしく。
1/1~4はお休み。では1/5に。