永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(864)

2010年12月09日 | Weblog
2010.12/9  864

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(41)

 大君はお話をつづけられて、

「いとこそ苦しけれ。すこしおぼしなぐさみなむに、知らざりしさまをもきこえむ。にくしとなおぼし入りそ。罪もぞえ給ふ」
――私も身を切られるような思いですが、あなたが少しお心が落ちつかれたころに、あの事も、私が知らなかったことについてもお話いたしましょう。無実の人を恨んではなりませんよ。罪を得ることになりますからね――

 と、中の君の御髪を撫でながらおっしゃいます。中の君はお返事をなさいませんが、

「さすがに、かくおぼしのたまふが、げにうしろめたく悪しかれともおぼし掟てじを、人わらへに見ぐるしきことそひて、見あつかはれ奉らむがいみじきを、よろづに思ひ居給へり」
――姉君がこのようにおっしゃるのは、心底私のことをお心に掛けられてのことで、悪しかれと思ってなさったとは思われませんので、この上は匂宮に見棄てられて世間の物笑いにでもなっては、またまた姉君にお世話をお掛けすることになるでしょう。それこそ相すまないことと、お心も千々に乱れていらっしゃいます――

匂宮は、

「さる心もなく、あきれ給へりしけはひだに、なべてならずをかしかりしを、まいてすこし世の常になよび給へるは、御志もまさるに、たはやすく通ひ給はざらむ山道の遥けさも、胸いたきまで思して、心深げにかたらひ頼め給へど、あはれともいかにとも思ひわき給はず」
――中の君が前夜そんなつもりもなく、ただおろおろとしておられた感じさえ、並み一通りのお美しさではなかったものを、まして今夜は、もう少し打ち解けておられるのをご覧になっては、匂宮のご愛情も増してこられるというものです。それにしましても今後、そう簡単には通っていらっしゃれない遥かな山道のことを思われて、お心も苦しくていらっしゃる。ただただ真心をこめて行く末のことなどをお約束なさいますが、中の君は嬉しいともどうとも考え分けられる余裕もないご様子です――

 この上なく大切にかしづかれた深窓の姫君でも、多少世間を知っている方ならば、ものの恥ずかしさも怖さもほどほどでありましょうが、このような山深い御住居の、狭い家の内でひっそりとお育ちになっていらっしゃる中の君は、

「思ひかけぬ有様のつつましくはづかしく、何事も世の人に似ず、あやしうい田舎びたらむかし、と、はかなき御答へにてもいひ出でむ方なく、つつみ給へり。さるはこの君しもぞ、らうらうじくかどある方のにほひはまさり給へる」
――思いがけず匂宮にお逢いしたことが、気まり悪く恥ずかしく、何事もご自分は世間の人と違っていはすまいか、見苦しく田舎じみてはいまいかと、一寸したお返事でも口ごもって、はにかんでいらっしゃるのでした。けれども本当は、この中の君の方こそ、
上品で可愛らしく才気のほの見える点では、姉君より優っておいでになるのです――

◆にくしとなおぼし入りそ=憎し・と・な・思し入り・そ=お恨みなさいますな

◆罪もぞえ給ふ=罪も・ぞ・得給ふ=(無実の人をうらんでは)罪を得ることにもなりましょう。

◆らうらうじくかどある方=上品で可愛らしく才気ある方

◆絵:大君(おおいぎみ)

では12/11に。