2010.12/19 869
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(46)
薫はまたお心の内で、
「好いたる人の、思ふまじき心つかふらむも、かうやうなる御中らひの、さすがに気遠からず、入り立ちて心にかなはぬ折りの事ならむかし、わが心のやうに、ひがひがしき心の類やは、また世にあんべかめる、それだに、なほ動きそめぬるあたりは、えこそ思ひ耐へね」
――好色がましい男が、あるまじき恋の虜になるというのも、女一の宮と自分のような間柄で、と言って、遠くも無く近くもなくて思い通りにならぬ場合のことだろうか。まったく自分のような偏屈者が他にいるだろうか。そんな自分でさえ、一旦思い初めたお方をとうてい諦めることなどできない――
と、思いは募るのでした。
「さぶらふ限りの女房の容貌こころざま、何れとなく悪びたるなく、めやすくとりどりに乱れそめじの心にて、いときすぐにもてなし給へり。ことさらに見えしらがふ人もあり」
――明石中宮にご奉仕している女房達はみな、器量も人柄も、だれ一人見劣りするような者もなく、それぞれに取り柄もあり美しい中にあって、高貴で立派な人として目に止まる人もいるにはいますが、薫は絶対に女に心を動かすまいとの決心で、たいそう気まじめに振る舞っておられます。それをまた、思わせぶりに気を引いてみせたりする女もいます――
「大方はづかしげにもてしづめ給へるあたりなれば、上べこそ心ばかりもてしづめたれ、心々なる世の中なりければ、色めかしげにすすみたる、下の心もりて見ゆるもあるを、さまざまにをかしくもあはれにもあるかな、と、立ちても居ても、ただ常なきありさまを、思ひありき給ふ」
――中宮のあたりは、こちらが恥ずかしくなるような奥ゆかしさのある所ゆえ、女房達たちもうわべだけは淑やかに振る舞ってはいるものの、人の心はさまざまな世の中ですから、色めかしい下心が見え透いたりするのもあって、薫はそうした風情をそれぞれに面白くもあわれにも眺めては、何につけてもただこの世の無常を思い続けておられるのでした――
さて、
「かしこには、中納言殿のことごとしげに言ひなし給へりつるを、夜更くるまでおはしまさで、御文のあるを、さればよ、と、胸つぶれておはするに、夜中近うなりて、荒ましき風のきほひに、いともなまめかしくきよらにて、にほひおはしたるも、いかがおろかに覚え給はむ」
――宇治の山荘では、薫が手紙で三日夜のお祝いを仰々しく言ってこられましたのに、肝心の匂宮は夜更けてまでにもお出でにならず、お文だけが届きましたので、大君は、案の定、匂宮は移り気な方であったと、胸もつぶれる思いでいらっしゃいますと、夜中近くになって、荒々しい風を冒して、匂宮が何ともなまめかしく、あでやかなお姿で、匂い高く入って来られたのでした。これに対しては、大君もどうして疎かにお思いになれましょうか――
では12/21に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(46)
薫はまたお心の内で、
「好いたる人の、思ふまじき心つかふらむも、かうやうなる御中らひの、さすがに気遠からず、入り立ちて心にかなはぬ折りの事ならむかし、わが心のやうに、ひがひがしき心の類やは、また世にあんべかめる、それだに、なほ動きそめぬるあたりは、えこそ思ひ耐へね」
――好色がましい男が、あるまじき恋の虜になるというのも、女一の宮と自分のような間柄で、と言って、遠くも無く近くもなくて思い通りにならぬ場合のことだろうか。まったく自分のような偏屈者が他にいるだろうか。そんな自分でさえ、一旦思い初めたお方をとうてい諦めることなどできない――
と、思いは募るのでした。
「さぶらふ限りの女房の容貌こころざま、何れとなく悪びたるなく、めやすくとりどりに乱れそめじの心にて、いときすぐにもてなし給へり。ことさらに見えしらがふ人もあり」
――明石中宮にご奉仕している女房達はみな、器量も人柄も、だれ一人見劣りするような者もなく、それぞれに取り柄もあり美しい中にあって、高貴で立派な人として目に止まる人もいるにはいますが、薫は絶対に女に心を動かすまいとの決心で、たいそう気まじめに振る舞っておられます。それをまた、思わせぶりに気を引いてみせたりする女もいます――
「大方はづかしげにもてしづめ給へるあたりなれば、上べこそ心ばかりもてしづめたれ、心々なる世の中なりければ、色めかしげにすすみたる、下の心もりて見ゆるもあるを、さまざまにをかしくもあはれにもあるかな、と、立ちても居ても、ただ常なきありさまを、思ひありき給ふ」
――中宮のあたりは、こちらが恥ずかしくなるような奥ゆかしさのある所ゆえ、女房達たちもうわべだけは淑やかに振る舞ってはいるものの、人の心はさまざまな世の中ですから、色めかしい下心が見え透いたりするのもあって、薫はそうした風情をそれぞれに面白くもあわれにも眺めては、何につけてもただこの世の無常を思い続けておられるのでした――
さて、
「かしこには、中納言殿のことごとしげに言ひなし給へりつるを、夜更くるまでおはしまさで、御文のあるを、さればよ、と、胸つぶれておはするに、夜中近うなりて、荒ましき風のきほひに、いともなまめかしくきよらにて、にほひおはしたるも、いかがおろかに覚え給はむ」
――宇治の山荘では、薫が手紙で三日夜のお祝いを仰々しく言ってこられましたのに、肝心の匂宮は夜更けてまでにもお出でにならず、お文だけが届きましたので、大君は、案の定、匂宮は移り気な方であったと、胸もつぶれる思いでいらっしゃいますと、夜中近くになって、荒々しい風を冒して、匂宮が何ともなまめかしく、あでやかなお姿で、匂い高く入って来られたのでした。これに対しては、大君もどうして疎かにお思いになれましょうか――
では12/21に。