永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(539)

2009年10月23日 | Weblog
09.10/23   539回

三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(21)

 柏木は長々とお話になりましたので、たいそう苦しいご様子に見えます。夕霧は悲しみの中にも、心の中で思い当たる事が無くも無いと思うのですが、それとはっきりしている訳でもないので、

「いかなる御心の鬼にかは。(……)などかく思す事あるにては、今まで残い給ひつらむ。こなたかなたあきらめ申すべかりけるものを、今はいふかひなしや」
――それは疑心暗鬼というものでしょう。(父上にはさような様子は見えませんし、あなたの御重態を聞いて驚き残念がっておられるのですよ)そんなにご煩悶がおありなのに、なぜ私にまで黙っておられたのでしょう。両方の間に立って弁明もいたしましたのに。もう手遅れというものでしょうか――

 と、元に戻せるものなら戻したいと夕霧は悲しくてならないのでした。柏木は、

「げにいささかも隙ありつる折、聞こえ承るべうこそ侍りけれ。されどいとかう、今日明日としもやはと、みづからながら知らぬ命の程を思ひのどめ侍りけるも、はかなくなむ。」
――まったくお言葉のとおり。まだ病気が進まぬ時に申し上げて、ご意見を承るのでしたね。まさかこんなに早く今日明日に死期が迫ろうとは、自分でも知らずのんびりしておりましたのも、おかしなことでしたが――

「この事はさらに御心より漏らし給ふまじ。……。一条にものし給ふ宮、ことに触れて訪い聞こえ給へ。こころ苦しきさまにて、院などにも聞し召され給はむを、繕い給へ」
――このことはあなた以外には決して口外くださいますな。一条におります落葉の宮を、何かの折毎にお訪ねください。お気の毒な風に朱雀院もお思いになるでしょうが、よしなにお取り計らいください――

 柏木は、もっと仰りたい事がおありのようでしたが、どうにもならない程苦しくなられ、

「出でさせ給ひね。」
――もう、お帰りください――

 と、手真似でお伝えになります。

ではまた。