永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(525)

2009年10月09日 | Weblog
 09.10/9   525回

三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(7)

 また、柏木はそのお返事を横になりながら、休み休みお書きになります。言葉も途切れ途切れで、筆跡も鳥の足跡のようにたどたどしげに、

「『行方なき空の煙となりぬとも思ふあたりをたちははなれじ』夕べはわきてながめさせ給へ。とがめ聞こえさせ給はむ人目をも、今は心やすく思しなりて、かひなきあはれをだにも絶えずかけさせ給へ」
――「火葬にされて行方なき煙になりましても、私の心はあなたの側を決して離れません」夕暮れ時は特に空を眺めて私を偲んでください。源氏がお咎めなさる事も、今後はご安心になって、今は甲斐ない御同情だけでも私にかけてください――

 などと乱れがちにお書きになりながら、ますます気分が悪くなって、小侍従に「どうぞこれをお伝えください。私が臨終の近いことも」とつづけながら、

「今更に人怪しと思い合はせむを、わが世の後さへ思ふこそ口惜しけれ。いかなる昔の契りにて、いとかかる事しも心にしみけむ」
――今更、人が怪しいと想像しようが、死後のことまで心配するのはもう苦しい。まったく如何した前世の宿縁で女三宮のことに執着したのだろう――

 と、泣く泣くご自分のお部屋にいざり入って行かれました。柏木の乳母(小侍従の伯母にあたる)も泣き惑い、父上のご心痛は大変なもので、「昨日、今日は少し快方に向かっていましたのに、今はまたひどく弱ってしまって」と大騒ぎされる。

柏木は、

「何か、なほとまり侍るまじきなめり」
――いいえ、やはり寿命が尽きているのでございましょう――

 と、ご自分で申し上げて、また泣いていらっしゃる。

 女三宮は、その日の夕方からお苦しみになって、産気づかれたことを知っている人々が大騒ぎして、源氏も大急ぎでお渡りになります。源氏のお心の内は、

「あな口惜しや、思ひ交じる方なくて見奉らましかば、めづらしくうれしからまし」
――なんとも口惜しいことよ。柏木の子だという疑いなどなく(私の子だと信じられたら)このお産に会うならば、どんなに晴れやかでうれしいことだろうに――

 しかし他人にはそのような素振りなど見せまいと、僧どもを大勢集められて加持祈祷をおさせになります。

ではまた。