09.10/28 544回
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(26)
源氏は、夫として間の抜けたこれらのことを、
「わが御咎あることはあへなむ、二ついはむには、女の御為こそいとほしけれ、など思して、色にも出だし給はず。」
――まあ、自分が笑われる位はどうでもよい。女三宮と自分とを比べたら、女である宮の方がもっと気の毒だ、などとお考えになって、不快さをお顔には出されない――
また、
「心知らざらむ人は如何あらむ、猶いとよく似通ひたりけりと見給ふに、親たちの、子だにあれかしと歎い給ふらむにも、え見せず、人知れずはかなき形見ばかりをとどめ置きて、さばかり思ひあがり、およずけたりし身を、心もて失ひつるよ、とあはれに思しければ、めざましと思ふ心も引き返し、うち泣かれ給ひぬ」
――(薫の可愛らしい様子を)事情を知らない人たちはどう思うか知らないが、源氏はやはり、かの人(柏木)に良く似ているとご覧になっています。衛門の督(柏木)の親たちが、せめて子でも残してくれたならと歎いておられる由なのに、見せるわけにもいかず、柏木が秘密のうちにほんの形見だけを残して、あれほど気位高く、年よりも老成していたのに、なんとまあ自分から破滅へと導いたことよと、同情もわいてきて、源氏は癪にさわるお気持と打って変わって、ほろりとなさったのでした――
女房たちが退いた間に、源氏は宮のお側にお寄りになって、
「この人をば如何見給ふや。かかる人を棄てて、背きはて給ひぬべき世にやありける。あな心憂。(歌)『誰が世にかたねはまきしと人とはばいかが岩根の松はこたへむ』など忍びて聞こえ給ふに、御答もなうて、ひれふし給へり」
――この若宮をどうお思いですか。こんな可愛らしい子を見棄てて、出家してしまわれる筈の仲だったのでしょうか。ああ残念な。(歌)「これはいったいどなたのお子さんですかと尋ねられましたら、どうお答えになりますか」などと小声でおっしゃるのでした。女三宮はご返事もできず、うつ伏してしまわれました――
源氏は、それ以上はおっしゃらないけれども、いったい宮はこのことを何と思っているのか、まさか平気な筈はあるまい、とお思いになるにつけ、やはり胸苦しく晴れ晴れとしないのでした。
ではまた。
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(26)
源氏は、夫として間の抜けたこれらのことを、
「わが御咎あることはあへなむ、二ついはむには、女の御為こそいとほしけれ、など思して、色にも出だし給はず。」
――まあ、自分が笑われる位はどうでもよい。女三宮と自分とを比べたら、女である宮の方がもっと気の毒だ、などとお考えになって、不快さをお顔には出されない――
また、
「心知らざらむ人は如何あらむ、猶いとよく似通ひたりけりと見給ふに、親たちの、子だにあれかしと歎い給ふらむにも、え見せず、人知れずはかなき形見ばかりをとどめ置きて、さばかり思ひあがり、およずけたりし身を、心もて失ひつるよ、とあはれに思しければ、めざましと思ふ心も引き返し、うち泣かれ給ひぬ」
――(薫の可愛らしい様子を)事情を知らない人たちはどう思うか知らないが、源氏はやはり、かの人(柏木)に良く似ているとご覧になっています。衛門の督(柏木)の親たちが、せめて子でも残してくれたならと歎いておられる由なのに、見せるわけにもいかず、柏木が秘密のうちにほんの形見だけを残して、あれほど気位高く、年よりも老成していたのに、なんとまあ自分から破滅へと導いたことよと、同情もわいてきて、源氏は癪にさわるお気持と打って変わって、ほろりとなさったのでした――
女房たちが退いた間に、源氏は宮のお側にお寄りになって、
「この人をば如何見給ふや。かかる人を棄てて、背きはて給ひぬべき世にやありける。あな心憂。(歌)『誰が世にかたねはまきしと人とはばいかが岩根の松はこたへむ』など忍びて聞こえ給ふに、御答もなうて、ひれふし給へり」
――この若宮をどうお思いですか。こんな可愛らしい子を見棄てて、出家してしまわれる筈の仲だったのでしょうか。ああ残念な。(歌)「これはいったいどなたのお子さんですかと尋ねられましたら、どうお答えになりますか」などと小声でおっしゃるのでした。女三宮はご返事もできず、うつ伏してしまわれました――
源氏は、それ以上はおっしゃらないけれども、いったい宮はこのことを何と思っているのか、まさか平気な筈はあるまい、とお思いになるにつけ、やはり胸苦しく晴れ晴れとしないのでした。
ではまた。