落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

white darkness

2008年12月10日 | movie
『ブラインドネス』

ある日突然、伝染性の視覚障害が蔓延し始めた社会。政府は発症者を強制隔離するが、初めはそれなりの秩序が保たれていた病棟でも収容者が増えるにつれて暴力をかさに着て権力を奮う者が現れ、やがて深刻な争いにまで発展していく。
初期の患者である眼科医(マーク・ラファロ)と妻(ジュリアン・ムーア)は協力して収容者を守ろうと努力するのだが・・・。

昨日「映画を観に行くのも億劫」とか書いといて、¥1000で観れる日に仕事が早く終わったらとりあえず行かずにはおれないってどんだけ貧乏性やねん。ある意味ビョーキか。
まあそういうテンション低いときに観るとすればこういう映画っすね。なんかあんましヒットしてなくって、前評判もイマイチ、けど気になるなーどーしよっかなー?みたいな。観ておもろなくても「前からわかってたししょーがないか、¥1000やし」で済ませられるという(爆)。
監督は『ナイロビの蜂』のフェルナンド・メイレレス。ブラジル出身。最近ハリウッドは多いですね?中南米出身の監督。『バベル』のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥはメキシコ出身、『パンズ・ラビリンス』のギレルモ・デル・トロもメキシコ人。もともとハリウッドは外国人の多い業界だけど、それでもヨーロッパ系が多かった従来とは違って、アジア系やラテン系の活躍がめだつようになって来た。
この映画も登場人物の割合としては有色人種の方が多い。最初の患者(伊勢谷友介)とその妻(木村佳乃)は日本人だし、眼科医から感染したコールガール(アリシー・ブラガ)や彼女から感染したバーテンダー(ガエル・ガルシア・ベルナル)はラテン系、眼科医の元患者(ダニー・グローヴァー)などアフリカ系も多い。TVでスピーチする保健相(サンドラ・オー)は韓国系である。だが病棟内では人種など関係ない。全員盲人だから肌や目の色なんかわからないし、極限状態では各人の文化的人種的背景になど誰も注意を払わなくなる。

ジュリアン・ムーア演じる眼科医の妻はなぜか感染を免れたにも関わらず、夫の傍にいたいがために嘘をついて隔離病棟まで付き添い、そこで社会秩序が崩壊し人の倫理が破壊されていく過程を逐一見てしまう。
だがこの物語にほんとうに描かれているのは彼女が見ている“現象”ではなく、現実社会を生きるわれわれが一体何から目を逸らして暮しているか、世の中が一体何を現実の影に隠しているか、というとてもおそろしいサジェスチョンである。もちろん、この映画の中の惨状はあくまでもフィクションにすぎない。しかし人が“視覚”という非常にもろい共通言語に頼る以外に生きる術を持たないという部分は現実だ。実際には人間の視覚は生物学上では非常に限定的な能力であり、拡大的な意味あいにおいては共通言語にはなり得ない。それでもその感覚に頼らずには社会秩序を守っていくことはもうできない。これってよく考えたらすごく怖いことだと思う。

以前書いたことがあるかもしれないが、ぐりは極度の近眼で一時期かなり目の状態が悪くなり、失明するかもしれないという病気にかかって片目の視力を完全に失いかけたこともある。お陰さまで今はちゃんと両目とも見えているが、近眼は近眼のままである。どのくらい悪いかとゆーと、眼鏡では限界まで矯正しても0.3〜0.4程度までしか視力が出ない。普段はコンタクトレンズを装用しているが、就寝時や入浴時はもちろん外す。なのでいったんコンタクトを外すと自宅では入浴やトイレに行くときも照明はつけない。つけてもつけなくても見えないことに変わりはないし、入浴やトイレくらいなら見えなくてもまったく問題はない。そのくらい見えない。
だがその一方で、目が重要な商売道具という仕事に就いてもいて、目が見えるということがどれほど大切なことで、見えなくなるということがどんなに怖いことかは日常的に切実に考える。
健康な人間にとっては、目が見える、耳が聞こえる、匂いがわかる、声が出るということがまるで空気か水のように当り前のことだが、その当り前のことは実はまったく当り前じゃない。健康はいま現在たまたま許されている恩恵であって、いつなんどき突然奪われてもおかしくない危ういものだ。大体、比喩に使われる空気や水だって、きれいな空気や安全な水が全世界いつでもどこでも当然のように供給されているわけではないのが現実である。
この映画では、そうした「一見当り前のもの」が失われる恐怖と背中あわせに、薄っぺらな社会秩序の欺瞞をも告発している。社会を守る、平等を守るなどといった美辞麗句はここではいっさい意味を持たない。それほどまでに人は弱く、不完全な生き物なのだ。

リアルな美術装飾やカメラワークが素晴しく、国際色豊かなキャスティングもいい。シナリオもよくできている(伊勢谷友介と木村佳乃が訳した日本語パートはイマイチだけど)。ストーリーがどこへ転がっていくのかが読めない展開もぐりは好きです。あと役名がひとりもついてないとこもいい。みんな職業や立場で名乗るんだけど、隔離病棟じゃそんなものほんとは関係ないのにねーという。
けどまあ万人受けする映画ではないことだけは確かです。おもしろいし、いい映画ではあるんだけど。

関連レビュー:
『ブラインドサイト〜小さな登山者たち〜』