『影裏』
転勤で岩手・盛岡に移り住んだ今野（綾野剛）は、東日本大震災で行方不明となった無二の親友・日浅（松田龍平）を探そうと、不縁だったという彼の実家を訪ねるが、そこで父親（國村隼）から友の思わぬ過去を告げられ狼狽する。
テレビ岩手の開局５０周年記念作品を、岩手県出身で『龍馬伝』や『るろうに剣心』で知られる大友啓史監督が映像化した文芸映画。
映画は宣伝では触れられていなかった東日本大震災直後のシーンから始まる。
個人的な話で恐縮だが、震災の被災地には８年通った。東北だけでなく熊本にも行った。さまざまな場所でさまざまな支援活動に関わり、思いもかけないような出来事を数限りなく経験した。
その一部はこのブログにも書いているが、書けないことの方が多かった。言葉にしてしまったら別のものになってしまいそうな繊細な出来事もあったし、書いて公にすることが許されない経験は掃いて捨てるほどした。
もちろん、嬉しかったこと、楽しかったこと、経験できてほんとうによかったと、心の底から感動したことも山ほどある。
でもそれを凌駕して、悲しいこと、悔しいこと、切ないこと、腹に据えかねること、二度と立ち直れないほど深く傷ついたこともある。
被災地に関わったことを後悔したこともある。正直にいえば、いまも後悔することはある。後悔したくないと思う自分と、もう何もかもすべて忘れてなかったことにしてしまいたいと思う自分が心の中で激しくせめぎあっている。
だがどうしても動かすことができないのは、私自身が自ら選んでそこに行って、自分から関わろうとしたという事実である。
そして残念ながら自分で経験しなければ知りえない真理がそこにあったということである。
災害は、人間の本性を、良くも悪くもすべて引きずり出して臓腑の裏の裏まで暴いてしまうということである。
今野は見知らぬ土地で唯一心を許した日浅を、知っているつもりでほとんど理解していなかったことを、震災をきっかけに知っていく。
だが画面上で客観的に見る限り、そもそも今野はたいせつに思う親友のことを、自分からもっと理解しよう、踏み込もうとはしていない。日浅に振り回されるまま受け身のまま、前触れもなく上がりこまれた夜の自室で酒を飲み、釣りに連れ出され、身勝手な日浅を黙って受け入れることで親しくなっている、自分も日浅に心許されていると思いこんでいただけである。
けど今の時代の人間関係なんて大抵そんなものかもしれない。下手に係わりあえば見たくないものが目に入ったり不愉快な思いをしたり無駄に傷ついたり、望まない出来事に巻き込まれたりすることが怖い。だから距離感などという感覚的に曖昧な言葉が変に大事にされる。
それを打ち壊すのが災害なのだ。
非常時には、距離感などという軽薄さなどどこでも許されはしない。
「絆」だの「がんばろう」だのといったキャッチフレーズさえ、何の意味ももたず、むしろ憎しみの対象にもなる。
「ふるさと」なんて叙情歌すら「二度と聞きたくない」と吐き捨てる被災者もいた。
今野と日浅の背景に映る岩手の自然がとにかく美しい。滴るように緑豊かな夏の渓流、白い雪に覆われた寒い冬、四季折々に美しい岩手で出会ったからこそ、今野は日浅という男に幻影を抱いたのかもしれない。愛し、愛されることができるのかもしれないとふと感じてしまったのかもしれない。
もし今野に、和哉（中村倫也）のように自分自身をさらけ出す勇気があったら、日浅との関係はもっと違ったものになったかもしれないが、今野にはそれができなかった。日浅との関係を壊したくない思いが、それをずるずると先送りにしていたのかもしれない。
そこに震災が起こった。
画面上の綾野剛は『怒り』の直人そっくりそのままで懐かしくなった。頼りなくどことなく寂しげな表情が見る者の庇護欲を激しくかきたてる。また撮り方が無茶苦茶エロい。『ロスト・イン・トランスレーション』のスカヨハばりの露出度とクローズアップぶりがもう何事かっつーエロエロ具合である。大友啓史は綾野剛をどうにかしたくてしゃあないんとちゃうか。いやそうに違いない。というぐらいの色気爆発です。
唐突にワンシーンだけ登場する中村倫也の女装が凄かったです。今まで日本映画で観たトランスジェンダー役では間違いなくベスト１。
松田龍平はいつも通り素晴らしい。しかしこの人もエロい人ですね。東京帰りの東北訛りが非常に自然でした。彼の存在感のあまりの自然さで、震災の裏で起きていたかもしれない被災地の裏の物語のディテールが、ここまでリアルに感じられたのかもしれない。
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テレビ岩手の開局５０周年記念作品を、岩手県出身で『龍馬伝』や『るろうに剣心』で知られる大友啓史監督が映像化した文芸映画。
映画は宣伝では触れられていなかった東日本大震災直後のシーンから始まる。
個人的な話で恐縮だが、震災の被災地には８年通った。東北だけでなく熊本にも行った。さまざまな場所でさまざまな支援活動に関わり、思いもかけないような出来事を数限りなく経験した。
その一部はこのブログにも書いているが、書けないことの方が多かった。言葉にしてしまったら別のものになってしまいそうな繊細な出来事もあったし、書いて公にすることが許されない経験は掃いて捨てるほどした。
もちろん、嬉しかったこと、楽しかったこと、経験できてほんとうによかったと、心の底から感動したことも山ほどある。
でもそれを凌駕して、悲しいこと、悔しいこと、切ないこと、腹に据えかねること、二度と立ち直れないほど深く傷ついたこともある。
被災地に関わったことを後悔したこともある。正直にいえば、いまも後悔することはある。後悔したくないと思う自分と、もう何もかもすべて忘れてなかったことにしてしまいたいと思う自分が心の中で激しくせめぎあっている。
だがどうしても動かすことができないのは、私自身が自ら選んでそこに行って、自分から関わろうとしたという事実である。
そして残念ながら自分で経験しなければ知りえない真理がそこにあったということである。
災害は、人間の本性を、良くも悪くもすべて引きずり出して臓腑の裏の裏まで暴いてしまうということである。
今野は見知らぬ土地で唯一心を許した日浅を、知っているつもりでほとんど理解していなかったことを、震災をきっかけに知っていく。
だが画面上で客観的に見る限り、そもそも今野はたいせつに思う親友のことを、自分からもっと理解しよう、踏み込もうとはしていない。日浅に振り回されるまま受け身のまま、前触れもなく上がりこまれた夜の自室で酒を飲み、釣りに連れ出され、身勝手な日浅を黙って受け入れることで親しくなっている、自分も日浅に心許されていると思いこんでいただけである。
けど今の時代の人間関係なんて大抵そんなものかもしれない。下手に係わりあえば見たくないものが目に入ったり不愉快な思いをしたり無駄に傷ついたり、望まない出来事に巻き込まれたりすることが怖い。だから距離感などという感覚的に曖昧な言葉が変に大事にされる。
それを打ち壊すのが災害なのだ。
非常時には、距離感などという軽薄さなどどこでも許されはしない。
「絆」だの「がんばろう」だのといったキャッチフレーズさえ、何の意味ももたず、むしろ憎しみの対象にもなる。
「ふるさと」なんて叙情歌すら「二度と聞きたくない」と吐き捨てる被災者もいた。
今野と日浅の背景に映る岩手の自然がとにかく美しい。滴るように緑豊かな夏の渓流、白い雪に覆われた寒い冬、四季折々に美しい岩手で出会ったからこそ、今野は日浅という男に幻影を抱いたのかもしれない。愛し、愛されることができるのかもしれないとふと感じてしまったのかもしれない。
もし今野に、和哉（中村倫也）のように自分自身をさらけ出す勇気があったら、日浅との関係はもっと違ったものになったかもしれないが、今野にはそれができなかった。日浅との関係を壊したくない思いが、それをずるずると先送りにしていたのかもしれない。
そこに震災が起こった。
画面上の綾野剛は『怒り』の直人そっくりそのままで懐かしくなった。頼りなくどことなく寂しげな表情が見る者の庇護欲を激しくかきたてる。また撮り方が無茶苦茶エロい。『ロスト・イン・トランスレーション』のスカヨハばりの露出度とクローズアップぶりがもう何事かっつーエロエロ具合である。大友啓史は綾野剛をどうにかしたくてしゃあないんとちゃうか。いやそうに違いない。というぐらいの色気爆発です。
唐突にワンシーンだけ登場する中村倫也の女装が凄かったです。今まで日本映画で観たトランスジェンダー役では間違いなくベスト１。
松田龍平はいつも通り素晴らしい。しかしこの人もエロい人ですね。東京帰りの東北訛りが非常に自然でした。彼の存在感のあまりの自然さで、震災の裏で起きていたかもしれない被災地の裏の物語のディテールが、ここまでリアルに感じられたのかもしれない。
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