落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

とりかえ子

2009年02月26日 | movie
『チェンジリング』

1928年、ロサンゼルスで9歳のウォルター・コリンズ(ガトリン・グリフィス)が行方不明になった。5ヶ月後、女手ひとつで愛息を育てていたクリスティン(アンジェリーナ・ジョリー)のもとにウォルターがイリノイ州で保護されたという吉報が舞いこむが、汽車で帰って来た少年(デヴォン・コンティ)はウォルター本人とは似ても似つかない別人。捜索を続けて欲しいと哀願する母親を事件は解決したとつっぱね続けたロサンゼルス市警は、市民活動家のブリーグレブ牧師(ジョン・マルコヴィッチ)と結託した彼女を精神病院に強制入院させてしまう。
禁酒法時代を舞台に、腐敗しきったロサンゼルス市警の汚点の歴史を実在の事件をモチーフに描いた物語。

各方面で大絶賛の話題作ですが、結局賞レースではあまり良い成績は穫れなかったみたいですね。残念ながら。いい映画なんですけどね。
ちょっと長かったかなー?とくに後半、クリスティンとLAPDとの戦いに勝負が見えて以降の構成はいささか冗長というか段取り調に感じました。やりたいこともいいたいこともわかるだけに、最後まで手を抜かないでほしかった。というのも、この後半のストーリーがほんとうはすごく大切なので。ヒロインの真実の戦い─敵も味方もない、自分自身との戦い─はここから始まったわけだから。
なのでいい映画には違いないんだけど、内容の割りには観念的で非印象的、というのが正直なところでしょーか。もったいないですねー。とっても丁寧につくられたまじめな作品だけに惜しいです。

物語の大きな軸は、我が子を取り戻すためにすべてを懸けた母の愛と、そうした純粋な愛という正義の前に不正義は必ず敗北する(べき)という勧善懲悪なんだけど、観ていてぐりがいちばん強く感じたのは、まだ女性の権利が認められていなかった時代にいかにヒロインが真摯に社会に立ち向かったかという勇敢さと、それを抹殺しようとする権力の矛盾との見事なコントラストだった。
フェミニズム運動は18世紀ごろからヨーロッパで活発になり、1920〜30年代のアメリカでも男女の法的平等を求める運動が隆盛をきわめていた。女性たちの要求に対する男性社会の反発も大きく、この映画ではいかに女性が、クリスティンのようなシングルマザーが権力下で差別され、虐げられていたかが見るだに胸がむかむかするほどのリアリズムで描かれている。おそらくクリスティンに夫がいたら、つまりウォルターの親が女性ひとりでなかったら、事件はここまでこじれはしなかったはずである。
だが男女差別は未だに存在しているし、クリスティンが味わった辛酸は今も現実のものとして存在している。たとえば作中に登場する精神病院での人権を無視したような“治療”は、現在でも世界各地の閉鎖病棟で実際に行われているものとあまり変わりがない。警察の腐敗や職務怠慢や捜査過誤による不祥事もいつまで経っても後を絶たない。人の自由と権利と平等のための戦いはまだまだ続いているのだ。

20〜30年代のファッションを忠実に再現した衣裳はよかったし、アンジェリーナ・ジョリーって良い女優だなあとしみじみ思ったです。
映画の後半の題材であるゴードン・ノースコット事件についての描写があからさまにおざなりだったのはいただけなかったけど、あれはしょーがないのかねー?猟奇映画じゃないからそんなに細かく再現する必要はなかったけど、なんかここのパートで映画全体が一気に軽くなってしまったよーな気がしますですー。実際には事件に加担していたノースコットの実母が映画には登場しなかったのもひっかかる。こーゆーところにハリウッド映画の限界を感じてしまうんだなあ。

ストイックな彼女

2009年02月24日 | diary
何年か前に、某伝統芸能の方が主演する映画に参加したことがあるんですが。
伝統芸能の公演スケジュールは1年以上前からフィックスされてることが多いんだけど、映画のために本業のそれを2ヶ月空けて撮影日程を組んだものの当然予定通りにことは運ばず、1ヶ月ほど撮影期間が延びてしまった。なので後半の1ヶ月間、彼は公演とかけもちで撮影もこなしていた。
ある日、ぐりが夜になってから撮影所に行くと「こんなに遅くから大変だね」「もう遅いから来ないかと思った」と主演のその方が声をかけてくれた。「〜さんこそ早くから遅くまで大変じゃないですか」と答えると、「ううん、今日ボクお昼から。朝、飛行機で高知から帰って来たから」とニコニコとこともなげにいう。
ぐりが呆れて「昨日公演だったんですね。大変ですね。とんぼ帰りで」というと、なんとその方は笑って「全然。ボクらがやってんのは伝統芸能だからさ、いっつもやることおんなじなの。大変じゃない。楽勝」と答えた。
口ではそんなふうにいうけど、彼の仕事ぶりはまったく「大変」どころではない。朝は遅くても7時には撮影所に入っていて、連日深夜、日によっては午前3時までほとんど出ずっぱりである。台詞は多くて難解だし、カツラや衣裳は重たいし、アクションもあるし、その時点では週に数日は泊りで地方公演に行ってたから10日に1日あるかどうかの撮休もつぶれてしまう。ゆっくり眠れる時間なんか何週間もなかっただろうし、体力的には相当キツイはずである。しかも合間にはお弟子さんに稽古までつけていたと聞いてぶっとんだ。
それでも結局3ヶ月間、ぐりが撮影現場で見ていた限りでは、彼が疲れを顔に出したのはたった一度だけだった。

これはぐりが勝手に思ってるだけだけど、彼のような人は「努力する」とか「頑張る」という行為のとらえ方がちょっと人とは違うんじゃないかと思う。
ふつうの人は、何か目標なり目的なりがあって努力するし、頑張る。そして目標なり目的なりが達成されると、また別のゴールを再設定して努力し、頑張る。
でもたぶん、彼みたいな人にとって「努力する」「頑張る」とは、ほとんど呼吸や睡眠と同じように、生きていく上で当り前の行為なんじゃないかと思う。もちろん彼らには彼らなりの目標・目的はあるだろう。けどそれとは別に、彼らの努力は彼らひとり、彼個人のものでは既にない。そこにはふつうの人には想像できないほどの重圧がかかっているはずだ。彼らひとりの努力に、ありとあらゆるものが懸かっている。その重圧を、おそらく彼らは自分自身の一部としてきちんと消化してるんじゃないかと思う。
そういうのは間違いなく特殊な才能がないとできない。ほんとは「才能」なんて言葉は使いたくないけど、こういう人を前にしてしまうと、やっぱどーしたってこーゆー人とあたしは同じ人間じゃーないよなー、としみじみ実感してしまう。
だからどーっだっちゅーこともないんだけどさ。

こないだ安室奈美恵のBEST FICTION tour 2008-2009@代々木体育館に行って来たんですけれど。
実をいうとぐりは安室ちゃんのファンでもなんでもない。アルバムも一枚も持ってないし、ライブに行くのもこれが初めてです。今回のツアーはあまりに評判が良くて何だか観たくなって、追加発売のチケットを買って行って来た。
安室ちゃんも以前に仕事でお世話になっている。仕事柄、前述のように著名人の撮影に立ち会うことはたまーにあるけど、ぶっちゃけていうと著名人もふつうの人間である。間近でナマで見たからってどーっちゅーこともない。大抵はせいぜい「TVといっしょだわ」「意外と小柄/大柄」くらいな印象です。でも安室ちゃんは違った。「おお」と思った数少ないゲーノージンのおひとりです。
ホントにこの人はねー。特別な人です。今さらいうまでもないけど確かにプロポーションはすごくいい。お肌も髪も綺麗です。けどぐりがいちばん驚いたのは体力(爆)。スタミナ。もうねえ、ある意味この人の体力は異常です。こんなん人間とちゃう!ロボか?ってくらい、常にびしっとばしっと、どんな動きも完璧にキマッてる。イケてない瞬間が存在しない。それでいて全身どこも力が入ってる感じはしない。すごく自然。ちょー不思議。振付けがラクだったわけではないと思う。バックダンサーはみんなぜえぜえ息をきらしてへばっていたので(撮影では何度も同じ踊りをくりかえし踊る)。全員安室ちゃんより年下だと思うけど。

今回のライブではMCがまったくないとは聞いてたけど、ほんとに安室ちゃんはいっさい喋らなかった。ずーーーーーーーっと、ひたすら歌って踊りまくる。5〜7曲続けて、衣裳替えやセット替えで1分ほどステージが暗くなって映像が流れ、曲が流れ出すとその後はまた曲と曲の間のインターバルもなしに連続で歌い続け、踊り続ける。
2時間で何曲やったのか数えてなかったけど、踊らないバラード調の曲は4曲だったかな?それ以外は全部、バリッバリにダンサブルな曲ばっかりです。けど最後までまるっきり疲れというものを微塵も見せない。どのフリもどんな動きもパーフェクト。それでまたどこといって手を抜いたようなところ、気を抜いたようなところ、妥協らしきものがまるで見受けられない。全部のパフォーマンスがぱっつぱっつに完全無欠。すげーっす。マジで。すばらしすぎる。ここまで来たらアーティストでありかつアスリートといってもよいのでは。
小さいときから努力家でいろいろと伝説のある彼女だけど、あのパフォーマンスを見てしまうと、彼女もまた「努力」を「努力」と思わない、一種の求道者のように思えてくる。
そんな大袈裟な、なんて笑う人もいると思うけど、とりあえず一度はあのライブ、観た方がいいです。絶対。すごすぎるから。ホントに。
ぐりももっかい観たいです(爆)。


会場外に設置された顔出し看板。
等身大なので顔の面積が異様に狭く、常人ではとてもこの穴からは顔は出せないとゆーシロモノだが、みなさま大喜びで記念撮影してました。ぐりの連れも撮ってた(つかぐりが撮った)。ライブ直後の異常なテンションだからできるわざでございます。
ってかぐりもうっかりグッズとか買いそうになっちまいましたよ。ブースが芋洗いのごとく混んでて断念しましたけどね。


子どもの居場所

2009年02月21日 | lecture
てのひら〜人身売買に立ち向かう会主催のワークショップ第4回「被害者支援の現場から② 私たちの隣にある子どもへの暴力と搾取」に行って来た。
講師はNPO法人子どもセンターてんぽ常勤職員・西岡千恵子さん。

*1995年、オーストラリア・メルボルンのカウンセリングオフィスで3ヶ月間インターンシップを体験。
ボスニアやベトナムからの難民、香港からの移民のコミュニティでオーストラリアでの生活のためのオリエンテーションが行われていた。
移民社会に限らずオーストラリアでは覚醒剤や麻薬が蔓延しており、DVの被害者も多かった。
もともとは児童虐待に関心が高かったが、子どもを助けるにはまずその母親への支援が必要だと感じた。
96年に帰国後、女性の家サーラーに勤務。
主に強制売春やDVの被害に遭った外国人女性の支援を行う。その後、てんぽに移る。

*人身売買の被害に遭ったり、DVに遭ったりしている女性にも子どもがいるケースは少なくない。
そうした子どもたちは大人の都合にふりまわされ、傷ついている。
母親に在留資格がなくても日本では中学校までは通うことができるのに、そのことが周知されていないために教育の機会を奪われたままになっている子も多い。
教育に限らずあらゆる行政サービスを受けられず、予防接種を受けていないために小児まひになる子もいる。
人間として最低限保障されるべき健康や生活の安全が守られない。
母親が強制送還になれば子どもも送還されてしまうのだが、日本で生まれた子は母国語を話すこともできないし、日本では通えた学校に母国では通えないこともある。

*日本では外国人というだけで弱い立場に置かれているが、中でも在留資格をもたない人はさらに弱く、その子どもはもっと弱い立場に置かれることになる。

*騙されて人身売買の被害に遭う女性の中には、就学経験がなく母国語の理解度も低いという人もいる。被害が事件化して裁判になっても、通訳を入れても裁判についていくことは非常に難しくなってしまうことがある。

*てんぽに来る子ども(未成年者)の多くは精神的にもろく、自己評価が極度に低い子が多い。
ネグレクト(育児放棄)も含め親から虐待を受けていたり、性的虐待に遭った経験のある子も多い。
親も壮絶な経験をしているが、家族を支えるため、教育を受けるためなど目的意識があるからか、親の世代で病的なレベルまで精神的に追いつめられた人は意外に少ないが、人格が発達途上にある子どもの心は壊れやすい。

*虐待を受けたり、親と折り合いが悪かったりして家庭からはじき出された子どもが性産業にとりこまれるケースは非常に多い。
性産業に対する嫌悪感から自分自身を愛せなくなり、自暴自棄になって抜け出せなくなる子もいる。

*住み込みのホテルや旅館は子どもの搾取の温床になっている。
もともと低い給与から住居費や食費などを引けば子どもの手にはほとんど現金は残らない。
そこからまた性産業に堕ちていくケースも珍しくない。

*日本の児童福祉法では子どもは18歳になったら施設を出て働かなくてはならない。
だが18歳の時点でまだ高校に通っている場合は残りの授業料は誰が払うのか。
たとえば虐待に遭って施設に入っている子でも、自治体では「親に扶養義務がある」「若いんだから働きなさい」といって生活保護は支給してくれない。
だが養護施設で育った子が働ける場は多くはない。
民法と児童福祉法は現実の被害者を守ってはくれない。

*児童相談所は常に満床状態が続いている。
生命の危険のある低年齢の子どもが優先されるため、どうしてもハイティーンの子にしわ寄せがいってしまう。
中でも女性シェルターにさえ収容されない男の子には受け皿がなく、ホームレスになってしまう子もいる。

*問題は日本の性産業が大きすぎること。
たとえば世界最大の歓楽街といわれる新宿歌舞伎町でも、風俗営業免許を取得しているのはわずか100軒程度といわれている。
あれほどまでの巨大な歓楽街が存続していけるのはひとえに需要があるから。
そしてその需要を社会が容認しているからである。
そこに女性の性を買いに行ったり、女性に暴力をふるう男性を育てているのもまた女性=母親。
感情論だけではこの問題を解決することは到底できない。


マカオ、聖ドミニコ教会の鐘。

遠い太鼓に誘われて

2009年02月20日 | diary
Always on the side of the egg   By Haruki Murakami HAARETZ.com
【日本語全訳】村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ 47NEWS
SHINZLOG - CLIPS 村上春樹の言葉(全文)  よりニュアンスがわかりやすい全訳

先日の記事の続き。というか今日の方が本題か。こないだはしょーもない思い出話しか書いてないもんね。
ぐりはブログでもどこでも在日コリアンという出自を明らかにしている。新しく知りあった人にも、機会があればなるべく早めに伝える。理由は、ぐりが日本名を名乗っていて(日本国籍だしね)日本人の側からはアジア人は見分けがつきにくいから、「ぐり=日本人」という無用の誤解を招かないため、そうした誤解がもとでお互いに無駄にイヤな思いをしないようにするためである。
こないだあるボランティアの若い人と話していて、「日本は拉致問題で北朝鮮を責めるけど、そもそも戦時中は日本が朝鮮の人を強制連行したんだから、まずその戦争責任を精算しないと」というようなことをいいだされてびっくりした。まあ在日コリアンや韓国人にもそういう考え方をする人はいるにはいるけど、日本人からそういう意見を聞かされるとは思わなかった。
ぐりが「ちょっと待って?それは別の問題じゃない?」というと、彼は「だって今も日本に強制連行の被害者や子孫はたくさんいるでしょう」という。
実際にはいわゆる強制連行、徴用で日本に連れて来られた朝鮮人は多くは戦後に帰国している。亡くなった人もムチャクチャいっぱいいたんだけどね。餓死とか病死とか怪我とかでさ。生きのびた人の大半はどーかこーかして帰国した。過去に在日コリアンにアンケート調査をしたところ、強制連行で来日した人は全体の2割程度だったというデータが出たこともある。ただ、強制連行そのものの厳密な調査研究は今のところ結論が出ていないので(うやむやのまま世紀またいでまーす)、この数字にも確定的な裏づけはない。どちらにせよ、現在日本に住む在日コリアンの来歴は、経済的事情=出稼ぎか留学での自発的な来日が多数派ということになる。ぐりの祖父母なんかは強制連行が始まるずっと以前に来日・定住してるから、そこのところの事情はいわずもがなでございます。

何がいいたいかってゆーと、つまりだから、どっちがいいとか悪いとか、どっちが加害者でどっちが被害者とか、そういう話の進め方は不毛だってことなんだよね。それいいだしたら終わんないじゃんよっていう。
要するにメチャ乱暴な言い方に替えちゃうとすると、多数派と少数派、強者と弱者ってことです。在日コリアンの問題だけじゃない。他の国籍の移動労働者(出稼ぎ外国人)、宗教を信仰する人、複雑な家庭環境を持つ人、性的マイノリティ、障碍者、犯罪歴のある人やその関係者etc.、世の中にはいろんな少数者がいる。細かいことをいいだせば「脛に傷持つ」人はみな少数者となる可能性すらある。そこまでいえば無傷の脚で生きてる人の方がむしろ少数になるかもしれない。
でもどんなに傷だらけの脚で歩こうとも、その傷ゆえに同情を必要とする人間はいない。かわいそうだとか気の毒だとかいう感情論は、裏を返せばそれもまた単なる差別意識と偏見の表れでしかない。少数者=被害者ではない。被害者であることはそのごく一面、一部分では真実だが、それだけをとりだして拡大解釈したところで何も生まれないのだ。

ではほんとうに必要なことってなんだろう。というときに使うべきメタファーが「壁と卵」なんじゃないだろうか。
ここまで来るのに話が長過ぎましたね。すんません。ふう。
村上氏は壁はシステム、卵は人間だといいました。壊れやすい殻の中に唯一無二の魂を持つ未成熟な存在という意味で、人種や宗教や帰属する社会を問わず人間はみな同じ卵だと。
そして壁はそんな人間がつくったものだ。村上氏ははっきり明言はしなかったが、国家とかイデオロギーとか宗教なんかがそれにあたるのかもしれない。それらはもともと、人間が人間同士、手を取りあって助けあって暮していくためにつくりだしたものなんだけど、いつの間にか人間はその壁を守るため、あるいは壁を口実に、傷つけあったり殺しあったりするようになってしまった。
当事者同士はお互いにあっちが悪い、これこれが間違ってる、なんて大義名分をもっている。でもその大義名分が互いにかみあわないのだから、正しいとか間違っているとかいう議論にはゴールがない。というかそれはもう議論にすらならない。争いが殺しあいに発展した時点で、どっちが正しいとか間違ってるとかいう議論には既に意味がないのだ。
だから壁のことは忘れて、卵は卵同士で心と心、魂と魂でふれあうしか方法はない。どんな壁に頼って暮そうとも、その内側にいるのはみんなもろくて不完全なただの生き物なのだから。
どっちが正しくてどっちが間違ってたって、そんなのどうでもいいんだよ。ようは卵は卵同士、いっしょにどう折り合って生きてくか、どうしたいかってことがいちばん大事なんだよ。

村上氏のスピーチはあっちでもこっちでも賛否両論いろいろあるけど、ぐりはふつうにいいスピーチだと思いました。
スピーチそのものはそんなに絶賛せにゃいかんほどのもんではないけどね(何様)。だって結局当り前のことしかいってないもん。けどその当り前のことを、みんなして止められたのをふりきってわざわざあそこまで行ってちゃんという、ってところがやっぱ村上流なんだよね。クールじゃないですか。ロックじゃないですか。それも「個人の自由や尊厳などをテーマに世界的に活動している作家に贈られる」エルサレム賞の受賞スピーチ。まさにその場に相応しいタッチでのメッセージ。オトナだ。
まあでもぐりがいちばんショックだったのは、「村上春樹(60)」というニュース画面のクレジット。あの村上サンも還暦かー!みたいな。本人もビックリかもしんないけどね。今でも夏はTシャツにショートパンツなのかな?
ぐりは彼の旅行記『遠い太鼓』が大好きなんだけど、この本にはタイトルの由来になったトルコの古謡が引用されている。

      遠い太鼓に誘われて
      私は長い旅に出た
      古い外套に身を包み
      すべてを後に残して

この本が書かれたのは1986〜89年、40歳になる前になすべきことをやりたいと思いたった村上氏が、ギリシャ・イタリア・オーストリア・イギリスなどヨーロッパを転々としていた時期である。
この間に彼は『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』という2篇の長篇を書き上げ、両方とも大ベストセラーになって彼をして国民的作家と呼ばれるようにまでなった。
思えば村上氏が一大決心で日本を出て行ったときと今のぐりは同い年にあたる。・・・・・・・・・・・・・・・。どうしよう(汗)。


中華街にて。瞳孔全開のペンギン。

Because each of us is an egg, a unique soul enclosed in a fragile egg.

2009年02月17日 | diary
エルサレム賞授賞式で村上春樹氏が「ガザ侵攻」を批判

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これは自慢してもいいことだと思うんだけど、ぐりは村上春樹氏からメールをもらったことが2度ほどある。
もう10年以上前で、今みたいにインターネットがまだ普及していない前のことだった。村上氏はときどき期間限定で公式HPを開設して読者と交わしたコミュニケーションをエッセイにしたりするんだけど、そのHPに村上氏宛てにメールを出したらあっさり返事が来た。
そりゃもうものすごく感激した。嬉しかった。内容は覚えてないんだけど(爆)。インターネットの仕事やっててよかったー、と心から思った。
ただ何度かメールしたけど毎回返信があったわけではなかったらしいので、なぜ村上氏があの2通だけレスしてくれたのかはよくわからなかった。

ぐりと村上春樹の出会いは今からちょうど20年前。
赤と緑の表紙の例の『ノルウェイの森』(そーいやトラン・アン・ユンの映画化企画は進展してんのか?つかトラン監督の『I Come with the Rain』はどーなってんだ?関係ないけど)がむちゃくちゃ売れまくってたけど、当時から既にあまのじゃくだったぐりはベストセラーだとゆーだけでキョーミが持てず、自分から手に取ったことはなかった。村上春樹の名前は父が購読していた週刊朝日の連載で知ってたから、小説じゃなくてコラムの方は中学校か小学校のころから読んでたと思う。子どものころは字が書いてさえあれば何でも、それこそスポーツ新聞の風俗情報欄まで読みつくすくらい(意味は勿論理解していない)の活字中毒だったから。
高校時代ぐりは図書委員で、当番で図書館のカウンターの受付をやっていた。ぐりの高校には『ノルウェイの森』が上下巻それぞれ3~4冊あったはずだけど常にそれはすべて出払っていて、返却されても棚に戻す暇もなくカウンターから借りられていくとゆー大人気の大回転状態だったのを覚えている。だいたい予算が限られた地方の公立高校の図書館に、文芸小説の新刊本が何冊も重複して置いてあるというのが既に異常だった。そんな本ほかになかったと思う。

そしてこれもひどく鮮明に覚えているのだが、ある日当番に行くとカウンターに返却された本の山のいちばん上に、緑色の下巻が重ねて置かれていた。当番の仕事としては返された本をすぐに所定の棚に戻すべきなのだが、つい好奇心で、こんなにみんなが読みたがる小説ってどんなかな?とひらりとページを繰ってみた。だからぐりはこの本を下巻から先に読んでいる。
それ以来数年間、ぐりの読書生活のメインには常に村上春樹が君臨することになった。彼自身の著作は旧作も新作も含め、長編も短編もエッセイもコラム集も翻訳本も、とにかく目に入るものは片っ端から全部読んだ。英訳されたものまで読んでいた。当然のなりゆきとして考え方にもそれなりに影響を受けた。
若いころはベストセラー作家の村上春樹にそこまでハマったことがなんだか気恥ずかしかったものだけれど、今はもうそんなことはないです。それが中年になって羞恥心が希薄になったからなのか(おい)、村上氏の社会に対するスタンスがここ10年ほどでガラッと変化したからなのか、理由は自分でもわからない。

まあとにかく、ぐりは村上春樹氏が好きだ。
作品の中には気に入ってるものもあればそうでもないものもある。考え方には共鳴するところもたくさんあるけど、それはぐりが村上氏の考え方に影響されてるからかもしれない。彼の価値観のどこが正しくてどこが間違ってるかとか、そういうことはぐりはあまり興味がない。
ただ彼の言葉を聞き、読むことが心地いい。それだけだ。彼の言葉はぐりの心を解放し、肉体を解放させてくれる。ページを開きさえすれば、彼が語ろうとしていることがまるごと全部、するするとまっすぐに心の中に下りてきて、きれいに広がって沁みこんでいく。中にはヘビーな作品もある。バカみたいにジョークばっかり満載のエッセイもある。でもどれを読んでいても、心底リラックスして本の中に没入させてくれる。本を読むという愉悦を、思いっきり感じさせてくれる。
そういう作家は、ぐりにとっては日本人では今のところ村上氏ひとりだ。

受賞おめでとうございます。
今年出る新刊、楽しみにしています。
余談になるが、ぐりが男女の営みとはどーゆーことなのかを初めて知ったのは『ノルウェイの森』である(爆)。よーするにつまり、17歳のそのときまで、せっくすとはどーゆー現象であるかとゆーことを知らなかった。って前にもどっかに書いた気がするけど。どんな高校生だ(ちなみにあだ名は「天然記念物」でした)。れじぇんど・おぶ・かまとと。


Bonjour, Je m’appelle Keitaro. 卵と壁 スピーチ和訳。名スピーチでございます(冒頭の動画の日本語字幕の訳が〜〜)。
村上春樹に会いに行く その長編を書き終えてアメリカで開かれた朗読会のもよう。自虐ジョークまみれの村上節炸裂。