落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

The monster's gone

2023年11月12日 | movie

『ビューティフル・ボーイ』

ライターのデヴィッド(スティーヴ・カレル)はアーティストの妻・カレン(モーラ・ティアニー)と次男ジャスパー(クリスティアン・コンヴェリー)と長女デイジー(オークリー・ベル)とカリフォルニアの海岸近くで暮らしていた。
前妻(エイミー・ライアン)との間に生まれた長男のニック(ティモシー・シャラメ)は、やや繊細ではあるものの頭脳明晰で成績も優秀な少年だったが、十代でマリファナを覚え、気づいたときにはメタンフェタミン(=クリスタル・メス)中毒に陥っていた。
デヴィッド・シェフとニックの体験をもとにしたノンフィクションの映画化。

『君の名前で僕を呼んで』でブレイクしたティモシー・シャラメの出演作。
薬物中毒の話って昔からちょっと苦手で。きっかけはリバー・フェニックスがオーバードーズで亡くなったときだから、ちょうど30年前だ。
そのころ私はまだ学生で、薬物についてはとくになんの感情ももっていなかった。周囲の大方の子たちは、マリファナやLSDやMDA程度なら遊びの範疇と捉えているような雰囲気で、ヘロインとかコカインまで手を出して中毒になるのは頭のよろしくない輩のやることといった区別をしていた。

だけどリバーが亡くなったことで、私にとってドラッグの話はただただ胸が締めつけられるだけの痛みに変わった。
その日のことはいまも忘れられない。
現地時間の10月31日、日本での11月1日、私は学園祭で大規模なショーを上演していて、チケットは完売、観客席は満席だった。私は関係者の前では心に蓋をして、とにかく目の前の本番に集中していなくてはならなかった。
それでも胸の中は悲しみと悔しさでいっぱいだった。あれだけ才気に溢れ限りなく輝かしいキャリアを築いていたリバーが、たかがクスリで、わずか23歳で命を落とすということがどれだけ虚しいことか、骨身にしみた。
その後も多くのセレブリティがオーバードーズで亡くなっているが、そのたびに、リバーのことを思い出す。

この物語で、ニックはどうしても埋められない心の隙間から逃れようと薬物に助けを求める。父親は息子が抱えた問題が何か思い至らず、ただ彼を管理しようと躍起になる。
ニックは家族の力を借りながらリハビリ施設に入所したり、大学に通ったり、薬物から離れようと努めるものの何度も失敗する。
お父さんはちょっと尊大で独善的だけど愛情深くて、息子は継母や腹違いの弟妹がいる家庭で感じる疎外感からどうしても内向的な傾向はあるけど、この程度の距離やズレはどこの親子にもあるものだと思う。傍目にはごくごく普通の父子でしかない。

しかし父親でも母親でも息子でも娘でも、人は誰でも、自分自身であることを放り出すことはできない。自分の感情は自分で引き受けるしかないし、他の誰かになることもできないし、自分自身を捨て去ることもできない。生きている限りは。
どうしてもそうしたければ、この世から離れる以外に手段はない。
そのことを認めて受け入れるまでの道は険しく、遠い。
この家族は、とことんまでその道をひたすら突き進み、最後のどんづまりまで駆け続ける。
それは、正直、ちょっと正視に耐えないほど厳しく、つらい。悲しくて、やりきれない。

スティーヴ・カレルとティモシー・シャラメの芝居がもう強烈です。無茶苦茶生々しい。
画像でみると二人は実際のシェフ親子と外見をそっくり似せてます。それが物凄い自然なんだよね。ハリウッド映画だとそういうの当たり前みたいなんだけど、それにしても「寄せた」感が全然ない。
二人のシーンはほんとうの父子のぶつかりあいみたいに、どことなくよそよそしくて、会話はぎこちなくて、ときどきすごくギスギスしている。その感情表現があまりにもリアルで、心の中で二人に向かって「頑張れ」「頑張れ」って一生懸命応援してしまう。
お父さん、ちょっと落ち着こうよ。ニックはあなたの所有物じゃないんだよ。
ニック、お父さんの目をちゃんとみようよ。彼はあなたの味方なんだよ。

親子愛ってほんとうに難しい。
互いに相手への愛には微塵の疑いもない。
でもだからといって何もかもをそのまま受け入れることはできない。
愛が深過ぎて、愛ゆえにどうしても相手を傷つけずにはいられないから。
そんなことしたくないのに、傷つけあわずにいられる方法がわからない。

もしその問いの答えが見つけられるとしたら、それは当たり前のことなんかじゃなくて、努力の末の賜物でもなくて、単にすごくラッキーなんだと思う。
この映画のラストシーンを観て、そうなんだよな…と再認識させられました。せつないことなんだけど。


関連レビュー:
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『CLEAN』
『殺したいほどアイ・ラブ・ユー』



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