落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

I see you, I feel you, but you're not here.

2015年02月26日 | movie
『アメリカン・スナイパー』

幼いころから父親に射撃を仕込まれて育ったクリス(ブラッドリー・クーパー)は海軍に志願して特殊部隊の狙撃手となり、イラク戦争に4度派遣され160人以上を殺害した。
私生活ではタヤ(シエナ・ミラー)という美しいパートナーと子どもにも恵まれるが、帰国しても戦地のことばかり考えている夫と妻との心の距離は埋められず・・・。
米軍史上最強のスナイパーと呼ばれたクリス・カイル本人の自伝の映画化。

「アメリカン・スナイパー」射殺した男に有罪 米裁判所
というわけでいきなりネタバレですみませんがもう報道されてますしご勘弁をということで。
ぐりはてっきり、彼のこの最期があったからこの映画がつくられたんだと思ってたんだけど、映画化そのものは生前から決まってたみたいですね。でも残酷なことをいうようだけど、あのラストシーンがこの物語のすべてといっても過言ではないと思う。
クリスは確かに優秀な狙撃兵であり、良き父・良き夫でもあり、献身的な奉仕活動家でもあったのだろう。だがそれだけではなかった。
戦争はそれほど単純なものではない。

物語自体は非常に単純で、正直にいってこんなに淡々としていていいのかと思うくらい静かである。
舞台のほとんどが戦場だから、物理的に「静か」なわけではない。弾丸と怒号と悲鳴が飛び交い、ばたばたと人が死んでいく。だが常に冷静なクリスにはいつも何の躊躇もない。戦場では彼は何ひとつ恐れていないようにみえる。よしんば恐れていても、彼はその感情を完全にコントロールしている。その凪いだ海面のような彼の心が、戦場を静かに感じさせる。
といっても彼がいっさいの恐怖を感じていなかったわけではない。家に帰ってきてもいつも虚ろな表情で、妻に何を訊かれても戦場でのことを話すことができないクリス。街でかつて助けた退役軍人に感謝の言葉をかけられても、少しも嬉しそうじゃない。戸惑ったような、何か怖いものにでも出くわしたかのような顔しかできない。精神科医のカウンセリングを受けていても、決して心を開いてほんとうの気持ちを言葉にすることができない。
中西部の保守的な家庭で厳格な父に育てられた彼にとっての「正義」や「強さ」の定義がいかに窮屈なものであったかが、本来は饒舌なはずの彼の無言の表情から感じられる。その窮屈さにこそ、彼は矛盾と恐怖を感じていたのではないかと思う。その矛盾が、平和を、国を、仲間を守りたいと強く願う彼の信条それそのものが、実際には人の命を危険にさらしている事実に直面したとき、彼は自分自身の愚かさに初めておののくのだ。

観てしまってからいえることだけど、この作品が賞レースで話題になっているのは映画そのものの質というよりはイーストウッドというブランドが大きく影響しているのではないかと個人的には思います。
ぶっちゃけそんな大した作品じゃなかったです。ゴメン。
いい映画だけど、観て損はないけど、観なきゃいけないような作品でもない。
戦争映画としては普遍的な作品だし、ハズレではないんだけどね。


関連レビュー:
『ハート・ロッカー』
『リダクテッド 真実の価値』
『アメリカばんざい』
『告発のとき』
『キングダム─見えざる敵』
『華氏911』
『サラーム・パックス バグダッドからの日記』 サラーム・パックス著

ビールとタバコと救急車

2015年02月18日 | movie

『どうしても触れたくない』
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転職先の上司・外川(谷口賢志)の粗忽なようで何気ない優しさに心惹かれながらも、過去のつらい経験から自分の殻に閉じこもってしまう嶋(米原幸佑)。見るからに楽天的な外川にも壮絶な過去があることを知り、身を引こうとするのだが・・・。
ヨネダコウ原作の同名コミックの映画化。

『愛の言霊』以来5年ぶりのBL映画鑑賞。
メインキャストのひとりと面識があって義理で観たんだけど、うん、ちゃんとしてました。
BL映画って女性ファン好みの様式美をベースにした、建築に喩えれば箱庭的なジャンルだけど、箱庭は箱庭として完成度があればちゃんと誰でも楽しめる。なぜ箱庭かとゆーとどこにもいけないから。発展性がない・広がりがない。けど映画にそんなものいらないと割りきれさえすれば問題ない。

この作品は箱庭としての完成度には非常に努力を感じる。
みるからに低予算だし、稚拙な部分もたくさんある。そりゃもうあげつらえばきりがない。だがそれでも、もろく不器用な登場人物たちの心の揺れや、物語の核となる曖昧な愛情のあたたかみをまっすぐに大切にしようとする誠実さとストーリーへの愛情はひしひしと伝わってくる。
とくに、全体に引き画中心でワンシーンワンカットを多用してしっかりと追い込んだカメラワークと、心に傷を負った主人公の内面にそっと寄り添うような静かなBGMがとても綺麗だった。凝ったライティングで主人公の心情を描写したり、タバコの火の向こうではためく炎で火災の記憶を表現したりするテクニックはなかなかオシャレだとも思う。序盤に外川からかける電話と、終盤で嶋からかける電話を対比させる演出も気に入った。
一方で残念だなと思ったのも似た部分。クローズアップや手持ちのカットが少なく、主演ふたりがせっかく熱のこもった演技をしてるのに表情がまったく見えないカットが延々続いたりするとやっぱりストレスだよね。声のディテールの再現性が低かったところも惜しかった。作品の温度感を安定させるためにあえてそうしたのかもしれないけど、そこはもうちょっと勇気出して踏み込んでもよかったんじゃないかと思う。そしたらもう一歩盛り上がれたかも。
リフレインするカットバックで主人公のトラウマを表現するパートはすごく丁寧なのに、重要な心理描写をモノローグで片づけてしまうやや乱暴なパートもあった。全体に出演者の演技にかなり依存した演出という印象は否めない。
 
物語そのものはシンプルだけど、冷静に観てしまうとそこはやっぱりBLだから「なんだそりゃ」な部分もある。
個人的には、異性愛者の外川がいともあっさり部下の嶋をお持ち帰りしてしまうところが意味不明だった。嶋を性的に意識しているような台詞は頻発するんだけど、彼がそう感じるべき客観的要因が画面のどこにも見当たらない。嶋を演じる米原幸佑本人は小池徹平と岡田准一を足して二で割ったような美青年ではあるのだが、役柄上、感情表現に乏し過ぎて何を考えているのかわからない。こういうおとなしいフツーの男の子が黙ってこそっと上司に憧れる感情に、何の躊躇もなくつい感応してしまうのも男心なのかもしれないけど、どうしてももうひとつうまくついていけないでいるうちにそういうことになってしまう。さすがBL。ごめんBL。
せめてもう少し彼に色っぽさがあれば外川のいう「流れ」もわかりやすかったのにとも思うけど、服を脱いだ後の米原幸佑は別人のように色っぽくて驚いた。比喩でなく同一人物に見えないのはどういうことだ。
対する外川役の谷口さんは素晴らしかったですハイ。ガサツで一見無神経なのにさりげに気遣いができて、おおらかでストレートで、きっとこの人仕事もできて男女問わずめちゃめちゃモテるんだろーなーという適度にオトナな男性を、何の衒いもなくサラッと演じておられました。露出シーンの体型がリアルで驚きましたが。

とはいえ、この映画の見どころはそれよりももっと後である。異動で離れなくてはならなくなったふたりが、その事実を前に互いの距離を見定めようとする後半のパートは、正直にいってかなり見事といわざるをえなかった。
きちんと気持ちを伝えあった恋人ではない嶋に自分の転勤をどう切りだすべきか逡巡する外川と、傷つくことを恐れては無駄に先回りしようとして却って自分自身さえもてあます嶋との、この両者のいじらしさが穏やかでありながらも激しいふたりの主演俳優の熱演で力いっぱい堪能できる。観てて清々しかったです。こんなに一生懸命熱演できたら気持ちいいだろうなと。
過去や弱さも含めてただ相手を愛おしく思う、いま心の中に生きている感情を大事にしたい外川、主体性もなく相手に流される恋愛しかしてこなかった臆病な自分を卑下してしまう嶋、ふたりそれぞれの愛情が情熱的に画面の中からあふれてくる現象が、単純に観客として心地よかった。
 やっぱり知りあいが演じてるわけだから途中まではうまく感情移入できなかったんだけど、この後半のパートでは思わず「ああ頑張ってるんだなあ」と妙な感動を覚えてしまいました。これだけ頑張れるキャラクターに出会って、こんな風に真面目に必死に演技に向きあえるって、きっと幸せな作品なんだろうな。

全編静かで真面目で一生懸命なところに好感が持てるBL作品。
三十路も後半でBLに出るって聞いたときはぶっちゃけビックリしたけど、うん、よかったよ。頑張ってた。この作品が、これからの彼らの俳優人生の中で財産として生きてくることを心から願います。