『美談の男 冤罪 袴田事件を裁いた元主任裁判官・熊本典道の秘密』 尾形誠規著
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1966年6月30日、静岡県清水市の味噌製造会社専務宅で火災が発生。焼け跡からたまたま留守にしていた長女を除く一家4人の他殺体が発見され、火災は放火によるものと判断された。8月、従業員の袴田巌さんが容疑者として逮捕され、取調べでは犯行を認めたものの公判では一貫して否認。1980年に最高裁で死刑が確定してからも再審請求が繰り返され続け、今も新たに血液を採取してDNA鑑定が行われている。
このいわゆる袴田事件で、当時静岡地裁で裁判官を務めた熊本典道は無罪を確信しながらも合議で敗北し、有罪の判決文を書いた7ヵ月後に辞職、弁護士に転身するもその後法曹界から姿を消したが、2007年、守秘義務を破って「袴田くんは無罪だと信じていた」と告白した。
勇気の人、美談の人とされ一躍脚光を浴びた熊本氏の半生を取材したルポルタージュ。
袴田事件について知ったのは90年代のことだったと思う。
日本のプロボクシング界が元ボクサーだった袴田さんの無実を訴え、支援を表明し始めたのがきっかけではなかったかと思う。あんましはっきりしませんけども、たぶん。
かといって以後ぐりが袴田事件フリークになったとかそーゆーことはまったくなく。だって他にも冤罪事件ってあるじゃないですか。なのでぐりの中ではあくまでもそのひとつ、という捉え方でしかなかった。あんまり知られてませんが、日本では戦後からこれまでに殺人罪・殺人未遂罪を含む凶悪事件で起訴されただけで100件以上に及ぶ冤罪事件が起こっているといわれている(死刑判決を含む)。逆にいえば、袴田事件だけがこれほどセンセーショナルに世の耳目を集めなくてはならない理由が、少なくともぐりにはなかった。
近年になってこの事件がこれだけの注目を浴びるようになったのは、ひとえに熊本氏の異例の告白によるのではないだろうか。2010年にはこの告白を題材にした映画『BOX 袴田事件 命とは』も公開されている。大したもんである。ぐりこの映画観てませんけど。観るべきでしょーかね?
映画にはどう書かれているかぐりは知らないが、結果的にいえば熊本氏は決して“美談の男”ではない。
この本はタイトルの意味するところから最も遠く、彼の人生を徹頭徹尾“美談”の逆説からとらえることで、冤罪が生まれ肯定されてしまう日本の司法制度の不毛を描き出している。
現役法学生時代にトップ合格で司法試験にパスし、花の東京地裁からキャリアをスタートさせたエリート中のエリートでありながら、端から自分の正義の赴くままに裁判官としての職務を遂行していた彼が、袴田事件で心ならずも有罪の判決文を書いてしまって以来、裁判所を辞し弁護士になり仕事には成功しつつも酒に溺れ結婚にも二度も破れ、最終的には職も失ってホームレス同然の生活にまで転落する。
「疑わしきは被告人の利益に」という裁判制度の大原則をただ忠実に守ろうとした優秀な法律家だったはずの人物でも適応できないのが、日本の裁判所なのだ。
それってすっごいヘンじゃない?
確かに現実の日本の裁判所はすごく官僚的な機構になってしまってはいる。けどそれは断じて正しいことじゃない。国民の人権をこそ守るべき裁判所が官僚的ておかしいよね?こわいよね?
熊本さんは強い人ではなかったかもしれない。弱いところも不完全なところもいっぱいあったかもしれない。
でも、何度も自殺未遂をくり返し大病を患いながらも今までを生き抜いて、ついにこの告白に至っただけでも、ぐりとしては「美談の人」と賞賛されて然るべきではないかとも思う。
もっと早くいえば良かったのに、なんてことは気楽な外野からしかいえない戯言だ。
熊本さんがいかに優秀な人であっても所詮はただの人だ。自らの無力感と罪悪感に責め苛まれながらそれから逃げられず、自分を責めて責めて責め抜いて最終的には抱えきれなくなったその気持ちだけでも、ぐりは「ご苦労さん」の一言で済ませてあげたい気がする。
ことここに及んでは、熊本さんが元気なうちに袴田さんが晴れて自由の身になって、そしてもとの健康を取り戻してくれたらと思う。
それだけをせつに願うしか、ない。
スペインでつくられた袴田さんの自由を求めるポスター。
関連レビュー:
『冤罪 ある日、私は犯人にされた』菅家利和著
『LOOK』
『日本の黒い夏 冤罪』
『それでもボクはやってない』
『それでもボクはやってない―日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり!』周防正行著
『お父さんはやってない』矢田部孝司+あつ子著
『冤罪弁護士』今村核著
『僕はやってない!―仙台筋弛緩剤点滴混入事件守大助勾留日記』守大助/阿部泰雄著
『東電OL殺人事件』佐野眞一著
『アラバマ物語』ハーパー・リー著
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1966年6月30日、静岡県清水市の味噌製造会社専務宅で火災が発生。焼け跡からたまたま留守にしていた長女を除く一家4人の他殺体が発見され、火災は放火によるものと判断された。8月、従業員の袴田巌さんが容疑者として逮捕され、取調べでは犯行を認めたものの公判では一貫して否認。1980年に最高裁で死刑が確定してからも再審請求が繰り返され続け、今も新たに血液を採取してDNA鑑定が行われている。
このいわゆる袴田事件で、当時静岡地裁で裁判官を務めた熊本典道は無罪を確信しながらも合議で敗北し、有罪の判決文を書いた7ヵ月後に辞職、弁護士に転身するもその後法曹界から姿を消したが、2007年、守秘義務を破って「袴田くんは無罪だと信じていた」と告白した。
勇気の人、美談の人とされ一躍脚光を浴びた熊本氏の半生を取材したルポルタージュ。
袴田事件について知ったのは90年代のことだったと思う。
日本のプロボクシング界が元ボクサーだった袴田さんの無実を訴え、支援を表明し始めたのがきっかけではなかったかと思う。あんましはっきりしませんけども、たぶん。
かといって以後ぐりが袴田事件フリークになったとかそーゆーことはまったくなく。だって他にも冤罪事件ってあるじゃないですか。なのでぐりの中ではあくまでもそのひとつ、という捉え方でしかなかった。あんまり知られてませんが、日本では戦後からこれまでに殺人罪・殺人未遂罪を含む凶悪事件で起訴されただけで100件以上に及ぶ冤罪事件が起こっているといわれている(死刑判決を含む)。逆にいえば、袴田事件だけがこれほどセンセーショナルに世の耳目を集めなくてはならない理由が、少なくともぐりにはなかった。
近年になってこの事件がこれだけの注目を浴びるようになったのは、ひとえに熊本氏の異例の告白によるのではないだろうか。2010年にはこの告白を題材にした映画『BOX 袴田事件 命とは』も公開されている。大したもんである。ぐりこの映画観てませんけど。観るべきでしょーかね?
映画にはどう書かれているかぐりは知らないが、結果的にいえば熊本氏は決して“美談の男”ではない。
この本はタイトルの意味するところから最も遠く、彼の人生を徹頭徹尾“美談”の逆説からとらえることで、冤罪が生まれ肯定されてしまう日本の司法制度の不毛を描き出している。
現役法学生時代にトップ合格で司法試験にパスし、花の東京地裁からキャリアをスタートさせたエリート中のエリートでありながら、端から自分の正義の赴くままに裁判官としての職務を遂行していた彼が、袴田事件で心ならずも有罪の判決文を書いてしまって以来、裁判所を辞し弁護士になり仕事には成功しつつも酒に溺れ結婚にも二度も破れ、最終的には職も失ってホームレス同然の生活にまで転落する。
「疑わしきは被告人の利益に」という裁判制度の大原則をただ忠実に守ろうとした優秀な法律家だったはずの人物でも適応できないのが、日本の裁判所なのだ。
それってすっごいヘンじゃない?
確かに現実の日本の裁判所はすごく官僚的な機構になってしまってはいる。けどそれは断じて正しいことじゃない。国民の人権をこそ守るべき裁判所が官僚的ておかしいよね?こわいよね?
熊本さんは強い人ではなかったかもしれない。弱いところも不完全なところもいっぱいあったかもしれない。
でも、何度も自殺未遂をくり返し大病を患いながらも今までを生き抜いて、ついにこの告白に至っただけでも、ぐりとしては「美談の人」と賞賛されて然るべきではないかとも思う。
もっと早くいえば良かったのに、なんてことは気楽な外野からしかいえない戯言だ。
熊本さんがいかに優秀な人であっても所詮はただの人だ。自らの無力感と罪悪感に責め苛まれながらそれから逃げられず、自分を責めて責めて責め抜いて最終的には抱えきれなくなったその気持ちだけでも、ぐりは「ご苦労さん」の一言で済ませてあげたい気がする。
ことここに及んでは、熊本さんが元気なうちに袴田さんが晴れて自由の身になって、そしてもとの健康を取り戻してくれたらと思う。
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スペインでつくられた袴田さんの自由を求めるポスター。
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