落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

23歳の従軍カメラマン

2007年08月11日 | book
『トランクの中の日本―米従軍カメラマンの非公式記録』 ジョー・オダネル著 平岡豊子訳
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1945年9月~1946年3月、終戦直後の九州~西日本を従軍カメラマンとして撮影しながら、個人的なスナップも撮りためていた若い米兵がいた。
19歳で海兵隊に志願したが新聞社の暗室係という前職もあって実戦には就かずに写真技術の訓練を受け、戦後になって敵地だった日本で記録撮影の任務を命じられた。
当時23歳、海兵隊といえどタフでマッチョなバリバリの“マリーン”ではない、いってみればごくふつうの若者だったオダネル氏は、破壊しつくされ究極の貧困に苦しむ敗戦国日本の現実を撮った写真を、帰国後人知れずトランクにしまいこんで忘れることにした。
それほど、彼の見た日本は悲惨だった。悲惨なだけではない。そこまでこの国を壊したのが自分たちアメリカ人だという罪の呵責に堪えられなかったのだ。

こないだ『ヒロシマナガサキ』を観た後で、1995年にスミソニアン博物館で予定されていた写真展が在郷軍人の圧力で中止になったことを思い出した。
中止になったのは、既にアメリカ各地で開催されていたこのオダネル氏の写真展だった。
オダネル氏の写真はただの記録写真ではない。彼が優れた報道写真家であることは技術的にも疑いの余地はないが、それ以上に、写真の一枚一枚から、被写体に対峙した彼の心の震えが、実に生々しく伝わってくる。一般に報道写真家は被写体に対して感情をもたず常に冷静でいることが求められるが、まだ若く写真家としても駆け出しだった当時のオダネル氏が撮ったスナップには、そうしたセオリーは踏襲されていなかったのだろう。
そもそも彼は、故郷の家族への土産・記念品として日本の写真をもって帰るつもりでカメラを買ったのだ。佐世保のカメラ店で、タバコと交換で。

この写真集には、1点ずつ詳細なキャプションとともにオダネル氏のインタビューも添えられている。
中に非常に印象的な一文があったので引用する。広島で出会った日系アメリカ人の老人の言葉だ。

「息子のような君に言っておきたいのだが、今の日本のありさまをしっかりと見ておくのです。国にもどったら爆弾がどんな惨状を引き起こしたか、アメリカの人々に語りつがなくてはいけません。写真も見せなさい。あの爆弾で私の家族も友人も死んでしまったのです。あなたや私のように罪のない人々だったのに。死ななければならない理由なんて何もなかったのに。私はアメリカを許しますが、忘れてくれといわれてもそれは無理です」

オダネル氏は45年後、この老人の言葉通り、写真を携えて反核運動に参加することになるが、この言葉は同時に、世界中の多くの戦争被害者の言葉ともいえるのではないかとぐりは思う。
語りつがねばならない。許すことはできても、忘れることはできない。

終戦直後の日本を通訳軍人が記録した書簡集『昨日の戦地から 米軍日本語将校が見た終戦直後のアジア』もすごくいい本だけど、この写真集はそのビジュアル版みたいなものかもしれない。著者の年齢も近いし時期もほぼぴったり重なっている。アプローチも似ている。
そこに登場する日本人たちの姿には、やはり日本人からみた日本人像とは違った新鮮さがある。
空襲で妻を失いながら米兵をあたたかくもてなす市長。墜落した米軍機のパイロットを手厚く葬った農家の人々。事故に遭った海兵隊員を助けるために雨の中を走って知らせに来た日本人女性。
みんな、つい1ヶ月前まで鬼畜米英を叫んでいたはずの日本人だ。彼らが当時何をどう感じどう考えていたのか、今となってはもう知る術はない。ごく都合よく解釈すれば、彼らにとっても憎いのは戦争であって敵国の人間ではなかった、ということもできるかもしれない。
でも、もしほんとうにそうなら、ほんとうに日本人がそんな国民なら、どうして戦争になんかなったのだろう。
わからない。

偶然だがオダネル氏は昨日テネシー州ナッシュビルで亡くなった(記事)。
現在、長崎県美術館ではオダネル氏が撮影した原爆投下2ヵ月後の長崎の爆心地の写真が展示されている。15日まで。