映画と本の『たんぽぽ館』

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「わたしたちが孤児だったころ」 カズオ・イシグロ

2007年06月08日 | 本(その他)

「わたしたちが孤児だったころ」 カズオ・イシグロ 入江真佐子訳 ハヤカワepi文庫

これぞ「小説」。
ほとんどミステリっぽいものしか読まないくせに、なぜ突然カズオ・イシグロなのかというと、この前、「日の名残り」という映画(DVD)を見ましてね。
その原作がカズオ・イシグロということで、興味を持ちまして、読んでみました。
カズオ・イシグロ氏は1954年生まれ。(ほぼ同年代だっ)
日本人ですが、5歳の時にイギリスへ渡り、日本とイギリスの二つの文化を背景にして育った、とあります。
「日の名残り」ではブッカー賞受賞など、英米では大変高く評価されている作家です。
・・・、といったものの、私は本当に推理小説専門だし、翻訳ものが苦手ということもあって、この作家については何も知らなかった、というのが正直なところです。
さて、ということで初挑戦のこの小説は、すごくよかったです!!

このストーリーの主人公は、英国の探偵であるクリストファー・バンクス。
1910年代、少年時代の彼は上海で両親と暮らしていました。
ところが、両親が謎の失踪を遂げ、孤児となった彼は、おばに引き取られて、その後イギリスへ渡り成長します。
探偵となった彼は、両親の行方を探すべく、再び彼にとっての故郷である上海へ渡ります。
探偵? 謎の失踪? これはいつも私の見ているミステリなのか?
・・・いえ、これはやはり、ミステリとは別物ですのでご安心を。(何が安心なんだか・・・?)
常に主人公が過去を回想する形で語られており、それもかなり第三者的、冷静な語り口なので、正直はじめのほうは少し退屈に思いました。
けれど、成長した彼が再び上海の地を踏むあたりから、どんどん佳境に入っていきます。
ちょうど日中戦争の只中。
魔都、上海。
中国、イギリス、日本、様々な人種・思想・アヘン等の利害関係が、入り乱れ、混乱のさなかです。
親友のアキラとは再会できるのか。
密かに思い続けた女性との関係は・・・?
両親の失踪の真相は??

このあたり、なんと歯医者の待合室で読んでました。
「予約時間にきちんと行ったはずなのに、何でこんなに待たされるのさっ」と、いつもならイライラするところですが、このときばかりは、たっぷり待たされたおかげで、じっくり物語りに集中できまして、(しかも、手に汗を握る展開!)実に有意義な待ち時間でした。

う~ん、私の文章だと、なんだかドタバタストーリーみたいに思えますね。
そうではなくてとても深い物語なんですよ。本当は。
文庫の解説で古川日出男氏がこういっています。

カズオ・イシグロはこの『わたしたちが孤児だったころ』で、結局のところ、僕たちは永遠に小さな男の子あるいは小さな女の子なのかもしれない、と描く。
それはあまりに哀切で、だから最後のページを読み終えると言葉を失ってしまう。

この解説がまた、お手本にしたいような名解説なんです。
このような文章が書けるようになりたいものです。
クリストファーが最後に知った真相は、大変ショッキングで切ないものでした。
子供から見ると、ゆるぎない大人。
けれどもその大人も、実は必死で孤独に世界と向き合い震えている・・・。
ちょっと怖いですけどね。



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1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
今日の星座占いは1位でした (パール)
2010-06-07 22:13:57
たんぽぽ様の過去の記事を読ませて頂いて、この本のタイトルを見つけました。
とても不思議で魅力的な本でした。読み終わったあと、手に入れることが出来なかった幸福な過去の思い出に浸るような(うまく言えないのがもどかしい…)何とも言えない想いに満たされました。誰かに小さな声で「よかった」と言いたくなる作品でした。
たんぽぽ様のこの作品のコメントを読むことが出来て、とてもとてもうれしいです。
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