布おむつ

2007年02月18日 | 健康・病気
朝日新聞の「ひととき」欄が好きです。
今日のは、「手製の布おむつ」だった。

里帰り出産のため、愛知県の実家に帰った女性。
お母さんが生まれてくる孫のために、
おむつを縫って用意してくれていた。
「私の周りでは、紙おむつで育てている人たちばかりよ」
「昔は紙おむつなんて無かった。
 布おむつを頻繁に替えることで赤ちゃんとの
 触れ合いがが増える」と力説する母。
数日後、母親と一緒にショッピングセンターに
おむつカバーを買いに行く。
店員は、既製品の布おむつは吸収がよく、乾きやすく、
おむつカバーにもぴったりな大きさだという。
> そばで聞いている母はどことなく悲しげで、
> 私は母の顔をまともに見ることができなかった。
「お母さん、私は作った布おむつで育てるよ」
> 心の中でそう叫ぶのが精いっぱいだった。

というような内容だった。
母親の気持ちを大切にしたい娘の気持ちが
よく出ている文章だな、と思った。

うちの息子たちはほとんど布おむつで育てた。
そのころ紙おむつが出始めで価格が高かった。
しかし、双子なのでおむつ以外でも夜起こされることが多く、
夜だけ紙おむつを使っていましたね。
紙おむつも今ほどよいものではかなったと思う。

なにしろ双子です。
1日に使うおむつの量ははんぱじゃなかった。
(1日何枚ぐらい洗ってた?
 と訊きたいが、女房は夢の中です)
女房は毎日それを洗濯していた。
おれは会社から帰ってから、乾いたおむつをたたんでた。
今思うと懐かしいな。

「早く大きくなれ」「いつか酒を飲んで語ろう」
と思いながら、おれはおむつを替えていた。
しかし今は、2人とも家を出て音沙汰もない。
(ま、これはいいことだ)
おれは息子たちを育てたなんてことは忘れよう。
ちょっと楽しかった“子育て”を、
体験させてもらったことを息子たちに感謝しよう。

ところでKは、孫のおむつ替えてんだろうな?
おれの気持ち、少しはわかってくれよ。

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過敏な腸

2007年02月17日 | 健康・病気
2月12日の朝日新聞に「『過敏な腸』と付き合う」という記事があった。

 日に何度もおなかが痛み、その度にトイレに駆け込む。
 通勤電車の中、仕事中、授業中……下痢を繰り返す人もいれば、
 便秘に悩む人もいる。
 そんな「過敏性腸症候群」はストレス社会を反映した現代病ともいわれる。

この記事を読んで、あ…、おれはこれなんだ、と思った。
こんなことで悩んでいるのはおれだけなんだと考えていた。
このことはおれのものすごい劣等感で、小さいときから悩んでいた。

小学生のときお腹が痛くてトイレに行く。
分校だったせいか男と女のトイレが分かれていなかった。
おれが“女子”トイレに入ると、みんなにバカにされた。
べつに大便をするトイレが“女子”トイレと決まっているわけではないが、
なんとなくそっちは女子が入るものだとなっていた。
教室に戻ると、何人かのワルに
「あ~、オギワラは、女便所に入った」とはやされた。
これがイヤだった。つらかった。
だから、学校では2度とウンチをするのはやめようと思った。
しかし、なんかちょっとしたことでお腹が痛くなり
トイレに行きたくなってしまう。
学校でトイレを我慢して下校する途中でもらしてしまったこともあった。

社会人になり電車で通勤するとき、頻繁にトイレに行きたくなってしまう。
だからどこの駅のトイレも覚えていた。駅だけではない。
どこに行っても利用できるトイレの場所は覚えるようにしていた。(イマデモ)

車通勤するようになると、またこれが大変なのです。
なかなかトイレのあるところが分からないし、
あったとしてもそこに停められないときがある。

こんなこともあっておれは朝のトイレが長い。
30分近く入っているときもある。
完璧に1日分のウンチを出しきっておきたいと思うからです。
それでも日に何回か便意をもよおす。
こんなおれは世の中では、まともに生きていけないんではないかと悩んだ。
いまでも悩んでいます。

 「脳がストレスを受けると自律神経でつながった腸の運動が異常になり、
 内臓感覚も過敏になりやすい。
 それが一因になっていることがわかってきました」
 と東北大の福士審教授(行動医学)。
 腹痛や下痢などの症状自体がストレスになり、悪循環に陥るという。

やっぱりそうだったのかという気持ちです。
病院ではいろいろな薬で治療しているようだ。
おれは40歳過ぎた頃から整腸剤を飲むようにした。
それでかなり改善された。
しかし、薬を飲み続けることに抵抗があり、ヨーグルトに替えた。
5、6年前、カスピ海ヨーグルトを知った。
そのタネを知人にわけてもらって、
それからカスピ海ヨーグルトを長く愛用している。

私は、小さいときから“くそ”で苦しんできた。
だから“九想”なんです。
この名前にしたのは「過敏性腸症候群」のせいです。
屈折しているなー。

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金つぎ

2007年02月16日 | 健康・病気
昨夜、「拝啓、父上様」(フジテレビ)を観ていたら、
割れた俎板皿の欠けたところを金つぎする、
というエピソードがあった。

陶芸教室で“金つぎ”という言葉を知った。
破損した陶器を漆を使ってつくろい、その表面に金を塗る。
一見すると金でついだように見える。
金つぎすると、
割れてなかったときより価値が上がる陶器もあるらしい。

倉本 聰はこんなことも知ってるのか、と思った。
金つぎということを知り、
いつかシナリオに使おうと思ったんだろうな。

ドラマを観ていて、
「金つぎ」という言葉を聞いたときは、うれしかった。

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いろり端(3)

2007年02月15日 | 健康・病気
中学2年の秋の終わり頃だったかな。
おやじとおふくろが囲炉裏にあたっていた。
でも、なんとなくおかしな雰囲気だった。
おやじの話す言葉にとがるものがあった。
おれは、テレビをひとりで観ていた。
兄はお風呂に入っていた。

いきなり「バチン」という音がした。
振り向いて囲炉裏のほうを見ると、
おやじが火箸でおふくろの背中を殴っていた。
火箸の材質は鉄で、5ミリほどの太さで
30センチぐらいの長さだった。
それを2本わしづかみにして、
おやじがおふくろの背中を何度も叩いていた。
「父ちゃん、やめでころよ。やめでころよ」
おれは叫んだ。
おふくろは立ち上がって座敷を駆けて逃げた。
そして縁側の端の雨戸を開けて庭へ逃げた。

兄が急いで風呂から出て来た。
おやじは雨戸を閉め、
「2度と家(うぢ)にいれねぇかんな」
と庭に向かってどなった。

そのあとしばらくしてから、
兄とおれとでおふくろを家の中に入れた。
そのあと、どうしたのかよく覚えていない。

あとで兄から聞いた話では、
その日、畑に行くときおふくろは
仕事に必要なものを持って行かなかったらしい。
それにおやじは腹を立てていた。
おそらくそれまでにもおふくろは、
そんなことが何回もあったのだろう。
おやじもその日は我慢ができなくて、
あんなことになったようだ。

あの日はホントに怖かった。
おやじがおふくろを殴るのを見たのはあのときだけだった。
目をつぶるとあのの光景が浮かぶ。

生家の“いろり端”にはいろんな思い出がある。
家族が集まる場所なのでいろいろな出来事が起きたのです。
こんなことを書いていると、ちょびっと涙がにじんだりする。

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いろり端(2)

2007年02月14日 | 健康・病気
冬、夕飯が終わると囲炉裏の火を消す。
消して熾の上に灰をかぶせる。
炬燵櫓を持ってきて囲炉裏に置く。
その上に蒲団をかぶせる。
おれの子どもの頃の炬燵はそんなものだった。
炬燵の上に載せたのは、食事に使っていた折りたたみの卓袱台です。
いやァ~ぶかっこうですね。

とうぜん、足は伸ばせない。
炬燵の中は灰と熾です。
そこに寝っ転がって、
おれが小学校4年まではラジオを家族で聴いていた。
落語とか浪曲を聴いていたことを思い出す。
そんなものがおやじは好きだった。
うちにテレビが来たのは、小4の夏でしたね。

おれは、子どものときにもらっていた小遣いは1日10円だった。
それは中学3年まで続いた。
高校生になったとき1月500円になった。
うれしかったが、高校生にとって500円というのは、
むなしい金額でした。
あの頃、ラーメンが120円だったかな?
ブラスバンドの練習のあとみんなで食べに行くのだが、
おれはそんなにつきあえなかった。

小学生のとき、囲炉裏端のひとつの角の茣蓙の下に、
小遣いが置いてあった。
おれと兄の1日分の小遣いだ。
あの頃、学校から家に帰ると友だちと会い、
それから近所の駄菓子屋に行った。
あの囲炉裏端にあった10円玉はありがたかった。

                           (つづく)

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いろり端(1)

2007年02月13日 | 健康・病気
「いろり端」をGoogleで検索したら、
「九想庵のいろり端」がトップに出てきた。
これはうれしいですね。
goo、infoseek、BIGLOBEでも1番でした。
しかし、Yahooでは24番目だった。クヤシイ
ま、いいか。

検索エンジンにたまたま「いろり端」と入力して、
「九想庵のいろり端」を訪ねてくれたらありがたい。
しかし、せっかく来てくれても今の「いろり端」がさびしいな。
でも、考えれば、九想庵をつくった頃は半年以上書き込みがなかった。
それを考えれば、いいかな~。

今夜はこういうことを書くつもりではない。
いろり端のことを書こうと思っていたのです。
おれの生家には囲炉裏がありました。
四隅の囲炉裏を仕切っている木が、
炎で焼け落ちて丸くなっていた。
四角の囲炉裏がその木だけを見るとなんとなく輪郭が丸かった。

囲炉裏は夏でも朝晩には火を燃やしていた。
そこはおふくろにとって、食事の準備に必要な場所なんですね。
竈(かまど)はあるのだが、
味噌汁やちょっとしたものは囲炉裏でやっていた。
魚とか餅を焼くには便利だった。
熾(おき)を囲炉裏の中心から灰の所に出して、
五徳と囲炉裏のへりにアミを載せてその上に魚や餅を置いて焼く。
こりゃこたえられなくうまかった。
なにしろ薪を燃やした熾で焼いたのだ。
餅は、杵と臼でついたやつなんです。

いつも鉄瓶にはお湯が沸いていた。
客が来るとそれでお茶を出す。
その頃うちではお茶も栽培していた。
あのお茶、おいしかったな。
おやじの飲む酒の燗は、自在鉤にぶらさがったその鉄瓶だ。
おれが近くの川で釣ってきたフナなどは、
串に刺して火のまわりに差しておく。
天井にぶらさがった煤(すす)がときどき落ちてくるのを我慢さえすれば、
囲炉裏とはなかなか素晴らしい暖房設備で調理道具でした。

                                 (つづく)

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友から電話

2007年02月12日 | 健康・病気
今日、2人の友人から電話があった。
どちらも高校時代の友人だ。
1人は地元茨城で建設会社を経営しているK。
「元気か?元気だらよがった。
 こんど田舎にくっとぎは連絡しろよ」

もう1人は、単身赴任で札幌に行っているSだった。
札幌に、やはり高校のときの友人が連休で遊びに来ていて、
さっき帰ったところだ、とSがいう。
「昨日、2人で飲んでいておめぇの話が出てよ」
さっぽろ雪まつりは今日で終わりだといっていた。

なんということではない電話だったがうれしかった。
おれのことをときどき思っていてくれるんだな、
と考えるだけでありがたかった。

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鈍感力

2007年02月11日 | 健康・病気
おれは自分のことをかなり神経質な人間だと思っている。
すべてのことに細かい。
他人のする行為や話すことがたえず気になり、
それを意識して暮らしている。
それによって傷ついたり、ストレスを感じたり…。
しかし、鈍感なところもおれにはある。

渡辺淳一著「鈍感力」(集英社)という本がある。
書店で平積みされていたこの本を見たときには、
なにが「鈍感力」だ、と鼻で嗤った。
そのとき、「其の壱 ある才能の喪失」を立ち読みした。
その夜、九想話に「鈍感力」を書こうとした。
ある程度書いてUPしようとしたが、やめた。
立ち読みしただけで書いてはまずい、と思ったのだ。
(それこそたいした“鈍感力”だ)
それで翌日購入した。

読了して、うなづくことの多い本だった。
他人の行動やものごとに敏感で繊細なことはいいことだ。
しかし、「鈍感力」も人間生きていくのに必要じゃないか、
これからのおれの人生に、この「鈍感力」を活かしたい、と思った。

でも、おれって“敏感”なのか、“鈍感”なのか?


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雪なし

2007年02月10日 | 健康・病気
都心に雪なし 過去130年で最も遅い記録の更新が確実(朝日新聞) - goo ニュース

雪が降らない。
暖かい日が続いている。
去年、新しい車を買った私は、
タイヤチェーンをすでに買っている。
これを使わなくてすむのは楽でいいのだが、
やっぱり少し気持ち悪い。
雪よ降ってくれよ。

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立つか坐るか

2007年02月09日 | 健康・病気
「うわさの調査隊」(TBSラジオ)で、
男はオシッコを立ってやるか坐ってするか、
ということを電話でアンケートをとっていた。

私は、外では専用の便器があるから立ってしてるが、
家では坐ってしています。
立ってすると、ときどきあれが便器の外に出てしまう。
それを処理するのがイヤです。
そういうことを考えると、
ズボンなどを下げるのが面倒ですが坐ってしている。
しかし私は、男だったら立ってするべきだとは思う。
男の威厳というものがない。
いや、そんなことよりも今の私にはなんにもないんだな。

以下は、TBSラジオのこの番組のサイトにあった結果です。

  男性がトイレで座って用を足すのは、アリ?ナシ?
  男性で「あり!」と思う人:805票(35%)
  男性で「なし!」と思う人:446票(19%)
  女性で「あり!」と思う人:777票(33%)
  女性で「なし!」と思う人:296票(13%)

男性のみなさん、あなたはどちらですか?



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