九想話

ブログ以前から書き始めて、20年目になります。



8月去る

2009年08月31日 | Weblog

軽井沢の8月を初めて過ごした。
今年は、ちょっとおかしな天気で東京もあまり暑くなかったようだ。
電話で女房と話していると、それほど暑いという日は少なかったようです。
せっかく私が軽井沢にいるのに残念だ。
暑い東京で苦労している女房に涼しい軽井沢を自慢したかったのに、
あまりここの優位性を誇れなかった8月でした。

軽井沢の季候に私は慣れそうにない。
ちょっと涼しすぎる。
今夜などは寒くてもう1枚羽織りたい気持ちです。
この秋から冬が怖い。
私は、生きていけるのでしょうか?

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8月の九想話

8/1  軽井沢de夏        夏なのにこの涼しさは軽井沢
8/2  本のソムリエ    
8/2  いくじなし          そこに住む人に迷惑川花火
8/3  禁煙1ヶ月
8/4  パトカー
8/5  軽井沢大賀ホール   夏になり車わき出す軽井沢
8/6  兵士たちの戦争
8/7  口内炎             口内炎疼き目覚める今朝の秋
8/8  沓掛の蟇次郎       草分けておれはここだと蟇次郎
8/8  ショウガ焼き
8/9   おいでよ僕のベットに 爽やかな軽井沢の風吾あわぬ
8/10 台風9号
8/11 地震
8/12 ゴーギャン展        放浪のゴーギャン展に残暑かな
8/13 シントコ
8/14 酒のナカ屋
8/14  中日、巨人に1.5差
8/15  80年代の名曲            あなたにも八月十五日わたしにも
8/15  もう少しで
8/16  さぶい
8/17 途方に暮れる
8/18 遠い茨城           快適な避暑地に合わぬ異郷人
8/19 また、ゴーギャン      人間に楽しいことはありません
8/20 コンドルは飛ばない  花野にてケーナを出してそっと吹く
8/21 女房がいる      
8/22 今日
8/23 女房帰る
8/24  プロフェッショナル選 
8/25  ザ・ライバル
8/26  LIFE井上陽水              秋めきて陽水の歌身にしみて
8/27 草津温泉
8/28  パンカーラでケーナ
8/28  大滝乃湯
8/28  草津の湯畑                  新涼や湯畑金管ハーモニー
8/29 期日前投票
8/29 中山道69次資料館
8/29  旧軽井沢銀座               旧軽や明治とギャルのせめぎ合い
8/30  盛田幸妃              変わるとき変わってしまう秋うらら
8/31 8月去る                もう一枚欲しいと思う秋の夜

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盛田幸妃

2009年08月30日 | Weblog
「不屈の者たちへ」再放送(NHK16:00~16:45)
「元プロ投手・盛田幸妃脳しゅよう再発と闘う▽
 奇跡の復活から10年人生のマウンドに立つ」を観た。

盛田幸妃という投手を私はよく知らなかった。
88年横浜大洋ホエールズにドラフト1位入団。
92年には佐々木主浩とのダブルストッパーで大活躍した。
98年近鉄バッファローズへ移籍。
シーズン中に脳腫瘍が見つかり、12時間に及ぶ手術を受ける。

手術の翌日に急に右手と右足が動かなくなったとき、
盛田は落ち込み、「安楽死させてくれ」「死ねる薬をくれ」と
何度も口走しった。
そのとき奥さんのいった言葉が素晴らしかった。
「あんたひとりぐらい私が食べさせていける」
こんなこといってくれる奥さんがいるのはいいですね。

私も女房には救われている。
なにしろ弱いダメな亭主なんです。
まじめな話、女房がいなかったらここまで生きてこられたかどうか。
(こんなことを九想話に書くとまずいな。あのひとが読んでる…。
 あいつにエバられてしまう)

細かいことはよく覚えていないので書けないが、
盛田幸妃は、リハビリを一所懸命やった。
翌年、彼は球界にカンバックした。
2000年に引退を一度決意したが、大幅な年俸減を飲んで現役を続けた。
翌年の、オールスター出場、日本シリーズでの登板、
そして、カムバック賞を受賞した。
(記憶で書いているのでちがっているかも知れません)

2002年に引退、その後、ラジオ局から話があって解説者になった。
解説者になって苦労した。
キャンプ回りをしていても誰とも話せなかった。
みんな必死に練習しているのに声を掛けられない。
少ないデータで最初のラジオ放送にのぞんだ。
どうしても遠慮があり、選手を「**さん」とか「○○くん」
と呼んで解説してしまった。
それを聴いていた落合が、
「あんな選手に遠慮した解説していたんではダメだ。
 もっと本音で解説しないといけない」と電話で怒鳴ってきたそうだ。
落合は現役のとき、盛田を苦手としていたらしい。
その落合が、盛田のためを思って忠告している。
私はけっこう、落合という人が好きです。
現在、盛田は、球団の裏方の人たちを取材しているという。
その人たちの話が、その球団を見るときに役にたつそうだ。

解説者になっても2度、脳腫瘍が発見されて手術をしている。
手術で取っても、またできてくる。
主治医が、あなたの寿命は50歳だと思ってくれ、といわれた。

彼は、脳腫瘍がわかるまで人生好きなように生きていた。
独身の頃一晩で100万円飲んだこともあったそうだ。
毎年、外車を乗り換えていた。
スチュワーデスの美人の奥さんももらった。
しかし、病気になっていろいろなことがわかったそうだ。
これまで何度か私は、盛田幸妃の解説は聴いている。
しかし、いいかげんに聴いていた。
これからもし聴けることがあったら、真剣に聴きたい。

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旧軽井沢銀座

2009年08月29日 | Weblog
今日は天気がよかったら、
小諸の高峰高原に行きたいと思っていた。
ところが朝からどんより空は曇っていた。
しょうがなく諦め、それで旧軽井沢にした。

旧軽井沢にもいつか行きたいと考えていた。
矢ケ崎公園の駐車場に車を停め、まず大賀ホールに行った。
女房に見せておきたかったのです。
池の中央に架かる大きな橋を歩いた。
この公園、私は好きです。

そこから旧軽井沢まで歩いた。
15分ほど歩いて軽井沢銀座に着いた。
いや~、すごい人でした。
いろんな食べ物屋さんがあった。
ジャムを売る店が多かった。
私たちは、そのいくつかの店でクッキーにジャムをのせ
たくさん試食をした。

軽井沢に別荘を最初に建てたカナダの宣教師の「ショーハウス」を見た。
そのあたりの雰囲気がいいですね。
「お金でもあったらあんなところに別荘を建てたいね」
なんて会話をしている私たち夫婦ですが、
その前に本宅がありません。
(なんとか宝くじをあてなくては…)

それにしても矢ケ崎公園から旧軽銀座まで歩くのはやめましょう。
50代の夫婦には無理です。
車まで戻ったら疲労困憊で、しばらく公園で休んでいました。
でも矢ケ崎公園の駐車場は2時間まで無料、4時間で200円なんです。
旧軽井沢の駐車場は、だいたい600円でした。
こんな節約生活をしていても家も持てない夫婦です。

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中山道69次資料館

2009年08月29日 | Weblog

矢ケ崎公園を出て、佐久市にでも行こうとなった。
ところが、追分あたりに来て気が変わった。
中山道69次資料館」に行くことにした。

ここは個人が作った資料館で、よかったよ、と友人から聞いていた。
駐車場というか芝生のお庭には、車が1台停まっていた。
入館料は500円だった。
中に入ると館長自らが入館料を受け取り、
さっそく中山道の説明をしてくれた。
説明を聞いて、いろんな展示物を見た。

次の展示室に行くと、再び館長がいらっしゃって説明してくれる。
その間合いがいい。
まるで館長が私たちを見ていて、
ちょうどいい場所に来たときに現れる、という感じです。
2階の最後の展示物を見ているとき、
奥様がお茶とせんべいを持ってきてくれた。
なんと気配りのいい資料館なんだろうと、女房と感動した。
いつかまた訪ねてみようかなと思わせてくれる
中山道69次資料館でした。

 

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期日前投票

2009年08月29日 | Weblog
昨日、私は期日前投票をしてきました。
場所は、軽井沢町役場の裏のほうにある中央公民館でした。
私の受付番号を見ると「131」。
午前11時過ぎに行った。
私の前にも後ろにも人はつながっていた。
かなりの人が期日前投票をするんだなと感心しました。

女房も一緒に行ったのですが、彼女の投票権は東京です。
明日帰ってから投票するといっている。
さあ、日本の政治はどうなりますか?

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草津の湯畑

2009年08月28日 | Weblog
女房が水曜日に軽井沢に来た。
私が、木曜日から4日間休みなのです。
彼女は私の休みに合わせて会社の休みを取るようにしている。
今回は近場のところに行こうということにしていた。
なにしろ佐渡に行って九想家としては
(よその家と比べたらささやかですが)、散財していた。

以前から草津には行きたいと思っていた。
3月、雪の降る日途中まで行ったが、
あまりの雪で挫折したことがありました。
それでこのたびはどうしても草津に行こうとなった。
草津までは40何キロで、1時間ほどで行けた。
しかし、浅間を越えていくので私としてはちょっと大変でした。
なにしろ坂道が多い。
つくづく軽井沢に来て坂道の多さに苦労してます。

ところが草津でもっと坂道に苦労しました。
道の駅を出て、大滝乃湯の駐車場に向かった。
そこまでの道で信じられない坂道を下った。
まるで絶壁を降りるようなんです。
まいりました。
大滝乃湯の駐車場に停めて、湯畑に行った。

「草津温泉のシンボルとして町の中心に湧く源泉地。
 毎分約4000リットルの豊富な湯が、
 湯滝となって流れ落ちる水音、
 たちこめる湯煙は草津を代表する景観。夜景も美しい。」
とあるサイトに書いてあった。

ここを散策していたら湯もみの実演ができるというので行ってみた。
200円だった。なんてことないけど楽しかった。
女房との湯もみしているツーショットを
湯もみの“お姉さん”が撮ってくれた。
ここには載せません。

近くの神社に登った。
戻ってくると野外ライブがあるという。
アカディミア草津(といっていたな)のメンバー、
トランペット2人、トロンボーン2人が演奏を始めた。
クラシックの小品だった。うまかった。
過去にトロンボーンを吹いていた者として、うまいと思った。
アルプホルンも吹いてくれた。
いいハーモニーだった。

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大滝乃湯

2009年08月28日 | Weblog

ここに写真があります。
この温泉施設はよかった。
建物としてはかなりの年月がたっていると思われる。
それがまた味があってよかった。

服を脱ぎ体を洗ってからまず内湯に入った。
イオウの匂い、白濁したお湯がよかった。
これぞ温泉と感激しました。
そして、露天風呂にと外に出た。
少し小さいなと思った。
しかし、常時入っているのは2・3人で狭さは感じなかった。

大滝乃湯に入ったのが午後2時10分。
女房と1時間後に出ようと約束していた。
3時10分休憩室に行くと、女房が「合わせ湯に入る」という。
今がちょうど女性が入れる時間だという。
わけが分からずに、女房からもらった200円をマッサージ機に入れ、
古くさい草臥れたマッサージ機に横になる。
出てきた女房が感激して私にいう。
「ヒサシくんも入ってきなよ。よかったよ」
地下の休憩室に行き、男が入れる4時まで待った。

20分ほど時間があったので、10人ほどの人にメールを書いた。
文章は1つで同報メールだから簡単です。
ただ私の携帯電話では1回で4人にしか送信できないのでつらい。

合わせ湯というのは、温度の違う湯船が5つあって、
そこを順繰りに入るのです。
写真一覧の左下が合わせ湯です。
たしか38度から46度まであった。
46度の湯には15秒ぐらいしか入っていられなかった。
説明の看板には、
「順番どうりに1分づつ入ると健康にいい」と書いてあるが無理です。
合わせ湯のある部屋のたたずまいが、
古くさくていい雰囲気をかもしだしていた。

 

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パンカーラでケーナ

2009年08月28日 | Weblog
大滝乃湯を出て、また湯畑に行った。
女房が会社の人やお義母さんにお土産を買っているとき、
say1さんから電話があったことに気がついた。
急いで外に出て電話をした。

say1さんには、「草津温泉の帰りにパンカーラに寄ります」
とメールを書いていた。
「今夜、あるギターのライブがあるけどいいですか?」という。
私はパンカーラに行くことを伝えた。

6時半、パンカーラに着いた。
だいたい草津と中軽井沢の中間ぐらいにパンカーラはあります。
車が駐車場に何台も停まっていた。
東京のナンバーで大型車だった。
その中に、1300ccの所沢ナンバーのFITをもぐり込ませる。

お店の中にはライブの関係者とお客さんが沢山いた。
私と女房は端のテーブルに坐った。
そこにsay1さんの友人のKさんがいた。
ライブが始まるまでKさんといろいろ話した。
Kさんは、say1さんと以前フォルクローレをしていたという。
主にギターを弾いていたそうです。

その夜のライブは、「ソフィア・シニア・ギター・アンサンブル」
というグループでした。
上智大学ギターアンサンブルのOBの方々で、
夫婦が5組も入っていらっしゃる洒落たバンドでした。
70歳ちかくになってもこうやってライブをするなんてステキです。
先週は東京でライブをしてきたそうです。

ライブが終わり、ライブ関係者が帰ると我々だけになった。
say1さん、kさん、私と女房。
とうぜんフォルクローレの話になりました。
say1さんも私もケーナを車から持ってきた。
Kさんはギターを弾いた。
私はその夜、生ビール・冷酒1本・レモンハイを飲んでいた。
帰りは女房に車の運転をお願いしている。

いろんな曲をそれぞれ吹いた。
マスター(パンカーラの男さん)も吹いてくれた。
その場でsay1さんとKさんと私とでフォルクローレの練習をする約束をした。
Kさんは中軽井沢にお住まいで、say1さんは軽井沢の会社にいる。
時間を決めて公民館などで練習できないかな、となった。
「よし、それじゃ、来年の夏、私の施設でやるイベントに出よう」
ということになった。(注:これは酔っぱらった私の独断です)

以前から、2人のマスター、say1さんのケーナと私のケーナの音が
違うことに疑問を持っていた。
3人の音はケーナだが、私のはただの笛の音なんです。
リコーダーのような、篠笛のような、尺八みたいな中途半端な音なんです。
ケーナの音ではない。それをマスターにぶつけると、
「九想さんは、遠慮して吹いているからですよ。思いっきり吹いて下さい」
といわれてしまった。
思いっきりケーナを吹くと、いろんな雑音も出てそれがケーナの音になるという。
あぁ…、そういえば、おれは目一杯ケーナを吹いてないなと反省した。
勤務する施設の体育館で昼休み吹いていてもなぜか“遠慮”している。
誰もいないのに、力いっぱい吹いてない。
これは、どうも私の生き方に問題がある。
どこかに遠慮して生きている。
これはよくない。
なにも遠慮することない。
考えてることを自信を持って生きていけばいい。
明日から、必死になって、ケーナを吹こう。

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草津温泉

2009年08月27日 | Weblog
昨日、軽井沢に来た女房と、草津温泉に行った。
天気もよく楽しかった。
帰りにパンカーラによった。
それで帰りが遅くなった。
九想話を書いていたら寝てしまって、
目が覚めたのが28日の午前3時半です。

もう書く気がありません。
明日、起きてから書く気があったら書きます。
書く気になれなかったらそれで終わりです。
スミマセン。

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LIFE井上陽水

2009年08月26日 | Weblog
今夜もこの番組を観てしまった。
NHK教育TV 23:00~23:55 4夜連続で放送している。
「第三夜▽リリー・フランキーと対談▽不思議な素顔
▽友人・後輩のメッセージ」
これは今夜の標題です。

リリー・フランキーとは、同じ筑豊育ちという縁で長くつきあっているようだ。
リリー・フランキーが、陽水に対して遠慮深く、
とはいうものの、かなり陽水の本質をつくことを喋っていた。

陽水は子どものときからテレビが大好きだったようだ。
「私の秘密」「お笑い三人組」「夢で逢いましょう」
「シャボン玉ホリデー」「とんま天狗」「てなもんや三度笠」
なんてのを観ていた、と話していた。
この番組などは私もよく観ていた。
映画も両親が観に行くとき連れられてよく観たそうだ。
ヒッチコック、小津安二郎のことを話していた。
陽水自身は、東映の時代劇が好きだったという。
伊丹十三が初めて映画を撮ると聞いたとき、
「なんでもいいから端役で出してもらえないか」
とお願いして「お葬式」に郵便配達夫として出させてもらった。

水谷豊、一青窈、平原綾香、スガシカオ、コブクロなどが
陽水について話していた。
一青窈が「ジェラシィ」を、平原綾香が「いつのまにか少女は」を、
スガシカオが「少年時代」をうたった。コブクロは…、忘れた。
彼らにとっては、陽水ってイダイなんだろうな。
“トウゼン”私にとっても偉大です。

「禍福は糾える縄の如し」ということをリリーに話していた。
あらためて陽水からこの言葉を聞くと、身にしみた。
陽水だって、生きるのがタイヘンなんだ。



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