九想話

ブログ以前から書き始めて、20年目になります。



2月は逃げる

2007年02月28日 | Weblog

早いですね、2月は。
28日しかないですもんね。
でも、それだけではない、という気がする。

それはそうとして、2007年、2ヵ月が過ぎました。
今年もあと10ヵ月しかないんですよ。
こんなことでいいんですかみなさん。(じゃァーどうする?)
署名でも集めて、この時間の流れの速さをくい止めますか。
おれだってそうできるのならしたい。
でも、若者が署名してくれないだろうな。
やっぱり、ちょっと無理だよな。
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2/1  空気を読む     水洟やよくない空気いい空気
2/2  削除九想話復活
2/3  ツキコさん      マグロブツそれだけでいい酒をくれ
2/4  女子アナ転落死
2/4  カレッジ・フォーク  朝蒲団ラジオの曲で涙する
2/5  サラリーマン川柳  暖冬や春待つ気持ち味わえず
2/6  ちゃん         生き方がへたなおれにも春よ来い
2/7  陶芸1年
2/8  バストン         打ち鳴らすリズム虚しく沈む春
2/9  立つか坐るか    春の朝男だったら立ちションベン
2/10 雪なし          情けない暮らしを隠す雪よ降れ
2/11 鈍感力         生きべたや春になりしも気がつかず               2/11               春の空鈍感力で飛んでいけ
2/12 友からの電話    ケータイの電波飛びかう春の空
2/13 いろり端(1)       ひとが寄るただそれだけのいろり端                                                                                             チョコ
2/14 いろり端(2)       バレンタイン猪口でちびちび一人酒                                                                     ウスライ
2/15 いろり端(3)       薄氷を手に取って見て放り投げ
2/16 金つぎ          金つぎや陶器に流る春の川
2/17 過敏な腸        悩むことなにもなければ春うらら
2/18 布おむつ        おむつ替えウンチころっと春の朝
2/19 2つの偶然       偶然は落ちた心を春にする
2/20 盗用            書くことがなけりゃ寝よう春だもの
2/21 ミニランドセル     これ見ればあの春想う息子でも
2/22 茨城大好き      ほだっぺないいどごだっぺな梅がさぐ
2/23 お雛さま      
2/24 まめ            ただ黙しまめに働け風車
2/25 飯坂小唄        飯坂のチャンコチャンコの湯の景色
2/26 円楽引退        脳梗塞円楽引退春寒し
2/27 孫笑う           爺見つめ春が来たよと孫笑う
2/28 2月は逃げる      反省力それがなんだよ春の空
        

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孫笑う

2007年02月27日 | Weblog


日曜日、孫に会ってきました。
生まれて5ヶ月たって、しっかりしてきましたね。
おれをみつめて笑ったりする。
たまりません。
がんばって生きなくてはなんて思っちゃう。

息子と嫁さんがいい親になれるように、
孫がしっかり“しつけて”いました。

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円楽引退

2007年02月26日 | Weblog
円楽さん、異例の引退表明 「もう恥はさらせない」(朝日新聞) - goo ニュース

25日、三遊亭円楽が記者会見で引退を表明した。

私は、一度だけ上野の鈴本演芸場で円楽を聴いた。
演目は「藪入り」、私が二十歳のころだった。
勤めていた本郷三丁目の試薬会社の仕事が終わってから、
ぶらぶら湯島、御徒町を歩いて上野に行った。

あのときは、私の心境のせいもあって涙を流しながら聴きました。
駒込の三畳のアパートに住んでいて、なんのいいこともなかった。
ふるさと茨城が恋しかったのかな。

そんなときに、奉公に出て3年目、初めての藪入りの日に帰ってくる
息子を待つ親の気持ちを笑いながら聴いていて、私は泣いていた。
親ってありがたいな、と思った。

あのときの円楽がよかった。
引退するのはさびしい。

しかし、このごろ私は噺を聴いてないな。
いえ、CDでは聴いてます。
生を聴きたいな。

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飯坂小唄

2007年02月25日 | Weblog
小さな旅「小唄奏でて 心意気~福島 飯坂温泉~」
(NHK総合8時から)を観た。
現在は訪れる観光客も少なくなった飯坂温泉の人々を紹介していた。

昭和初期に、飯坂温泉に客を呼ぼうとして、
作詞を西條八十 、作曲を中山晋平に頼んで作ってもらった「飯坂小唄」。
今も飯坂の人々にうたわれている。

昔の飯坂の景色を残したいと筆でスケッチしている元銀行員。
三味線を作りながら、仕事が終わってから過去に「飯坂小唄」を弾いてきた
壊れた三味線を修理している職人。
その人は、三味線も教えている。
そこで三味線を2年前から習っている古い旅館の若旦那。
東京生まれで婿養子に行ったという。
客足が少なくなってきてから三味線を覚え、
夕食どきの客の部屋におかみと行って「飯坂小唄」をうたっている。

観ていて、思わず行きたくなりました。
飯坂温泉、いつか行こう。


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まめ

2007年02月24日 | Weblog
「まめ」は、漢字で書くと「忠実」と書くのですね。
知らなかった。
ラジオで永六輔が話していた。
ネットの「大辞林 第二版」三省堂で調べると、書いてあった。 
私は、あらためてまめに生きようと思った。
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お雛さま

2007年02月23日 | Weblog
今年も雛祭りが近づいてきました。
うちでも一昨日、女房がお雛さまを出した。
カラスケースに入ったものです。
義母が、「これを買った頃は貧しかった」といった。

長女のために、お義父さんとお義母さんが、
買ったんだろうなと思うと、胸が熱くなります。

ふと考えたら、孫は女の子だった。
雛人形買うのかな?

右のほうにある写真は、
女房の小さいときと、UとKの子どものときのものです。

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茨城大好き

2007年02月22日 | Weblog
私は、「ほぼ日刊イトイ新聞(デリバリー版)」をとっている。
3日に1度の割合でメールが来ます。
「ながくつきあっているもの」というテーマに送られてきた
ある読者からのメールが前回紹介されていた。

それは「茨城」だった。
東京生まれのその女性は、結婚して茨城に住むようになり、
離婚をしても茨城を離れず、現在も住んでいる。
「茨城が大好きだ」と結んでいた。

今日、それを読んだ茨城に住む22歳の男性からの
メールが載っていた。
彼は茨城以外に住んだことがない、生粋の茨城県民。
茨城の人は、茨城のことを悪くいう。
観光地をきかれても「そんなたいそうなものはない」という。
言葉づかいは荒いし、訛りもひどい。
電車は1時間に1本しかない。
そんなことを書きつらねてあるが、
女性の「茨城大好き」メールを読んでうれしくなったそうだ。
> 私も茨城が好きなんだと、改めて思いました。
と最後に書いてあった。

19歳まで茨城で暮らしてきた私も、茨城が大好きです。
ですから、最初に女性のメールを読んだときも、
今日、男性のメールを読んだあともうれしかった。
すでに埼玉暮らしのほうが長くなってしまった私ですが、
茨城のアクの強さからは離れたくても離れられません。
どっちかというと私は20代の頃まで、茨城が嫌いだった。
自分の中から“茨城”を削除しょうかなと考えていた。
今は、すべての“茨城”をインストールしたくてしょうがありません。

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ミニランドセル

2007年02月21日 | Weblog


これは、息子たちが小学生のとき6年間使っていたランドセルです。
いや、それを使って小さく加工したランドセルといったほうが正確ですね。
女房が、去年あるところに頼んで、9月の頃に出来てきた。

私はそれを知らなかった。
届いたときとても驚きました。
そういえば、女房は息子たちが小学校を卒業したときに、
「いつかランドセルを小さくしてもらうんだ」といっていた。
女房はそういっていたけど、しばらく何もしなかった。

そのときから私たちは2回引っ越している。
そのたびに息子たちのランドセルも、
わが家の荷物たちと一緒に引っ越してきた。
私はそのままでもいいのではないか、とあきらめていた。
どうせ女房のことです。私は何も期待してなかった。

このランドセルは、私の2番目の姉の旦那がプレゼントしてくれた。
息子たちが小学校に入学する前、ちょうど今頃、
これを持って姉と義兄が東京の足立区から所沢に来てくれた。
義兄は中学を卒業してからバックなどを加工するところに弟子入りした。
あの頃はハンドバッグを作る仕事をしていたな。
息子たちが小学校に入学するというので、
仕事仲間からいいランドセルをわけてもらって持ってきてくれたんです。

その義兄は息子たちが小学校を卒業する頃、胃ガンで亡くなった。
こんな“ひとのいい人間はいない”というような義兄でした。
私が独身の頃遊びに行くと、朝から夜遅くまでミシンを動かしていた。
いや、私が行くと、うれしそうに仕事を早く切り上げ、
私と酒を飲んでくれた。
きょうだいがいなかったので、弟が出来てうれしかったんだろうな。
3人の娘は、姉が育て上げ、現在はみな結婚して子どももいる。
義兄にはもう少し長生きしてもらいたかった。

ランドセルには、息子たちがつけたキズなどがうまく残っている。
そのときにつけていたものなどもちゃんとついている。
たとえば、お守りや小6の時間割表などもしっかりあるんです。
ちょっと感動です。
こういうことを忘れずにしっかりしてくれた女房に感謝です。

しかし、こうして小さくなってみると、
なかなか味のあるものですね。
(写真がうまく撮れていないのが哀しい)


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盗用

2007年02月20日 | Weblog
山梨日日、計16本の社説で盗用 野口社長が辞任(朝日新聞) - goo ニュース

このところ新聞の記事や社説の盗用が相次いでいる。
この記事の山梨日日新聞社の前論説委員長のことを考えてみた。

>  小林氏は「読者によく伝えることができると思い引き写した」
> 「独自の社説を2人で週6本、執筆するのは負担だった」
> 「昨年秋からテーマを探すのがきつくなった」
> などと話しているという。

だったら、論説委員長なんかやめればよかったのに。
そうもいかないね。
せっかくなったんだもん。
でも、こんなことになって懲戒解雇になるくらいなら、
平の社員でいたほうがいいんじゃないのかな。
こんな結果になることを彼は想像できなかったのかな。
その想像力の貧しさが哀しい。
そのぐらいだったから“盗用”したんだろうな。

丸谷才一の小説「女ざかり」にも書いてあった。
たいした文章も書けないくせに論説委員になってしまった男のことが。

この人は、世の中を見る目もなく、いい文章も書けないのに、
新聞社で出世をしてしまった人なのかな?
いや、きっとそれなりに会社でうまくたちまわっていたんだろうな。
出世しようと思って。
いたよ、いたよ、そんな人が、以前勤めていた会社に。
たいした仕事もできないくせに、上の者に愛想が良くて、出世してしまった。
そっちのほうの才能は“目をみはるものが”あった。

むかしだったら、こんなことはおもてに出てこなかったんだろうな。
この九想話も、どこかの文章を
“引用”はしても“盗用”はしないようにしよう。

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2つの偶然

2007年02月19日 | Weblog
私が毎日遊びに行っているサイト
増殖する俳句歳時記」 の15日の句は、
  ウスライ  
  薄氷をひらりと飛んで不登校   清水哲男

という俳句だった。
もうひとつ、アサヒネットの電子フォーラム/等々力短信/サロン/
というのも私は毎日読んでいる。
ここはアサヒネット会員しか見られないが、
ブログもあるのでそちらを紹介する。
小人閑居日記
15日は「『薄氷(うすらひ)』レポート」だった。
「薄氷」の季語の俳句が、ひとつのサイトにあり、
その季語の説明がべつなサイトにあった。同じ日にです。

また、「増殖する俳句歳時記」の19日に取り上げられたのは、

  手に受けて少し戻して雛あられ   鷹羽狩行

という句でした。
なんと昨夜(19日0時過ぎ)の
「ラジオ深夜便〔ないとガイド〕ラジオ歳時記」は、
俳人 鷹羽狩行が出ていて、俳句の話をしていた。

この2つの偶然を、私はひとりでほくそ笑んでいます。
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