九想話

ブログ以前から書き始めて、20年目になります。



二月逃げる

2008年02月29日 | Weblog

あっというまに2月が終わってしまう。
今年に入って、もう2ヶ月が過ぎるのです。
早いな。
しっかり地に足をつけて暮らさないといけないと反省。

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2/1   金星と木星の接近    冬天やふたつの星のランデブー
2/2   プロ野球キャンプイン   かじかんだ心をほぐすキャンプイン
2/3   雪                 立春の一日前に白いもの
2/4   サボテンの花       少しづつサボテンの花やっと咲く
2/5   雪だるま          雪地蔵似合わぬ姿で手を合わす
2/6   母べえ           雪が降る治安維持法雪が降る
2/7   血と骨           ふと想う三月生まれの父のこと
2/8   入籍記念日         二月七日ニシチのカブに入籍す
2/9   父のこと          背を丸め父が茶を飲むいろり端
2/10  読書のこと         冬の旅ぐずぐずしていて春になる
2/11  ジャズギター        ジャズギター春に向かってスゥイングす
2/12  藤田宜永           春浅し人の出会いはうら哀し
2/13  チーム・バチスタの栄光 
2/14  バレンタインデー      いつからかバレンタインデー無関係
2/15  足場材             心なし春色陽射しゆらゆらと
2/16  鼓童               落ち込んだ心ふるわす太鼓かな
2/17  さよなら市川崑監督
2/17  藤堂志津子         梅ひとつ男と女のすれちがい
2/18  カラオケ大会         二次会へぶらぶら歩く春の闇
2/19  オールナイトニッポン   深夜ラジオ寒い田舎で明日をみる
2/20  乳と卵              春燈や図書館のひと去りがたし
2/21  パラチオン           たァちゃんとつねおちゃんとで泥鰌掘る
2/22  薄野人生           世の中の半分照らす女いて
2/23  春一番             春一番うつもへこみも吹っ飛ばせ
2/24  川上弘美さんのエッセイ 春愁やかなしいほどに遠くなり
2/26  お詫び
2/26  携帯電話紛失        失せ物を探して心春泥に
2/27  携帯電話を買う       春らしく携帯電話白にする
2/28  練馬のたぬき2       春の夜だましてくれよ狸さん
2/29  庭の湯              露天風呂手足伸ばしてまた生きる
2/29  二月逃げる

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庭の湯

2008年02月29日 | Weblog

先週、豊島園庭の湯というところに女房と行った。
遊園地の豊島園の隣にある温泉施設です。
女房の会社の健康保険で無料券が手に入ったので行った。
入館料が大人2,250円は高い。
うちの家計では、もっと安くなければ行けません。

庭の湯の入浴施設は、その辺のスーパー銭湯とほぼ同じでした。
その他に、バーデゾーンという温水プールがあった。
庭の湯に着いたのが10時半頃で、受付をすませると11時近くになっていた。
11時からアクアトレーニングがあるとアナウンスされたので、
私たちは急いで水着に着替えてそれに参加した。

参加したのは10人ほどで、男は私ともう1人だけだった。
見た感じほとんど50代から上の人たちでした。
若い人はこんなことには興味ないのでしょうね。
というより平日(金曜日)に来ている客はみな中高年だった。
細長いプールに1列に並ぶときつかったので、
私は女房の前に出てやることになった。
私1人だけ前というのは恥ずかしですね。

正面のプールの上に立ったインストラクターが、
いろいろ指示を出す。
それに合わせて私たちは身体を動かした。
はじめの頃は大きな動きなので、いうとおりにやれたが、
そのうち細かな激しい動きになり、私は戸惑った。
それを見て女房が後ろで笑う。
いちいち私の動きに口だしする。
そうするとよけい私はみっともなくドタバタになる。
すると背中で女房の笑い声。
もう二度とやるもんか、と思う。

30分で終わった。
「ヒサシくんは、身体を動かすのはだめだね」と女房。
「おれは年なんだよ。若かったらもう少し…」
女房がいうことが正しい。
私は、子どものときから身体を動かすのは苦手だった。
運動が苦手だからブラスバンド部に入って音楽をやったのだ。

そのあと、死海プールに入った。
「イスラエルの死海の塩を使用し、異次元の浮遊感が体験できます。」
とサイトの説明には書いてある。
そのとおり身体がらくらく浮いた。
なんか楽しかった。

それのあと、それぞれ普通のお風呂に入った。
約束の時間に出て、2階のリラクゼーションエリアで昼寝をした。
それからサラダで生ビールを飲んだ。女房はコーヒーだ。

アクアストレッチをやるというアナウンスが流れたので、
女房がやるという。
そうとう気に入ってしまったようだ。
私は、かたく拒絶して2階で長いすに寝ころんで文庫本を読んだ。

午後3時過ぎ庭の湯を出た。
それなりに楽しみました。
豊島園駅の前のマクドナルドでハンバーガーを食べた。
ほんとは庭の湯のレストランで和食でも食べたかったが節約した。

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練馬のたぬき2

2008年02月28日 | Weblog
先週の土曜日の深夜、車での巡回でたぬきを見た。
2週間ほど前にも見た。
2匹が道路を横切った。
警備しているところのたぬきとは違うのかな?
いったい練馬には何匹のたぬきがいるのだろう。
東京に野生のたぬきがいるなんて、
なんとも不思議な気持ちです。
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携帯電話を買う

2008年02月27日 | Weblog
今朝、携帯電話を買いに、ドコモショップ新所沢店に行った。
髪が伸びたので、12時から散髪をしてもらう予約を
床屋に電話してから行った。

10時半頃着き、担当の若い青年にいきさつを話した。
最初に、購入する携帯電話を探すようにいわれた。
私はあらかじめ家で、ネットを見て勉強していった。
905 を買おうと考えていたが、705 でもいいかなと思った。
結局、N705i という機種にした。
まずデザインが気に入った。
それに店の青年がこういったのだ。
「これまで使っていたのが N700 なので、同じメーカーの
 もののほうが、使い方が似ていますから覚えやすいです」
それでほぼ決まった。
905 より 705 のほうが、13,000円安いという。
これで私の気持ちは簡単に N705i に決定してしまった。

現在は、本体が4万ちょっとする。
そのかわり月の基本料金が安くなっていて、
結果としてこれまでと同じような価格になるようだ。
2年間で本体分を払い終わるとあとは安くなる。
長く使えば使うほどお金がかからないということになる。
これまでのポイントや、キャンペーン値引き、などなどがあり、
私は、月々4,000円前後を払えばいいようだ。
(実際、請求書が来てみなければなんともいえないが…)

いろいろ手続きをしていて、時計は12時になってしまった。
帰りに私は床屋の前で車から降りて、女房に家まで乗っていってもらった。
いつも散髪してくれる奥さんに、携帯電話をなくして買ったことを話した。
いつものように髭をあたってもらうときは熟睡した(キモチヨカッタ)。
家に帰って、ビールを飲みながら携帯電話の勉強をした。
相変わらずマニュアルが難しい。
女房にときどきバカにされる。
女房に、義母や息子たちの電話帳登録をしてもらった。

夜、久しぶりの陶芸教室に出かけた。
(水曜日、勤務日が多いのでなかなか行けない)
今年初めての作陶をした。
まったく土をいじることを忘れてしまった。
なんとか茶碗2つと皿を作った。
新所沢に帰って肴やによった。
しんちゃん、みっちゃんの電話番号とメールアドレスを登録した。
ああ…、めんどくさい。
電話帳が前の携帯電話のようになるのはいつのことだろう?
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携帯電話紛失

2008年02月26日 | Weblog
昨日、携帯電話を紛失してしまった。
この2年9ヶ月、私といつも一緒にいた大切なものだった。
(2005年5月21日に「携帯電話」という九想話があります)
なんといってもこれは携帯電話というより、
目覚ましとしての機能がありがたかった。
現在、これがなくては生活がなりたたない。

仕事で家を24時間離れているとき、
九想話をUPするのは携帯電話です。
文字を入力するのに苦労するがこれはしかたがない。
携帯電話があったので毎日九想話を休まず更新できた。

昨日、昼食を食べて昼寝をした。
昼食時間は1時間30分ある。30分で食べてあとは寝る。
ここで寝ておかないと24時間もたない。
目覚めて携帯電話の目覚ましのセットをはずした。
(私は必ず起きる時間とその3分後の時間をセットします。
 1度目で起きられなかったときのために)
1時間後の休憩のときに携帯電話を使おうと思ったら、
いつも入れているポケットになかった。
ほかのポケットも探したが見つからなかった。
(今は、何枚も着ているのでポケットがいくつもある)

昨日は、いつものワゴン車と違っていた。
いつものは車検に出したので代車だったのです。
代車は少し小さかったので使いづらかった。
そんなことも私の心理に影響したとも思う。
(そもそも24時間、ワゴン車の中で暮らすというのが辛い)

私の仕事での行動範囲は、ワゴン車と立哨する場所と公園のトイレです。
そこを何度も探したが、携帯電話は見つからなかった。
誰かが拾って持っていってしまったのだろう。

昼休みに携帯電話の目覚ましの設定を解除してからの記憶がない。
目覚めて、急いで交代しなければという焦った気持ちだった。
そういう自分が情けない。

あの携帯電話にはいろいろ沢山思い出がある。
暮らしの節目で大事なことがあると、
あれで女房やいろんな人にメールを打ち、電話していた。
あれには悲しい知らせも入ったが、嬉しいメールもあった。
いろんな写真も撮った。
孫の動画も入っていた。

しかたないので明日、新しい携帯電話を買います。
でも、あのケータイがよかったな。
手になじんでいた。
も一度さわってみたい気持ちでいっぱいです。
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お詫び

2008年02月26日 | Weblog
昨日、携帯電話を紛失してしまいました。
それで昨日の九想話をUPできなかったのですが…。

私の携帯電話に登録されている方々の
電話番号やメールアドレスが悪用されることが心配です。
ほんとうに申し訳ありません。
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川上弘美さんのエッセイ

2008年02月24日 | Weblog
「ゆっくりさよならをとなえる」川上弘美著(新潮文庫)を読んだ。
いろいろな新聞や雑誌に載ったエッセイを集めた本です。
しかしそれが読んでいてまったくそう思わなかった。
まるでひとつのある媒体に連載したように思えた。
文章の長い短いに違和感はなかった。
つねに著者の、人間や物事に対する距離感が同じで、
読んでいてホッとするんだなァ。
このひとの、きどりもてらいもない生活感にあふれた文章がいい。

私が、川上弘美さんとお会いしたのは14年前です。
ASAHIネットのパスカル短篇文学新人賞のオフ会で会った。
池袋だったな。
池袋駅西口の集合場所に何人かの人たちと立っていたら、
最初に声をかけてくれたひとが川上弘美さんだった。
うつくしいひとだなと思った。
オフの会場の飲み屋さんに行ってからもなにかを話した。

パスカル短篇文学新人賞に応募している縁で作った
第七句会に参加していたので、オフ句会でも会った。
逆選が多かったときには、なぐさめのメールもいただいた。

エッセイを読んでいて、かわりないなと思った。
ほんとうにすてきな感覚の持ち主でした。
できるものなら居酒屋で、
もう一度お酒などいっしょに飲んでみたいな。
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春一番

2008年02月23日 | Weblog
春一番が吹いたと気象庁の発表があった。
これまでは嬉しい知らせだったが、
外に立っていなければならない身としてはつらい。
風さん、やさしく吹いてくれ。
お願いします。
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薄野人生

2008年02月22日 | Weblog
「酒場家業四○年 薄野まで」八柳鐵郎著(朝日文庫)を読了。
こんな人もいるんだと思いながら読んだ。
表紙の裏にこの著者のことが書いてある。

> 1931年、樺太大泊町生まれ。旧制大泊中学校中退。
> 木工場、炭坑、米軍キャンプ勤めなどのあと、
> バー、キャバレーを転々、現在、青木商事専務取締役。

今は取締役相談役、と青木商事のサイトに書いてあった。
このエッセイが書かれたときは、
300名を超えるホステスを擁する札幌最大のキャバレー
「エンペラー」をはじめ、25店を持つ青木商事の専務だった。

このひとの、そのときどきのことが書いてある。
> 昭和二十年七月の樺太。
著者は14歳だった。
本に書いてあるエッセイは、順不同になっている。
ほとんどが、キャバレーのときのことだが、
戦中、戦後のエピソードが、水商売に入ってからの著者を
きわだたせている。

著者は、臆面もなく自分の失敗談を綴っている。
ぜったいこのひとはいい人だといいきれます。
この本を読んでいて私は救われました。
仕事でイヤなことがあると、
「このひとに比べたら…」と思い、自分を励ました。
会ってくれるのなら、今からでも札幌に行って一緒に酒を飲みたい。
このひとはそういう人間です。

この本は、510円が定価で、私は、200円で古本市で買った。
もし、そんなことができるのなら、あと1000円払ってもいい。
(ケチクサイナー)
それくらい、私が救われた本だった。

キャバレーの専務をしていてもこれだけの文章を書いた。
私はこのひとを目標にしなければいけない。
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パラチオン

2008年02月21日 | Weblog
猛毒パラチオン検出 みやぎ生協が販売 ギョーザ事件 (河北新報) - goo ニュース

まさか今頃、「パラチオン」という言葉を聞くとは!

子どもの頃(小学生の低学年のときです)、
あるときから田んぼに赤い旗が立つようになった。
「赤い旗が立ってる田んぼを通り過ぎるときは、
 息をしないで走って行くように」
と大人からいわれた。
田んぼの稲を見ると白い粉がかかっていた。

赤い旗の立っている田んぼには、
パラチオンが撒かれていたのです。
パラチオンを吸い込んでは身体に悪いから、
息をするな、ということだったんだなァ。

赤い旗の立つ田んぼを見たのは、それから2、3年でした。
そのあとはどうなったのか見えなくなった。
危険な農薬ということで使用禁止になったんだろうな。
「パラチオン」という農薬の名前は今でも心に残っている。
なんか恐い~という印象しかない。
「パラチオンは耳かき一杯でも致死量になる」とは知らなかった。

それにしても、生協は大変ですね。
むかし、生協にいて愛着を持っている私としては、心配です。
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