九想話

ブログ以前から書き始めて、20年目になります。



北軽井沢の雪

2012年03月31日 | Weblog

本日、北軽井沢のパンカーラでやる「春ライブ」の練習をやるというので、
仕事が終わってから行った。
「春ライブ」というのはまだ仮の名前です。
「フォークソング祭り」という名称から変更するとマスターがパンカーラの掲示板に書いてますので、
とりあえずこう呼ぶことにします。

アールクルーさんの別荘に着くと、
以前一緒に演奏したベースとエレキギターの人とアールクルーさんが練習をしていた。
そして“噂”の電子ドラムが置いてあった。
アールクルーさんが購入したものです。
先日私が、ドラムのことを九想話に書いたら、別荘にドラムがあった。
不思議な気分でした。

さっそく私は叩かせてもらった。
ドラムセットというものに向かって坐るというのは34・5年ぶりです。
緊張しました。
手と足がまったく、ちぐはぐだった。
でも、そのうち曲に合わせてなんとか打てるようになった。
電子ドラムというのは、なんかへんです。
プラスティックの板を叩くとかすかにシンバルの音がする。
ちょっと私には違和感があった。
慣れてくると面白くなってきた。
でも、これで私のカホンは終わったなと思った。

午後7時過ぎ、みんなはカラオケに行くというので私は家に帰った。
素面でカラオケは歌えない。
外に出ると雪が降っていた。
駐車場には雪が積もっていて怖かった。
(おれのスタットレスは大丈夫かな?)と心配になった。
中軽井沢方面に登っていくとき、ワゴン車、
しばらく行くとトラックが道路脇の雪に突っ込んでハザードランプを点滅していた。
私は全身が震えた。
ああならないようにしよう、と運転に気をつけた。
私のスタッドレスタイヤは、現在3シーズン目です。
来シーズンは、買い換えないといけないかな、と今悩んでいる。

家に帰ると、風呂が沸いていると女房がいう。
北軽井沢を出るときに電話をしておいた。
風呂から出ると、料理が並んでいた。感謝です。
明日、女房は東京に帰る。



………………………………………………………………………………………………………………………

3月の九想話

3/1   新宿                   無知ゆえに落っこちていく春の雪
3/2   慢性色素性紫斑 その1
3/3   慢性色素性紫斑 その2
3/4   軽井沢に3年            
3/5   なごり雪
3/6   こりゃ春だ                   雪濁り竹笛吹けば鳥が飛ぶ
                          雪しろや竹笛の音川の音
3/7   同人誌
3/8   俳句で浮き沈み
3/8   早春の中軽井沢散歩     
3/9   涙そうそう~BEGIN
3/10  エリック・クラプトン
3/12  3月11日
3/12  松水庵
3/13  トンボの湯リニューアル
3/14  ネット断念
3/15  「蜩の記」を買う
3/15 ラジオビタミン
3/16  オヤジバトル
3/17  笑うと幸せになる
3/18  佐藤忠良
3/19  若者の雇用
3/19  ペニーレインでバーボン
3/20  3月20日
3/21  春なのに寒い休日                 うちとけずこのまま春にとけ込めず
3/22  むかしの友
3/23  そんな…
3/24  義弟
3/25  今年の阪神は?
3/26  2人の女性フォークシンガー
3/27  ねむい
3/28  駒場公園屋内プール
3/29  友人からの希望
3/30  蜩の記
3/31 北軽井沢の雪                      

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蜩ノ記

2012年03月30日 | Weblog

「蜩(ひぐらし)ノ記」(葉室 麟著 祥伝社刊)を昨夜読み終えた。
昨夜というより、今朝でした。
よかった。
久しぶりに、小説を読んだという満足感を味わった。
小説というものはこうでなくてはいけません。
この本を手に入れた1,680円は惜しくない。
いろいろな想いを書きたいが明日が早いので寝なくてはなりません。
今日が夜勤で明日が日勤というのが一番辛い。
葉室 麟のほかの小説が読みたくなりました。

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友人からの希望

2012年03月29日 | Weblog

以前、茨城の筑西市に住む友人と話していたら、
「九想話の文字が小さくて読めねぇ」といわれてしまった。
彼は、私の高校のときのクラスメートです。
友人は、九想話を載せている九想庵を作ったときから読んでいてくれるありがたい読者です。
その友人の意見を無視するわけにはいかない。
といって、九想話の文字の大きさを変えるのは正直面倒です。
何もしないでgooブログに送信するとこの文字の大きさになる。
九想話を書くことが精一杯なので、手作業の手間を増やしたくないのです。
それとは関係なく、この文字の大きさを私は気に入っている。

いろいろネットの中を調べていたら、インターネットエクスプローラーの画面を変えられることを知った。
その1つは「Ctrl」キーを押しながら「+」キーを押す、ということです。
「+」キーを押せば押すほどに文字は大きくなります。
もう1つの方法は、インターネットエクスプローラーの画面の右下の
「100%」と表示されている数字を変えることです。
画面表示を戻すには「Ctrl」キーを押しながら「0」(テンキーでは不可)を押すと100%に戻ります。

今日の夕方、友人に電話して説明したけど、分かってくれたかな?
老眼の友にやさしい九想話です。

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駒場公園屋内プール

2012年03月28日 | Weblog

昨夜、女房がいつものように仕事が終わってから高速バスで軽井沢に来た。
女房は中軽井沢のバス停から家までが暗くて1人で歩くのは怖いという。
私が家にいるときは迎えに行くが、昨日は仕事だったので家にはいなく行けなかった。
女房から10時過ぎに「家に着いた」とメールが来たときはホッとした。

今日、私は以前女房が話していた田中本家博物館や高橋まゆみ人形館にでも行くのかと
心の準備をしていたら、まったく想定外のことをいう。
「プールに行こう」というのです。
まったくあの人はきまぐれで困ります。(何とかして下さい)

今朝もおそらく氷点下だったと思う。とても寒かった。
こんな気温のときにみなさん、プールに行こうなんていう気持ちになりますか?
まして私は泳げないのです。
外は曇り空、氷点下の軽井沢でプールに行こうという発想はただもんではありません。
しかし、私が女房に逆らえるはずもありません。
おとなしく従います。
部屋の掃除をして2人が車に乗ったのは11時前だった。
まずプールに入る前に、農協の売店に行って野菜を買おうと思って行くと定休日と看板が出ていた。
ここの野菜が安いと知ってから佐久に行くと必ず買うようにしていた。
女房は助手席で地団太を踏んで悔しがった。
彼女はいかに安く食材を手に入れるかということに命をかけている。
あきらめて駒場公園の屋内プールに行くと営業時間が午後1時からとなっていた。
私と女房はがっかりして時間つぶしにとイオンに行った。
女房は100円ショップ、私は楽器屋に行き歌の本を探した。
4月のパンカーラでのライブに歌う曲を見つけるための、いい本はないかなと考えたのです。
なかったので隣の本屋で探した。
「オールヒット曲ニューミュージック&J-POP2012歌詞&楽譜372曲」(自由国民社)を購入した。
女房が昼飯のパンとおにぎりを買っている間私は車で昼寝をした。

駒場公園の駐車場に車を停め食事をした。
食べ終えてプールに向かって歩いていくが、私は気持ちが沈んでいく。
私たちはプールの窓の外から中を覗く。
「プールが綺麗になってる。何人か泳いでいるよ。行こういこう」
女房が子どものようにはしゃいでいる。
私の気持ちはますます下降していく。
自動券売機で入場券を買う。一般の人は300円だった。
去年改装されてオープンしたのでロッカーなどが新しい。
私はどのようにしていいのか分からずいろいろな書き物を読む。
濡れた身体で更衣室に入らないようにと書いてある。
ということはプールから帰って来たときどうするんだ?
「身体を拭くタオルを持ってプールに行くように」と更衣室を出るあたりに書いてあった。
こんなことは更衣室に入ったところに書いてあるほうが親切ではないかと不愉快になった。

まぁそんなことはどうでもいいです。
心細い気持ちでプールに行くと女房がプールに入っていた。
私を見つけて上がってきた。
「プール綺麗になっていていいよ」と明るい。
この人は、どこでも生きていけると思った。
一緒にプールに入る。
水が冷たい。といっても温水のはずだ。
肩までつかって歩き出す。
気持ちよかった。
すぐチャイムが鳴った。
休憩時間のようだ。

ヒーターのある部屋で女房といるとどんどん人が入ってきた。
みんな中高年の女性です。
私は、下を向いているしかなかった。
ある女性が女房に話しかけてくる。
私は知らんぷりをしていた。
みんな水泳サークルの人たちだった。
「今から、水中ストレッチをやりますから一緒にやりましょう」ということだった。
女房が嬉嬉としてやろうと私をうながす。
なんでこんなところで女性にまじって水中ストレッチをしなくてはならないんだ、思った。
でも、興味もあった。
なにしろ私はなんとか痩せたいといつも考えている。
タバコをやめて5キロ太ってしまった。
何かをしなければいけないという強迫観念に常に襲われている。
プールに入り女房の隣で水中ストレッチをやることにした。

指導者がプールの上から自分の動きを見せて指導してくれた。
私たちは水の中でその動きを真似た。
けっこう激しい動きをさせられるが、水中なのでそれほど負担はない。
ときどき女房と顔を見合わせる。
彼女が楽しそうだ。
私だって楽しかった。
東京で知り合って結婚して30余年、まさか長野県の佐久市で水中ストレッチをしているなんて…、
人生は分からない。
水中ストレッチが終わる頃チャイムがなり休憩時間になる。
こんどは熱いお風呂に入る。気持ちいい。

ストレッチのあとは泳ぎの練習だった。
みなさん、泳いでいく。
今日初参加者は、女房と私のほかに1人の女性がいた。
指導者が3人に「なんでもいいですから泳ぎを見せて下さい。泳げない人はバタ足でもいいですから」という。
女房はクロールを泳いだ。
それを見て先生が何か話していた。
次に私の番だった。私は平泳ぎをやった。
私は迷ったがこれまで泳ぎらしい泳ぎは平泳ぎしかしたことがない。
これでも若いときは平泳ぎで50メートルぐらいは泳いだことがある。
おそらくみっともないかたちの平泳ぎだったと思うけど…。
5メートルほど泳いだ私を見て先生が、
「それではクロールを練習しましょう」という。
「……」
まずバタ足をすることをいわれた。
それで壁まで行き戻ってきたあたりで先生がまた話してくれた。
両掌を重ねてカブトムシの角のように上に反らせてバタ足をやるようにいう。
それで壁まで行き先生のところにくると、
「ちょっと早いですが…」といって手で水のかきかたを教えてくれて、それで泳ぐようにいわれた。
なんかこれまで私はクロールの練習などしたことがなかった。
しても自分でやっていて自虐的な気持ちでしていた。
どうせ自分の動きなんてみっともないのだろう、と。
しかし、今日は自然に身体を水の中で動かせた。
先生の指導のしかたがうまいな、と思った。

そのサークルは、毎水曜日の午後1時半からやっているという。
もう20年以上続いているサークルだった。
ぜひ、一緒にやりましょう、と誘われた。
女房は当然東京にいるので入れない。
1人で参加するしかない。
でも、たまたま今日縁があって水中ストレッチと水泳の指導を受けた。
これまで泳げなくて劣等感があり、いつかきれいに泳いでみたいという希望があった。
現在75キロのこの体重をなんとか平均体重の63キロには無理だが落としたいと思っている。
だったらやってみようか、と思う。
実は、女房は3月から東京でスポーツジムに入って週に何回か泳いでいた。
そんなことがあって今日、佐久のプールに行ったのです。
どうせ休みの水曜日、私は昼にニセビールを飲んで午後は寝ているのに決まっている。
今、私はこのサークルに入ろうと考えています。
もし、クロールで長く泳げたらステキだ。

帰りの車の中で女房がいう。
「先生がなんでもいいから泳いで下さい、といったときに平泳ぎはないよね。笑っちゃったよ」
なにがおかしいのかと私は思った。
なにしろこれまでの私は平泳ぎしか出来なかったのだ。
でも、あらためて考えると“平泳ぎ”はへんだったな、バタ足でもやったほうがよかったかな、と反省した。

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ねむい

2012年03月27日 | Weblog

だめだ、おれは寝る。
眠い。

 

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2人の女性フォークシンガー

2012年03月26日 | Weblog

昨夜、私はめずらしく12時前に就寝した。
朝6時10分に起き、職場には8時前に着いた。
体育館を全部使った大規模ないけばな展が土日と開催されたのです。
夜7時半まで残っていて私は疲れて家に帰った。

眠っていて耳の奥でさわやかな歌声がした。
なつかしい声だった。
本田路津子の歌声だった。

寝るときに私はNHKラジオを聴きながら寝る。
そして30分たったらラジオの電源が切れる設定をする。
昨夜は疲れていたせいか、その操作をしてなかったようだ。
寝ぼけながら本田路津子の歌を聴いていた。
なつかしい。
きれいな声だな、と思って聴いていた。

昨夜、といっても実際は今朝の3時過ぎです。
この〔にっぽんの歌こころの歌〕というのは毎日いろいろな企画を立てて放送している。
今朝のは、「本田路津子とイルカ」だった。
次のような曲が流れた。

「耳をすましてごらん」 本田路津子
「秋でもないの」に 本田路津子
「風がはこぶもの」 本田路津子 
「一人の手」 本田路津子 ソニー
「今日の日はさようなら」 本田路津子  
「出発(シュッパツ)のある人」生 本田路津子
「あの頃の僕は」 イルカ 
「なごり雪」 イルカ 
「雨の物語」 イルカ 
「サラダの国から来た娘」 イルカ
「海岸通」 イルカ

本田路津子のきれいに澄んだ声は好きだな。
「今日の日はさようなら」なんて聴いていたら涙があふれてしかたなかった。
深夜便のアンカー(男性アナウンサー)も、
「私もこの世代なので学生時代にキャンプでよく歌いました」といっていた。
私も「今日の日はさようなら」(詞・曲 金子詔一)をいつも歌っていた。
この歌は私にとって森山良子より本田路津子です。
キャンプでもユースホステルでも私はギターを弾いてうたっていた。
本田路津子の声いいですね。
最近、テレビで歌っているのを見たことがありました。

本田路津子で充分に私の青春に帰れたのに、次はイルカだ。
まいりましたね。
本田路津子では“ほんわか”だった私の青春も、イルカでは“悲しみ”の青春に落ち込んでしまった。

「なごり雪」(詞・曲 伊勢正三)たまりませんね。
この曲を聴いて私はなんど泣いたことか?

♪ 汽車を待つ横で僕は時計を気にしてる

もうこれだけでダメです。

「雨の物語」(詞・曲 伊勢正三)
♪ 誰もが物語 その1ページには 胸はずませて 入っていく

あ…、伊勢正三は人生わかっているな、とあの頃納得してしまった。

私は、幸せな時間を過ごしました。

 

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今年の阪神は?

2012年03月25日 | Weblog

阪神、親善試合でマリナーズ破る…イチロー安打(読売新聞) - goo ニュース

今日、阪神がマリナーズに勝ったようですね。
私としては、それよりもオープン戦で最下位というのが気になります。
今年、阪神は大丈夫なのだろうか?

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義弟

2012年03月24日 | Weblog

夜11時、女房から電話があった。
「今日、M(弟の名)が軽井沢に行っているんだって。お母さんから聞いたの。
 それでいろいろMにメール打っていて、今日は電話遅くなっちゃった」
私は9時前からコタツで熟睡していた。
あ…、今日は日勤で夜に時間があったから有意義に過ごそうと考えていたのに結局寝ていた。
それでまた自己嫌悪。

「軽井沢のどのへんにいるの?」
「峰の茶屋があるじゃない、その近くみたいよ。
 明日はS(義妹の名)ちゃんがアウトレットに行くのでMと子どもは別な所に行くんだって、
 だから軽井沢のいい所をメールしていたの」
「S(私の職場)に来ればいいよ。今ものすごい生け花展をやっているよ」
「そんなのMと息子じゃつまんないよ」

義弟はやさしい男で女房とは年子だ。
2人だけの姉弟(きょうだい)です。
私はここ何年も会ってない。
彼の家は千葉にあり、神奈川に単身赴任していて毎週家に帰る暮らしをしている。
私とは違って、大学を出て大手メーカーの開発部門に所属している。
明日私が休みなら軽井沢を案内したいが仕事だ。
女房と電話をしながら、やさしい義弟の顔を想っていた。

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そんな…

2012年03月23日 | Weblog

今日、私は午後6時からの勤務だった。
手と足に塗っている薬が少なくなっていた。
現在は、両足の膝から下に塗っているので薬の量が多く必要なんです。
仕事に行く前に皮膚科によって行こうと思い、中軽井沢の家を午後3時過ぎに出た。
皮膚科の病院があるのは佐久平駅の裏のほうです。
計算では、そうとう混んでいなければ5時には職場に入れるはずだった。
ところが…、病院の駐車場に車が1台も停まってない。

「休診」
病院の玄関のガラス戸にこんなことを書いた紙が貼ってあった。
「まことに申し訳ありませんが、本日は休診にさせていただきます。」
(そんなの知らないよ。なんだよおれは2時間も家を早く出てきたんだよ)
今時、パソコンで書けばいいのに、へたな手書きで書いてある。
うまきゃいいよ。
覚えたての子どもが書いたようなへたな文字だった。
私は、4時20分に職場に入った。

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むかしの友

2012年03月22日 | Weblog

私は将棋が好きだった。
子どもの頃やっていたがそれほどではない。
20代のはじめ東大生協の駒場店に勤めていた頃、職場で将棋が流行っていた。
それで私も仲間に入るようになった。
当然、最初私は負け続けた。
それが悔しくて私は、将棋の定跡本を買い勉強するようになった。
日曜日のNHKのテレビ将棋も観るようになった。
将棋も面白かったが、プロ棋士の生き方に興味を持つようになった。
好きになるというのは不思議なもので、そのうち勝てるようになった。

本郷店に移籍になり、先に駒場から移っていた書籍部の友人と、駒込の私のアパートで指すようになった。
はじめは安い将棋盤と駒で指していたが、そのうち私は駒込駅前の碁・将棋盤の店で、
そのときの私にしては高価な将棋盤と将棋の駒を買った。
たしか、将棋盤が8,000円で将棋の駒が10,000円だった。
将棋が上達するには、いい道具を揃えたほうがいいといわれていた。
私と友人は昼休みに互いの職場に行き、その日の予定を確認して、空いていたら駒込に行って将棋を指した。
東大正門前のバス停から本郷通りを通って、駒込駅のバス停まで順調だったら20分で行けた。
駒込の商店街で私たちは、ビール・日本酒・コロッケ・フライやお新香などを買って私のアパートに行った。
将棋盤の脇に灰皿と買ってきた食物とコップを用意して、私たちは駒を並べた。
あの頃の一番幸せなときでした。
家のどこかにそのときの様子を書いた「談将記」というノートがあるはずです。

今夜、「にっぽん紀行『ここからが勝負ぜよ~高知・おんちゃんの青空将棋』」
(NHK総合午後7:30~午後7:58)という番組を観た。
40代で寿司屋を開き、4・5年で閉店した男性を紹介していた。
現在1人で暮らしていて、仕事がなかなかない。
やることがなく高知の青空将棋に行く。
そこで人間のつながりを知る。
私も、人生の最後はへたな将棋を指せるところがいいな。

 

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