九想話

ブログ以前から書き始めて、20年目になります。



元気がでない

2015年08月31日 | Weblog

なぜか気持ちが落ち込んでいます。
いいことを考えません。
これからウツに入って行くのでしょうか?

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8月の九想話

8/1   酷暑オリンピック
8/1   2階から花火
8/2   まあじゃん川柳2015
8/3   ワゴンRのゴミ入れ
8/4   スイカを食べる
8/4   エダマメの収穫
8/5   ヘブンリーブルーの花が咲かない
8/5   西武連敗終了
8/6   息子と行った広島
8/6   化成肥料
8/7   高田渡 コーヒーブルース
8/8   限度額適用認定証
8/10  久しぶりのウォーキング
8/11  ツルヤ渋滞
8/12  阪神4連勝
8/13  終戦の日に特攻作戦が
8/13  従軍看護婦
8/14  ヘブンリーブルーが咲いた
8/16  「父と暮せば」を観る
8/17  ミョウガを植える
8/18  久しぶりに句会の結果
8/19  ミョウガの植えかえ
8/19  しろポチのキッチン
8/20  芥川賞受賞作「火花」
8/21  バッタ
8/21  はっぴいえんど
8/22  花 恋 文
8/23  あつい夏
8/25  「永六輔その新世界」番組終了
8/25  双子の息子が生まれた頃
8/26  双子の息子が生まれた頃-2
8/27  gooブログの写真の載せ方
8/27  鎌倉図書館のツイッター
8/28  【ピース】の漫才
8/29  明日、くつかけテラスで
8/29  ブラタモリ軽井沢
8/30  金管五重奏
8/30  夏の終わりの句読点
8/31  元気がでない

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夏の終わりの句読点

2015年08月30日 | Weblog

  
   


本日、私の勤める施設の隣にあるレストランで、
「夏の終わりの句読点」という朗読と音楽のパフォーマンスがあった。
朗読はGOKUさん、音楽(尺八・笛など)は遠藤健二さんです。
昼の部は午後3時、夜の部は午後6時から、約1時間半上演された。
朗読の言葉が尺八の音に溶けて、真っ直ぐに心に響いてきました。
素晴らしいコラボレーションでした。
(GOKUさんのブログは、左側のお気に入りから行けます)

[自作詩]
bi rd ~とりのまなこ~
in the earth
ヒグラシは二度鳴く
土砂降る蝉

尺八ソロ 松巌軒鈴慕(岩手県花巻に伝承する曲)

[宮沢賢治]
春と修羅 序
よだかの星

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金管五重奏

2015年08月30日 | Weblog

テラスコンサートに行ってきました。
素晴らしかったです。
私は中学・高校と吹奏楽部でトロンボーンを吹いていた。
30歳の頃も市民吹奏楽団に3年ほど入っていました。
私も昔、ブラスアンサンブルをやりましたが、難しくて大変でした。
少ない人数で吹くのでミスするとすぐわかってしまいます。
でも、ハーモニーが合うとそくぞくします。
今日、金管五重奏を聴いていて、またトロンボーンが吹きたくなりました。
今日の演奏は、ほんとうに素晴らしかったです。

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ブラタモリ軽井沢

2015年08月29日 | Weblog

今夜のブラタモリは、軽井沢だった。
“軽井沢はなぜ日本一の避暑地になった!?”というのが今日のテーマだった。
私は、番組で話していたことはだいたい知っていたが、
昔はデコボコだった軽井沢が、2万4,000年前の噴火で平らな地形になったことを知った。
そのときの噴火で離山が生まれたという。
へぇ~、あの離山がそんなことでできたのか、と思った。
うちの窓から見えるあの山がなんか身近に感じられます。


7月14日に撮った離山です

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明日、くつかけテラスで

2015年08月29日 | Weblog

中軽井沢駅にあるくつかけテラスで「テラスコンサート」があります。
明日は、金管五重奏です。
これまで何回か私も行っていますが、素敵な音楽が聴けました。
入場無料です。

第一部 11:00~
第二部 13:00~

<曲目>
聖者の行進
「サウンドオブミュージック」より
エンターテイナー
トランペットボランタリー  他

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【ピース】の漫才

2015年08月28日 | Weblog

又吉が芥川賞をとった話をすると、私と話す誰もが「ピースの漫才観たことない」という。
そういえば私も観たことがない。
先日、又吉の特集番組があって又吉が後輩の芸人とやったコントを初めて観た。
面白かった。
ピースの漫才やコントを観たいと思った。
YouTubeで探してみました。
いろいろ観てこれが一番面白いと思ったので九想話に載せてみます。

【ピース】北野演芸館2 たけしが本気で選んだ芸人大集結SP

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鎌倉図書館のツイッター

2015年08月27日 | Weblog

昨夜、素敵なものを見た。
鎌倉図書館のツイッターです。
こんなに心やさしい図書館司書がいる鎌倉図書館いいですね。

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gooブログの写真の載せ方

2015年08月27日 | Weblog

みなさんすみません、この九想話はアンジェラさんだけに書きました。
コメント欄に書けばよかったのですが、書くところが小さいのでここにしました。
アンジェラさん、できるだけわかりやすく書いたつもりですが、文章で読むとわかりずらいと思います。
わからないところがあったらコメント欄に質問下さい。
よろしくお願いします。

1、載せたい写真を画像加工ソフトを使って加工します(画素を落とす)。
  私の場合は、「窓の杜」の「画像・映像・音楽」の中の「レタッチ・加工」にある
  「JTrim」というフリーソフトを使っています。
  ウインドウズについている画像ソフト「ペイント」でも加工できます。
2、gooブログに写真を3枚並べるには写真の横X縦を、210X157ピクセルにします。
  (JTrimでは210X158になりました)
  ちなみに横に写真を2枚ならべるときには、320X240にしています。
3、加工した写真のあるフォルダーを覚えておきます。
4、gooブログにログインします。
5、画面左の「画像フォルダ」をクリックします。
6、「画像を選択してアップロード」をクリックします。
7、フォルダの中の加工した写真を選びます。
  複数枚あるときはシフトキーを押しながら写真をクリックします。
8、そして「開く」をクリックします。
  これで写真が送られます。
9、画面左側の「新規投稿」をクリックします。
10、右側に送られた写真があります。
11、それを文章のところに貼り付けます。
12、そしてタイトルと本文を書いて「投稿する」をクリックしましょう。
  これでブログの投稿は終了です。

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双子の息子が生まれた頃-2

2015年08月26日 | Weblog

勤めていた広告代理店が、読売新聞西部本社版の日曜日の全二段を買い切っていた。
なのでなんとしても毎週そこを求人広告で埋めなければならなかった。
社長と部長は、これまでの付き合いのある会社があり、全二段の3分の2は埋まった。
その残りを社員で埋めなければならなかった。
新人の私ともう1人の男の他に、以前からいた女性の営業がいた。
その3人で残りの紙面を埋めることは並大抵なことではなかった。
朝9時に朝礼をして終わるとすぐ電話営業を始めた。
昼休み1時間あって午後も5時までやった。
もうしっちゃかめっちゃかに電話をかけまくった。
しかし、電話がつながって社名をいっただけで切られた。
社長と部長は隣の部屋にいた。
社員1人に1つの電話番号があり、電話機のボタンの明かりで電話しているかどうかが社長にわかる。
私が電話することが辛くなって電話しないでいると、隣から社長が飛んできて、
「**(私の名前)、電話しろ!!!」と怒鳴った。
私はなんでこんなことをしてなければならないんだと悲しくなった。

ここまで書いてきて、このことは2001年の九想話に書いたことを思い出した。

12/14 営業マンだった私
12/15 営業マンだった私2
12/16 営業マンだった私3
12/17 営業マンだった私4

これを読んで下さい。
辛い時代でしたが、良いこともありました。
そんなエピソードが書いてあります。

1980年7月3日に息子たちは産まれました。
朝、病院に行ってガラスケースの中の息子たちに対面した。
うちの子たちは、未熟児だったのでガラスケースに入れられていた。
長男はすぐ出られたが、次男は1週間ほど入っていた。
目やにが多かったのです。
私は、未熟児網膜症になって失明したらどうしようを悩んだ記憶があります。
私は息子たちの顔を見て会社に行った。
そのとき勤めていた時計の部品製造会社は産休なんてなかった。
仕事は、デジタル時計のガラスにシルクスクリーン印刷をしていた。
版を拭くとき、失敗したガラスを拭くときにシンナーを使っていたので、
毎日シンナーまみれになって働いていた。
シンナー遊びではなく“シンナー労働”してました。
ガラスにシルクスクリーン印刷をしながら、息子たちの名前を考えていた。

今朝も「まれ」を観た。
子どもたちは男の子と女の子だった。
ということは二卵性なんですね。
(一卵性で男女はありえない)
ドラマの後半のほうで赤ん坊が一日中泣いていた。
うちの息子たちも泣いていた。
乳幼児は3時間ごとに乳を飲む。
双子のその時間がずれると1時間半になる。
女房の母乳は足りなくなり、仕方なしにミルクにした。
はじめの頃はミルク瓶を煮沸消毒していたけれど、
そのうちまにあわなくて水で洗うだけになってしまった。
私は会社で残業して夜の9時頃帰ってきて、それから息子たちの世話をする。
女房は朝から夜まで1人、育児で疲れている。
深夜は私が手伝わなければどうにもならない。
私たち夫婦にとって試練のときでした。
でも、今思えば、楽しく懐かしいときでした。
また、したいとは思いませんが…。

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双子の息子が生まれた頃

2015年08月25日 | Weblog

今週の連続テレビ小説「まれ」は、希が双子を妊娠したことがわかった。
何も知らなかった私は、月曜日に観ていて驚き、むかしの女房と私を思い出した。

1979年の秋(何月だったろう?)、女房が妊娠した。
そして、何度目かに病院に行ってそれが双子ということがわかった。
私は驚き、そして喜んだ。
うちと女房の家系には双子の人はいない。
自然妊娠だと遺伝の影響が大きいと聞いていた。
どうしてうちが双子なんだ?
その頃、私は最低な仕事環境だった。
東京の御徒町の小さい(6人だった)広告代理店に勤めていて、毎日求人広告の電話営業をしていた。
新聞、アルバイトニュースに求人広告を出している会社に電話して、
「広告の反響はありましたか?だめでしたか?それでしたらうちの企画はどうでしょうか?」
などと電話して、「ぜひ我が社の企画の説明をさせて下さい」と話して、その会社を訪問する。
私の会社の企画とは、読売新聞の西部本社版の日曜日の全二段に求人広告を載せるというもんだった。
西部本社版は、九州地方に販売されている。
「東京、神奈川など関東の寮・社宅完備の優良企業で働きませんか?」という求人広告を出すのです。
私は、その広告代理店の面接に行ってその企画を聞いたときに、これはいいんじゃないかと思った。
地方で都会に憧れている若者は多く、私もその1人だった。
その仕事をやってみたいと考えた。
そのことを女房は今でもバカにする。
「求人広告の営業なんてあんたには向いてないのに、あんな会社に就職したから苦労したのよ」
そうなんです、私はこれまでの人生であんなに苦しんだことはなかった。
仕事が取れず、社長には毎日怒鳴られ、生きていることが厭になり、山手線に飛び込もうかと考えたこともあった。
もう電話機を見るだけでも厭だった。
求人広告に載っている会社に電話しても、98%は最初に出た人に切られた。
「うちはいいです」といってくれるならいい。
何もいわずに切られることが普通だった。
電話をするのが厭になった。
私と一緒に入った同じ歳の男がいて、そいつは、毎日、淡々と電話営業をしてた。
そして1週間に1・2回は、電話した会社に出かけていって、そこそこ広告が取れていた。
私は、まったく「来てくれ」といってくれる会社もなく、1人厭な電話営業をしていた。

                                    -つづく-

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