九想話

ブログ以前から書き始めて、20年目になります。



草津白根山噴火

2018年01月23日 | Weblog

草津白根山 専門家「複数の火口で同時に噴火か」 

草津白根山が噴火した。
そのことをマンションの住民のひとりから聞いてびっくりした。
私は、白根山に3回は行っている。
それぞれ九想話に書いています。
私の大好きなところです。
これからどうなるのでしょう?

 

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雪が降る

2018年01月22日 | Weblog

私は夕方、いつもの時間に川越駅で遅れてきた電車に乗った。
女房は2時間早退して会社を出たのに、
> まだ、川越駅に着かない。
と、ラインがきた。
電車が雪のため遅れて、いつもの時間のバスに乗れなかった。
女房からの連絡でもうすぐ来るな、と思い、改札口で待っていると彼女が来た。
バス停にはものすごい人が並んでいた。
かろうじて女房と私はバスに乗れた。
私のあとに3人ほどしか乗れなかった。
いつもは立っている人などいないバスです。
うしろのほうはつり革もなく、バスがブレーキをかけると怖かった。
バス停から家のほうへ歩いていると、「軽井沢を思い出すね」と女房がいう。
軽井沢では毎日雪の中を歩いていた。

家に帰って車の雪を落とす前に写真を撮った。
20センチは積もっていたでしょう。
明日の道路はどうなっているでしょう?
バス・電車はちゃんと走ってくれるでしょうか?
私は、いつもより1時間早くマンションに出勤して、雪かきをします。

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タイヤ交換2018

2018年01月21日 | Weblog

今日タイヤ交換をした。
明日、関東地方では雪が降ると天気予報でいっていた。
今年は、スタッドレスタイヤに換えなくてもいいかな、と考えていた。
埼玉はほとんど雪が降らないからです。
タイヤ交換する時間手間がムダになる。
しかし、これだけ月曜日午後から雪が降るとお天気キャスターにいわれると、じっとしていられない。
どうしても不安な気持ちのほうが勝利してしまう。
グダグダ考えていたが、タイヤ交換することにした。
10時15分から始めた。
物置にしまっておいたタイヤを車の近くに運ぶ。
そのときに悩んだ。
それぞれのタイヤには、昨年タイヤが付けられていた場所を書いた布テープが貼ってある。
去年付いていたところとは違うところに取り付けなくてはならない。
いつも同じ場所に付けていると、タイヤの減り方が固定してしまう。
それはまずいので、取付位置を変えなければならない。
その場所を決断してタイヤを置いた。
1本目のタイヤを交換するときに、去年のやり方を忘れていたことに気づいた。
やっているうちに、できるようになりました。
ジャッキアップしてナットをゆるめ、タイヤを取り付けることはなかなか大変です。
軽井沢で暮らしていたときは業者に持ち込んで交換していた。
1時間半ほどかかりました。
さあ~、明日雪が降っても大丈夫です。
しかし、今は平日は車には乗ってない。
明日雪が降っても、来週の日曜日には消えているんだろうな。
なんか、今日のタイヤ交換が無駄になりそうな気がします。

 

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老歌手

2018年01月21日 | Weblog

「夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」(ハヤカワepi文庫 土屋政雄訳)のはじめにある小説です。

私は、サンマルコ広場の3つのカフェバンドを、「ジプシー」として渡り歩くギタリスト。
ベネチアがちょうど春に変わろうとしているある朝、
観光客に混じってすわっているトニー・ガードナーを見た。
その時間のプログラムが終わり、私はガードナーのテーブルに向かい、
自己紹介をし、崇拝者であること、たったいまバンドの一員として演奏していたこと、
母が熱烈なファンだったこと・・・一気にまくしたてた。
ガードナーは患者の訴えを聞く主治医のような重々しい表情で聞いていた。
そのときファッション雑誌を飾るモデルの一人と見まがうほどのガードナー夫人が来た。
夫人がそこを去ってから、ガードナーがひとつの企みを私に話した。
その夜、パラッツォの寝室の窓の下までゴンドラで行って、夫人にセレナーデを聞かせてやりたい、という。
夫人は十九歳のときにカリフォルニアまでヒッチハイクをした。
ハリウッドに行きたかったが、ロサンゼルス郊外の道路沿いにある食堂で、
ウェイトレスをするはめになった。
しかしその場所こそ野心満々の若い娘たちが朝から晩までひっきりなしに詰めかける場所だった。
そこで働きながら彼女はスターと結婚するための勉強をした。
そして6年後にディーノ・ハートマンという歌手と結婚し、
彼が輝きを失ったときにガードナーと出会った。
彼女はディーノと離婚して、ガードナーと結婚した。
夫人は念願の夢を手に入れた。
それからもガードナーは、夫人とのいろいろなエピソードを話した。
私が「ひょっとして、奥様との間があまりうまくいってないのでしょうか?」と訊く。
ゴンドラがパラッツォの前に着いて、私のギターを伴奏にしてガードナーが歌った。
「恋はフェニックス」「惚れっぽい私」「ワン・フォー・マイ・ベイビー」
3曲を歌い終わったガードナーには喜ぶようすがなかった。

やはり最後まで書けません。
できればあなたにこの小説を読んで欲しい。
私のような素人があらすじを最後まで書いては、つまらない印象しか与えないでしょう。
この小説を読んで私は、やはり男と女はむずかしいなと思った。
むずかしくてもつきあって行くしかありませんね。
この「夜想曲集」にはあと4つの小説があるので、読むのが楽しみです。
「降っても晴れても」
「モールバンヒルズ」
「夜想曲」
「チェリスト」

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感想文

2018年01月20日 | Weblog

「夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」の感想文、今夜もアップできません。
書いていたのですが、終わらないのです。
すみません。

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今夜も小説の話

2018年01月19日 | Weblog

今日は、昨年ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの小説のことを書きます。
先日、義母(はは)の本を買うときに衝動的に買ってしまった本にあった小説です。
「夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」(ハヤカワepi文庫 土屋政雄訳)
最初にあった「老歌手」という作品を今日読了した。
(今日の九想話は、この小説のストーリーの最後まで書いてしまいますので、
 これから読む予定の人は読まないで下さい)

ここまで書いたのですが、どう考えてもあと2時間ぐらいになりそうです。
明日も仕事があります。
それを考えると寝なくてはいけません。
悔しいですね。
でも、やっぱり明日責任ある仕事をするために九想話を書かないで寝ます。
すみません。

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友人の小説

2018年01月18日 | Weblog

今日、富山の友人の小説を読んだ。
同人誌「辰草」18号に掲載された「家族・・・」という作品で、
読んでいて、なかなかいいな、と思った。
8ページの小説です。

春雄は定年退職した送別会で泥酔して家に帰って、玄関で寝てしまった。
翌日、息子の真一、娘の涼子がやって来て、妻の美代子と定年退職を祝ってくれた。
大学を卒業して38年間、粉骨砕身、会社のために生きてきた。
仕事一筋の春雄は子育ては美代子にまかせてきた。
今では息子も娘も家庭を持ち、それなりに暮らしている。
そんな家族に囲まれて春雄は幸せだった。

(パターン1)
楽しく和やかに祝いの席は進んでいた。
10年前の事故の話になる。
10年前の日曜日、ようやく就職が内定した真一の祝いをしようと、
家族は仕事で疲れていた春雄を家に残して隣町のスーパーまで買い出しに行った。
途中、対向車線を走って来た大型トラックが突然センターラインを越えて、
真一が運転していた乗用車にぶつかってきた。
居眠り運転の大型トラックと正面衝突したのに、3人とも軽傷ですんだ。
定年退職の祝いの食事も終わり、真一と涼子が帰る。
美代子は2人を送って行った。
満ち足りた気持ちで春雄は目が覚める。
彼は夢を見ていた。
あの事故で3人は死んでいた。

(パターン2)
楽しそうに話している涼子と真一と美代子。
その声がだんだん聞こえなくなってくる春雄。
10年前に交通事故を起こした春雄は、植物状態で生きてきたが、延命器具が外された。

(パターン3)
半年前に会社恒例の社員感謝企画イベントで謎めいた景品を引き当てた。
多忙な毎日の仕事に追われてそれを春雄はすっかり忘れていたが・・・。
定時の5時になり、春雄は会社の同僚たちに祝福され花束を抱かえて会社を出た。
春雄が家に帰ると、突然目の前でパンパンとクラッカーが鳴り響き、
「お父さん、定年おめでとう」と暖かい声が飛んだ。
真一と涼子が家に来て、美代子と定年退職を祝ってくれた。
楽しい時間が過ぎて子どもたちが帰って行く。
妻の美代子は駅まで送ってくると一緒に家を出た。
「楽しそうで良かったです。大成功でしたね」
真一を演じていた青年が女性たちに話しかけた。
「定年って、人生の一大イベントだもんね」
涼子を演じていた女性が頷いた。
「二人ともすっかり、息子と娘になり切っていて、とても良かったわよ」
年配の女性が2人を褒めている。先ほどまでの美代子である。
会社の抽選会で当てたのは「独りのあなたもレンタル家族で憩いのひと時」という景品だった。
10年前、子どもたちと妻の3人は、不慮の交通事故で亡くなっていた。

ひとつの家族の物語があって、同じ家族4人のちがうストーリーを3つという構成は面白い。
家族というものは、ある出来事で生活が変わる。
それをうまく描いていると思った。

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携帯電話の不具合話

2018年01月17日 | Weblog

先週の土曜日、義母(はは)が、「携帯電話がまたおかしい」と女房にいう。
電話をしているうちに、相手の声が聞こえなくなるらしい。
昨年末にその不具合が出たので、携帯電話を買ったデンキ店に持って行き修理してもらった。
買って1年1ヶ月になっていたが、無料で修理してくれた。
メーカーの対応は、基板がおかしくなったのでそれを交換したということだった。
それから2週間ほどでまた同じ不具合になった。
日曜日に私と女房で、デンキ店にまた修理してもらおうと開店した10時に行った。
携帯電話を買った携帯電話会社のカウンターに行って、若い男性に事情を説明した。
そして義母の携帯電話を再び修理するために、メーカーに送ることになった。
そこまではいいのだが、そのあとの店員の言葉に私は怒った。
「今、代替機(だいたいき)がないので電話をお貸しできません。ご了承下さい」
「だめだ。そんなのおかしい。よその店で借りるとかして対応してくれ」
「それはできないんです」
「メーカーの電話機がおかしいのに、なんでこっちが我慢しなければならないんだ。
 代替機をそれなりの数用意しておかない店側がいけない」
女房が私に怒らないで、と手振りと視線でいう。
「ちょっと、責任者呼んで」と私。
若い男は責任者を呼ぶために席を外した。
「お義母さんに、修理する間電話は使えない、といえる?」と女房に私は訊く。
「・・・」
私と女房が住む埼玉の田舎に引っ越してきた今の義母は、
電話で姉妹(きょうだい)・友人・息子と話すことが唯一の楽しみで、
そのために女房が、その携帯電話会社の電話を義母のために買ったのです。
そのガラケーは、月に2700円払えば話し放題というものです。
なので義母は自由に電話を楽しんでいた。
それが、「代替機がないから修理が終わるまで電話機はないです」などと私は義母にいえない。
女房だっていうことは辛いだろう。
20分ほどたってその店の携帯電話売り場の主任という人が来た。
私は、その主任の言い分を聞いた。
聞いたが、代替機が借りられないということは受け入れられないと強くいった。
結局、店の展示品を貸してくれることになった。
最初からそうしてくれたらいい。
代替機がないから電話機を貸せないといった青年は、スマホなしで1日でも暮らせるのか?
今、スマホや携帯電話を持っている人が、1日でもそれがなかったら生きていけないだろう。
私はなかったら困る。仕事で使うことが多い。
義母は今、友人や姉妹と離れた埼玉の田舎で暮らしている。
電話で話すことが楽しみなんです。
それが電話機の不具合のために、電話がない生活をさせるなんてことを私は認めるわけにいかない。
どんな電話機でもいい、義母の電話機のSIMが入らなくてもいい。
義母が電話できればいいのです。
そういう人情がそのとき対応していた店員になかった。
私も昔、大学生協で電器製品の販売の仕事をしていた。
私はできるだけお客さん(組合員)の要望に応えるように仕事をしていた。
ステレオを買った学生が、アンプ・プレーヤー・スピーカーの配線ができないというので、
仕事が終わった夜に、その学生のアパートに行って、
ステレオが聴こえるようにセッティングしたこともあった。
テレビのアンテナ線を接続できない学生もいて、私は、仕事が終わってから対応しました。
「代替機が1週間で戻ってくるので、来週今日お貸しする展示品と交換してほしい」という。
来週の日曜日に、そのためだけにそのデンキ店に行くことを約束した。
しかし、なんであの電話機は相手の声が聞こえなくなるのだろう?
こんどは無事ちゃんと直ってくるのか?
そう念を押したら、主任と店員は「分かりません?」といった。
こんどきちんと直ってなかったらどうしよう?

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久米宏の話し方

2018年01月16日 | Weblog

昨日の久米宏の本のことを書いた九想話に、肥さんがコメントを書いてくれた。
> 私はどちらかというと,久米宏は苦手なたいぷなんです。
> (しゃべり方が速すぎる!)
私もその考えに納得する部分がある。
久米宏があのような話し方になったのには理由があった。
あの本で久米宏がこんなふうに書いている。

 アナウンサー以外の俳優やナレーターたちの話し方を聴いているうちに思ったのは、
自分は「久米宏の話し方」を見つけなければいけない、ということだった。
 僕はそれまでアナウンサーという職業に、どこかで違和感を覚えていた。アナウン
サーはみんな判で押したように同じ話し方をしている。まるでトーキングマシンだ。
それなら誰が話しても同じではないか。
 みんなと同じような話し方ができれば、みんなと同じようなアナウンサーにはなれ
るだろう。しかし、それでは自分がなる意味はない。大事なことは、多くのアナウン
サーがいる中で、いかに自分の個性を出して、久米宏というアナウンサーの商品価値
を上げるかだ。
 基本的な技術を習得したらその後は、聞いた瞬間に「これは久米宏がしゃべってい
る」と、みんながわかるような話し方が必要だと思った。では「久米宏の話し方」と
はなんだろう。
(略)
 ラジオでもテレビでも、僕は自分の家庭のことをほとんど口にしたことがない。話
し方も家庭的ではない雰囲気、よく言えば「クール」、悪く言えば「冷たさ」とも受
け取られる。
 そうは言っても、人間の話し方は幼少のことから家庭で培われるものだ。もともと
自分の中にないものをゼロからつくり上げることはできず、自分の中に根付いた要素
を拡大していくしかない。そういう意味で言えば、僕は昔から感情的にならない子ど
もだった。話している途中で涙ぐんだりしないタイプであることは、自分でよく理解
していた。
 しかも僕は子どものころから恐ろしく早口だった。これには多分、小学3年までを
過ごした東京・品川の土地柄が関係している。宿場町、漁師町、色街だった品川の言
葉は、下町言葉よりも乱暴で早口だった。漁師の息子たちと遊んでいた幼いころの僕
には、自然とその品川弁が入っていった。それに加えて、繰り返し聞いた志ん生の語
り口と息継ぎ、間の感覚。
 話し方は自分の声質と合っていなければならない。超低音でペラペラ話されると耳
障りだし、野太い声の女性が可愛らしくしゃべっても可愛くならない。声質と話し方
は表裏一体だ。
 録音した自分の声を聞くと、それほど特徴のある声だとは思えなかった。となると、
しゃべり方で勝負しなければならない。僕の声は「軽快」なしゃべり方が合うと判断
した。

肥さんは、次のようにも書いている。
> ただし,彼のプロ意識はすごいと思ってます。
まったく同感です。
久米宏のプロ根性が、それまでなかった夜の10時台に「ニュースステーション」という
報道番組を成功させたのだと思う。

肥さんのコメントへの返事を書こうとしたら、とても短く書けないと考え、
九想話にしてしまいました。

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久米宏です。

2018年01月15日 | Weblog

久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった」(世界文化社)を昨夜読了した。
面白かった。
久米宏という人が、ラジオ・テレビ番組をどのようにつくってきたかがよく理解できた。
特に「ニュースステーション」を立ち上げるために、ラジオの生番組「土曜ワイドラジオTOKYO」
「TVスクランブル」「ザ・ベストテン」をすべて降板した。
特に、「ニュースステーション」をやることは秘密にして、「ザ・ベストテン」をやめたいと
黒柳徹子にいうときは辛かったと書いてある。
私は以前、よく永六輔のことを九想話に書いていた。
永六輔が亡くなって、ラジオが聴けなくなってしまった。
現在は、「久米宏 ラジオなんですけど」(TBSラジオ土曜午後1時~3時)をよく聴いている。
久米宏の考え方が好きです。

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