こうじ神父今週の説教

日曜日の福音メッセージをお届けします。

復活節第4主日(ヨハネ10:27-30)イエスは命がけで教会家族を守る

2016-04-17 | Weblog
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(参考)実際の声を確かめながら読みたい方はこちらをクリック
↓↓説教者の意図が、より自然に伝わます。↓↓
http://hanashi-no-mori.news-site.net/voice/160417.mp3

(音声ファイルは、MP3形式です。再生ソフトをを用意してください。)
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こうじ神父
「今週の説教」
16/04/17(No.824)
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復活節第4主日
(ヨハネ10:27-30)
イエスは命がけで教会家族を守る
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「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。」(10・27)イエスの言葉は自信に満ち、確信を持って語られています。わたしたちもイエスの自信に満ちた言葉に少しでも答えることができるように、御言葉に耳を傾けましょう。

ミサの初めにも祈りを呼びかけましたが、このたびの熊本の地震は、大震災と呼べるような被害になってきました。わたしたちはまず、祈りによって災害に遭った方々のために手を差し伸べたいと思います。

さてわたしは、説教する時間は10分で十分、12分で十二分と思っています。ちなみに先週は11分7秒でした。それと皆さんにお断りしておかなければなりませんが、わたしは毎度ミサの初めから終わりまでを録音しています。それはミサにどうしてもあずかれない病人やその看護をしている人、様々な事情を抱えて参加できない人のためです。

また説教の原稿も、インターネット上のブログやホームページにアップしたり、メルマガで配信したりしています。より多くの人が、ミサの説教を目にし、手に取ることができるようにするためです。長崎教区を一歩出ると、月に一度だけ司祭が巡回してミサを行い、ほかの日曜日は自分たちで聖書を読み、訓練を受けた奉仕者が月に一度のミサで用意された御聖体を授ける教会があるのです。正式な説教もありません。

そんなある教会で、実はわたしの説教が印刷され、司祭の来ない日の補いに用いられているそうです。目の前の皆さん以外にも、さまざまな人を支えている田平教会のミサ録音、田平教会での説教ですので、皆さまにも少しご協力をいただき、中田神父の外へ向かっての活動をこれまで通り継続させていただきたいと思っています。

福音朗読に戻りましょう。短い朗読個所の中に、イエスの力強い言葉が何度も繰り返されています。「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。」(10・27)「彼らはわたしに従う。」(同)「彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。」(10・28)「わたしの父がわたしにくださったものは、すべてのものより偉大であり、だれも父の手から奪うことはできない。」(10・29)

イエスの確信に満ちたこれらの宣言は、本当なのでしょうか。わたしの心には、イエスの言葉をそのまま受け取るのをためらう引っ掛かりがあります。この前ある方が司祭館のチャイムを鳴らして「田平教会の何々地区の者です。何々の活動をするために、カトリック教会を辞めます」と言ってきました。わたしは「念のため言っておくけど、その選択は最悪だよ。カトリック教会に満足できないところが確かにあるかもしれない。でもあなたが言うその活動は破滅だと思う」と引き止めました。けれども「もう決めたことだから」と言って帰ってしまいました。

こんなことが足元で起こっているので、「彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。」というイエスの御言葉を、何の躊躇もなく受け入れるのは難しいのです。しかしそれでも、イエスの言葉は全面的に信頼するに値するのだと思います。

おとといの金曜日、わたしは何人かの人に誘われて、教会の下の浜を見に降りてみました。途中何カ所か、道のないところを切り開いて進みました。降りてみると立派な浜が広がっていました。今は道もありませんが、皆さんにとってこの浜は大切な場所のはずです。

わたしが言うまでもありません。この浜から皆さんの先代、先々代の人たちが、レンガを背負ってこの丘に登り、教会建設のため汗を流したのでした。田平教会に積み上げられているレンガの一つ一つが、皆さんのご先祖の汗と涙の結晶のはずです。先輩方は黙々とレンガを運び、また貝殻を焼いて漆喰の材料を用意して、永遠の命を与えてくださったイエス・キリストの羊であることを証明した。イエスの声を聞き分け、イエスに従う者であることを口先ではなく行いで証明したのです。

私事になりますが、わたしの父方の祖父は七右衛門と言います。その兄弟倉吉はイトという女性と結婚しました。イトの父親は幸右衛門で、幸右衛門の兄弟に卯之助という人がいて、卯之助の子に中田藤吉神父さまがおられます。直系ではありませんが、わたしの系図は確実に藤吉神父さままでたどっていくことができます。

その藤吉神父さまがわたしを田平教会に招いてくださり、「彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない」と言えと、促しているのだと思っています。「百年前の証を、百年経った今も証しせよ」と言えと、促しているのだと思います。

皆さんはイエス・キリストが血を流して救ってくださった子供たちです。イエスが永遠の命を与え、決して滅びない、だれもわたしの手から奪うことはできないと言って、イエスの手の中にある子供たちです。ですからたとえどんなオオカミが食い荒らしに来ても、どんな災難が降りかかっても、決して悪の勢力に奪い取られたりはしないのです。

百年前の先祖たちは、イエスの声を聞き分け、イエスに従う信仰をこの教会レンガの一つ一つで証ししてくれました。わたしたちもイエスの言葉を信じる羊であると、態度で答えていく必要があるのです。

三つ例を示しましょう。百年前、家庭での祈りは隣の家まで聞こえるほど響いていたはずです。百年後の今、祈りを響かせる家庭を必要としています。百年前、できたばかりの聖堂に毎日何十人もの人が平日のミサにあずかっていたことでしょう。今は20人くらいです。もう一度、平日のミサに足を運んでくれる家族を必要としています。百年前、だれもが力を合わせ心を合わせ、一つになっていたことでしょう。「だれかがやってくれるさ」ではなく、「わたしは今日から、教会家族の一致のために協力する」と手を挙げてくれる家族を必要としています。

イエスは十字架の上で血を流して命を分け与え、全力でわたしたちを守ってくださいます。わたしたちはイエスの愛にどのように答えますか?百年前の先祖たちは立派に答えました。あなたはどうしますか?今わたしたちに問われていると思います。

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‥次の説教は‥‥
復活節第5主日
(ヨハネ13:31-33a,34-35)
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ちょっとひとやすみ
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▼「今週のネタにちょうど・・・」と思っていたネタも、このたびの熊本大地震で吹っ飛んでしまった。これは大震災とも呼べるほどの被害だ。専門家が14日のは前触れで、15日が本震だとの見解を出した。両方とも平戸市田平町まで揺れが届いた。
▼熊本であんな被害が出る地震に見舞われるのだから、もはやどこも安心ではない。わたしの思い過ごしかも知れないが、地震で教会の鐘が鳴ったのは生まれて初めてだ。聖堂にはこれといった影響は見られないが、あらためて「何があってもわたしたちは揺れない」という神への信仰を確認する必要を感じた。
▼地震は確かに怖いが、わたし個人の問題では引っ越し後にパソコンの調子が悪くて恐れている。トイレに行って戻る、その5分くらいの間にハードディスクが固まって、にっちもさっちもいかなくなることが多発している。仕方なく電源を無理やり落とす。
▼こんなことを繰り返していると必ずハードディスクが壊れる。その前にハードディスクのクローンを作っておきたい。そうは思うがなかなか行動に移さない。このままでは大量のパソコン資料を無駄にしてしまいかねない。どこで線を引いてパソコンを退役させるか。そこが問題である。
▼教会の下の浜、遠浅で五島の蛤海水浴場を思い出した。まだ具体的な計画はないが、十分釣りもできそうだ。まずは浜から投げ釣りをするか。

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新企画今週の1枚
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第431回目。教会下の浜は、きっとわたしを待っている。

ホームページもご覧ください。
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† 神に感謝 †
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