【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

社会統計学分野の旧い論文の要約が日課です。

時々、読書、旅、散策、映画・音楽等の鑑賞、料理とお酒で一息つきます。

ヘンリー・コスター監督「オーケストラの少女(One Hundred Men and A Girl)」(アメリカ、1938年)

2017-07-21 14:24:05 | 映画

        


  天才少女歌手と騒がれたダイアナ・ダービン、指揮者で当時の最高権威であったレオポルド・ストコフスキー、そしてフィラデルフィア交響楽団が出演し話題となった作品。全編に少女の願いと行動、人間の善意が溢れ、心が温まる。原題は「100人の男と少女」。

 冒頭、レオポルド・ストコフスキー指揮、フィラデルフィア交響楽団によるチャイコフスキー交響曲第六番「悲愴」第四楽章が流れる。失業中のトロンボーン奏者、ジョン・カードウェル(アドルフ・マンジュー)を父に持つパトリシア[愛称パツィ](ダイアナ・ダービン)はまた楽団で演奏できる機会をつくりたいと願っていた。ジョンはいくつかのオーケストラに楽団員として雇ってくれないかと頼みにまわったが、どこにも相手にされなかった。コンサートで演奏を終えたストコフスキーにも雇ってもらおうとしたが、ホールの従業員に追い返された。コンサート会場からアパートにしょげて戻る途中、彼は偶然、財布を拾い、遺失物として劇場に届ける。しかし、従業員に再び有無もなく締め出された。その財布をもち帰ったことで話しが展開を始める。帰宅後、大家に家賃を請求された父は成り行きでその財布から支払いをした。パツィに問われたジョンは真相を言いそびれ、「楽団員に雇われた」と嘘を言った。

 翌日、楽団のリハーサルに出ていった父のあとを追ったパツィは、事の真相を知った。パツィは財布の持ち主がフロスト夫人だとつきとめ、彼女に財布を返そうとした。実業家たちのパーティにいた気前の好いフロスト夫人は、財布を受け取るとパツィを仲間のなかに招いた。パツィは得意の歌を披露して喝采を浴び、次いで父の窮状を話すと、夫人は気軽に(冗談半分に)失業者たちを集めてオーケストラを編成できたらスポンサーになり、ラジオにも出演させると約束した。話しを真に受けたパッツィは父にその話をし、アパートで隣に住むフルート奏者のマイケルたち失業者の演奏家100人を集め、急遽オーケストラを結成。

 パツィは練習会場の費用捻出の依頼にフロスト夫人を訪れたが、彼女は既にヨーロッパ旅行に出かけてしまっていた。留守で実業家の夫は、芸術に関心がない。加えて彼にとって、オーケストラのスポンサーの話は寝耳に水。大指揮者が指揮を引き受けないかぎり、出資はしないと突っぱねられた。パツィは一計を案じ、楽団の指揮をストコフスキーに依頼しようと奔走。ストコフスキーがオーケストラのリハーサルをしている場所に乗りこみ、モーツァルトの「ハレルヤ」を歌って交渉のきっかけを得た。しかし、ストコフスキーには既に半年間の欧州旅行の予定が入っていて、パツィは失業者楽団の指揮はできないと断られた。パツィが意気消沈して帰ろうとしていると、劇場の従業員に見つかり、追いかけられた。パツィが逃げこんだところは、マネージャーの部屋。そこに偶然に入った新聞社からの電話にでた彼女は、ストコフスキーが失業者楽団の指揮をすると「でまかせ」を言った。新聞社はこの情報を特ダネとし、号外に。実業家フロストはこの話で一儲けを企み、スポンサーを買ってでた。パツィは再びストコフスキーに楽団の指揮の依頼に赴く。最初はパツィの強引なやり方に不快感を示していたストコフスキーであったが、熱意にほだされ待機していた失業者楽団が「ハンガリー狂詩曲第二番」を演奏すると、彼の手がしだいに動き出し、やがていつもの力のこもった指揮をとった。

 ストコフスキーは少女の願いを全面的に受け入れ、楽団員はホールで彼の指揮のもと、感激で胸一杯の演奏をした。パツィはストコフスキーに挨拶を求められドギマギ。その時、聴衆のなかの世話になったタクシー運転手から「歌ったらどうだい」と声がかかった。幸運を感謝し、喜びの涙で頬を濡らしながらのトラヴィアータを歌う少女パッツィ。いつまでも胸に残る感動的なラストシーンであった。