まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

青春のたまり場

2010年04月30日 | 自然
青春のたまり場


 この・・ユーチューブの画面が出れば、不在モードの「予約投稿」です。13時になれば自動的にサーバーから送信されることになっております。

 今日から5日までは「さぬき広島」でのGWということで島におります。

 さて、本当は「五月一日」に出発予定が、島の家のお風呂用の灯油や船舶用の燃料、島の軽トラなどの給油のために、一足先に行かないと、明日から油屋さんがおやすみになるようなので、急遽出発することになったです。

 

 今日は、みんなで「しろとり動物園」にいってきて、大慌てで出発準備をやっております。

 

 また、戻ってから、詳しく報告しますね。そういうことで、急遽、出発しますのであしからず・・・。

じゃぁ、また、来週会えるといいね。
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田植え機の 動く棚田の せわしなく

2010年04月29日 | 自然
 今日はいい天気にはなったものの・・風が強い・・。奥方は日勤で定刻に出勤。孫のはやてちゃんは疲れたものか・・朝寝をしてる・・。そういえば、昨夜はユーチューブに夢中になっていたもの・・。遅くまでパソコンで遊んでいたんだろ・・。

 で、私は・・お布団を干して、ぽちの散歩をさせて・・、はやてちゃんと朝食。朝食なんて食べなかったのに、旅の習慣が残っているし、はやてちゃんのおつきあいってこともあって・・。

 

 九時前から・・さっちゃんともども・・山の旧宅(きむら株式会社)へ出勤。たけのこを探したり、タラの芽を探したり・・。さっちゃんは・・野菜の支柱用の竹切り・・。それとか・・はやてちゃんの秘密基地の屋根の工事をやるんだけれど、風が強くてトタン板が、屋根に載せたトタンに飛んでしまうんだ・・(このギャグで笑うしかないよ)。あ、笑点流に「屋根が飛んで・・や~ね~」。

 

 ま、こどものお遊び用だから、廃材利用の秘密基地だからこんなもんだ・・・。

 で、午前の部が終われば、はやてちゃんと私は・・おうどん屋さんへ・・。で、はやてちゃんが行ったことのないお店ということで、木田郡三木町の「滝音:たきね」へ行った。お店に着いたのが11時過ぎだったから、駐車場には余裕があったけれど、店内はほぼ満席状態・・・。さすがに休日はすごいね・・。

 

 でも、回転が速いのがセルフのお店だから、並んでいる間にどんどんと食べたお客が出て行くもので、そんなに窮屈な思いはしなくてもすむ。で、私は「まかないぶっかけ・ぬくいんの小(500)」はやてちゃんは「かけのつめたいんの小(200)」を注文した。これで700円。

 

 これが私の「まかないぶっかけ」まかない・・ていう割には上品にまとまっている。なにせ、具が8種類・・・。牛肉・おろし大根・わかめ・かまぼこ・温泉タマゴ・おあげ・レモン・ネギで8種類やけれど、ネギやレモンを数えるのはどうかなぁ・・。

 ちなみに・・はやてちゃんのかけうどんはと言うと・・。

 

 ネギ・かまぼこ・おあげ・わかめの四種類・・。そんなに見栄えは変わらないけれど、牛肉・温泉タマゴが大きく違うか・・。

 

 これがお店の一部・・。メニューとかが書いてあるところ。この下に、てんぷらなんぞのサイドメニューが置いてある。

 で、昼からも山の旧宅での作業を少しばかりやって、タラの芽を高枝切りはさみを使って採って、連休用に島に持っていくことにしたが・・大丈夫かな。少しは今夜のてんぷらになった・・・。

 

 さて、これが・・我が家の「キャプテン・ルーム」の入り口。ここに、「戦艦三笠」で買った「ゼット旗」を掲げてある。「皇国の荒廃この一戦にあり、各員一層、奮励努力せよ」という意味なんだが・・・、今日の作業は・・奮励努力までいったかしらん・・・。

 これが・・「キャプテン・プレート」いわば・・「船長室」ってことだ。

 

 で、その横にあるものが、「ノッカー」ドアをノックする代わりに、これをたたいてノックの代わりにするもの・・。

 

 で、艦内帽と拳銃・・エアーガンがすぐ横においてある。ま、一種の「お飾り」だ。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

 
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新緑の どれもが濡れている 希望かな

2010年04月28日 | 自然
 今日は久々に春めいて穏やかな気候になった。で、コンビニでコーヒーとサンドイッチを買って、山の旧宅に向かった。いつもは朝食を食べないのだけれど、旅行の流れで・・ついつい・・食べてしまうようになったし、今日は「力仕事」をやらないといけないと思って・・・。

 というのも、母の「さっちゃん農園」を耕して、ナスだのトマトだのを植える準備をやらないといけないし山の旧宅周辺の「タケノコ退治」をやらないといけないもので・・。

 

 タケノコ退治・・なんて言葉はお馴染みではないかも知れないけれど、我が家の周辺にタケノコが迫ってくると、家の中や屋根をいためるということで、家に近づくタケノコは退治しないと家の中にまで入り込んでしまうのだ・・。だから、そういうものを退治してしまおうというもの。

  

 その後、さっちゃん農園を耕して、ナスやトマトを植える場所を耕しておく。そうこうすると、もう、汗まみれになって、着替えをしないと気持ち悪くなってくる。汗が冷えてくると冷たくなるし・・・。

 で、その後は・・しばらく・・先の浦賀に行った時の写真の印刷だ。普通はこういう場合には、誰にも写真を印刷して送ったりはしないのだけれど、「写真は送ってくださいね・・」などといわれると、Aさんに送って、Bさんに送らないのは失礼かなぁ・・なんぞと考えてしまうと・・・数十枚は印刷しないといけなくなって・・。

 

 そんなこんなで、今日のお昼はここになった。同じ町内の「太一」うどん。おいしいとかおいしくないとかの問題ではなくて、時間がもったいないので行ったという程度のお話。水曜日というのも案外とお休みのお店があったりするし、開店時間の都合とかもあって・・。

 

 で、あれこれ迷う間もなく・・「カレーうどん小」を注文した。「何にするん?」という店長の声にせかされて・・・。これで・・370円だ。

 

 で、店内の話題はこれに集中している。なんとかというテレビ局のなんたらという番組だ。これではわからんわな・・。「なんたら・・・珍百景」というとわかるかなぁ・・。あんまり、詳しくは触れたくはないのだけれど。そこで、ここの「オバマうどん」が登場して、あの、そっくりさんの「ノッチ」さんが物まねをするらしい・・。

 

 放映日は・・五月中旬て書いてあったけれど・・。ちなみに・・「オバマうどん」というのは、ぶっかけうどんの上に、「おあげ」「バナナ」「まつたけ」が乗ったもの・・という触れ込みだったけれど、いまどき、マツタケなんぞあろうはずはないし、バナナが乗るのも気持ちが悪い・・と思うのだけれど。

 ま、ここの店長は「目立てばいいんや・・」というポリシーでお仕事をやってるみたいなものだから・・なんでもいいんやとは思うのだけれど。最近は・・「暴走族追放・・まっぽうどん」なるものを売り出し中・・。鳩山さんも登場したし、坂本竜馬の「世直しそば」も出してるし・・・、阪神タイガースうどんも登場したしねぇ・・。

 

 午後からは・・この本の発送作業だわ・・。説明用に浦賀に一冊だけ(重いから)持っていったら、即座に実行委員長に「展示用に置かせてください。帰りはお荷物でしょうから置いて帰ってください」ということで・・取り上げられた格好・・。

 その・・展示を見た会員さんから・・「私もほしい」「私もほしい」ということで、十数冊の注文を受けて・・・。

 

 確かに・・、この本を見たら、咸臨丸関係者は欲しいと思うとは思うけれど、そうそう・・簡単に、お渡しできるような本ではないし、在庫数にも限りがあるしねぇ・・。四国新聞社あたりで再販してくれたらありがたいのだけれどもねぇ・・。そうなると、著作権とかが難しいのかもね・・。

 で、大型連休の第一陣として、早くも孫のはやてちゃんがやってきた。明日からは山の旧宅の秘密基地作り再開やね・・。私もなんたらかんたらでさぼってしまってしたしね。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。
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雨の日の 憂鬱なる午後 山つつじ

2010年04月27日 | 日常
 今日はぐっすりと寝るぞ・・・と決めて寝たはずなのに、朝はやっぱり・・六時過ぎに起きてしまった。あんまり・・疲れすぎても寝られないものなんだろうか。

 ということもあるんだろうし、なにせ、ここんところの電話回線の調子がおかしいのが気にかかる・・。出かける前から回線が切れたり話し中になってしまう・・。おかしいなぁと思いつつ・・、だましだましやってきたのだけれど、日曜日あたりからは全くつながらなくなってしまうし、外から家に電話をしても話し中になってしまう。。、

 

 だから・・空港についてから我が家に電話をしても通じなかった。帰るとすぐにメール確認をしようとしてもつながらない。WEBにも接続できない・・。そんなイライラがあって、昨夜も安眠できなかったみたい・・。

 なにせ・・、元の電話屋さんだから・・屋内配線は私がやってるものだから、NTTさんは相手にしてくれない・・。それだし、Nさんにお願いしなくてもと思うし、有料だからねぇ・・・。だから・・自分で直さないといけないってことだ。

 で、起きてからすぐに電話回線の状態を調べて、ここまではOK、ここから先がおかしい・・・という試験をする。これを「切り分け試験」という・・。そんなで・・午前中をつぶしてしまった。やはり・・現役を引退すると、どんくさくなってしまうんだ。

 

 お昼は家族で・・お買い物に出たついでに・・さぬき市長尾の「池田家」に行った。ここは一般店。母のさっちゃんのおごりだというので、一般店に行ったわけだ。で、私は・・「梅若うどん」を注文した。650円。

 

 かけうどんの上に、天かすとわかめと梅干しが乗ってるだけのものだが、かけうどんが350円なのに、300円も高いというのは、天かすが100円、わかめが150円。梅干し一個が50円にもなるのかなぁと、いらぬ計算をしてしまう・・。

 

 ま、午後からは・・昨日までの報告というか、ブログのまとめというかをやって、一日が終わった。ま、いずれにしても、電話回線が直ったのがなによりだ・・。電話回線がふさがれてしまうと・・通信ができなくなるとういうことだから、耳をふさがれたような、目が見えなくなったような・・・そんな閉塞感に襲われてしまうもの・・・。

 最近は、携帯電話から更新したりするおばちゃんらが多くなったらしいが、私は携帯のボタンが押せないのだ・・。あの・・小さなボタンが面倒くさくてね・・・。パソコンの大きなキーボードさえ満足に打てない。ときどき、「a」というキーが押せずに・・変な字が出ていると思う・・・。「a」が打てないのだ・・。

 

 そんなんで、なんとか一日が終わったぞ・・。

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。
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横須賀市浦賀の旅:四月26日(月曜日)

2010年04月27日 | 歴史
 さてだ・・。弟の家で泊まって・・朝の散歩に出た・・。で、向かったのが川崎大師だ。それも中途半端な距離やないのに、弟はこともなげに歩いて行く。私も連日だからねぇ・・。

 

 でも、往復して戻っても一時間ほどだったのかなぁ・・。ずいぶんと遠くまで歩いたと思ったのだけれど・・。で・・、今日は・・船の科学館に行く予定にしていたのだけれど・・出かける直前になって、甥が・・「今日は休みやでぇ・・」という。そうだ・・月曜日なんだ・・・。

 でも・・仕方がないから・・横浜の「氷川丸」を見に行こうということになった。で、電車を乗り継いで石川町とかで降りて・・・「外交官の家」に行こうという。ま、安易な名前の家やなぁと思ってついて行くが、横浜の町は坂道が多くて・・・。

 

 なんか・・神戸の異人館、長崎のグラバー邸みたいな洋館風の建物を見て・・・。山手の立派な教会だの学校だのを見ながら「海の見える公園」というこれまた、安易な名前の公園へ・・。その途中にある建物を見ながら行くと・・。

 

 こんなものが・・。昔の公衆電話ボックス・・。で、中身は・・・。

 

 やるもんだね・・。そんなことに感心しながら行くと・・・。

 

 歌に出てくる・・「外人墓地」だ・・。それならば、「赤いくつ人形はどこや?」って聞くと「知らない・・」という。それから・・海の見える公園から下へおりて山の下にある「山下公園」におりて、氷川丸を見学に行ったのだが・・・。

 

 これが昔の「日本郵船」の氷川丸だが・・、ここも月曜日で休館。なんじゃ、それは・・。

 で、お昼を横浜中華街で食べて・・・日本丸を見に行こうということになった。途中・・赤レンガ倉庫やら、横浜税関の建物などを見ながら行くと・・。

 

 これが赤レンガ倉庫やけれど、中はショップになっていてバッグだの帽子だの洋服だのを売ってるお店らしい・・。そういうものには全く興味のない男性三人組・・。

 で、これだ・・。

 
 
 北朝鮮の工作船を展示してある建物らしいが、ここも月曜日で休館日。どこに行ってもお休みだらけだ・・。でも、ここにある巡視船はでかい・・。

 

 外洋・・・太平洋を走る船だからかねぇ・・。瀬戸内海を走ってる海保の巡視船とは親子みたいに違う・・・。ゼニもかかってるんやろうなぁと、いらぬ心配をしてしまう・・。

 で・・、散々歩いたあげく・・・。

 

 ようやくにたどり着いた・・「日本丸」だったのだけれど、ここもまた・・「お休み」・・・。この練習船「日本丸」は初代船で、今、航海実習をやってる船は二代目なのだと・・・。

 これで・・横浜巡りはおしまい・・。パワーが切れた・・・。

 仕方がないので、甥っこは川崎駅でお別れ。弟と私は時間があり余ってるけれど、羽田空港に行って座り込みたい気分・・・。ま、お茶などしながら反省会・・。

 搭乗予定時間が来たので、弟とも別れして検査所へ・・。

 で、定刻通りに・・・17時05分出発・・。18時20分着・・・。19時には我が家についてお風呂に入り・・・ビールを飲んで・・・ばたんきゅ~・・・。

そんなんで、また、明日。
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山吹の 日はとろとろと 江戸城下

2010年04月26日 | 歴史
エーゲ海の真珠 ポール・モーリア(Paul Mauriat)


 今日もユーチューブが掲示されているから不在の証拠で、これもまた予約投稿ということになって、時間が来ると、自動的にサーバーから自動送信されることになっている。

 咸臨丸フェスティバルを終えて、資料を片付けて浦賀を出た・・・。ようやくに大きな峠を越えた感じだ。

 

 浦賀ドックという大きな施設も見ることができたし、大きく・・咸臨丸に近づいたかなぁと思った。何の縁もゆかりもなこの私が、こんなにも「咸臨丸」に関わるようになったのか、考えれば不思議な気持ちになった。

 

 今日は予定を変更して、東京方面の観光をして、夕方の17時05分発のANA537便に搭乗して高松に戻る・・・。高松着は18時20分。東京では「船の科学館」ほかを見学する。

 

 で、五月22日からは香川県下で船の祭典2010が始まる。塩飽諸島でも講演会そのほかが行われる予定・・・。そして、八月末にはアメリカ・サンフランシスコに行き、咸臨丸乗組員三人のお墓に参拝する旅も予定されている。全く・・・咸臨丸にどっぷりの今年になる。

 

 そして、秋の11月には塩飽諸島で咸臨丸関係の展示や講演会も予定されている。文字通り、今年は咸臨丸イヤーになってしまった・・。

 

 そうこうすれば、今年もあっという間に終わってしまうような時期になる。そうそう、四月もあっという間に終わってしまうし・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。
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横須賀市浦賀の旅:四月25日(日曜日)

2010年04月25日 | 歴史
 さて・・、日曜日の朝には、各自、チェックアウトして八時にロビーに集合。皆さんは最終日。天候は土曜も日曜もよく晴れていい天気。でも、朝方の空気は冷たい・・。

 

 で、宿舎前で記念撮影・・。これでも子孫の会のごく一部。横須賀とか横浜で宿泊した人もいるらしい・・・。

 で、朝食はいつもの宴会場の梅本さん。この梅本といううなぎ屋さんは、あの、勝海舟がのれんをくぐったといううなぎ屋さんなのだとか。だから、こういうメンバーが集まるものらしい・・。

 

 宿舎は日曜日は朝食がないので、ここに特別にお願いしたものらしい・・・。

 で、またまた・・記念撮影。

 

 で、午前中は、咸臨丸子孫の会事務局長の小杉さんの講演会で「咸臨丸の歴史」。午後からは郷土史家の山本さんの講演会で、「150年前の浦賀」。

 その合間の昼食でも生ビールとおうどん・・。

 

 ま、お世辞にもおいしいとはいえないけれど、やはりおうどんがないと落ち着かない。その合間に、いろんな展示やフリーマーケット、艦船ウォッチングのを楽しむ・・。

 

 海上保安庁の「たかとり」や海上自衛隊の掃海艇「つのしま」などの一般公開も行われた。これがジャパン・コースト・ガードのたかとり。巡視船兼消防艇。排水量は600トン。

 

 これが掃海艇の「つのしま」の前部機銃座。これで威嚇発砲するらしい。掃海艇というのは機雷を除去する作業船。ここに装備されている双眼鏡がすごい。数キロ離れている人の顔がはっきりと見える。さすが業務用というか軍事用はすごい・・・。みんなが驚いていた・・・。

 

 これがブリッジの操船卓。ここで艦を操船する。つのしまの排水量は510トンで木造艦。鉄鋼船だと機雷が反応して沈没してしまうからだ。全長は54m、全幅9.4m。前にあった機銃は20mm機関砲。

 

 艦船ウォッチングを楽しんだ後は講演会を聞き、その後は片付けモードに入る。

 

 この掲示してあるものを、観客がいなくなれば即座に外し、それをケースに詰めて、民さんに挨拶して・・・、解散・・・。おつかれさまでした・・・。

 私は弟の家に向かい、その夜は弟の家で宴会・・・。朝の一時半まで飲んでおりました・・。

じゃぁ、また。

 
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野遊びの 続きのように 船に乗り

2010年04月25日 | 歴史
かもめの水兵さん - 近藤圭子


 ということで、今日も「咸臨丸フェスティバル」が行われる。

 場所は住友重機械工業(株)浦賀工場内をメイン会場にして、浦賀港その周辺の地域など。ここは咸臨丸がアメリカのサンフランシスコへと出発した地点。

 

 イベントの内容も盛りだくさんで、「水恋乞いレース」という水運び競争、模擬店、フリーマーケット、屋台の出店、浦賀港一週スタンプラリー、浦賀○×クイズ、よこすかカレーの即売、浦賀ギャラリー、 浦賀屯営跡の碑一般公開、艦船ウォッチ、150年前の歴史・文化展示会、友好国・有効市町村交流展示会、咸臨丸の歴史についての講演会、昔の浦賀の講演会、音楽演奏会、浦賀史跡案内、巡視船体験航海(これは外れた)、ヨットクルー体験(これはパスした)、浦賀の渡し「愛宕丸」無料乗船、海上保安庁PRブース、海上自衛隊PRブース、・・・・覚えられないほどのイベントが目白押し。

 

 ま、実行委員会から送られてきた文書を片手に講演会とか歴史展示とか・・艦船ウォッチとか史跡巡りとからは興味があるかな・・。

 

 最初は・・・。だから、どこに行けばいいのかと思ったのだけれど、ようやく事情が飲み込めるようになってきた。町全体のイメージが見えてきたように思う・・。

 

 でも、少しばかり・・疲れも出てきたような時期かも知れないね・・。日頃の運動不足がこたえる時期なのかも・・・。
  
 

 ま、咸臨丸子孫の会ほかの講演や咸臨丸に関する展示などを見るだけでも、けっこう情報量が多くて・・・やや、知恵熱が出るような気もするし・・。

 そんなんで、25日も浦賀の街を楽しんできますね。

 

じゃぁ、また、来週に会えるといいね。
 
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横須賀市浦賀の旅:四月24日(土曜日)

2010年04月24日 | 歴史
 さて、昨夜の懇親会も盛り上がって・・・。朝食を食べてから、思い思いの散歩に出たりした・・。式典は11時からだから、時間はたっぷりとあった。

 

 私は一人でその付近を散歩してみた・・。古い「浦賀街道」には古い神社とかお寺とか土蔵とか古い民家などがあって、ぶらぶらと・・そのたりを歩いてみた。

 

 これが村社であった西叶神社。そこから東福寺・常福寺などを見たあと、愛宕山公園へ。ここには山上に「咸臨丸出港の地」の石碑があった。その先には陸軍桟橋というものもあった。そのあたりで引き返して・・浦賀の渡しを見た。こちら側に船がないのでそのまま・・戻った。

 

 で、式典の行われる住友重機械工業浦賀ドック跡に向かう。ここには普段には見ることのできない「レンガドック」がある。昔には軍艦や青函連絡船なども作られた場所。今は閉鎖されているが貴重な歴史資産の一つ。

 

 で、十時半にはみんなで集合してセレモニー会場へ・・。胸には「咸臨丸子孫の会」のリボンをつけてもらって・・。

 

 会場には横須賀基地の米軍関係者とか海上自衛隊横須賀基地の関係者とか・・、そうそう・・小泉Jrの進二郎さんとかも・・・。オランダ国歌・米国国歌・日本国歌が演奏され、花輪が供えられてスピーチがある。

 

 これはオランダ大使館からの挨拶。手話のサービス付き。その後はレセプション。

 

 ま、こんな場所で食べたり飲んだりはできないので、早々に外に出て、模擬店での生ビールにおうどん・・・。私はこういうほうが気楽でいい。そして・・名物の海軍カレー。これが実においしかった。横須賀では千円もするが、ここでは300円。やや、ほかのお店に遠慮して、量を少なくしてるらしい。うどん屋とか焼きそば屋がもうけにならないと困るからだとか・・。

 
 
 お昼からは予定がないので、弟と横須賀に出かけて、「戦艦三笠」の見学。あの・・坂の上の雲に出てくる戦艦で、日露戦争に使われたもので、秋山真之も乗った船。東郷平八郎の敵前回頭・・・で有名な船だ。

  

 この当時としてはばかでかい船だっただろうと思う・・。

 

 船橋(ブリッジ)にもあがったり、大砲のある部屋とか居住区とかを見学したり、資料室を見たりする・・。

 

 このマストに掲揚されているのが「Z旗」、「皇国の興廃この一戦にあり 各員一層奮励努力せよ・・」という意味の暗号旗。

 で、私のあかつき丸にも掲揚しようと、軍艦旗とZ旗と戦闘帽を買った・・・。私へのおみやげ・・、3600円。

 

 その夜もまたまた・・懇親会になった・・・。

じゃぁ、また。
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うらうらと 船の並んで をりにけり

2010年04月24日 | 歴史
日本昔話エンディング


 ということで、今日から「咸臨丸フェスティバル」が始まる。

 場所は住友重機械工業(株)浦賀工場内とその周辺の浦賀の街・・、浦賀港など。
 
 
 
 イベントの内容も盛りだくさんで、「水恋乞いレース」という水運び競争、模擬店、フリーマーケット、屋台の出店、浦賀港一週スタンプラリー、浦賀史跡案内、巡視船体験航海(これは外れた)、ヨットクルー体験(これはパスした)、浦賀の渡し「愛宕丸」無料乗船、海上保安庁PRブース、海上自衛隊PRブース、浦賀○×クイズ、よこすかカレーの即売、浦賀ギャラリー、 浦賀屯営跡の碑一般公開、艦船ウォッチ、150年前の歴史・文化展示会、友好国・有効市町村交流展示会、咸臨丸の歴史についての講演会、昔の浦賀の講演会、音楽演奏会・・・・・書き切れないほどのイベントが目白押し。

 

 ま、実行委員会から送られてきた文書によれば・・・盛りだくさんの行事がいっぱい。ま、たまごつかみとか○×クイズなんていうものはどうでもいいし、水運びレースもパスだけど、講演会とか歴史展示とか・・艦船ウォッチとか史跡巡りとかいは興味があるかな・・。

 

 最初は・・横須賀がどこにあるものか、浦賀という街がどこにあるのかもわからずに、本屋さんで関係するような本を探してみたんだけれど、横浜の情報は多くあるけれど、浦賀に関する情報はほとんどなかった・・。だから、どこに行けばいいのかと思ったのだけれど、最近は押し寄せる情報に、ようやく事情が飲み込めるようになった。

 

 でも、案外と広い浦賀の街を・・・あちらこちらと歩くと、この前のお大師まいりの時のように、足がパンパンになりそうな気もするな・・・。狭い街のように見えるんだけれど、メイン会場kら浦賀港や宿舎の浦賀クラブまで歩いても、それだけで・・ずいぶんと歩くような気がする・・。

 

 ま、咸臨丸子孫の会の小杉さんの講演や咸臨丸に関する展示などを見るだけでも、けっこう情報量が多いような気もするし・・。

 そんなんで、24日、25日は浦賀の街を楽しんできますね。

 

じゃぁ、また、来週に会えるといいね。
 
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横須賀の どこかで春が 光る空

2010年04月23日 | 歴史
どこかで春が


 こういう・・画面が出ると・・・時限装置が働いて、予約投稿ということで、私が不在・・・っていう証拠なんだ・・。 

 先に・・・案内の通り、24日25日と横須賀市浦賀で「咸臨丸フェスティバル」が行われる。そのイベントに丸亀市を代表して(?)展示物を持って行って来ることになった。とはいうても・・丸亀市から出張旅費が出る訳ではない。その準備のために、23日からの出発ということになった。

 

 このフェスティバルに、昨年の秋の島の文化祭に展示をした、私の咸臨丸乗り組み水夫のお墓マップを展示したいとおっしゃるもので・・。このマップを持参して行こうというもの。

 

 この模造紙二枚を、このような書類ホルダーに丸めて運ぼうという計画。だから、展示の前日に搬入して、展示が終わった25日の夕方にこれをまた、ホルダーに詰めて、翌日の26日に持って帰るという計画。

 

 で、23日は、高松空港発の九時四十分のANA534便で羽田に向かう。で、11時ごろに羽田に着いて、そこから京急電車で浦賀に向かう予定・・。

 お江戸に行くなんていうことは・・ずいぶんと久しぶりだから大丈夫かなぁ・・。とにかく・・方向音痴なものだからね。

 

 それだし、ここんところ天候が不順だしね。ま、これだけ雨が降ってくれたら、この週末には晴れてくれるかも・・・と、かすかな期待・・・。雨が降れば・・見学も少なくなるし、史跡巡りもできないだろうし、艦船ウォッチングも楽しくないものね。ま、お天気次第なんだけれど。

 

 で、お昼過ぎに浦賀について、お昼を食べて・・・。しばらくは市内の散策かな・・。宿舎は咸臨丸子孫の会のほうで用意してくれた、三菱重機械工業の浦賀クラブという所に、関係者一同が泊まる予定。その夜は・・懇親会らしい・・。

 

 ご存じの通り、あのペリー提督の乗った黒船がやてきて、上陸したのが、この浦賀の久里浜というところ。そしてまた、咸臨丸が品川を出て、横浜に立ち寄り、最終の物資の積み込みをしてアメリカに向かったのが、ここ、浦賀ということになっている。

そんなんで、また、来週に会えるといいね。
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横須賀市浦賀の旅:四月23日(金曜日)

2010年04月22日 | 歴史
 今日は春の嵐になった様子。「春眠暁を覚えず  処処啼鳥を聞く 夜来風雨の声 花落つること知んぬ多少ぞ 」の夜来風の声・・・というか、夜来風雨の音・・だった。

 さて・・簡単に今回の旅の報告をば・・。

 我が家を八時前に出て・・・空港には九時前に到着。まずは軽く生ビールを飲み干して搭乗手続き。ここいらはスムーズに進んだ。で、定刻通りの九時40分に高松空港を離陸。

 窓からは雲しか見えない・・。

 

 羽田には11時前に到着。そこから京急電鉄の羽田から特急電車で浦賀駅まで一時間ちょっと。正午過ぎには浦賀駅に着いた。全くの乗り換えなし・・。途中で電車を接続したり、切り離ししたりはするが、乗った車両はそのまま・・浦賀に着いた。

 

 で、役所も昼休みだろうからと・・その間に昼食。さすがに・・このあたりのおうどんは食べたくない。そこで、駅前の中華料理店で生ビールを飲んで。。この・海鮮そば・・なるものを食べた。メインはラーメンでエビとかイカが乗ってるもの・・850円。ま、おうどん代わりだな・・。

 

 駅前からは道路が一直線・・・。右手にはお店が並び、左手には住友重工の工場の塀が続く・・。その壁面にこんな表示が・・・。

 

 で、実行委員会がある「行政センター」へ、今回の主賓であるお墓マップを届けに行く。で、二階の会場にマップを掲示したり、展示物を並べたりのお手伝い・・・。

 

 これが、丸亀市のコーナー。お隣には坂出市と宇多津町のコーナーもある。会津とか北海道の木古内や土佐清水や長崎のコーナー、オランダやサンフランシスコのコーナーとかも。

 これは、この浦賀の叶神社に奉納されている、塩飽の船乗りが奉納した羅針盤の模型。

 

 その後、実行委員会の大会関係者と会場巡りやら準備の確認作業・・・。こういう模型を倉庫から出して、会場前に展示をしたり・・・。あいにくとこの日は雨模様。小雨の中での作業になった。

 

 夕方には・・宿舎の住金の浦賀クラブへチェックイン。昭和中期を思わせる・・市営住宅か社宅風の五階建ての建物。その五階に宿泊・・・。ちゃんとエレベータもあるし、バストイレ付きのシングルルーム。

 

 夕方の十八時からは、咸臨丸子孫の会の懇親会・・・。楽しい一夜を過ごしたものでありました・・。

 

じゃぁ、また、引き続いて・・・。
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雨ばかり 旅に出る間の 若葉かな

2010年04月22日 | 自然
 今日もまた一日、雨になった。だからか、電話回線の状態が悪い。ここんところ、ずっとの雨だから、屋外部分での故障だと思うのだけれど、晴れたら・・元にもどるのだろうから始末に負えない。

 

 書いても書いても消えてしまうのだからいらいらしてしまって・・。だから・・数行書いては下書き送信しながら、まるで積み木細工みたいに文章を積み上げていかねばならない。

 だから・・・明日からの自動投稿の記事なんぞはボロボロになっているけれど、その分はご容赦くださいましな。

 

 さて、いよいよ・・浦賀へ行く日がやってきた。まだまだ先だと思い込んでいたのだが、とうとう、明日、出発になってきた。明日の十時前に高松空港を出て、ANA534便に搭乗予定・・・。羽田には十一時過ぎに着く。それから京急だかの電車で浦賀に向かうのだが、久々の上京だから・・・大丈夫かね・・・。

 

 なかなかに出不精なもので、旅行らしい旅行はしたことがない。遠い所と言えば数年目の北海道旅行くらいなもの。あのときも羽田から函館空港まで行ったのかな・・。帰りは新千歳から高松まで直行便だったような記憶が・・・。それ以来の旅行やね・・。

 案外と邪魔くさがりやだからね。

 

 その邪魔くさがり屋の私が、浦賀まで出かけることになったのは、昨年の秋の島の文化祭に展示した、咸臨丸乗組員水夫のお墓マップが、横須賀市の担当者の目にとまって、これを咸臨丸フェスティバルに展示することになった。ところが、写真とかをベタベタと貼り付けてあるもので、折ったりたたんだりできない。そこで、私が持参していくことになったもの。

 ところが、そのファイルケースを見たら、その容器ごと宅配便で送ればいいと思ったのは後の祭り・・・。



 で、今日のお昼はここになった。高松市木太町の「ふるかわうどん」。

 

 八坂神社の前にある倉庫風な建物のおうどん屋さん。ここはカレーうどんで有名になったものだけれど、最近は落ち着いたかな・・。やはり、最近はかけうどんがメインらしい。

 私もかけ小のおうどんを注文して、かきあげ天ぷらを載せてみた。かけ小で220円。それに野菜天ぷら(100円)を載せて・・320円。

 

 まずまずのお味だった・・。若い頃には毎日、ここに通ったものだったけれど、昔とおなじおうどんで安心した・・。

 
  
 ま、奥方の許可をもらったもので、大手を振って旅行に出かけられる。まだ、年金が支給されないから・・無休の被扶養者だからねぇ・・・。それだし、ま、42年間も働いてきたのだし、先が見えない現代やからねぇ・・。その・・ご褒美みたいなものか。ま、もっと大きなご褒美が後に続くのだけれど、それはまだ内緒。

 

 そんなんで、しばらく留守にしますけれど、毎日のブログは例によって「予約投稿」ということで、毎朝の八時半になれば、自動的にメッセージが送信されることになってますので。

じゃぁ、また、来週に会えるといいね。

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山吹や 寝ぼけまなこの 涅槃像

2010年04月21日 | 自然
 今朝、目が覚めたら・・午前七時を過ぎていた・・。まさに「春眠暁を覚えず・・」やったね。で、今日も曇っていてすっきりとしないお天気・・・。それだし、午前中は肌寒かった・・・。

 恒例のぽちの散歩をさせてから、私の朝の散歩になった。我が家の周囲の約二キロほどを40分ほどで歩くのだから、さほど運動にもなってはいないと思う。それだし、途中で写真を撮ったり、お花を眺めたりするものだから・・。

 

 こういうお花を見ても名前がわからないし、覚えてもすぐに忘れてしまう。おそらくカタカナの名前なんだろうと思う・・。ま、日本名を言われてもすぐに忘れるのだけれど。とにかく・・昨日のことすら忘れるようになったのだから困ったもんだ。

 

 さて、今日は奧方がお休みだというので、例のように「アッシィ~君」こういうのも今時は流行らない言葉になったのかも。いわゆる・・「ジェネレーション・ギャップ」。お買い物の運転手役な訳だ。それも、奧方は後部座席の左側にお座りになる。社長さまみたいだ。

 

 で、まずは銀行に行って、お買い物の資金を引き出して・・それから・・「新鮮市場きむら」に向かう。ここで、イカナゴの釘煮用のイカナゴを買う。そのほかのお買い物をして・・。それから・・市内の大型スーパーに行って食材を仕入れて・・・。今晩のおかずやらなんやら・・。

 で、今日のお昼はここになった・・・。

 

 さぬき市寒川町にある「うどん処・花林亭:かりんてい」に入った。大型スーパー「ビッグ」の敷地内にあるうどん屋さんだから、ついでみたいなもの。まぁ、うどん処とはいうものの、A定食・B定食・C定食・・などと書いてあるから食堂みたいな雰囲気。でも、うどん屋さんなんだ・・・。

 

 で、あれこれと悩むのはよして、いつもの・・「きつねうどん」にした。ここは一般店。席について待ってれば注文を取りに来る。きつねうどんは360円。麺はそれなりにおいしかったけれど、揚げがいまいち・・・。味がしみこんでいないと言うか・・ただ、載せてあるだけみたいな・・・。それなりの努力はしてるんだろうけれど。

 

 で、午後からは山の旧宅に行ってみた。たらの芽がよく伸びていたし、タケノコもあちこちに頭を出していた。相変わらず・・イノシシは大きな穴を掘って根っこから食べているし、頭を出したタケノコはおさるさんが柔らかい部分を食べている。でも、最近は雨が多いのと暖かくなったもので、どんどんとタケノコが伸び出したもので、その食べ残しが余るようになった・・。そうすれば、私にも順番が回ってくる・・。

 

 で、タラの芽とりに、そのついでにワラビも採って・・・。そうだそうだ・・神戸のたつや君がタラの芽が好きや・・というてたので、送ってやらねばと・・。でも、タラの芽が好きな小学生がいるなんてね・・。

 先週だかの塩飽本島のお大師まりに行ったら、おばちゃんたちはお接待はもちろんのこと、そこいらにあるわらびやらイタンポ(いたどり=すかんぽ)を採るのに夢中・・。懐かしさなんだろうかね・・。あんなもの酸っぱくて食べられないと思うのだけれど。

 そういう年代は別として、神戸の小学生が・・タラの芽をおいしいというて食べるかね。

 

 ま、好き好きなんだろうけれど。でも、私的(?)には、神戸のおじいさん(奥方の父親=義父)が亡くなってから・・・あんまり・・タラの芽採りは力が入らない・・・。じいさんが好きやから採っていたみたいな印象があるからなぁ・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。
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静けさや 瀬もあり淵あり 花いかだ

2010年04月20日 | 自然
 今朝はまた雨になった。それだからか・・肌寒い。なかなかに春らしくはならないみたい・・。今朝のぽちの散歩も傘をさしての散歩になった・・・。

 でも、今日は二十四節季のうちのひとつ、「穀雨」らしいが、この時期に田植えをする農家さんには「恵みの雨」になるのだろうけれど、なんだか肌寒いばかりでは元気も出ないというものだ。

 

 このあたりでも、三月末から田植えが始まり、今月末から五月の連休あたりが田植えの一次ピークになるんだろうと思う・・。

 さて、今日は・・咸臨丸に乗り組んだ塩飽の水夫の内の一人の子孫に会いに行ってきた。今年が・・咸臨丸が渡米してから150周年ていうのだから、一世代が40歳から50歳だとしても・・四代から五代を経ているから記憶も証拠も少なくなってきている。そんな中から・・子孫が名乗り出るっていうのは貴重なことだと思われる。

 

 この書は、咸臨丸に乗り組んだ軍艦奉行の木村摂津守が書いたもので、さぬき広島の正福寺にあったもの。それを、この子孫の方が住職さんから説明を受けながら、お寺の廊下というか縁側に出してきて写真に納めたものらしい。昭和四十年三月のことらしい・・。

 今、そのお寺の本堂も縁側もない。住職さんがいなくなると・・あっという間に建物は崩れて朽ちて倒れてしまった。今は・・お大師堂と山門ばかりが残っている・・。

 

 これが・・茂浦の森虎吉さんが、サンフランシスコで買ってきたギヤマンのお皿。これと同じものを・・佐柳島の前田常三郎さんが買って戻っている。先の木村摂津守の書とか勝海舟の書などは丸亀資料館にあるらしが、このお皿は・・どこに行ったんだろうか。丸亀資料館にあるのかも知れなのだけれど・・・。そのあたりの確認もしておかねば・・。

 

 さて・・、今日のお昼はここになった・・。このフレーズをよく使うようで、ATOK辞書が学習してるようで、すぐにこの文字列が出てくるようになった。慣用句にもなったみたい・・。

 

 ここは・・「ぼっこ屋三谷店」というらしい・・。チェーン店はあんまり興味がなくて、ここはいつも素通りをしていたのだけれど、そうそう・・無視もしていられなくなって。それで、今日は勇気を出して入ってみたわけ。

 ぼっこ屋というても、記憶にあるのは空港通り近くにある「川東店」と、ここ「三谷店」くらいなものだから・・「こんぴらや」に通うくらいならば、こちらのほうがまだマシか・・みたいなことで。

 

 で、最近のマイブームになっているかのようなこのうどん。かけ小(220)+生たまご(50)+揚げ(80)=350円。天かすとかネギ、おろし生姜はサービス品。なにはともあれ・・おうどんの麺がおいしいことが条件・・・。揚げのお味も大切な要素。生卵の味はかわらんからね。

 

 しかしのかかし・・。最近のお昼過ぎにはむしょうに眠たくてたまらなくなる・・。中学生のころに習ったものだか、高校の漢文で習ったもんだかの漢詩が思い出される・・。

 春眠不覚暁 処処聞啼鳥 夜来風雨声 花落知多少

 春眠暁を覚えず 処処啼鳥を聞く 夜来風雨の声 花落ちること知る多少

 春は朝が来たのも知らずつい寝過ごしてしまう あちらこちらで鳥のさえずりが聞こえるが、昨日の夜は雨風の音がすごかった。あの花もいくらか散ってしまったことだろう

 孟浩然の詩、春暁である。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

 
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