まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

冷ややかに 一人で見ている 丸い月

2012年10月31日 | ふるさと散歩

 昨夜は満月のきれいなお月様だったが、今日は朝から雨になった・・・。

 

  だから、朝の間はブログ巡回やら資料の整理やらをやっていた。そのうちに、空が明るくなって晴れ間が覗きだしたので出かけることにした。例の「二十四輩さん」の残る一カ所を調査するためである。

 

 で、途中にあった「手打ち本舗・麺通堂・西植田店」に寄ってみた。十時過ぎだというのにお客は一人もいない。こんな時間におうどんを食べるのは私くらいなものだろうか・・。

 

 ここも珍しいおうどんはなくて、オーソドックスなものばかり。そこで、端っこにある「ガラムカレーうどん小」をお願いした。380円。

 

 こういう黄色くてっやや薄めのカレーの載ったおうどん。ここはお姉さんがおうどんを打っていたが、それで大丈夫なん?と思ったが、やさしい感じだがコシのあるなめらかなおうどんだった。マイルドな感じ・・・というところ。上品なおうどんだった。

 

 向かったのは仲多度郡まんのう町川東地区、昔の「琴南:ことなみ町」にある「道の駅・ことなみ」。この先は「三頭トンネル」で、その先は徳島県美馬市。

 

 この手前側、つまり、昔の旧道があった所に、「二十四輩さん」がある。

 

 この手前側が二十四輩さん。真ん中に羽織袴姿の石像があるが、何者かはわからない。その奥の石仏は風化が激しくて分からない・・・。四国霊場のミニ四国かも知れない。しかし、ここには・・十二輩しか見えない。あとの半分はどこに行ったのやら・・・。

 

 道の駅から引き返して・・・高松方面に下ってきた道の脇にあったもの・・・。

 

 これもどうやら・・・二十四輩さんの片割れのよう・・。でも、この洋皿は何なんだろうか。全く意味不明のお皿ではある。ともかく、これで香川県内の「二十四輩さん」探しの旅は終わることになる。ほぼ、一ヶ月の旅になった。あとは資料の整理やら文章作成・・・。

 

 帰りにふと見ると、今日はお客さんが少ない。ここはご存じ、「谷川米穀店」といううどん屋さん。いつもは長蛇の列が橋の上まで続くのに・・・。これ幸いと、私もここに入ってみた。

 

 ぬくいん小にしょうゆをかけて、120円。さっと食べて、さっと出る。後から後から若い女性がやってくる。どうにもこういうのは苦手だ。落ち着いて食べることができないのだ。

 

 このあたりの気温は18度。日中でもこんなものだった。山ではイチョウが黄色く紅葉を始めている。確かに指先などは肌寒さを覚える。

 

 今日で10月はおしまい。明日からは11月。あっという間の一ヶ月だった。

 

 ということで、11月もまた、ばたばたと忙しい月になりそうな予感が・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「人間は生死の苦しみをのがれようとして 生死に苦しんでいる」という曽我量深先生のお言葉。言い換えれば、「人はお金の苦しみを逃れようとしてお金に苦しんでいる」「人は愛の苦しみを逃れようとして、愛に苦しんでいる」に置き換えてもいいが、生老病死の苦しみから逃れようとしてお釈迦様も苦しんだのである。われらごときに、それから逃れられるはずもないではないか・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


どんぐりを 踏みしめてゆく 寺の庭

2012年10月30日 | ふるさと散歩

 今日は一日、曇ったまんまで,気温は12度から20度どまり。ま、「暑い」という時期は終わったようだ。朝夕はセーターが必要な時期にもなった・・・。

 

 ということで、今日もお出かけ。まずはいつもの香川県立図書館に寄って、借りていた5冊の郷土資料を返却して、またも、5冊の郷土資料を借りた。今回は「高瀬町史」ほか・・・。

 

 今回、調べている「二十四輩:にじゅうよはい」は香川県内におよそ30カ所。昨日までに25カ所を調べてきた。今日は残る3カ所を調べようと思うが、うまくいくかどうか。30カ所のうちの2カ所はおそらく不明。だから、今日の3カ所が終わればおしまい・・・ということになるのだが。

 

 それにしても、「二十四輩」のことを書いた本もまた少ない。あっても、「その他の民俗行事」とか「その他の信仰関係」とかという項目になっている。もう、今となっては「忘れられた信仰」になるのかも知れない。

 

 で、今日の朝昼兼用うどんはここになった。ちょうど、午前10時の開店時・・・。

 

 高松市一宮町の「源平うどん・一宮店」。一昨日だかにも立ち寄ったお店。本店は屋島山麓にある。

 

 今日はこの「しっぽくうどん」を目的にやってきた。これで450円。里芋がしっかりと入っているほか、ニンジン・コンニャク・ダイコン・鶏肉なんぞが入っていたように思う。これから冬場になるとあたたかくておいしいおうどんになる。

 

 ということで、今日は香川県西部の三豊市・高瀬町に行ってきた。お茶の栽培で有名なところ。というても全国区ではないからあんまり知られていないかも・・・。

 

 高瀬町音田・上之庄という地区の観音堂の周囲に24基の石仏が背後の丘陵地帯に並んでいる。昔はこのお参りの時には出店も出たらしいが、今はお参りする人もなく草まみれ、竹まみれになっている。

 

 続いて行ったのが、奥池地区の自治会館。ここが分からずにずいぶんとウロウロしてしまった。現役時代には何度もこのあたりを走り回ったものだが、すっかりと記憶のかなたになっていた。この集会場の先に石仏群はある・・。

 

 こういう具合に丸く25の石仏が並んでいる。ここで歌ったり踊ったりしたのだというが、その面影は全くない。戦後の文化の多様性、趣味の多角化、教育の変化、信仰の弱体化・・・。楽しいことはいくらでもあるということに気づいた時代だった・・・。

 

 ここの石仏群は、明治37年10月に建立されたものらしい。

 

 しかしのかかし、ここで手間取ったために、まんのう町はあきらめて、明日以降に延ばすことにした。今日はこの二件の調査でおしまい・・。

 

 今日の掲示板はこれ。途中で見かけた真宗寺院にあったもの。「眠られない人には夜が長いように 正しい教えを知らない人には迷いが長い」確かに眠られない夜は長くつらいもの。正しい教えに出会えない私たちの迷いは、深くて長くてつらいものに違いないが、その迷いにすら気づいていない私たちのような気がする・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


つわぶきに 今日の訓話を 聞かせよう

2012年10月29日 | ふるさと散歩

 新しい一週間が始まったが、今週で10月もおしまい。週末には11月に入る。全く時の流れの速さに驚くばかりだ。

 

 ということで、来年のオディションの申し込み書を郵送したり、オーディション料を振り込んだりと事務手続きを朝一番にやっておいてから、例の「二十四輩さん」の石仏探しの最終段階。

 

 まずは朝昼兼用のおうどんを食べる。綾歌郡綾川町羽床下にある「本格手打ちうどん・はゆか」によった。ちょうど・・10時になったばかり。私が最初の客らしい。

 

 ここも、かけ・釜揚げ・ザル・ぶっかけ・カレーなんぞのオーソドックスなメニューしかないので、「わかめうどん小」270円+ちくわ天90円で、合計360円なり。讃岐人の多くは「かけ大」か「かけ小」にご飯物と天ぷら(揚げもの)とおでん・・・という組み合わせが多い。

 

 さて、今日は地図的に判らなかった・・・坂出市福江町の笠山をようやくに地図検索で探し出したのでやってきたというわけ。この右手に「金山」という高い山があって、金山トンネルなんかが通っている。その麓あたりにある小さな小高い山(手前側)が笠山。

 

 ここの集会場市口にこの石碑が建っている。集会場には「善光寺」という無住のお寺があってほこりに埋もれている。

 

 山頂にはこのような送電鉄塔がそびえている。その細い登山道に沿って石仏が並んでいた。この山は標高100mほどだが、なだらか山なので気楽に登ることができた。

 

 次に向かったのが・・「仲多度郡多度津町奥白方」・・・。あのあたりだなぁ・・と思うものの、あいにくと資料の地図を忘れてきてはたと困った。ここまで来たのに出直すというのももったいない。そこで、あちこちで尋ねながら・・・ようやく目的地の「虚空蔵寺」に着いた。

 

 この虚空蔵寺は真言宗醍醐派の寺院で、今は無住らしい。本尊は虚空蔵菩薩。この境内地に「二十四輩さん」が整然と並んでいる。

 

 石碑に依れば「天保10年暮秋」にこの二十四輩が設置されたらしい。県下最古ではなかろうか。だから、古いものは朽ち果てている。それを見かねて半分ほどは最近になって新しくされている。

 

 古くなったものを守り次いでいこうとするこころが暖かいではないか・・・。

 

 境内の「つわぶき」の花が清々しかった・・・。

 

 次の帰途に立ち寄ったのが、丸亀市綾歌町岡田上、まんのう町羽間(はざま)との境界線近くにある「二十四輩堂」。真ん中が「24番」の石仏、右が阿弥陀如来、左が釈迦如来らしい。かつては・・この池のあたりに24体の石仏があったはずだが、現在はこの一体だけになっているとのこと。

 

 この石仏探しもあと残す所は数カ所。きょうはここまででおしまい。

 

 今日の掲示板はこれ。「金をつかむ者は人を見ず 鹿をおう者は山を見ず」。石仏をおう者は寺を見ず・・・かも知れない。眼の先のことばかりにこころを奪われて、周囲のことなんぞ気にもかけていないことを言うておるのだと思う。「木を見て森を見ず」というのもこのたぐいであろう・・・。

 

 英語のことわざ「You cannot see the wood for the trees.」の訳。一本一本の木に注意を奪われると、森全体を見ないことから。木を数えて林を忘れる/金を掴む者は人を見ず/鹿を追う者は山を見ず/獣を逐う者は目に太山を見ずとも言う。エコブームでマイ箸やマイバッグを持参する人は増えたが、身につけるものは安く購入し、すぐに使い捨てる傾向にある。木を見て森を見ず・・・ということはどこにでも見られることらしい。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


モンゴルの 秋を感じる 馬頭琴

2012年10月28日 | 時にはぼぉっ~とする時

 連日の山登りの修行(?)だが、今日は日曜日ともあって、気分転換と奥様サービス。あいにくの雨模様もあって、今日は徳島市内へのお出かけ・・・。

 

 というのも、FaceBookつながりの「みたにん」のご招待で、「馬頭琴コンサート」に行ってきた。一昨年の2010年には明石市での同じようなコンサートに行ったもの。

 

 馬頭琴というのはモンゴルの民族楽器で2000年余の歴史のある楽器だとか。中国の二胡の元になり、我が国の三味線の祖先みたいな楽器らしい・・。弦は二本。

 

 ご覧のように弦の頭に馬の頭が付いているので「馬頭琴」というらしい・・・。

 

 会場は徳島駅前のそごうにくっついている建物、徳島市シビックセンターというところ。地図の☆印のある場所。

 

 これが徳島そごう。この右手に隣接して建物がある。

 

 ここが今日の会場でその四階のホールでコンサートが行われた。

 

 その前に、昼食として、「藪蕎麦」というお店に入った。奥方の好みだ。私は蕎麦なんぞ好きではないのだが・・。

 

 で、お昼の定食みたいなものを頼んだらしい。奥方はこれにおそば、私はこのおうどん。これが東京風のおうどんだろうか。真っ黒いお出汁。それでもそんなに辛くはないが、全てを飲み干すことはできんかった・・・。麺も細くてやわらかい・・・。讃岐のおうどんとは全く違う物。掻き揚げ天の乗ったどんぶりも案外と食べられた。

 

 この方が今回のお世話役の「みたにん」さん。この方もゲストで馬頭琴を演奏したんですぞ・・。

 

 今回は撮影禁止ということだったので、一昨年の写真を流用。同じメンバーだが、衣装がまるきり違うけれど・・・。こういう雰囲気。三人が馬頭琴で、右から二人目の方がチェロ。チェロだが普通のチェロではなくて、頭に「ライオンの頭」が彫刻されている。

 

 コンサート終了後に、一緒にカメラに収まるけいこばぁ・・・。図々しいたらありゃしない。おまけにこのムングンさんの指をなでまわして、指先の硬さまで確かめたりして。この左の方がリーダーのバトエルデネ先生。

 

 この女性の左がモンゴル初の女性馬頭琴奏者の「オユンガ」さん。右のチェロ奏者が「ボロルマー」さん。モンゴル馬頭琴楽団のチェリスト。

 

 今回は日本の歌曲も演奏してくれて、ぐんと馬頭琴が近くに感じられたことだった。

 

 今回、お世話になった「みたにん」さんも、馬頭琴を始めて四年だとか。それでもモンゴルまで出かけて行って練習して、今日はこのプロの方たちと一緒に演奏したのだからたいしたもの。「どうしたら良いか判らないから人は努力する」もの。最初からうまくいったら、誰も努力なんぞはしないもの。人は努力するから成長もするものだ。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


紅葉の この山全てを 独り占め

2012年10月27日 | ふるさと散歩

 今日も秋晴れのいい天気になった。気温は13度から22度。少し動くと汗が流れるような・・・。で、昨日に借りた本も必要な部分はスキャナー処理し終えたもので、またも県立図書館に出向いた。

 

 土曜日でも10時前だと案外と人影は少ない。お年寄りが早起きだから多く見られる程度。

 

 で、昨日借りた4冊を返却して、書庫から貸出禁止の図書を二冊借りたが、あんまり参考にならないので即返却。あんまり専門的な研究論文なんぞは読み切れないし、メモもできないし・・。

 

 で、またも郷土資料を5冊借りた。これら5冊でも、「二十四輩さん」の記事になると数ページほどしかない。コピーするかスキャニングすると、それでもう、おしまい。

 

 国道沿いにあった、このスーパーでトイレ休憩。ここでもお年寄りの夫婦が多い。

 

 で、敷地内(高松市仏生山町甲)にあった、「さか枝製麺所・仏生山店」に寄った。朝昼兼用のおうどんタイム。ここでも、しっぽくうどんはまだだった。

 

 で、仕方がないので・・・「土日限定・カレーうどん」の小を注文した。350円だった。レタスは標準装備。あとのネギ・ワカメ・チーズ・おろしショウガはフリートッピング。ぐっとお野菜うどんらしくなっている。それにニンジンとかジャガイモとかもカレーに入っているし。

 

 さて、その後は・・・高松市東植田町・・。菊花展をやっている「公淵森林公園」近くの「二子山」に向かった。高さまでもはわからない。ただ、そんなには高くない山みたい。

 

 フィールドアスレチックなんぞのある青少年の森とは反対に山道に入ることになる。そのあたりに車を置いてから、徒歩で登山道に入ってみた。

 

 最初のほうは普通車でも通れるくらいの道幅だったが、やがてにはこういう山道になってくる。

 

 ほら・・・。私は「二子山」に向かって登っているのに、いつの間にか山の名前が変わっている・・・。やはり「善光寺」だ。昨日もその前も・・・「善光寺」さんに登っていた。

 

 この大きな石仏が「善光寺の阿弥陀三尊」像。右側は二十四輩さんの十四番目の石仏。だが、この二体の石仏以外にはそれらしきものがない。草むらに隠れたのだろうか・・・。それともここ以外にあるのだろうか・・・。

 

 ここからしばし下界を見降ろしてから下山することにした。上り下りでおよそ1時間。上半身は汗まみれになった。

 

 今日の調査はここまで。今日もよく歩いたもんだ。しかし、二十四輩さんはどこに隠れてしまったんだか・・・。少しばかりこころ残り・・・。

 

 来週からは香川県西部、多度津町から三豊市方面への探索紀行を予定。わからぬ処はわからぬままで・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「ささいなことに驚く力が 日常生活を輝かせる」。とかく慣れきった日常生活にはさほど驚くような事実もないが、それでもときおりに、「あ!こんなところに・・・」と小さな花を見つけたり、小さな生き物の活動に驚いたり・・・。そんなささいなことに驚く力が、マンネリ化した日常生活を輝くものにできるというもの。ちいさなことにも驚くよろこびを探してみよう・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


秋澄んで みかん畑の モノレール

2012年10月26日 | ふるさと散歩

 今日は14度から日中でも20度・・・。やや暖かい一日であったようだ。空も晴れて青い空に白い雲が・・・。

 

 で、今日はまたしても県立図書館に行ってきた。高松市林町。昔の高松空港跡地。

 

 アキニレが少しずつ紅葉してきている。取り立てての本好きというわけでもないい、読書家という訳でもない。ただの調べ物・・・という程度。読書の秋だからと本を積み上げて読みふけるタイプではない。

 

 平日の午前中ということもあって人影は少ない。この日は4冊の郷土資料を返却して、新たにまた4冊の郷土資料を借りた。

 

 で、今日のお昼はここになった。お昼というてもまだ10時過ぎだから朝昼兼用うどんということになる。

 

 高松市一宮町にできた「源平うどん・一宮店」に寄ってみた。この表に「しっぽく」という字が見えたからだ。でも、しっぽくうどんは明日からなのだと。看板に書いてあるのになぁ・・。

 

 そこで、高くなく、ありふれていないものを・・・ということで、「源氏うどん」というものを選んでみた。うどんは「釜揚げ」と「ザル」の二つから選べるし、麺の量は、小・中・大と選べるという。これで500円だ。釜揚げだと280だという。すると、このイカの天ぷらは220円ということになるな。

 

 結局、イカの天ぷらも三つほど食べてギブアップ。朝からはそんなに食べられない。パックをもらって詰めて持って帰った。ぽちに食べさせる前にけいこばぁの口に入るはず。

 

 今日はここにお伺いした。高松市御厩町にある「専光寺」さん。うちのお寺のご法話においでになる佐々木安徳先生のお寺。ここでお茶を頂きながら、「教学論」について教えを乞うたのである。

 

 仏教を学ぶと言うことを最近は大学で学んだり、教団の教育機関で学ぶ傾向にあるが、本来は落語や芸事と同じで、師匠について「師」から「面授」で教えを乞うもの・・・。だから、いい師匠を見つけることが先決だ・・・みたいなことやった。なるほどなぁ・・・。

 

 ま、おいしいお茶をいただいて、おいしいお話も聞かせていただいた一時間ほどやった。

 

 で、今日もまた、山登り・・・。高松市香西本町にある小高い山の「薬師山」。周りはみかん畑・・・。その頂上にあるのが「善光寺」。また、「善光寺」だ・・・。どうにも「善光寺」と「二十四輩さん」とはセットになっているみたい・・・。ここは「立石公園」とも言うらしい・・。

 

 頂上には神社があったりお不動さんがあったり、お墓があったり、玉石混交状態。そのさらに上には・・・。

 

 「二十四輩 念仏道場 善光寺」という看板が・・・。ここも普段には無人状態。頑丈な鍵がしっかりと鎖で結ばれている。

 

 そして、これが「二十四輩さん」らしい・・。らしいというのは文字が薄くて読めない状態。数を数えれば25体あるから、24+善光寺=25になる勘定・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「散ると見えるは凡夫(ぼんぶ)の眼 木の葉は大地に還るなり」。これからは紅葉して落ち葉が舞い落ちる時期。「あ、枯れ葉が散って行くなぁ・・」と見えるのは私ら凡夫の眼なんだよ。木の葉は大地に還って行くのだよ・・。みんな、そうして還っていくんだよ・・・というとるのやね。大地に還り、栄養となって、また、新たないのちを生まれさせ、育てていく。そういうことなんやね。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


悠然と コスモス畑に 老夫婦

2012年10月25日 | たまには真剣な研究なども

 今日も11度台の朝になって、昼間は21度どまり。気分のいい天気だったが、やや雲が多かったかな。そこで、今日は自宅待機で資料の整理・・・。

 

 連日、二十四輩さんという石仏を探し歩いているが、ちょいと一休みして、今までの資料を整理しないと、どこがどこやったか分からんようになってしまう・・・。

 

 画像だって、どんどんと貯まってくると、何がなにやら、どこがどこやら記憶の彼方に消えてしまう。そこで、画像の整理やら資料の整理やらをやってみた。

 

 ついでに、11月11日の島の文化祭用の冊子やら資料集も準備しなければ・・・ということで最終調整。もう、すっかりと和綴じはマスターできたな・・・。

 

 で、今日のおうどんは・・・ということで、カメラを取り出したら、電池がない、メディアがない・・・。愛用のコンパクト・デジカメが空っぽ・・・。そうやったなぁ・・。充電してて忘れてしもうたなぁ・・・。

 

 すかさず、サブ・カメラを取り出しておうどんタイムが始まった。よかったよかった・・・。

 

 で、冬用のメニューが始まったというので、これにした。「七宝具」と書いて「しっぽく」と読ませるらしい・・。本当は・・「卓袱:しっぽく」と書くのが普通・・・。果たして「七色の具」が入っているんじゃろうか・・。

 

 これが今年初めての「しっぽくうどん小」で390円。里芋・大根・にんじん・鶏肉・かまぼこ・こんにゃく・ちくわ・・・・これで七色・七宝かぁ・・・。ここは白味噌仕上げなものですごぉくまろやか・・・。

 

 ふと、何かの本で、東かがわ市三本松にある「前山公園」に「二十四輩さん」がある・・・と読んだ記憶があって、それを探しに行った訳なんだが、あのあたりにそんなものは見つからない・・・。これは水道タンクらしい・・・。

 

 この正面の鉄塔の下で、17年近く働いていたんだけれど、こういう公園には来た記憶がない。ここは春の花見にはいい場所だったらしいのだが、ここで花見をしたという記憶もない。結局の薬局、何の手がかりも見つけられずに撤退・・・。

 

 最近、あちらこちらでコスモス畑が目立つようになってきた。この28日にはさぬき市鴨部で、「コスモスまつり」もあるらしい。そのほか、さぬき市長尾の野間地区でもコスモス畑がきれいになっている。

 

 さて、二年前の春だったか・・、「ようちゃんばぁば日記」で、ご近所のしいたけのお手伝いに行くとかという記事を読んで、我が家でも椎茸の駒菌を植えたことがあった。その時の木から、ようやくにしいたけが生えてきた。先日の雨が効いたのかな。

 

 いよいよと、秋が深まってきたのかなぁと思ったことだった。

 

 今日の掲示板はこれ。「あなたの心にともる灯は 仏の心にともる灯と 少しも変わらぬ生命の灯」果たしてそうだろうかねぇ。そうであってくれればいいのだけれど。ま、「「いのち」ということからすれば、象のいのちもヤブ蚊のいのちも同じだという発想は湧くが、私と仏様というと、やや、疑問が残るのだけれども・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


秋晴れは お寺の瓦を 軽くする

2012年10月24日 | ふるさと散歩

 今朝は11度からのスタート。日中でも18度とまり。いよいよ秋本番ってところだ。というわけでもないが、朝の散歩にはセーターを着て、ジャンパーを羽織って、手袋までつけるようになった・・・。おじいさんになったもんだ・・。

 

 ということで、今日も「石仏探し」の秋のドライブ・・・。今日は坂出市と宇多津町の境界線あたりになるのか、県道33号線(旧国道11号線)田尾坂の上・・・。茶臼山古墳手前にある「田尾坂二十四輩」を訪ねた。

 

 こんな石碑が道路脇にあって、この小山の途中に、この石仏群がある。ここも一列に50体ほどの石仏が並んでいる。本家二十四輩と、江戸二十四輩だろうか・・・。詳しくはわからない。でも、一昨日の山歩きが今頃になってひびいてきて、足ががくがくするようになった・・・。だらしないねぇ~。

 

 で、おなかがすいたので、朝昼兼用のおうどんということで、たまたまやっていたお店に入った。看板やのぼりはチェーン店の「いきいきうどん」だったが、お店は普通の古くからやってる食堂風のお店。ここが「いきいきうどん坂出北インター店」ということで、中身は「宮武讃岐製麺所」らしい・・・。

  

 店先にあった、この看板を見て、これに決めた。「あおさうどん」。「あおさ」というのは、緑色の海に生えている海草の「アオサ」。これをうどんの上に載せるものらしい。初めて見るおうどんだ。緑色のとろろ昆布を食べている感じ・・・。これで230円、これにチクワ天(100)を載せても330円だった。

 

 そこから次に向かったのが坂出市川津町山田地区。川津小学校近くにあるらしい。資料には「善光寺境内」と書いてあるが、その善光寺がわからない。しばらくそのあたりを歩き回って、ようやく見つけた。

 

 善光寺と言っても小さなお堂。そこから細い道沿いに石仏が並んでいるだけ・・・。向こうに見えるのが讃岐富士こと飯野山。この石仏も時代も違えば順番もめちゃくちゃ・・。安政二年という石仏もあったぞ。

 

 次に訪問したのが丸亀市飯山町下法軍寺地区にある「嶋田寺」という真言宗のお寺。ここにも二十四輩がきれいにそろって並んでいた。ご本尊が阿弥陀如来さまだろうか・・・。

 

 次に訪ねたのは丸亀市飯山町上法軍寺地区にある「仁池善光寺」さん。善光寺さんというてもこんなお堂があるだけ。昔は信州信濃の善光寺さんにお参りしたくても遠くて行けない。そこで、川津町のように、近くにお堂を建てて、そこでお参りしたものらしい。ミニ善光寺だ。

 

 そこの猫の額のような境内に15体ほどの石仏が立っていた。これも二十四輩だが、幾つかは壊れたり流されたりしたものだろう・・・。何せ、池の土手に建っているお堂なのだから・・・。

 

 次に寄ったのが丸亀市綾歌町岡田にある一番堂という墓地の中にあるお堂。ここにも20体ほどの石仏が小屋の中に並べられていた。おそらく、どこかにあったものを移転してきてまとめたものらしい・・。向こうの方に、レオマ・ワールドの建物が見える。

 

 今日の最後はここ。綾歌郡綾川町山田下にある「山田の法泉寺」。山門から境内を見たところ。正面が本堂。左にあるのが宝物館。その手前に石仏が並んでいるのが二十四輩である。立派なお寺さんになっている。

 

 帰りにちらりと立ち寄った「公淵(きんぶち)公園の菊花展」。少しばかり菊の花が開いてきたが、これはよく咲いている方・・・。まだまだ・・・みたいなところだった。

 

 今日の掲示板はこれ。山田の法泉寺さんにあったものを利活用。「吐いた言葉を呑みこめば 辛(から)さ苦(にが)さが喉を刺す」。自分の言葉を呑み込んでみれば、辛さや苦さが喉を刺すようにきつい・・・。よくもこんな言葉を吐けるものだと驚かされる。よくよく言葉を吟味して話さねば・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


さて秋の つぶやきのように 語ろうか

2012年10月23日 | 自然ありのままに

 今日は打って変わっての雨模様・・・。山登りで疲れた身体を休めるにはいい雨になったかも・・・。気温も14度から21度。夕方からは晴れ間も見えてきた。

 

 明日にはまたも石仏探検ができるかなぁと期待を込めて・・・今日は「晴耕雨読」ということで、県立図書館に行くことにした。ま、図書館には期待できるような本はないと知りつつ・・・。

 

 その前に、朝昼兼用のおうどん・・ということで、今日はここになった。木田郡三木町池戸(いけのべ)にある「手打ちうどん味泉(みせん)」というセルフのお店。ここも10時開店だから朝昼兼用うどんにはちょうどいいお店。

 

 まだ、しっぽくうどんには早いようで,野菜の入ったおうどんがない。そこで「山菜うどん350円にナスの揚げものを載せてみた。100円追加。いかにも・・ヘルシーらしく見えるはず。

 

 こういう時間帯にはお客は意外と少ない・・。だから「揚げ物」も「ご飯物」などのサイドメニューもまだ少ない・・・。

 

 雨の県立図書館。それでもお掃除の方は雨具着用で落ち葉をかき集めている。ご苦労様やね・・。

 

 ま、こういう町史を何冊か借りた。庵治(あじ)町・牟礼町にも二十四輩さんがあるらしい。ところがここは二つの町にまたがって、とびとびに町内各地に散らばっているのだとか。それは大変だ・・・。

 

 このあたりは「四国遍路」の本ばかり・・。たまに「西国三十三番札所」とかの本もあるが、いかんせん・・「二十四輩」のことを書いた本など一冊もない・・・。これでは、私が作らないといけないではないか・・・というところから。

 

 しかしのかかし、二十四輩(にじゅうよはい)さんのことを書いた本がないということは、「必要ではないから、ない」とか、「作っても売れないから、ない」とか「作っても読む人がいないから、ない」という「需要がない」っていうことなんだろうか・・・。ここが問題だ・・・。

 

 これは昭和12年10月の新聞の記事だが、今日、10月23日は「電信電話記念日」だったし、今もそうであるに違いない。この日は、会社がお休みになったり、午前中はイベントがあって、午後からはお休みになったりした。「創立記念日」みたいな感じやったのかなぁ・・。あ、今は「NTT記念日」になっているのかも・・・。

 

 電信電話記念日(でんしんでんわきねんび)は、1869年10月23日(旧暦明治2年9月19日)に、東京~横浜間の電信線架設工事に着手したことにちなむ記念日。10月23日。(Wikipediaより)

 

 その頃は、鬼の首でも取ったように大騒ぎして記念品を頂いて、午後からは大手を振って帰れるというのが嬉しくて・・・。社長の訓話とかは右から左に聞き流して・・・局長の祝辞はあくびしなら聞き流して・・・終われば一目散に会社を飛び出した・・・。

 

 そそ、この日には、お仕事で活躍した人とか、功績が顕著だった人とかは表彰式があったり、永年勤続表彰とかもこの日に行われたもの。でも、終わってみれば・・・「電電記念日」って、あったなぁ・・・みたいな印象かなぁ・・・。過去はすっかりと過去だなぁ・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。今日も手続きほかで「組長:そちょう」さんにお会いしてきた。ま、お坊さん組合の班長さんみたいな方。

 

  「たった一つしかない自分を たった一度しかない人生を 本当に生かさなかったら 人間に生まれてきた甲斐がないではないか」という山本有三のことば。確かにそうだと、頷く私。そういうお話をしてきたところ・・・。

 

じゃぁ、また、明日、きっと、会えるといいね。


人は知り 人は味あう 秋の風(後編)

2012年10月22日 | ふるさと散歩

 今日は珍しく二部構成になっている。

 

 今日は、所属寺院の「勝覚寺」から「由良町の由良山登山」を経て、西ハゼの「大乗寺」さんまで歩いてきた。歩くというても、多くが車での移動なんだけれど・・。

 

 で、その次に行ったのが、高松市勅使町。私の元職場があった付近。そこに「小山」という地区がある。バス停も「小山」だった・・・。高松高等専門学校のすぐ東あたり。この道をまっすぐに行くと「あゆみ園」という施設がある。この歩道に沿って並んでいるのが「二十四輩さん」。

 

 ここには時代が違うものか、50体ほどの石仏があって、二十四輩+二十四輩ということで二セットが並んでいる。初期の物は明治8年の開基だとか刻んであった。

 

 これらの石仏群はどのような想いがあって造られたものだろうか・・・。これら一体・一体に寄進者がいて、なにがしかのお金を払って、これらの石仏群を奉納している。その熱意は何だったんだろうか・・・。

 

 とりあえず、11時を回ったので、お昼にしようと、今日はここになった。高松市成合町にある「清水屋」というセルフのお店。前には「うどん中野学校高松校」があるし、ここはかつて、「楽屋うどん」というセルフのお店でもあった。

 

 店のおおまかな部分は、芝居小屋の「楽屋」をイメージしていたのが残るが、店内はすっかりと簡素化されてしまっていた。

 

 で、今日は歩いて歩いて歩き疲れたので、「温泉玉子ぶっかけうどん小の冷や380円にちくわ天100円を載せてみた。あ・・・うどんが硬い・・・。噛むのであごが痛い・・・。少し大げさかな、讃岐では「ぎょうさんげに言うな!」とかと言う。

 

 続いて行ったのが、高松市国分寺町柏原という地区にある「鷲峰寺(じゅうぶじ)」という天台宗のお寺。ここにも、「二十四輩さん」があると聞いて来たのだ・・・。

 

 お寺の案内板には「健康の道」とかと書いてある。「健康な道ならばいいじゃないか・・」と歩き出したのだが・・・・。こういう山道で秋の弱まった日差しの中では夕暮れ時みたい・・・。

 

 とにかく・・・薄暗い山道で・・・獣道(けものみち)みたいな山道が延びていて・・・、そこに四国霊場八十八カ所の石仏が30mおきくらいに置いてある。

 

 これは・・イノシシが水浴びした場所・・・。「ええっ!イノシシがおるんかい・・・」

 

 山道は延々と・・・昇ったり下ったり、右に曲がったり、左に昇ったり・・・。

 

 四国霊場の間に・・・「二十四輩」さんがはさまっている。その二十四輩さんも右に行ったり、左に行ったり・・・途中で笹藪に中に消えてしまったり・・・。「あ・・、こんな山中で遭難するんか・・・」と思ったり・・・。

 

 ま、こうしてブログを更新しているのだから大丈夫だったのだけれど、松枯れ防止用の殺虫剤がきつい中、とにかく・・・200体以上の石仏を写真に写して戻ってきた。

 

 さらには・・・綾歌郡熱川町畑田にある「生子山公園」にある「二十四輩」さんにも寄ってきた。ここは不思議な場所、山頂にはこんな大きな鐘楼があるし、親鸞さんの銅像もあるし・・・

 

 こうした二十四輩さんの石仏もあるし、「仏足石」があったり。釈迦堂があったりと、仏教色豊かな山頂付近・・・。その詳しいいわれとかもは書いていない。

 

 そんなんで、今日はお疲れ気味。早くにお休みするけんね・・・。しかし、よく歩いたなぁ・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


人は知り 人は味わう 秋の風(前編)

2012年10月22日 | ふるさと散歩

 今日は新しい週のスタート日。そして秋晴れのいい天気。こんな日はお散歩だ、石仏探索だ、お山巡りだ・・・。

 

 ちょいとお寺によって打ち合わせなんぞ・・。ま、たいしたご用でもないのだけれど。

 

 朝うどんということでさっぱりと・・「わかめうどん」。300円だった。

 

 で、今日の石仏探検はここから。高松市由良町というところにある清水神社境内の由良大師堂から旅が始まる。案内板のように、四国八十八カ所霊場と関東二十四輩の石仏がごろごろと並んでいる。

 

 それも古くて文字なんぞは判読できないし、薄暗い林の中だから何がなんだかわからない・・・。20か30かの石仏が並んでいるなぁと思ったら・・・あとは山道、でこぼこ道、登山道になって・・・トラ…ロープにしがみつくようにして山を登っていくと頂上に出た。

 

 ゼイゼイ・ハーハーと昇ってきたのに、なんと標高は120m。石仏群はどこに消えたのじゃろうか・・・。後は下っていくしかないではないか・・。

 

 頂上から見た左に屋島、中央に五剣山、右は前田山・・・。いかにものんびりとした田舎の風景だ。

 

 東登山口から登って、西登山道に降りてくると、こんなものが数カ所にある。戦争中の「防空壕」跡だという。

 

 これは戦前戦後を通じて行われた「採石丁場跡」昔は良い石材が掘れたそうだが、環境問題とかで採石は中止されたのだとか。

 

 およそ、1時間弱の登山だったが、すっかりと汗まみれ・・。肝心の「二十四輩さん」の調査はどこへやら・・・。エアコンを強にしながら、次の石仏群を目指すことに・・・。

 

 次は高松市西ハゼ町にある「大乗寺」さん。ここは境内石仏なので安心して行ける。

 

 こんな具合に塀の内側にきちんと整列しているのでわかりやすい。ここは比較的新しい「二十四輩さん」である。

 

 その大乗寺さんの横のお寺の脇にこんなものがあった。生きた樹木の中に石仏が入っている。いつごろ、どうしてこうなったのかは誰も知らないらしい。この木が若い頃には石仏の後ろにあったのが、成長して石仏を抱き込んでしまったものらしい・・。

 

 今日の掲示板はこれ。大乗寺にあったものを「利活用」。「今日この時まで どれだけの人に出遭ってきただろう。今のあなたは、そのすべての人からのたまものなのです」。ヘタな解説は不要・・・。

 

じゃぁ、また、後編に続くね・・・。


柿を手に まだ八十という 売り子かな

2012年10月21日 | たまには旅など・・。

 本当ならば、今日はしわく広島での「いろは石ウォーク」のお手伝いをするはずだった。ところが、「娘家族がやってくるから島はダメ」と言われたり、「まごのなぎちゃんが熱を出したから中止」とかと・・・情報錯乱。島に行くべきか、我が家にいるべきか・・・と迷った朝。

 

 昨夜の・・・たまご酒が効いたものか・・・頭痛がしていて、島行きはあきらめて、例の「二十四輩探検隊」の準備をしていたら・・・。

 

 「じぃじ・・、忘れ物だよ」と、孫のなぎちゃんがやってきた。そ、これが先日の研究発表会の時に頂いた記念品。発表者などに配られたもの。ガラスのコップなんだが、ご丁寧に桐の箱に詰められていた。名前入りの記念グラスだ・・・。

 

 このグラスを作っているのが、咸臨丸ほかに関係する「勝海舟」さんの御子孫の「高山さん」。近々、大作もお願いしてあるので届くはず。「乞う、ご期待!」

 

 さて、そういうことで(どういう訳だ?)、娘家族と、じぃじとばぁばは今治に向かった・・・。

 

 今治たって、お勉強に行く訳でもないし、温泉に行くわけでもないし、ましてや「しまなみ海道」に行くわけでもない。「JAおち・いまばり」がやっている「さいさいきて屋」という産直市のお店。そこにある「彩菜食堂」でのお昼になった。

 

 ここはセルフ方式で、いわゆるバイキング方式。お膳に好きな食材をチョイスしていって、最後にお会計して、好きな席に座って食べて、食べ終えたら食器を返却口に返す方式。これが今日の私のお昼。さすがにさぬきを出たらおうどんは食べない。さぬき以外のおうどんは食べない方針。

 

 ま、こういう形式だからか、回転は早い・・・。混んでるようでも次々と席があくので、行列するほどでもなかった。

 

 JAさんも、最近はあの手この手だが、安ければお客は集まる、おいしければお客は来る・・・。広い駐車場も・・・それなりに動いて・・・路上にあふれ出すようなこともない。

 

 メインはこちら、農家直産の野菜とかJF(漁協)さんの鮮魚などと、さまざまな農産物やら鮮魚類も並んでいるマーケット。

 

 その後は・・・「タオル美術館」。今治と言えばタオル。タオルと言えば今治。このキリンも実はタオルでできている・・・らしい。

 

 建物自体はこんなホテル風な建物だが、この中に実にさまざまなお店が入っていて・・・。そりゃそうだ、いくらタオルの町だと言うても、タオルだけの美術館ではお客様は来ない。

 

 ま、タオル美術館というても、多くがタオルの販売店。お菓子やら衣料品やら・・・全く関係の無いようなお土産物屋さんまで・・。

 

 これは松山の有名なお菓子なんだが、実はこれもタオルでできている・・・。

 

 私の買ったタオルがこれ・・・。ネコの頭つきのタオル。知る人ぞ知る・・「アツコ・マタノ」のブランドタオル。

 

ということで、今日の掲示板はお休み。じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


まだ蕾 人影もない 菊花展

2012年10月20日 | ふるさと散歩

 今日も秋晴れのさわやかな一日になった。気温は朝は12度。日中で21度。朝方はジャンパーなるのものを羽織っての犬の散歩になった。

 

 で、今日も例の「二十四輩:にじゅうよはい」の調査のために出かけた。今日は高松市の南部、塩江町に行ってみた。

 

 こうした石碑が塩江町にはあちらこちらにある。「徳玄寺」さんが仏教興隆のためだかに、空き地があれば、こうした石造物を展示してあるらしい・・。

 

 で、今日のお昼はここになった。高松市塩江町安原上東にある「阿讃亭」という一般店。この塩江町にも、かつてはいろんなうどん屋さんがあったが、自然消滅してしまって、ここくらいなものになってしまった。

 

 で、今日はお野菜メニューということで、山菜うどんにした。これで500円。まわりは「まつたけうどんの大」とか、鰻重とかと豪勢なお食事。それにしても驚いたのが「タケノコの天ぷら」600円。

 

 一人でこんなにもは食べられない・・・。パックを二つ用意してもらったが、それでも入りきらなかった・・・。みかけよりでかいのだ・・・。いつもはチクワの半分の天ぷらクラスだからねぇ・・・。これだけあれば、今夜の家族のおかずになりそう・・・。

 

 お店は案外と広くて、この右手のお座敷に10人ほどと、私の後ろに4人が食べている。まだ、11時少し過ぎの時間帯。

 

 高松市塩江町上西(かみにし)焼堂下という地区に軍人墓地があって、その周辺にこうした二十四輩さんがある。ここは昭和2年に開かれたそうだ。

 

 この少し奥にあった「そば処・もみじや」と姉妹店の「もみじ庵」という蕎麦屋さんもなくなったらしい・・・。今の時期には「しっぽくそば・しっぽくうどん」がおいしかったのだけれど・・・。

 

 塩江町からずっと下がってきて、高松空港を過ぎた、高松市香南町岡という地区にある「専妙寺」という「単立」のお寺さんがある。何宗かも不明だし、何派にも属していないらしいが、まるでお城のように立派なお寺さん。二十四輩さんがあるのだから、真宗系だとは思うのだが。

 

 普通、二十四輩さんというと、二十四体の石仏があるのだが、ここには、東1~24、西1~24、その他1~24と72体の石仏があって、そのほかに善光寺さん、天神・地神などの石仏があって、合計80余の石仏群があるらしい・・・。

 

 ここいらで気分転換とばかりに、高松市東植田町にある「公淵(きんぶち)森林公園」で開かれている菊花展をのぞいてみたが、まだまだ・・・菊の時期には早い。

 

 こうした大輪が花をさかせているものはごくわずか・・。小菊に至ってはまだまだつぼみが堅い。

 

 それだし、少しずつだけれど、規模が小さくなってきているように思った。去年にはあった菊人形も今年は姿を消していたし、出展者も高齢化で数が減ったのかも知れない・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「別れがあるから 毎日が貴重である」。このことは「一期一会」にも通じる言葉であって、ずっと、永遠に続く命であれば、そんなに毎日が貴重ではないし、永遠に連れ添う夫婦ならば、そんなに一日が貴重ではないが、いつかは別れが来るのだから、今日という日がとてもとても、貴重になる・・・。

 

じゃぁ、また、明日、きっと、会えるといいね。


大勢で 酔い過ぎましたかな ススキの穂

2012年10月19日 | ふるさと散歩

 今日は秋晴れ復活のさわやか・・・というよりも肌寒い朝になった。長袖のシャツにセータを着たが、セーターを通して朝の冷気が指し込んでくる感じ・・・。

 

 さて、いよいよ、来年度用の「夏休みの自由研究」のための石仏調査。まずは手始めに、東かがわ市馬篠北山にある「北山二十四輩堂」の調査から。

 

 二十四輩(にじゅうよはい)とは、親鸞聖人の関東時代の高弟24人と、その24人を開基とする寺院のこと。全国に3巻現存する「二十四輩牒」が元となっている。時代が下り、親鸞の教えに背き、誤った教義を広める者が増えたため、本来の教義を広め伝えるために、正しい教えを受け継ぐ直弟子を選出したものといわれている。数多い門弟から24人が選ばれた基準や経緯は不明な点も多く諸説あるが、いずれにせよこの24人が、関東における布教の上で重大な地位を占めていたことは間違いない。

 

 なお、長年の間に移転・再建を繰り返したり、元の寺から分流するうちに、二十四輩格を持つ寺院は180ほどに増えた。その後、「二十四輩会」によって正統の二十四輩寺院43ヶ寺が選定され、現在それらの寺院が二十四輩寺院を名乗っている。

 

 だから、讃岐や四国にあるものは「写し霊場」と呼ばれるもので、「本四国」という四国霊場巡礼をまねた「島四国」や「ミニ四国」みたいなもの。関東や奥州までお参りにいけない人たちが、近くに「写し霊場」を作って、そこでお参りしてお念仏してきたもの。

 

 これが北山二十四輩堂の内部。後ろにならぶ金色に塗装された石仏には「一番 報恩寺・・・」と刻まれており、前の石仏には寄進した人の村名と奉献した施主の名前が刻まれている。

 

 しかしのかかし、ここの由来とか、発起人とかという記録が全くない。近所の世話役さんにも聞いてみたが、誰も知らないのだという。みんな、昔から、ここにあったから拝んで来たのだという・・・。これはやっかいなことだ。

 

 さぬき市津田町津田、道の駅津田の松原の一角にある「松原うどん」はセルフのお店。

 

 ここの「今日のおすすめ」は、ほとんど毎日が・・「肉うどん」。迷ったあげくに、一番下の段にある「わかめを入れてもおいしーです」というのに一票!ということで、「肉うどんのワカメ入り小」を注文した。それに定番になった「チクワの磯部揚げ」を載せて、600円。

 

 真ん中の白いのはおろしショウガ。まさに食べても食べてもお肉ばかりだ・・・。セルフのおうどんがなぜおいしいのか。それは一玉が少ないから・・・食後に「おいしい」と感じるのだそうだ。一般店の麺は、セルフの店の一玉半くらいあるのでおなかは満足するが、麺は大味だなぁと感じるらしい・・・。だから、お肉ばかりどっさり載っても・・最後には飽きてきてしまう・・・。

 

 食後には津田町内にある「うのべ古墳」周辺を散歩した。近くには「ドルフィンセンター」もあって、けっこう人気なんだとか。平日には誰もいないけれど・・・。

 

 これが「うのべ:鵜部古墳」で、前方後円墳でしかも積み石塚。これは高松の峰山にあるのと同じで、韓国の影響を受けたものとかと聞いた記憶がある。だから・・海に近い場所に築かれたとも・・・。

 

 そこで休憩した後、メインの「一つ山」の二十四輩を訪ねることにした・・・。

 

 というても、超ローカルなマップだから、何が何だかわからんのだけれども、鶴羽(つるわ)漁港の近く、JR高徳線の鶴羽駅からしばらく北に進んだ海辺の集落。

 

 赤丸のあるところからさらに北に進んだ海辺の山裾からこの山道を登って、22だか、23だかの石仏を探す。一部は海岸に落ちたのかも知れない・・・。

 

 先の赤丸の部分がこれだ。この向こう側は崩落して断崖絶壁になっている。古墳保護のための工事中みたい。

 

  昔はこんな古墳があったらしい・・・。これが「一つ山古墳」という円墳だったのらしい・・。お墓探しがこうじて・・・、こうした三世紀ころのお墓参りまですることになろうとは・・・。ま、なんでも見て、何でも感じて、こころの栄養素を高めておかねば・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「生きてきてよかったと 心の底からうなずける 道を歩みたい」。確かに誰もみんな、こうした道を歩みたいとは思っているのだけれど、そう、うなづける道にたどり着くまでが大変だ・・・。毎日、毎日が試練ばかりのような昨今だからね。

 

じゃぁ、また、明日、きっと、会えるといいね。


足早に 晩秋が来る 夜が来る

2012年10月18日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 今朝は7時半でも薄暗くて電灯をつけてブログ巡回をやっていた。台風の影響なんだろうかねぇ・・。

 

 今日のさぬき市の気温は16度から19度・・・。やや肌寒くて、早くもセーターを着込んでいる。明日には書斎にもおこたを出そうかなぁと考えている。あっという間に秋から冬仕様に切り替えねばならない・・・。

 

 よくはわからんだろうけれど、金木犀が散ってしまった跡だ。そのあたりにオレンジ色の絵の具を散らしたように・・・・。まさに・・「華のいのちは短くて・・・」だ。

 

 さて、5週目ということで、県立病院の定期診察日に行ってきた。通常は4週間目ごとなんだが、ドクターの都合もあったんだろうし、とりたてて変化もないので・・ということで5週目になったのかも知れないけれど。

 

 で、このお薬を調薬処方するだけのことで、この処方箋をもらったら、それでおしまい。聴診・問診・血圧測定・・・で、あっという間におしまい。

 

 「でも、喉がゼイゼイ言うてますけど、お薬出しときましょうか」と言われたが、「いや、大丈夫です」と断った。後で薬局の請求書を見て驚いたけれど、ジェネリック医薬品を使っても、「9,500円」という薬代はバカにはならぬ。その上に風邪薬、うがい薬、咳止め・・・などいを処方されたら・・・今月のおうどん代がなくなってしまう・・・。

 

 「病気で死ぬのか」「飢え死にして死ぬのか」という大げさな選択ではないが、年金支給前の後期高齢者予備軍は全く・・・シビアな生活なのだ。お財布の中の一円玉までしっかりと管理しているのだから・・・。

 

 で、病院の帰りに,ここに寄った。香川県東部にはうどん屋さんが少ない。だから、すぐに国道から入れるお店を探していたら、ここがすいていたから、ここになっただけ。

 

 今日は,安易に・・「わかめうどん小:280円」にチクワの天ぷら:80円を載せて,360円。早くて、安くて、旨いってことで納得。でも、時期だね・・・このわかめが硬いなぁと・・感じた。あ、歯ごたえがいいっていうんだったか・・・。

  

 「人はうどんのみで生きるにあらず・・・」という有名な言葉があるように(そんなもの、聞いたことないなぁ)、今日は、病院帰りに、足を伸ばして、香川県立図書館に行ってきた。

 

 この秋の目的の研究発表会は終わったし、島の文化祭用の資料作成もほぼ、終わったし・・・。この晩秋から冬・・・春にかけての研究課題の石仏調査のための資料収集・・・。

 

 この冬には・・・1万ページにも及ぶような論文を書いてみたいなぁと・・・思いつつ・・・今日のブログが書ききれていない私だ。

 

 今日の掲示板はこれ。同じ「組:そ」の赤松先生の掲示板である。「人間とは楽を求めて苦しむ動物である」。・・・ごもっともである。それだから、どうこうしなさいと言うてるのではない。そういう動物であることを理解しなさい・そういう動物であることを納得しなさい・・・と、言うてるのだと思う。

 

 「あ、私は・・・楽をほしがって・・・結局・・・金銭苦になるんだなぁ・・」と、思ったら、それだけで楽になるではないか・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


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