まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

迷い道初冬の風の早いこと

2021年11月30日 | 時には日々是日

 30日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で曇り、夕方から次第に雨や雷雨となる見込み。気温は7.0度から19.0度、湿度は46%から92%、風は1mから3mの東南東の風が少しばかり。明日の12月1日は、次第に冬型の気圧配置となるため概ね曇るらしい。未明は雨の降る所がある見込み。

 

 圧迫時109/解放時65/脈拍78、体温36.3度/酸素濃度98%/体重63.5Kg 室温20.6度、室内湿度43%、気圧1029hPa 体調に変化はない。本日の日の出は6:50分/日の入り16:54分/月齢25.2の若潮。

 

 昨夜は利尿剤を飲んだにも関わらずほとんど尿が出なくて。でも1時間おきにはトイレに行くものでやはり寝不足気味。それに5分も10分も待っているのだからつらい。でも、起き出して歩き出せば自然に尿が出るから不思議だ。でも下腹部の膨満感はなくならない。

 

 私んちの隣の集落では特産品として「自然薯:じねんじょ」を栽培していて、先日の28日から販売を始めた。

 

 自然薯とは、こういうもの。普通は山に生えているものだが、その種ともいうべき「むかご」を畑にまいて波板やパイプを使ってまっすぐに栽培する。この土地の赤土や気象現象が良かったのか大好評になった。

 

 数年前にはこんな風にたくさんの自然薯が採れて、高いものは1本が数千円、家庭用で2千円クラスが飛ぶように売れた。

 

 そのころには「じねんじょまつり」も行われて連日、大賑わいになったもの。私も現役のころには10本も15本も進物用に送ったものだった。

 

 ところが、今年はお客さんは多いのに品物がない。奥方なんぞは自家用はこれで十分とばかりに、こういうものを買ってきた。これで800円である。友人用にもこれと同じものを3袋を予約しておいて今朝、買ってきた。もう、箱入りの自然薯なんぞ跡形もない。発売初日(11/28)の午前中に売り切れたのだという。聞いてみれば感染症対策と高齢化で品物が出ないのだという。数年でそんなにもなってしまう現実。栄枯盛衰は世の常だが、じねんじょすらも、そうなってしまうのか。

 

 それはさておき、来週に迫った観光ガイド班の勉強会の準備である。なかなかに来年のガイド計画がまとまらない。来年三月のお彼岸までは時間が限られている。やるべきか、やらざるべきか・・・。

 

 今年の事業報告の準備もできた。できたが、今年も感染症対策のためにほとんどが休会になって、物事は遅々として進んではいない。

 

 今日もおなかの調子がよくないので、ところてんとおかゆである。おかゆの上に漬物を載せただけ。お肉や魚なんぞは入っておらず、まるでお坊さんの精進料理である。これではまるでパワーが出ないではないか。かと言って「食べ物アレルギー」で食べるものがない。

 

 午後からははやくも確定申告の準備。まずは「医療費控除」の準備である。でも、今年は入院も手術もなかったもので、昨年の四分の一くらいしかない。これでは確定申告は不要なんじゃないのかと思うほど。

 

 ま、それはそれとして、できることからコツコツと。

 

 ま、これもボケ防止みたいなものかなぁとやっている。こういうアプリも使わないと忘れてしまうお年頃である。毎日、ダイアリーにその日の日記風なことを書いているが、夜になると、午前中に何をしたのかさえ思い出せないことが多いし、お昼に何を食べたのかも思い出せない。そういうときのためのこのブログになっている。

 

 今日の掲示板はこれ。「どうせするなら気分よく 重い荷物も軽くなる」というもの。ぶつぶつと不満を言いながら不機嫌に仕事をしている人を見るのは気分が良くない。それが身近な者であればなおさらである。嫌々やっているようでは仕事の能率も上がるはずがない。どうせやるなら、何事も前向きに嬉々としてやろうではないか。上機嫌で仕事をする者の周りには自ずと支援者や協力者が集まってくるに違いない。私自身に言い聞かせたい言葉を選んでみた。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


枯れ落ち葉舞散らかせて宅配便

2021年11月29日 | 時には日々是日

 29日のさぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は3.8度から14.8度、湿度は78%から52%、風は1mから2mの東南東の風が少しばかり。明日の30日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で概ね曇り、夕方から次第に雨となる見込み。雷を伴う所がある予想。

 

 109/61/79 36.6c-98%-62.8Kg 13.0c-43%-1037hPa 体調に変化はない。日の出は6:49分、日の入りは16:54分、月齢は24.2の長潮。 

 

 振り返ってみれば、今年は春が遅く来て梅雨が長く、夏も短くて秋も短くて冬が寒そうな気がする。春の花も一瞬だったし、秋の紅葉もあっという間だった。

 

 さて、月曜日になったからということで、市役所あてに「高額医療費請求」をやっておく。最近は入院することがなかったもので、戻ってくるのはわずかになったが、手続きをしなければ一円も戻ってこないのだからやっておいた。

 

 毎月の事だから、さっと書いて、さっと出して、さっとOKになって、さっと戻ってきた。今日は10時になるとケアマネさんがやってくる日である。

 

 で、その間、自分史「昭和は輝いていた」という冊子を作っていた。PDFファイル化したので印刷も可能になって、保存用に二冊を残すようにしておいた。

 

 ここには小学生時代の思い出しか書いていない。中学や高校の思い出の中に「昭和は良かった」という記憶が残っていないのだ。ましてや会社員時代になると、それはもう、混沌としていて曖昧な断片的な話しか残ってはいない。

 

 10時前にケアマネさんがやってきてサービス担当者会議。今年も「要介護の2」のままである。介護用品の種類や種別の変更もない。

 

 要介護2は、家事や買い物など日常の動作に加え、食事や排泄など身の回りのことにも部分的な介護が必要な状態である。 要介護1と比べて自力でできないことが増えるため、見守りや手助けが必要となる。 厚生労働省が定めた日常的な身体介助や歩行、機能訓練など介護にかかる時間の度合いを要介護認定の基準にした「要介護認定等基準時間」によると、 要介護2の場合、「要介護認定等基準時間が50分以上70分未満又はこれに相当すると認められる状態」とされている。それにしたがって、ケアマネさんが上記のようなケアプランをたててくれているので、その話し合いの場である。

 

 で、昨日の続きで、「大窪寺のトリセツ」の印刷に掛かったら、またしても別のトナー切れになってしまった。

 

 全く、トナー貧乏になってしまいそうな気配である。一時期にはインクジェット用のインクで苦労したが、今はトナー全盛期。四台のトナープリンターと三台のインクプリンターがあるが、最近はトナーばかりを使っている。

 

 で、予約されている十人用に十冊の「トリセツ」ができた。来月7日までに完成出来てほっとしている。一時は印刷ができずにハラハラしたし、一時はすっかりと諦めていた時期もあるので「やれやれ」である。

 

 今日奥方がお休みなもので、地元「ふじ麺」のおうどんでかき揚げ天ぷらうどんになった。我が家ではいろどりに「ホウレンソウ」を入れるのが普通になっている。

  

 これは粗品でいただいた半生うどんの細麺である。お出汁が辛すぎたと言いながら完食してしまった。

 

 今日の掲示板はこれ。「ゴミ箱とお仏壇を見ると その家がわかる」というもの。いつもの赤松先生の文字らしい。最近のおうちではゴミ箱を家の外に置いてあるのは見なくなったが、お坊さんはおうちの中にまで入っていくし、お仏壇にもお参りするからよくわかる。まさか、今の時期に、お正月の松がそのまま・・・というおうちはないだろうが、茶色になったお花は、わが家ではしょっちゅうある。特に母がいなくなってからは、そのまんまのことが多い。案外と、紺屋の白袴、医者の不養生、坊主の不信心、医者の若死に、出家の地獄、易者身の上知らず、学者の不身持ち、駕籠かき駕籠に乗らず、鍛冶屋の竹火箸、紙漉きの手鼻、髪結いの乱れ髪、紺屋の白足袋、左官の荒壁、儒者の不身持ち、大工の掘っ立て、椀作りの欠け椀 ・・・などというのは有名なことば。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


枯れ落ち葉ことば一つも交わせない

2021年11月28日 | 時には日々是日

 28日のさぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は今季最低の4.5度から12.8度、湿度は80%から48%、風は1mから2mの西南西の風が少しばかり。明日の29日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 107/64/79 36.3c-99%-62.6Kg 13.9c-45%-1037hPa 体調に変化はない。日の出は6:48分、日の入りは16:54分、月齢は23.2の小潮。

 

 それでも、夜中に1時間ごとにトイレに起きるから寝不足感いっぱい。だからと言って明るいうちは寝られない。

 

 吊るし柿はいつまでこうやって吊るしてくのだろうか。そろそろと取り込んで冷蔵庫で保管しておくものだろうか。まだまだ吊るしておくべきなんだろうか。子供のころには少しばかり食べられるようになるといつの間にかなくなってしまっていたものだったけれど。

 

 今日は朝霜が見えたけれど、これが初めての霜の朝だったんだろうか。

 

 さて、例のWord文書の件だが、「自分史:昭和は輝いていた」はPDFファイル化して印刷すると正常に印刷できたものだから、今度は、観光ガイドブックをPDFファイル化することにした。このガイドマニュアル以前には正常に印刷できたのに、このシリーズからおかしくなった。テキストボックスの周囲に文字列を配列してあるのに、印刷すればぐちゃぐちゃになってしまう。

 

 これは私たちのグループの大切なマニュアルだから、きれいに整理したいのに紙面がバラバラになってどうしようもなくなって諦めていたもの。

 

 それを幾つかに分けて試したのだがうまくいかなかった。それを、PDFファイルに変換してみた。

 

 すると、うまく画像と文章が並んだではないか。思わず、やれやれ・・・と安堵したもの。

 

 で、カラープリンターで印刷に掛かったら・・・、

 

 「トナーがなくなりました。交換してください」というエラーメッセージが出てストップしてしまった。「トナーを交換するまでは動かないぞ」という態度である。

 

 で、近くの量販店でトナーを買ってきた。トナーがなければびくとも動かないのだから仕方がない。

 

 で、トナーを交換してやっても、「ありがとう」の挨拶もなく、いきなりに印刷を始めてしまう。エラーメッセージなどを音声でやかましく言われるのもシャクだけど、なんにも言わずに無言のままの機械もまた腹が立つ。

 

 で、予約は10人分10冊だが、試験的な意味も込めて5冊だけ印刷してみた。印刷してみるとページ番号が合わなかったりしたので、それらは修正しての印刷になった。

 

 今日の掲示板はこれ。「またひとつしくじった しくじるたびに目があいて 世の中少し広くなる」という榎本栄一さんの言葉から。生きていれば必ず過ちを犯すもの。言ってはいけないことを言ったり、やってはいけないことをやったり、間違ったり失敗することもたくさんあった。問題はそのあとで、そのあやまちをどう受けとめるのかである。居直ったり、ふてくされたり、他人のせいにしたり、責任転嫁したりして事実から眼を背けるのが普通のありかた。だれを恨むことはないのだし、身から出た錆なのだとあきらめるしかない。現実を引き受けたところにしか真実はありえない。過ちを通して学ぶこと、気づくこと、目覚めることは多いもの。あやまちを通して人間は成長するもの。一つのあやまちによって、人生が大きく変わることもあるだろうし、出世コースからはずれることもあるだろうし、失脚してしまうこともあるけれど、しかし世間の評価とか、社会的地位の高いのが良い人生ではない筈。どう、いのちを輝かせて生きるか、悔いない人生を生き切るかである。あやまちは人間を、人生を決めない。あやまちのあとが人間を、人生を決めるもの。仕事で失敗したことは、とり返しのつかない嫌な気分に陥るもの。しかし、そのことによって自分というものが照らされ、気づかされて、自分中心の狭い世界が破られてゆくならば、この失敗でこんなことが教えられ、学ぶことができ、却って人生の味わいが深まり、世界が広くなったと気づかされて、そこに少しだけ広がった世界が見えてくるというもの。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


北風に十八番の歌も出ず

2021年11月27日 | 時には日々是日

 27日のさぬき市地方は、上空の寒気や気圧の谷の影響で概ね曇り、夕方まで雨や雷雨となる所があった。気温は10.0度から12.5度。湿度は68%から42%、風は1mから4mの北西の風が冷たく流れていた。明日の28日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 107/58/79 36.2c-96%-62.8Kg 17.3c-48%-1027hPa 体調に変化はない。今日の日の出は6:47分、日の入りは16:55分、月齢は22.2の小潮。

 

 我が家に戻ると通じも良くなって尿もふんだんに出るようになった。全く、その日その日でくるくると身体が変わっていくようだ。

 

 さて、かねてからの宿題がこれ。Word文書なのだが、テキストボックスのバージョンが違うからと、こういうエラーがたびたび出る。テキスト文書と画像ファイルが重なったり飛び跳ねたりする。もちろんWord文書にはきれいに表示されているのに、プリンターで印刷するとこうなってしまう。

 

 指定した場所ではない所に画像がはみ出したり移動したりする。いろいろとやっているのに治ってくれない。原稿はきちんと表示されているから原稿をいじるわけにはいかない。プリンターを変えても、設定を変えてもきれいには印刷できない。

 

 何年か前に先輩が、「Word文書はpdfに簡単に落とせる」と教えてくれたが、pdfファイルを使うには、それなりのアプリが必要だったのであきらめていた。それが簡単にpdfファイルに変換できることがわかって、それで印刷をすれば原稿通りに印刷できた。あ、こういうことだったのかと、これまた、目からウロコだった。

 

 宿題が一つ片付いたら、今度は年賀状である。来週からは早くも12月になる。だからとばかりに、年賀状の宛名書きから始めてみた。このプリンターにはハガキ印刷用のトレーがないからと新しいプリンターを買おうとして、何気なくマニュアルを見たらば、あんな背中に年賀状用のトレーがあった。

 

 年を取ってくるからか年賀状の枚数も大幅に減った。親戚筋も減ってしまったし、友人も少なくなった。だから、私が33枚、奥方が21枚の54枚になった。喪中欠礼のはがきも8枚になった。

 

 で、私の親戚用・友人用、奥方の親戚用・友人用と四種類の年賀状になる。本文も大筋ではできているが、どういう写真を使うのか検討中。

 

 年賀状には関係ないが、今年の我が家の「十大ニュース」を早くもまとめてみた。②の奥方の転倒事故のあと、「二か月の給食」は「休職」の間違い。今年は大きなニュースはなかったが「世の中、何が起こるかわからん・・」というのが、今年の私の「流行語大賞」。

 

 「明日の命がわからん・・」というのに、早くも来年の活動計画を策定中。明日のことは分からんのだが、でも、明日がどの方向にあるのか、私がどの方向に向かって歩き出すのかの光は欲しいと思うのだ。明日もわからんのに、やみくもに歩き出すのは無謀と言うもの。その先が泥沼かも知れないし、断崖絶壁かもしれないのは少しばかりこわい。

 

 今日の室温は12度、屋外では北西の風が吹いているので体感的にはもっと涼しいはず。昨日、島から戻っていて正解だった。

 

 動物アレルギーのために、お野菜ばかりの食事。ま、卵としらすが唯一動物性。「食べることは生きること」。今夜は暖かいおでんになりそうな気配。

 

 でも、これはこれなりにおいしくいただいたものである。

 

 今日の掲示板はこれ。「どんなに悔いても過去は変わらない どれほど心配したところで未来もどうなるものでもない。いま、現在に最善を尽くすこと」という松下幸之助さんのことばから。人間は誰しもが、過去の行動について後悔し、まだ現実に起こっていない未来に対して心配してしまう。過去への後悔、未来への心配。それぞれゼロにすることはできないかもしれないが、心持ち次第で減らすことは可能だろう。そして、持っているパワーは現在のために使う。松下幸之助氏が言うように、現在に最善を尽くすことが最も大切であるのだという。それは確かにそうなのだが、現在の「最善」がどれなのか、どういう方法がベストなのか、それがわからずに迷ってばかりの私なのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


枯れ落ち葉山の日暮れの早いこと

2021年11月26日 | 時には日々是日

 26日の丸亀市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は14.0度から17.4度、湿度は76%から40%、風は2mから4mの西北西の風が少しばかり。明日の27日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れるが、上空の寒気や気圧の谷の影響で、昼前から夕方にかけて雷となる所がある見込み。

 

 112/61/78 36.2c-98%-62.6Kg 22.7c-64%-1024hPa 体調に変化はない。

 

 数字的にも問題はない。でも、お通じがよくなくて、なんだかおなかが張るようで息苦しいし、足がしびれるような感覚。利尿剤も飲んではいるが、便も尿も少ないような感じがするだけ。

 

 昨日は、新しい給湯設備になってからの初めてのお風呂。オール電化の全自動・・だから、ウロにキョロが来るばかりで何が何だかわからんけれど、機械に任せておくしかないが、給湯温度が41度というのが「ぬるい」という感覚。でも、お年寄りにはそのくらいがいいらしい。でも、所詮、お風呂はお風呂である。手間暇がいらないというだけである。そんなに初風呂だからと言う感激も感慨もない。

 

 一方、台所のIH調理器も、よく操作がわからない。私はペースメーカーを植えこんであるもので、IH調理機械には触れないことになっているが、そんなことを言うていたら生活ができない。やっかいな時代になったもんだ。で、ここに乗せられるお鍋やフライパンにも決まりがあって、いくら待っても過熱してくれない鍋もある。

 

 IH工事費で935,000円にもなっている。ありがたいようなありがたくないような。ま、どちらも慣れるまでが大変だ。ま、島のガソリン屋さんもプロパンガス屋さんも高齢化で急ぐ間には合わないので、これしか方法はなかったのだし。

 

 で、夕食はおでんとお刺身がメイン。弟はいきなりの日本酒から。私はやっぱりビールの喉越しがおいしいと思う。夕食は16時から18時くらいまで、飲んだり食べたり愚痴話やらバカ話やら昔話やら・・・。

 

 18時過ぎからはカラオケタイムになったのだけれど、二人だけだから順番が来るのが早い。選曲してたら、すぐ歌う順番になる。一曲3分としても二人で1時間歌えば20曲。一人10曲ずつという単純計算。2時間にもなれば20曲ずつ。もう、喉が痛くなってくるばかり。

 

 で、22時に寝たけれど、飲み過ぎたのか食べ過ぎたのかおなかがおかしくなって寝付けない。そこで安定剤を飲んでぐっすりと寝たが、起きたのは6時過ぎ。このケヤキの木もさっぱりとしてくれたし、

 

 家の前の庭木も散髪をしてさっぱりとした。この切った枝や葉っぱは来年の春までここで乾燥させておく。当分は島にも帰れない。奥に見える山が、しわく広島の最高峰「しわく富士」の「王頭山(312m)」である。

 

 朝から片付けばかりで、空き缶や空き瓶、燃えるゴミなどを自治会の集積場まで運んでおいた。残った食材はすべて持ち帰って奥方に食べてもらうことにした。フェリーは、8:35分発の丸亀港へは9:10分着。

 

 さらば、ひろしま、また来るまでは・・・、しばし、別れの未練が残る。 刈った青草、木の枝盛って 背なで見ている王頭山~・・・。

 

 帰宅途中で弟を家まで送り、その後、綾川町山田下にあるセルフうどん店「味覚苑」に寄ってみた。ここは朝の6時半から午後2時までの営業で、トラック運転手が多く立ち寄るお店である。店内は広く88席。社員食堂みたいな風景である。

 

 で、今日は珍しく「かけの小」だけ。これで180円である。島で食べ過ぎたので、今日は控えめ。

 

 今日の掲示板はこれ。「現在が続いて将来となる 現在を離れて将来はない」という清澤満之先生のお言葉から。清澤先生は文久3年、尾張藩に生まれた。東京帝国大学卒業後、明治21年、京都府尋常中学校の校長に赴任するが、辞任して禁欲自戒の生活に入った。明治25年、『宗教哲学骸骨』を刊行。宗門改革のために雑誌「教界時言」を発刊し一時僧籍を剥奪されるが、僧籍を回復し真宗大学初代学長に就任。明治 34年、雑誌「精神界」を発行。明治36年、愛知県で死去。享年41歳であった。 

 

じゃぁ、また、明日、逢えたらいいね。


秋一つ暮れて明日がまだ見えぬ

2021年11月25日 | 時には日々是日

 25日の丸亀市は高気圧に覆われて晴れていた。気温は11.0度から16.3度、湿度は70%から52%、風は1mから5mの西の風が一時は強かった。明日の26日の丸亀市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込み。

 

 106/59/78 36.2c-98% 62.2Kg 18.6c-52%-1023hPa 体調に異常はない。今日は丸亀市沖にある「しわく広島」に帰って、庭の草刈りや庭木の剪定をしようと考えている。日の出は6:46分、日の入りは16:55分、月齢は20.2の中潮。

 

 山の家を7時過ぎに出て、8時過ぎに丸亀市綾歌町の弟んちに寄り、弟を乗せて丸亀港には9時前に着いた。途中、三度ほどのトイレタイムがあった。で、フェリーボート「しわく丸」は9時25分に出港する。

 

 海上45分。しわく丸は丸亀市沖の広島の江の浦港に着く。10時10分。そこから島の自家用車(軽トラ)で島の家「暁光庵」に着く。

 

 これが、「暁光庵」の扁額である。文字は、奥方の親父さんで、元日蓮宗のお坊さんである。寒い時期の「水行」という水をかぶるのがいやで逃げ出したらしいと噂だった。本人の名誉のために言うておくが、本当は好きな人がいたためにお寺を捨てたということらしい。文字を刻んだのは、千葉の電気屋さんである。

 

 草刈りは今年の七月、夏休み前だったが、剪定は一年に一度で一年ぶりである。

 

 で、早速に弟(三人兄弟の三男)のたっくんが草刈りをやってくれている間に、私が庭木の剪定をやっていた。ま、大きな物は弟がやってくれたのだけれど。

 

 で、すっきりとした島の家になった。

 

 そうそう、これが大物と言えば大物。朝日がまぶしくて夏場は暑いので、奥方が日蔭用に植えたケヤキの木だが、これが大きくなり過ぎて葉っぱがお隣の畑にまき散らすと困りものになった。で、これが伸びるのが早くて切っても切っても伸びてくる。

 

 島の家の昼食は日本そば。夕食は簡単におでんになった。ま、これだけではないのだけれど。男所帯では買ってきたお刺身やらお惣菜とおつまみ程度。高齢者になると、そんなには食べられない。

 

 で、後は恒例のカラオケタイムである。なにせ、何もない島のことである。島にあったお店も数年前に閉店してしまい、酒もビールも補給はない。釣りをしてもふぐばかりだし、行くところも見るところもない。島に住んで30年にもなれば珍しいものは何もない。だから、唯一の楽しみがカラオケである。

 

 なにせ、作業は15時過ぎには終わってしまう。で、16時からは夕食だが、それも30分もあれば満腹になる。で、近所を散歩しても珍しいものは何もない。お風呂だって男だからシャワーを浴びれば数分で済む。本当にすることがないのだ。掃除をしても数分で済むし・・・。

 

 で、切り捨てた木の枝や刈り払った草を燃やしておく。本当はあかんのだろうけれど、島のあちらこちらで草を燃やす煙が見える。

 

 で、さっぱりとした庭先になった。これがいつまでできるだろうか。少し油断をすれば、すぐに草に覆われ竹林に飲み込まれてしまう。島にはそうした多くの家が飲み込まれて消えてしまった。

 

 これが来年の夏場には、元の木阿弥になってしまうのだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「冬があり 夏があり 昼と夜があり 晴れた日と 雨の日があって ひとつの花が咲くように 悲しみも苦しみもあって 私が私になっていく」というもの。

  「悲しみの意味」

   冬があり夏があり
   昼と夜があり
   晴れた日と雨の日があって
   ひとつの花が咲くように

   悲しみも苦しみもあって
   私が私になっていく
                   星野富弘

 「雨はイヤだ。」と言う人もいれば「恵みの雨」と喜ぶ農家の方もいる。病気をしたからこそ健康のありがたさがわかったり、空腹だからこそ、一つのおにぎり が最高のご馳走だと感じたり、辛く悲しい思いをしたからこそ、人のここころの痛みに寄り添えたりするように、悲しみも苦しみもあって私が私になっていく。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


降る落ち葉戻らぬ過去の愛おしさ

2021年11月24日 | 時には日々是日

 24日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れていたが、午後からは曇ってきた。気温は10度から12.7度、湿度は60%から52%、風は5mから2mの西北西の風が少しばかり。明日の25日のさぬき市地方は、西高東低の気圧配置となるため概ね曇り、昼前まで雨の降る所がある見込みらしい。

 

 112/63/79 36.3c-98%-61.7Kg 15.0c-48%-1017hPa 体調に変化はない。

 

 数字的にはいつも通りで変化はない。でも、少し歩けば呼吸が乱れて、ゼーゼーハーハーとなって動けなくなる。動かないといけないのだが、この気温では肺炎になっても困るし風邪を引いても命取りになるから恐ろしくて動けない。

 

 昨夜の18時過ぎから町内の「みろく自然公園」から花火が30分間ほど打ち上げられたが、悲しいかな、山の陰になって半分も見えなかった。これも、お盆時期の「みろく夏まつり」が中止になって、その代わりなんだろうか。夏場の花火と違って初冬の花火は寒々としてじっとしてみていられない。

 

 お仕事のほうで、来月4日の土曜日に、80才以上の一人暮らし家庭への「一日訪問」が恒例で行われるので、その案内状である。これを遅くならないうちに配っておかねばと出かけてみた。

 

 でも寒いせいか、なかなかにお年寄りは出てこない。こちらも寒くて待っていられないので、郵便受けに投げ込んで来るおうちが多くなった。

 

 で明日の朝から島の家に出かけるので、その食材を買ってきた。一泊二日で、明日の昼食、夕食・二次会・あさっての朝食分の食材である。メインは夕食とその後の二次会・カラオケバトルである。

 

 でも、私がお肉が食べられないし、牛乳もチーズもバナナもあかんとなるとハムエッグも作れない。タマゴはOKだがハムがいけない。となると、ギョウザもあかんのだろうし豚まんもダメだな。

 

 それに弟は塩分控えめだし、あんまり野菜は好きではないらしい。それにおなかがふくれるので少ししか食べない。と・・・なると食べるものがなくなってしまう。飲み物はなんでみもいいが飲むばかりでは身体によくないというし。 

 

 でも、なんだかんだのと詰め合わせてみた。残れば持って帰れば奥方が食べて片付けてくれるはず。私らは、家の周囲の草刈りと庭木の剪定作業が済めばいいだけのこと。それが終われば、朝いちばんの8時35分だかのフェリーで帰ってくるだけ。

 

 今回は食材だけの準備が済めばOKだ。飲み物はまだ残っているはず。剪定道具は揃っているし、あ、そうそう、新しい脚立を買った。剪定用に伸ばせば梯子にもなるアルミ製の脚立を新調した。

  

 今日のお昼もまだお寿司である。先日にいただいたうどん玉も残ってはいるが、もう、うどん玉は見たくもない。そこで即席ラーメンを作ったが、ハムがダメだというので魚肉ソーセージを入れてみたが、これではなんとも味気ない。

 

 だんだんと食事が恐怖になってくるのではないかと、内心、ビクビク物の毎日である。

 

 今日の掲示板はこれ。「次の世に 願い託して 枯れ葉散る」という町内の善楽寺さんの掲示板にあった言葉である。次に生まれる若芽にいのちを託して、古い葉は散っていく。しかも散りぎわに、『裏をみせ表を見せて散る紅葉』と永遠の生命の縦承のために静かに散り、譲り受けた生命は大地に立って長い冬の寒さを忍びながら、新たな春の新芽となっていく。ただ人間のみが、散る葉の桂に戻らない嘆きを思い切れず愚痴っているのである。思うままにならない人生であり、予期せぬことに出合って戸惑い、うちひしがれていくこともあり、辛い道のりだけれども、たしかな人生を強く歩めたら、そしておのずから自分の生き方に信念がもてたら、と秋の日差しの中で自らの人生と重ねて見るところに郷愁の紅葉が慕われる想いに打たれるのである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


もみじ葉は今日のいのちを生きている

2021年11月23日 | 時には日々是日

 23日のさぬき市地方は冬型の気圧配置となるため概ね曇っていた。気温は9.5度から12.0度、湿度は64%から48%、風は2mから7mの西の風が強く冷たかった。明日の24日のさぬき市地方は、引き続き冬型の気圧配置となり概ね曇り、明け方まで雨の降る所がある見込み。

 

 106/58/79 36.3c-97%-61.4Kg 16.5c-52%-1014hPa 体調に変化はない。日の出は6:44分、日の入りは16:55分、月齢は18.2の中潮。

 

 昨夜はゆっくりと寝たような感じがある。でも、1時間に一度はトイレに行ったから寝不足気味は解消されていない。

 

 このあたりで言った「さす芋」である。干し芋の仲間だが手順が少しばかり違っている。生のまま、皮付きのままで穴をあけて紐を通してから湯通しをする。子供のころの我が家には、こういう「さす芋」が軒しだれのようにぶら下がっていたものだった。

 

 さて、今日は民児協のお勉強会・・・ということで、さぬき市志度にある「志度音楽ホール」というところに出かけていた。香川県下でも屈指の音楽音響設備の整った会場らしいが、性格上、こういう施設は無縁な感じで、講演会くらいしか聞きに来たことがない。

 

 だから映画会なんぞというものは久しいのだ。テレビでだってドラマはまどろっこしいばかりで見ないのだから、お金を払ってまで映画を見に行くということもなくなって久しい。ま、民児協のお勉強会ということで、しぶしぶやってきたという訳である。

 

 周りに困っている人がいても見て見ぬふりをする現代。あちらこちらに世の中から見捨てられそうになっている人たちがいる。だからと言って、自分ひとりの力ではどうしようもないことばかりだ。だから黙ってみて見ぬ振りをするしかない。

 

 最近のコロナ禍で職を奪われ、生活を奪われた人は多いと聞く。そのしわ寄せがこどもらにも及んでいるらしいと聞く。「食べることは生きること」だと知りながら、そんな空腹だらけのこどもらの叫びをよそに、私らは飽食の限りを尽くしている。

 

 そういう私らの空気を映す鏡のように、500席の会場にわずか50人弱の観客しかいない。それが現実の様子。だからと言って、私が何かをやらねば・・・という気にもならない。おりしも外は木枯らしの吹きすさぶ初冬の落ち葉しぐれ・・。

 

 勤労感謝の日は、その名の通り日頃の勤労に感謝する日だが、深い意味は知らない人が多いかもしれない。勤労感謝の日は、収穫を祝い感謝するための「新嘗祭(にいなめさい)」が由来。天皇家の宮中における神聖な儀式のため、年によって日付を変えるのは適当ではないという理由から、毎年11月23日と定められている。勤労感謝の日は、昭和23年に「勤労を尊び、生産を祝い、国民相互に感謝しあう日」として制定されたという。新嘗祭を勤労感謝の日にしたのは、戦後のGHQが関係しているらしい。国民主体で祝う日とするため、普段の勤労をねぎらうといった意味合いが強くなったのだという。

 

 でも、そういう意識も薄れたものか、そういう「教育・指導」が弱まったものか、こうした日章旗を見かけることも少なくなった。

 

 今日のお昼はこれ。奥方の得意料理のお寿司に、昨日、製麺所でいただいてきたおうどんでの「勤労感謝飯」である。こうしてみると、おまつりの食事みたいだ。

 

 見た目はおいしそうなおうどんである。場末の食堂か、田舎の峠の食堂のおうどんみたいで、それはそれなりに「おうどん」である。でも、一日も冷蔵庫の中に寝かせてあったから、コシもなく粘りもなく、感触もそれなり。今日の映画を見なかったら、こっそりと生ごみにしてしまったかもしれない。「食べることは生きること」を復習してみた。

 

 今日の掲示板はこれ。「形見とて何か残さん 春は花 夏ほととぎす 秋はもみじ葉」という良寛さんの言葉から。「私の形見に何か残しましょう。春は桜が満開になったらそれは私です。夏にほととぎすが渡ってきて鳴いたらそれが私です。秋になってもみじが美しく色づいたらそこに私の心があります。みなさん、それらを私の形見にいたしましょう。 」というところだろうか。実はこの歌は、道元の以下の歌を想定して詠んだものとされている。「春は花 夏ほとときす 秋は月 冬雪さへて冷しかりけり」また、晩年の次のような歌も残されている。「良寬が 辞世を何と 人問はば 死にたくないと いうたとしてくれ」。実話かどうかは定かではない。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


「小雪」にしまい忘れた扇風機

2021年11月22日 | 時には日々是日

 22日のさぬき市地方は前線や湿った空気の影響で一日中雨となっていた。気温は14度から16.6度、湿度は92%から64%、風は1mから6mの西の風が一時は強かった。明日の23日のさぬき市地方は、冬型の気圧配置となるため概ね曇るらしい。

 

 113/65/78 36.3c-97%-61.8Kg 18.1c-53%-1015hPa 体調に変化はない。きょう22日(月)は二十四節気のひとつ「小雪(しょうせつ)」は“雪が降り始める頃”という意味になるらしい。日の出は6:43分、日の入りは16:56分、月齢は17.2の大潮。

 

 昨夜は、何度もトイレに起きて、そのトイレで居眠りをするから寝不足気味みたいな身体が重たい感じ。トイレの壁に頭をぶつけてはっとして起きて、またまた居眠りする連続。

 

 昨日のステーキ用プレートを早速に使ってみた。塩ジャケのステーキ(?)らしい。なるほど、こうして使うのか・・・。本当はチーズや牛乳を回しかけるのだそうだが、私のアレルギーが心配だからとチーズもミルクもやめになったらしい。そうか、チーズも乳製品か・・・。

 

 私は、お願いしてあったインフルエンザの予防注射の準備ができたからと、町内の医院に行ってきた。先日のアレルギー事件でお世話になったお医者さんである。

 

 ようやくに、ここもコロナワクチンの予防接種が一段落したらしい。だからか、数人の人がインフルエンザの予防接種の順番を待っていた。おじいさんばかりである。

 

 私の場合、心臓も悪いが、肺が半分壊れているのと、気管支も弱いので、風邪やインフルエンザは命取りになるとされているので、この日を首を長くして待っていたという訳である。これで少しばかり安心した感じ。

 

 奥方は、「これはいいわ、荒皮もきれいに取れるから」と、大喜びで銀杏を全部、お掃除してしまったらしい。

 

 で、「行くわよ~」と、いつもの「こがね製麵所寒川店」である。奥方は「うどん玉」をゲットしようと楽しみにしているのである。

 

 私は、毎度毎度の「温玉ぶっかけ小の温いん」をお願いした。牛肉が食べられないので、肉うどんとか「牛筋カレーうどん」とかが食べられない。でも、かけうどんやしょうゆうどんなどは物足りない。

 

 奥方は、しっかりと私と奥方の分の二袋(約6玉分)をゲットしている。 

 

 最近はここばっかりになっている。たまには違うお店で違うおうどんを食べてみたいものだと思う今日この頃。

 

 お隣の山からは、この季節、このように枯れ葉、落ち葉が我が家の玄関先にも降り込んでくる。その木を切ってほしいとお願いするのだけれど、他人様の山の木は勝手には切れないとおっしゃる。ま、人工物ではないから、時期が来れば枯れて腐ってなくなってしまうのだけれど。

 

 今日の掲示板はこれ。「人生とは その日 その日のこと」という金子大栄先生のお言葉である。いつもの町内の善楽寺さんのお寺の掲示板からである。「幸福になるための秘訣は、その日その日を、人生最後の日だと思って生きること。」と言ったのは青年実業家の(マーク・フィッシャー)である。「毎日を最後の一日のように思いつつ生きよ」と言ったのは(セネカ)である。「生きなさい、今日が最後の日であるかのように」と言ったのは、(アルフレッド・D・スーザ)だった。「その日その日を最高の日にしよう。毎日がこの世の最後の日だと思わないうちは、何一つ正しく見ることが出来ない」と言ったのは(エマーソン)だった。「毎日、今日があなたの最後の日だと思え。毎日、今日があなたの最初の日だと思え」と言ったのは(タルムード)だった。(アウレリウス)は「人生のあらゆることを、それが最後だと思って行いなさい」と言った。「毎日ね、今日は死ぬかもしれないと思って生きていると、人生が長く感じられますよ」と言ったのは(永六輔)だったかも。「その日」「その日」の積み重ねこそが「人生」という物語になる。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


冬近く枯れてゆく草終わる花

2021年11月21日 | 時には日々是日

 21日のさぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていたが、昼過ぎから気圧の谷の影響で曇ってきた。気温は9.5度から18.2度、湿度は90%から72%、風は1mから2mの東の風が少しばかり。明日の22日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で曇り、朝から夕方にかけて雨や雷雨となる見込み。

 

 108/64/78 36.3c-98%-62.8Kg 17.0c-51%-1023hPa 体調に変化はない。日の出は6:42分、日の入りは16:56分、月齢は16.2、大潮。

 

 相変わらず1時間ごとにトイレに行くが、それにも慣れたようで、今朝は奥方が出かけた6時過ぎまで寝てしまっていた。

 

 朝の間、来年の年賀状の文面やら画像やらを考えていたが、今年は特筆するようなできごともなかったように思う。感染症による活動の自粛や行動規制。強いて言えば、台風による島の家のガラス窓の破損だけれど、そんなことを年賀状で報告するようなことでもない。

 

 で、天気もいいし、風もないし、寒くもないので、宿題の「遍路墓」探しに出かけてみた。ここには線が薄いけれど赤、黄、オレンジの部分にお墓が並んでいる。ここに意味があるのかどうか・・・。

 

 「嘉永三戌十二月廿二日 浄雪信士俗名 江州草津四丁目 金蔵」とある。でも、法名に「雪」の字は似合わないなぁと考え込んでいる。何か、別の字があるのだろうか。

 

 これは、「天保十四卯十一月廿七日 釈巌浄信士□□」とあるが、左側の地名が全く読めない。地名が読めないと遍路墓だとはいいがたい。

 

 そうこうしていたらば、奥方から携帯電話。「今日、みろくでイベントがあるらしいけど、どこで何時から?」という問い合わせ。そんなことなんぞ知らないのだが、友達がこどもを遊ばせたいから・・・というてるらしいので、作業中断。急遽、我が家まで戻り、さらに「みろく公園」まで走って行って確認して報告しておいた。感染症の方も少しは落ち着いたみたいで、こういうイベントが行われているのに、我が観光ガイドチームは動きを見せない。

 

 話はころっと変わって、先日の18日に窯焼きハンバーグを食べに行ったのだが、その時に、「うちにも、こういうのが欲しい・・」と奥方が言う。このステーキ用プレートのことである。「何でも、あんたにお願いしとけば叶うから・・・」と仰るのである。で、近場のホームセンターをぐるぐると回ってみたけれど、こんなものは置いていない。あったと思えばすき焼き鍋だったりする。

 

 で、昨日の夕方にこれが届いた。いつものAmazonさんである。これが確かだ。でも、私がステーキやハンバーグを食べられないのに、こんなものをどうするんじゃろうか。お好み焼きやハムエッグではもったいないが。

 

 で、ついでにこれも。「銀杏割り器」である。封筒に入れてレンチンして取り出すのが面倒なの・・・と仰るからだ。でも、手で一個ずつ割っていく方がもっと面倒だと思うのだけれど。

 

 ま、そんなこんなで、今日は近くのおうどん屋さんへ。隣町にある「こがね製麵所寒川店」である。

 

 で、毎度のメニューの「温玉ぶっかけ小の温い」とおいなりさん。

 

 今日はたんまりと「うどん玉」があったのだけれど、これを我が家で食べてもおいしくはないのだ。ま、おいしくないから「捨てるのはもったいないから、お持ち帰りください」というものだから、犬の餌用くらいにはなるが、焼うどんばかりでもつまらないから無視して戻ってきた。

 

 今日の掲示板はこれ。「生きたくても死なねばならぬ 死にたくとも生きねばならぬ」というもの。テレビやラジオからは、毎日、凄惨な事件や事故や災害が報じられている。朝、「いってらっしゃい」と見送った最愛の家族や友人がもう二度と戻ってはこない事実。それを「運命だから」と受け入れられる人はそうはいない筈。ストレス社会の現代、自殺者は毎年3万人を超えるそうだ。以前、「宗教はつり革のようなもの。困った時に掴めばいいんだよ」と言う宗教者の本を読んだことがある。死んでしまいたくなるほどつらい時や苦しい時、「生きねばならぬ」と、そう思わせてくれる教えやお言葉がどの宗教もきっとあるはず。私自身、もっともっと宗教を勉強して、さまざまな言葉に触れていかねばと。私が誰かに伝えられるお話の中に、一つでも誰かの心に残るものがあれば、今の仕事へのやり甲斐が一つ増えるような気がするのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


あれこれと迷っている間の楓の葉

2021年11月20日 | 時には日々是日

 20日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れていた。気温は9.5度から19.0度、湿度は92%から62%、風は1mの北東の風が少しばかり。明日の21日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて概ね晴れる見込み。

 

 107/62/79 36.3c-97%-62.4Kg 17.4c-48%-1019hPa 体調に変化はない。今日の日の出は6:41分、日の入りは16:57分、月齢は15.2の大潮である。

 

 数字的には問題はない。それでも、今日はひどく寝不足のようなどろーんとした一日。苦いお茶を飲んでもコーヒーを飲んでもしゃんとしない。

 

 今日も晩秋のような落ち着いた朝になった。今日は道路工事の音もさほどでなく、車の数も少ないみたい。あ、今日は土曜日だったな。そうそう、土曜日だからと、あさイチに生ごみを回収場まで運んでおいた。

 

 戻るとすぐに着ていたパジャマやら作務衣やらを洗濯して干しておいた。今日は洗濯日和でもあるらしい。

 

 さて、昨晩は部分月食だったのだが、我が家のすぐ東に山があるので月の出は19時20分ごろになった。急遽、カメラを構えたが三脚なしだからぼやけてみえる。

 

 どうにも夜の風景はむつかしい。シャッタ速度が遅かったり遅すぎたり・・・。きれいな「絵」になってくれない。

 

 17時45分くらいには月食も終わりになった。あのオレンジ色のお月さんは見ることができなかったのは山のせいだと思う。

 

 

 吊るし柿の第一弾目のものは、もう、柔らかくなってきて、毎朝、毎夕少しずつ揉んでいるが、食べごろはいつなんだろうか。いつまで吊るしておけばいいのだろうか。 

 

 で、思い出したように「自分史」"昭和は輝いていた”の整理をやってみた。この資料はワードで作ったものだが、印刷すると原稿とは違う紙面になってしまう。テキストボックス内に本文が流れ込んだり、画像が予定位置から外れてみたり・・・。最近は、こういうことが多くなった。何か、私が忘れていることがあるのだろうか。

 

 画像の位置が指定していた場所とは違うところに印刷されている。プリンターを変えても、数ページごとに区切って印刷しても、やはり印字位置が違って印刷されてしまうのだ。

 

 でも、まぁ、これは自分史で他人様に見せるものではないのだからと、とりあえずは形にしてみた。「束見本」みたいなものだ。

 

 で、今日のお昼は「ムカゴ飯」になった。お魚のアジは食べられるので大丈夫。鶏肉はOKだから唐揚げもOKだと思う。バナナはだめだが玉子は大丈夫。ミルク・牛乳は牛のお乳だから、これはだめ。だんだんと食べるものがなくなっていく。

 

 むかご(零余子,珠芽 )とは、植物の栄養繁殖器官の一つで、わき芽が養分を貯えて肥大化した部分のこと 。主として地上部に生れるものをいい、葉腋や花序に作られ、枝から離れた後に新たな植物体となる。葉が肉質となることにより形成される鱗芽と、茎が肥大化して形成された肉芽とに分けられ、前者はオニユリなど、後者はヤマノイモ科などに見られる。両者の働きは似ているが、形態的には大きく異なっており、前者は小さな球根のような形、後者は芋の形になる。いずれにせよ根茎の形になる。

 つまり、むかごとは、ヤマノイモのツルの付け根にある球根である。地域によっては「ぬかご」という別名で呼ばれることもある。花を咲かせたあとの茎にくっついているが、種や実ではない。茎の一部が太ったもので、秋にツルが枯れると地面に落ちて、春になると芽を出して新たなヤマノイモになる。収穫した芋を種芋にして栽培する方法とは異なり、自生する自然薯類はむかごで子孫を増やすため、むかごとは栄養生殖の野菜といえるだろう。

 

 今日の掲示板はこれ。「大丈夫って言ってみる つらくて悲しいそんな日は 大丈夫って言ってみる」というもの。出典は「ちびギャラ3」絵と文(ボンボヤージュ)。ま、とりあえずは、それでいいかもしれない。余分な言葉は不要な気がする。とにかく、「大丈夫」って言ってみる。あれこれと考えても仕方がない。「大丈夫」「大丈夫」。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


晩秋の山や畑に声もなし

2021年11月19日 | 時には日々是日

 19日のさぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は9.5度から18.3度、湿度は88%から52%、風は1mから2mの北の風が少しばかり。明日の20日のさぬき市地方は高気圧に覆われて晴れるらしい。

 

 114/78/78 36.4c-98%-61.4Kg 17.6c-47%-1021hPa 体調に変化はない。

 

 数字的には問題ないが、昨夜もまたまたひと騒ぎになってしまった。

 

 昨日、奥方に連れられて(と言うか私の運転で)窯焼きハンバーグを食べに行った。で、私がお肉は食べられないからと言うのに、「ベーコン料理なら食べている」と奥方が言って、ベーコン入りのハンバーグを食べた。食べた当時もその後も変化はなかった。

 

 でも、夕食の支度をしている17時過ぎから「じんましん」が出始めて痒みが全身に広がった。奥方は自分が勧めたハンバーグだからか対応が早かった。すぐさまガスを止め、私を車に乗せて町内の医院に急発進!

 

 ここは18時までの診察だというので、17時過ぎには受付を済ませた。

 

 で、抗ヒスタミン薬の点滴で約30分。その間に奥方は家に戻って夕食の準備の変更。ムカゴ飯から急遽おかゆに変更し、ホウレンソウのお浸しやブロッコリーの酢の物に変えたらしい。油物や変わった食べ物、お肉らしきものは完全排除。点滴が終わるころには準備を終えて奥方が医院にやってきた。

 

 それから調剤薬局で薬を処方してもらうのだが、度重なるじんましん騒動なので、薬を増やしてほしいとお願いしたら、ドクターの許可がいるとかでなんだとかんだと。我が家ではベーコン料理やベーコン入りのハンバーグを平気で食べていたというのだ。きっと、少量だが牛肉とか豚肉が混ざっていたのかもしれない。だから、緊急用に増量しておいてほしいとお願いしたらしい。

 

 結局の薬局で、我が家に戻ってきたのは18時過ぎになった。

 

 で、ムカゴ飯がサツマイモ入りのおかゆになった。もう、このころにはじんましんも痒みもすっかりと消えていた。でも、時間が少しでも遅くなっていたら、救急車搬送でないと、どこの病院も受け付けてはくれないご時世だから、思わずほっとして、「やれやれ・・・、今年もいろんなことがあるもんだなぁ」とつぶやいたら、奥方は食事前の「入浴タイム」になっている。

 

 話はころっと変わって、今日、11月19日は「満月」で月齢は14.2、大潮である。で、今夜は「部分月食」が見られるのだとか。

 

 月食と言ってもオレンジ色の満月になるのだとか。宇宙の事も全くわからん・・・。

 

 我が家の「さす芋」がきれいな色になってきた。これぞ、田舎の初冬の風物詩である。

 

 今日の掲示板はこれ。「過去や未来に生きることより 二度と帰らぬ今を生きたい」という松山千春さんの「今を生きたい」という歌詞の一節である。

 なみだがほおをひとつこぼれて
 どうしてこんなにかなしいんだろう
 つぶやくたびに心がすこし
 やさしくなれるとおもえるといい

   こんなじだいと そらをあおげば
   しろくうかんだ くもはながれる

 過去や未来に 生きることより
 二度と帰らぬ 今を生きたい

 というもの。(作詞作曲:松山千春) そうだね・・・というしかないか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


コスモスにヤギの欠伸がよく似合う

2021年11月18日 | 時には日々是日

 18日のさぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は9.6度から18.5度、湿度は78%から58%、風は1mから2mの南西の風が少しばかり。明日の19日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 112/63/79 36.5c-98%-61.4Kg 17.8c-48%-1025hPa 体調に変化はない。今日の日の出は6:39分、日の入りは16:58分。

 

 奥方が先日に拾ってきた銀杏の掃除をしていた。これを見ると種の大きさが違っている。古い境目のイチョウさんは小粒だが、西教寺さんの銀杏は粒が大きい。

 

 で、銀杏は多くが二面なのに、これらのいくつかは三面である。三面はメスの木になるという説と、幸運が舞い込むという説と、単なる偶然説とかいろいろとあるらしいが、定説はないらしい。四つ葉のクローバーのように三面は珍しいから財布に入れておけばお金がたまるとか、神社のお守りに入っているとかの話もあるそうな。

 

 今日は奥方の定休日。そこで新聞の切り抜き記事を持ってきた。で、今日はここに行きたい・・・というのである。でも、ハンバーグって牛肉や豚肉が入るではないか・・・、それでは私は食べられないからうどん屋にしよう・・・と言うのに、強引にここだと言い張って聞かない。

 

 ここは、元農業試験場があった場所。試験場が郊外に移転してできた空き地に、このお店ができたもの。なんとなく雑然とした昔からの農家のお庭みたいな雰囲気。

 

 「仏生山の森」というよか「仏生山のお庭」という雰囲気。11時開店である。11時前から若いご婦人たちが続々とやってくる。そりゃぁハンバーグと言ったら若者だろうなぁと思った。ここはランチタイムは予約を受け付けないらしい。前のお姉さんは、どうしても予約をしたいと願いしているが、17時以降ならば予約もOKということらしい。

 

 私たちが一番乗りでお店に入った。で、ハンバーグにお肉が入るのかどうか、お肉なしのメニューはあるのかと確認している。

 

 で、運ばれてきたのがこれ。名前も聞いたけれどすぐに忘れてしまう。でも、「ベーコン」というのは豚肉をひいたものだと思うのだが大丈夫なんだろうか。(早速、夕方にはじんましんが発生した)

 

 この丸いものがハンバーグでジューシーでやさしくておいしかった。ご飯は中をお願いしたが小でもよかったなぁと思ったくらい。

 

 お庭にぽつんとある昔の「コタツ」。

 

 置物のように寝そべったまんまのヤギ・・・。若い人には好評らしいが、おじいさんにすれば、なんか物足りない感じ。私的にはやっぱりさぬきでは「うどん屋」だなぁ・・と思った程度。

 

 帰りに昔のお友達にいただいた柿とムカゴと自然薯・・・。今夜は早速に「ムカゴ飯」になる予定。

 

 今日の掲示板はこれ。「自分のこころが一番しまつに困る 承知せぬのは自分の心である」という曽我量深先生の言葉からである。本当にあわれみ、かなしみ、はぐくむということは計画しても出来るものではない。自分の心が一番始末に困る。承知せぬのは自分の心である。故に「おもうがごとくたすけとぐること、きわめてありがたし。」思うが如くなるということは世の中は一つもない。世の中は一から十まで思わざる如くに動くのだそうである。(曽我量深『歎異抄聴記』より)

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


もみじ葉に託す辞世のうらおもて

2021年11月17日 | 時には日々是日

 17日のさぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は9.5度から17.6度、湿度は90%から48%、風は1mから2mの西の風が少しばかり。明日の18日のさぬき市地方は、気圧の谷の影響で曇るが、午後は高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 109/60/78 36.4c-98%-61.4Kg 17.1c-50%-1024hPa 体調に変化はない。

 

 ずいぶんと朝が来るのが遅くなった。今日の日の出は午前6:38分、日の入りは16:59分。我が家は東西を山に囲まれているから、実際はもっと遅い日の出で日の入りはもっと早い。

 

 さて、このあたりのJAさんの産直市場は水曜日が定休日。それじゃダメじゃん春風亭柱昇。で、香川の産直市場や道の駅の定休日や開店時間を調べてから、まずは手始めに、この「道の駅ながお」にやってきた。

 

 すると、いきなり「紅はるか」があった。で、太いものを重点的選んでみたが、勘定する段になってえらく高いのに驚いた。これだけで1,000円にもなった。これ、そんなにも高い芋なのか・・・。

 

 で、教えてもらった通りに、皮付きの生のままで輪切りにした。輪切りにすると、こんなにも小さいのか・・・。太いものを選んだはずなのに。

 

 輪切りにすると、これだけにしかならなかった。

 

 で、生のうちに穴をあけるのだが、急ぐときには道具がない。皮細工で使う丸い穴用のポンチが見当たらない。そこで、使うことのなくなった彫刻刀を持ち出してきて、これで三~四回たたくと丸い穴が開く。

 

 こうして穴の開いたサツマイモができた。

 

 そこに紐を通して間隔をあけて、空気がよくとおるように結んでいく。この時に、どうやって紐を通したのかが思い出せない。私の場合は一個ずつ結び目を作って上下の間隔をあけたのだが、一個ずつ結ぶのは手間暇がかかる。稲わらだったのか、縄だったのか、どうやって間隔をあけたのかが思い出せない。

 

 紐が通せたら、10分ほどゆがいてみた。時間が長すぎると芋が柔らかくなりすぎてバラバラにこわれてしまうのだ。

 

 そうそう、これが、子供のころに見慣れた「さす芋」である。この「さすいも」という言葉で検索しても何も出てこない。もう、すたれてしまった文化なのか、忘れ去られた郷土料理なのか、それとも我が家あたりだけの「方言」なのか・・・。母の実家、祖母の実家あたりでつくられたものを、我が家にも持ち込まれたものであったのか。これが年末からお正月の子供たちのお菓子になったのである。

 

 これが昔の我が家の初冬の風物詩であったもの。「お正月には食べような」と言い合っていたのに、年末が来るまでには食べてしまったような気もする。

 

 昨夜がすき焼きだったので、今日のお昼は「うどんすき」になった。すき焼きというと「牛肉」が入るのが関西では主流だけれど、私が「牛」も「豚」も食べられないので、我が家のすき焼きは「鶏肉入り」だから、なんとなくすき焼きを食べた気がしない。

 

 今日の掲示板はこれ。この時期には決まって出てくる言葉。「裏をみせ おもてをみせて 散るもみじ」という良寛さんの言葉とされている。良寛の晩年の楽しみは、彼を師と慕う貞心尼との歌のやりとりだったという。良寛危篤の知らせを受けた貞心尼は急ぎ駆けつける。臨終までの一週間、心を尽くして良寛の世話をした。その間、二人は歌を詠み交わした。貞心尼が、高齢となり死期の迫ってきた良寛さんのもとに駆けつけると、良寛さんは辛い体を起こされ貞心尼の手をとり「いついつと まちにし人は きたりけり いまはあいみて 何か思わん」と詠まれた。そして最後に貞心尼の耳元で「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」とつぶやかれてお亡くなりになったという。この歌には「あなたには自分の悪い面も良い面も全てさらけ出しました。その上であなたはそれを受け止めてくれましたね。そんなあなたに看取られながら旅立つことができます」という貞心尼に対する深い愛情と感謝の念が込められているのだといわれている。この最後の「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」について、貞心尼は「この歌は良寛さんご自身の歌ではないが、師のお心にかなうものでとても尊いものだ」おっしゃっている。良寛さんの着飾らなく真摯な人柄に触れ、心が和み、幸せな気持ちになる、そんな歌ではないだろうか。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


緋のもみじ陽だまり自慢の阿弥陀堂

2021年11月16日 | 時には日々是日

 16日のさぬき市地方は気圧の谷の影響で曇っていた。気温は9.5度から18.5度、湿度は88%から56%、風は1mから3mの西の風が少しばかり。明日の17日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 103/59/79 36.2c-98%-61.6Kg 16.0c-51%-1023hPa 体調に変化はない。

 

 前期高齢者にしては血圧が低いが、これは心臓の機能低下によるものらしいが、これもどうしようもないらしい。薬で調整する段階ではないという。このまま変化を見守るだけである。

 

 昨日、奥方がこれを見つけて、「どこで大根を買ったのよ、まだまだ高いでしょ。それに切り干しにするには時期が早過ぎよ」と叱られた。きっと喜んでもらえると思ったのに大誤算。しまったしまった、島田紳助。まいった、まいった、米原駅長。

 

 でも、スダチの苗木は大喜びで定植してくれた。スダチというのは、これから食酢を作っていたので、「酢橘(すたちばな)」と名付けられたのだが、それが簡略されて「酢橘(スダチ)」となったそうな。嘘のような本当の話。

 

 で、今日はドライブがてら阿波市(板野郡吉野町・土成町・阿波郡市場町・阿波郡阿波町が合併したもの)の産直市場に行ってみた。土日はものすごい混雑ぶりで「密」だらけになるので、平日の早い時間にやってきたもの。

 

 ここで、また、「大和柿」という渋柿を買った。30個入りだった。

 

 ついでに「どなりマルシェ」にも寄ってみたが、渋柿はもうなかったし、サツマイモは金時芋で細長いものだから「干し芋」には適さないと思った。

 

 これが「大和柿」で、徳島県産である。吊るし柿用で、軸というか枝をT字形に切り残してくれている。だから、ここに紐を結んで吊るし柿にできるような配慮がしてある。

 

 30個ともなると、やや腕が痛い(これをさぬきでは「腕がくわる」という)。「肩がくわる」「背中がくわる」「腹がくわる」・・・。

 

 で、湯通ししてから干してみた。手前の黄色いものが今日の30個。

 

 その間に、注文しておいた「防災マニュアル」が届いた。観光ガイド用の「安心安全マニュアル」の中に、緊急時に役立つ情報がないかと調べるためである。

 

 このように身近な情報がいっぱい・・・。どこまで取り入れられるか検討中。

 

 今日の掲示板はこれ。「黒い土に根を張り どぶ水を吸って、なぜ、きれいに咲けるのだろう。私は大勢の愛の中にいて、なぜみにくいことばかり考えているのだろう。」という星野富弘さんの言葉から。先日、ハスとスイレンの違いは何ですか?と尋ねられたが、蓮も睡蓮もともに泥の中で育ち、泥水を吸って育つが、少しも汚れることなく染まることなく花びらを開く。だのに、私たちはきれいな洋服に身を包み、清浄でおいしい食べ物を食べて、きれいであたたかなお布団にくるまれて寝るのに、苦しみに染まり、悪心に汚れ、悩みやそねみにまみれて育つ。こころという感情のなせる業である。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


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