まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

桜咲く庭で手を振る人が居る

2021年03月31日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。また、広い範囲で黄砂を観測している。気温は9度から19.4度、湿度は88%から34%、風は1mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の4月1日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて概ね晴れる見込み。

 

 116/68/78 35.4c-98% 64.6Kg 14.9c-50%-1014hPa 体調に変化はない。肩こりはすっかりと治まった。耳のつまりもなくなった。おなかの張りも気にはならなくなった。

 

 今日はdocomoショップさんと10時の約束なもので時間つぶしに県立亀鶴公園でトイレ休憩をしていた。10時という中途半端な時間だから何をするにも中途半端。

 

 ここも中年夫婦の散歩姿があちらこちらに。

 

 スマートホンは画面が小さくて操作できないからとタブレット端末のipadを買ったのだが、これが案外と重くて面倒くさい。だから机の上に置きっぱなしで、いざとなったら使い方がわからない。そこで奥方が「そんなものならやめてしまいなさい」とお叱りを受けた。で、今日で契約期間が終わるので解約することになった。

 

 で、この携帯電話も調子が悪いのか壊れているのか、全く使ったことがない。これも机の上に置きっぱなしだから着信があってもわからない。気がつけば不在着信が何件かあったり、メールが数通溜っていたりするが、それで困ったことはない。

 

 そこで、どうしたらええもんだろうかと相談に行った訳だ。で、「予約がないとダメです」と言われたので予約をしたら二週間後の今日になった。ずいぶんと待たせるじゃないかと文句を言ったら、「ええ、年度替わりの繁忙期ですから」と言われて、ああ、そうなのかと納得をした。

 

 私も42年間、大手通信会社にいたものだから、「サシゴ(三・四・五)」だの「ニサシ(二・三・四)」という応援に行かされたものだった。ああ、世の中は年度替わりなんだ・・・と、改めて世の中の動きに乗り遅れていることを実感した。

 

 で、あの「アンドロイド」は(電池不良などで)やめにして、「SE」というものにした。でも、画面が小さくてどうにもならん・・・。これもやっぱり机の上に置きっぱなしになるんだなぁと思った。ノートPCの画面が見えないからと、27インチの画面にしているくらいだから、スマホの画面なんか見えるものか。

 

 うちの奥方はお料理に困ったら「お寿司」にする。だとおかずもいらないし、食べるのも簡単だし・・・と。先日から三食、四食は、この、アジの姿寿司である。

 

 先日のワラビは、こんなおかずに変貌した。これも朝昼晩と続いている。

 

 我が家の花壇のチューリップも赤白黄色と咲き出してきている。今日はもう、初夏のような気候になった。

 

 今日の掲示板はこれ。「困難に挫ける人もいれば 困難で成長する人もいる」というネルソン・マンデラさんの言葉から。「困難に挫ける人もいれば、 困難で成長する人もいる。挑戦を続け、最後の瞬間まで「希望」という武器を振りかざす」というのが元の言葉らしい。 若くして反アパルトヘイト運動に身を投じ、1964年に国家反逆罪で終身刑の判決を受ける。27年間に及ぶ獄中生活の後、1990年に釈放される。翌1991年にアフリカ民族会議(ANC)の議長に就任。デクラークと共にアパルトヘイト撤廃に尽力し、1993年にノーベル平和賞を受賞。1994年、南アフリカ初の全人種参加選挙を経て同国大統領に就任。民族和解・協調政策を進め、経済政策として復興開発計画(RDP)を実施した。1999年に行われた総選挙を機に政治家を引退した。(Wikipediaより)

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


花鎮め一人で見送る流れあり

2021年03月30日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていたと言うのだが、広い範囲で黄砂を観測してようで曇ったまんまの一日だった。気温は11.5度から19.3度、湿度は94%から40%、風は1mから2mの西の風が少しばかり。明日の31日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 116/76/78 36.2c-97% 65.2Kg 19.9c-49%-1006hPa 昨夜は22時半から一時間おきにトイレに起きたので寝不足気味。それに黄砂だから夢の中にいるような一日だった。

 

 寝不足だかパソコンのやり過ぎだか花粉症だかで目玉が霞んで眩しくて痒くてたまらない。杉林の中で育ったのだから今更花粉症なんて大丈夫だと思うのだが、隣の谷のおじちゃんは「お年ですから」と花粉症だと言われてしょげていた。私も可能性があるのかも。

 

 朝の間は晴れていたので、生ゴミや燃えるゴミ、空き缶、空き瓶を片付けていた。奥方の前だと「当てつけ」になるので家事はやらないのだが、奥方が出掛けると、「それ!」という具合に片付け行く。洗濯して干してと、主夫のお仕事はたんまりとある。

 

 自治会長の大役も終わったのだしとゆっくりしていたのだが、貧乏性なのかじっとしていられない性分で、またしても「あなたの知らない大窪寺」の続編に取りかかっている。

 

 私たち観光ガイド大窪寺班は、旧多和小学校から大窪寺までのへんろ道や道標・丁石・遍路墓なんぞをガイドしているから、そのあたりからの情報を整理していた。

 

 それに、今年もイベントが行えないとなると何をしようかなぁと考えてみたり。目先を変えて、長尾寺さんや志度寺さんと交流ガイドをやってみようか・・などと。

 

 それにも飽きてきたら、またしても県営大川ダム公園に行ってみた。もう、桜が珍しい時期は過ぎた。昨日は堪能するくらい各地の桜を見た。だから桜を見に行った訳ではない。

 

 もう、ダムの水路には「はないかだ」が浮いている。桜の時期も間もなく終わる。

 

 今日は「花鎮めのお弁当」。でも、あたりは黄砂でいっぱいなんだろうなぁと思いつつのソロランチ。

 

 明日はdocomoショップで携帯電話の機種変をする予定。iPadの廃止とらくらくホンを機種変する。ホントのところ、携帯電話やiPadは全く使っていないのだ。だから全部やめてしまえばいいのだが、最近は二言目には「携帯の番号は・」と言われるので持っているくらいなもの。全てはパソコンで済ませているのだから。

 

 今日の掲示板はこれ。「逝く空に 桜の花があれば佳し」という三波春夫の辞世の句である。平成12年12月上旬に東京都内の病院に入院。翌平成13年2月初旬のこと、都内でも大雪になり、三波は病床で「ふるさとを見せてやろうと窓の雪」との句を詠んだ。それを聞いた当時マネージャーだった娘・美夕紀が「辞世の句かしら」と問いかけると、三波は「そうかもな」と少し元気なく答え、続けて「逝く空に 桜の花が あれば佳し」とも詠んだ。美夕紀は「桜の花が咲くと一緒に永眠するのか」と思ったという。そして奇しくも同年、桜の時期の4月14日、前立腺癌のため東京都内の病院で死去。77歳没。病名告知以降、手術はせずに投薬治療を選択。最期まで苦しむ事はなかったという。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


晴れ渡る山にざわめく山桜

2021年03月29日 | ふるさと散歩

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は12度から22度、湿度は90%から52%、風は1mから6mの西の風が一時は強かった。明日の30日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて概ね晴れる見込み。

 

 108/54/77 36.5c-98% 64.8Kg 22.6c-48%-1006hPa 数字的には問題がないが。足がしびれて歩きにくい。かといってむくんだりはしていない。神経的にピリピリとする感じ。

 

 今日は奥方がお休みなもので、前回みたいに高松市東谷にある村瀬食品の「甘納豆」を買いに行きたいと仰る。今度は「洋裁」を始めたいので、そのお土産に甘納豆を持っていくのだという。

 

 知っている人は知っているが知らない人はまるで知らない、この「村瀬食品」は、こんな小さな工場で作られているのだが、後から後から続々とお客さんが来る・・・というお店である。それも山の中の田んぼの中にぽつんとあるお店である。

 

 この一袋が300円だったり500円だったりするが、これが飛ぶように売れるらしい。奥方もマイバッグいっぱいの甘納豆を買った。

 

 私が子どもの頃、「なっとう」と言えば、この甘納豆で、ワラに入った納豆なんぞお店には並んでいなかったし、納豆を食べる習慣すらなかったものだ。

 

 だから、神戸から嫁いできた奥方が納豆を食卓に出すようになって、はじめて本物の「納豆」を食べたものだった。

 

 その後、塩江温泉近くにある「行基庵」というお店でおそばを食べようとなったのだが、ここは11時半開店だという。しばらく内場ダム周辺をドライブしてきたが、それでも11時半にははるかに遠い。それだからおそばを食べるのはあきらめた。

 

 じゃぁ・・ということで案内したのがさぬき市多和竹屋敷にある「お食事処はなみずき」。大窪寺門前にある野田屋さんが経営する「竹屋敷」というお風呂付き宿泊施設内にある食事処である。

 

 だと、「おそばがあるじゃないの」というので、「おそば定食」になったらしい。私は「ざるそば」がいいかなぁと思ったが面倒なので同じ物にした。

 

 でも、これは変・・。これはこのあたりの「おそば」らしい。「新そば」「太麺」で、お箸でつかむと切れてしまうもの。うーむ、違うなぁと思ったが食べるしかない。これで一人前が1050円。奥方は「ご飯が付いて具たくさんで、おいしくて安いわよ」と満足した様子。

 

 大窪寺経由で戻ってくる途中、我が家の旧宅付近で中高年の夫婦が草むらで何を採っている。もう背丈の伸びたワラビである。

 

 「それなら、私も欲しいわ・・」というので、今の我が家周辺を探したら、こんなにもたくさんのワラビが採れた。

 

 夫婦二人だから、そんなにたくさんはいらない。

 

 今日の掲示板はこれ。「死に支度 致せ致せと 桜かな」という小林一茶の俳句から。この時期になると思い出す一茶の句である。小林一茶の桜の句を探していると、こんな句も作っていた。 散る花やすでにおのれも下り坂/花さくや欲のうき世の片隅に/夕ざくらけふも昔になりにけり/ 死に支度致せ致せと桜かな。一茶の人生観の一端を垣間見るような句ばかりだ。この中で、特に最後の、桜が一茶に対して、「死に支度」をお前もした方が良いと 迫っているという句が気に入っている。滑稽味の中に怖さがあって面白い。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


山桜はや散り果てている雨の中

2021年03月28日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は低気圧や前線の影響で雨が降っていた。気温は14.5度から18度、湿度は64%から92%、風は1mから2mの西南西の風が少しばかり。明日の29日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れるらしい。

 

 110/58/98 36.8c-97% 65.2Kg 21.1c-49%-1008hPa 食べ過ぎたのか飲み過ぎたのかおなかが痛くてよく眠れなかった。だから、今日は歩くのが困難気味。

 

 昨夜は弟たちと「花見のまねごと」をやっていた。今年はおおっぴらには花見はできないということで、次男の家のガレージや、三男の家の中庭では盛り上がらないということで、我が家でひっそりと、それでいて堂々と花見らしきものをやることになった。

 

 食べ物は「男料理」で買ってきたものを並べただけ。特に私がお肉を食べられないと言うことで苦労したみたい。

 

 で、18時になったら自治会長は集会場を開けて総会会場の準備を始めて、18時30分ごろからのみんなの集まりを待つ。19時前には全員がそろって自治会総会の開会。

 

 総会は時節的に簡潔に会計帳簿の決算報告と次期自治会長の選任。これらは短時間で済んだのだが、夏の「女体(にょーたい)さん」のお祭りをどうするかで意見が対立。「やめてもいいじゃないか」という人と「それまでやめたら親睦も会話も成立しないじゃないか」という人と・・。継続事項ということでまとめて散会した。19時30分だった。

 

 急いで我が家に戻ってお花見の続き。この頃には奥方も戻ってきて大盛り上がりの様子。それにしても皆さん、食が細い。飲む量も少なくなって、ワインや日本酒をなめるようにしているばかり。そうそう、家では飲めないし食べられないものらしい。

 

 で、次男のよっくんは早めに寝てしまったし、奥方も疲れたワと21時には寝てしまった。そこで、二人だけがカラオケをやることに。

 

 この三男のたっくんはカラオケが大好きみたいだが、22時で演奏中止にした。いつまでやってもキリがないし、私は「重病人」なのだから早めにお休みしなければ。

 

 で、今日は新自治会長さんと事務引き継ぎをやってきた。これが大事なお仕事。ま、四年ごとにやっているので流れはわかっているのだが、四年ごとだから忘れていることも多い。

 

 で、自治会長七つ道具を無事、引き渡してきた。これでしばらくは安泰だ。

 

 雨は終日、降り続いていた。

 

 今日の掲示板はこれ。「さくらだといふ 春だといふ 一寸お待ち どこかで泣いている人もあろうに」という山村暮鳥さんの言葉から。いつもの赤松先生のお寺の掲示板から。山村は極貧の農家に生まれ小学校中退後、10代前半で家出。さまざまな職場を転々としながら放浪し、「肉から皮を剥ぐような暮らし」の中で、物を盗み、一椀の食物を乞うたことさえあったそうだ。その後、キリスト教と出会い洗礼を受けると、すぐさま伝道師となることを志願し、伝道学校へ入学。別科生として東京の築地聖三一神学校への編入を許された。一方、文学への想い断ち難く、大正3年には、萩原朔太郎、室生犀星と、詩、宗教、音楽の研究を目的とする『人魚詩社』を設立。伝道活動を続けながらも、詩壇に大きな波紋を投げかけ、『日本立体詩派の祖』と呼ばれるも、大正13年の師走。41歳の誕生日と詩集『雲』の刊行を目前に、生涯を閉じた。その山村暮鳥に桜をテーマにした詩がこれだ。能天気に花に浮かれる心をたしなめて、「泣いてる人」を思いやった、山村暮鳥の弱者に注ぐ視線が優しい。今年の桜は切な過ぎる。新型ウイルス蔓延を受けて日本中が泣いている。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


雪やなぎ光る白さにたじろいで

2021年03月27日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていたが、気圧の谷や湿った空気の影響で夜は曇るらしい。気温は6.5度から18.7度、湿度は86%から52%、風は1mから5mの東の風が気持ちよかった。明日の28日のさぬき市地方は、低気圧や前線の影響で昼前にかけて雨が降る見込み。

 

 96/49/81 36.1c-98% 64.8Kg 19.1c-43%-1022hPa 体調に変化はない。

 

 大川ダム公園の桜は今日あたりが満開で花見頃。でも、相変わらずだあれも来ない。全く見捨てられたような公園である。

 

 後からできた、「門入ダム公園」のほうがスターダムにのし上がろうとしている。ま、どっちがどっちになっても、関係ないことなのだけれど。

 

 で、折角だからと、下の方の邪魔になりそうな枝を切り払ってきた。せっかく咲いた花を、そのまま散らせてしまうのはもったいないじゃないかと。

 

 で、我が家の花瓶に活けてみた。今夜は弟たちが我が家で花見の宴をするのだという。その花飾りである。

 

 余った花もみんな飾っておいた。

 

 その後は、今夜の自治会総会の資料の再確認。短時間で切り上げたいので、その段取りとリハーサルもやっておく。

 

 時節がらですから・・・と、新しい生活様式ですから・・・という切り札に、「皆さんの中に花粉症の方が居られますので・・・」というジョーカーもしのばせておいた。

 

 今日のお昼は素早く食べられるおむすびである。

 

 さて、2005年、2006年と見てきたから、今日は2007年(平成19年)を思い出してみた。当時の我が家の前庭はこんな風だった。手前にはキンモクセイが2本ある。その向こうにツバキや侘び助を山の旧宅から運んできた。

 

 この年、奥方が歯科衛生士を定年退職した。そのお祝いのパーティーの席上である。

 

 そうなると、俄然張り切って奥方はお花や植木をどんどんと植えだした。とにかく緑が大好き、お花が大好きだから植えて植えて・・・。

 

 そうなるとあっという間に植物園みたいになってしまう。太いホースは東側の津田川からポンプアップしている水である。歩いているのは母の「さっちゃん」である。

 

 一方、私の方は島の家で海である。山の中の一軒家で生まれ育ったから海が珍しくて仕方がない。休みになれば孫たちを誘ってイイダコ釣りやママカリ釣りばかりをやっていた。

 

 これはイイダコをつり上げた孫のハヤテ君。

 

 弟はシーバス狙いで、こういう大物を釣り上げていた。そういう海の黄金期だった。

 

 今日の掲示板はこれ。「散ると見たのは錯覚であって、桜は大地に還るのであった。」 という武内洞達先生の言葉から。まさしく桜は大地に還るのであって、散る散らないは私たちの都合ではないか。似たようなお言葉に、「仰ぐ者には、月はあるが」、「仰がない者には月はない」という語がある。阿弥陀如来は、信ずる者にはあるが、信じない者には、ない、のである。阿弥陀には隔てる心はなけれども、仰ぐか、仰がないか、である。信ずるか、信じないかである。というようなものもある。 「散る時が 浮かぶ時なり 蓮の花」も先生のおことばである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


春風は思わぬ夢を踏みしだく

2021年03月26日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は10度から20.3度、湿度は86%から42%、風は1mから6mの西の風が一時は強かった。明日の27日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れるけれど、気圧の谷や湿った空気の影響で夜は曇る見込み。

 

 112/68/79 36.1c-97% 63.8Kg 17.2c-49%-1020hPa 体調に変化はない。

 

 香川県営大川ダム公園の桜はほぼ満開状態。でも、誰も見向きもしない。さぬき市の桜の名所を調べてみたら、みろく公園とか亀鶴公園とか前山ダム公園とかで、この大川ダム公園は全くの部外者みたいなもの。そういえば桜の木の本数も減ってしまった。手入れが悪いのか排気ガスなのか枯れてしまったものも多い。

 

 朝の間は洗濯物を干したり、奥方の布団を干したり、空き缶や燃えるゴミの片付けやら生ゴミの処理やらと雑用をこなしていた。で、一段落した頃から、観光ガイドマニュアルの印刷をやってみた。これまた50Pの両面モノクロ印刷である。

 

 表紙だけには申し訳程度にカラー印刷になっている。

 

 で、会員さん用に10冊と、私用の一冊の合計11冊の製本が完成した。今日の予定はここまでだ。

 

 2005年分の整理ができたので、今日は2006年分の整理をやっていた。ようやくに我が家の姿が見えてきた頃。右端にシンボルツリーのクスノキの植栽が終わり、川側に目隠し用の植木を植えてもらった。このままだと県道から我が家の様子が丸見えになる。

 

 南側にはベランダを特注で作ってもらった。家の間取りや外観やらは私の設計である。だから、このベランダも私が設計図を引いた。

 

 ごらんのように壁面も柱も木目や節くればかりの安い外材を使っている。これでログハウス風を表現してみた(もちろん安いからである)。ピアノや電子オルガンは旧宅にかろうじて残ったものを持ってきた。右端のクラビノーバ(電子ピアノ)は新築祝いに奥方がプレゼントした物。手前の円盤式オルゴールは私からのプレゼントだが、これは全く意味がなかった。

 

 芝生広場とバーベキューコンロとウッドデッキは私のたっての願いを園芸屋さんが叶えてくれた。

 

 お仏壇も細かい砂が入って使えなくなったので、私の師匠(右)の妹さんが大サービスしてくれたもの。その遷座法要を師匠の赤澤明海師が勤めてくれた。左が私である。こうして、2006年4月から、この家が動き出した。

 

 で、親戚一同が集まって、新築お礼バーベキューパーティーを開いたのは7月になってからだった。

 

 それとは別に、島の自治会長さんや島のご近所さんをお招きしてのお礼の席も設けた。母も一時期は島の家に避難していたこともあってのことだった。この頃はまだ瓶ビールがあったんだ。

 

 家ができても、夏休みには島の家だ。うちの孫や神戸の親戚の子供らを乗せて瀬戸内海をクルージングしながらの釣り三昧。私も元気だったしパワーもあった。

 

 この頃は、どこに行っても、こんな魚が釣れたもの。島の家の黄金期だったかも知れない。今はどうなったのか、魚の姿なんぞどこにもない。

 

 今日の掲示板はこれ。「散れば咲き 咲けばまた散る春ごとの 花のすがたは如来常住」という一休さんの歌である。春に桜の花が咲くと、人々は花の美しさを愛でて宴を張り、しばしの時を楽しむ。また花の散る風情を人の死に例えていたりする。しかしのかかし、それは花という表面に現れた現象であって花を咲かせる草木に変わりはない。散ればまた次の年には花を咲かせるだけのことである。そのような草木のように、人にもそれぞれ、開花する仏性は常に宿されている。人間が本当に「生きて」活動するということ、つまり「生きているということ」が素地にならない毎日は、ただ活動して終わりではないか、ということだというのである。言われてみれば、人より良いものを手に入れ、人より良いものを食べたいという欲求生活は、ただ活動をこなし、活動の充足を願うばかりのように見える。そして多くの宗教はこの活動を満たすことだけを応援しているかのように見えている。起きていても、寝ていても、私たちは「生きている」という素地の上にいることを忘れてはならない。そうして「散れば咲き、咲けばまた散る花」のように、かわるがわる願いを受け継ぎ、この世を生きてきたのである。それぞれの花(ひとりひとり)の願いはもちろん大切なのだが、その花を支えるより大きな願い、すなわち誰しもが等しく支えられている如来の本願の力に思いを寄せることが、真に生活を豊かなものとしてくれるのではないだろうか。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


雨上がり春の日差しは眩しすぎ

2021年03月25日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で雨が降っていたが、午後からは高気圧に覆われてくるため次第に晴れてきた。気温は11.5度から17.6度、湿度は92%から54%、風は1mから3mの西北西の風が少しばかり。明日の26日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 118/68/78 35.8c-98% 64.8Kg 14.1c-47%-1016hPa 今日も体調は安定している。もう、梅の花もハクモクレン(白木蓮)の花も散ってしまった。

 

 朝方は雨・・・。ま、晴れていても時節がら出掛ける用事も行く宛てもないのだけれど。

 

 だから、この土曜日に予定している自治会総会の資料作りをやっていた。ま、前回(4年前)の資料があるので、それを修正して再利用するのだけれど。

 

 これは今年の行事予定表とその当番表。こういうのを作るのも自治会長のお役目らしい。

 

 そういうものを自治会員さん用に印刷して配付資料を作っていた。

 

 次期自治会長さんへの引き継ぎ資料も作っておく。これで準備万端だな。

 

 今日のお昼は奥方作のお寿司である。メニューに困ったら、必ずお寿司になる。これだとおかずの心配がないから。お祝いだ、めでたいだには関係ない。

 

 この私のブログは2005年(H17)4月10日から始まっている。間もなく16年になろうとしている。台風で家がなくなり、社宅で暇を持て余してブログを始めたのがきっかけだった。そして母が社宅はイヤだと田んぼを買ってくれた。やっぱりなじみのある土地がいいし、お友達もたくさんいるからということだった。あ、これは「ミョウガ畑」だった田んぼを買ったから、ミョウガが今でも生えてくる。

 

 そして2005年の春から整地が始まり・・・、

 

 7月には棟上げが行われ、親戚一同がお手伝いに来てくれた。

 

 夏には屋根工事になり、

 

 秋には家の形になってきた。だが、家ができるのはまだまだだ。

 

 これは孫だが、この男の子は大学生になり、女の子は今年大学生になる。

 

 この頃、休みになると島の家で休暇を取って海で走り回っていた。この子は今では警察官になって香川県民の安全を守っている。

 

 これがマイボートの「あかつきⅡ」である。

 

 暇さえあれば、こうして瀬戸内海の島々を巡って遊んでいた時代。そういうものをブログから拾い出していた。この頃は「咸臨丸研究」を一途にやっていたころだった。このマイボートで、咸臨丸乗組員のお墓探しをやっていた頃でもあった。

 

 今日の掲示板はこれ。「黙って咲いて、黙って散る。花は人の評価を気にしない」という東京のお寺の掲示板から。わたしたちは「いいね」の数やコメントの多さなど、他人の評価を気にするけれど、花は人の評価など気にしてはいない。花見に何人の人が集まろうと、人が見てくれようと見てくれまいと、全く頓着なんぞしていない。自然の営みを繰り返すばかりである。『仏説阿弥陀経』という経典の中に、「青色青光(しょうしきしょうこう)黄色黄光(おうしきおうこう)赤色赤光(しゃくしきしゃっこう)白色白光(びゃくしきびゃっこう)」というフレーズが出て来るが、これは浄土に咲く花の様子を表していて、そこに咲く花は周りを気にせず咲き誇っている。わたしたちも本来、一人ひとりが違う色を持ち、その色で輝くべき存在。他の人との比較や批評、非難中傷を離れて、それぞれのありのままの色で輝きたいものである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


山つつじ我が道を行くたくましさ

2021年03月24日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていたが、気圧の谷の影響で夜は曇るらしい。気温は5.5度から16.9度、湿度は94%から625、風は1mから3mの北東の風が少しばかり。明日の25日のさぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で曇り、朝から昼前にかけて雨の降る所がある見込み。午後からは高気圧に覆われてくるため次第に晴れるらしい。

 

 112/62/78 36.3c-97% 64.6Kg 18.7c-45%-1026hPa 体調に変化はない。

 

 朝の間は、相変わらず「観光ガイドが作る観光ガイドのための観光ガイドブック」を追加修正していた。あれも入れたい、これも追加したいと、どんどんと欲が出てきて作業が増えてくる。

 

 発声練習のところで、③のさしすせそまではあったのだが、それ以降を追加してみたが、なんだか申し訳程度に取って付けたみたいになった。もう少し言葉を整理したいものだ。

 

 表紙も少し変更してみた。ページ数も49頁になった。少しはガイドブックらしくなってきた。

 

 それだし、今週末の27日の自治会総会用に「監査報告書」も作って、次期自治会長予定者に監査人になってもらった。こちらのほうも準備が進んできた。

 

 で、今日も県営大川ダムに行ってみた。ここの桜も八分から満開気味。最近は誰も寄りつかなくなったダム公園である。ま、手入れもしないし管理もできていないのだけれど。もう少し元気だったら、ここの草刈りやお掃除くらいはできるのに。

 

 このダムができた当時はカラオケを持ち込んで多いに花見で盛り上がったのだけれど、飲酒運転がやかましく言われ出してばったりと花見は消えてしまった。最近は訪れる人もなく私のプライベートパークみたいになっている。

 

 で、今日も「ソロ花見」である。缶ビールに見えるものは「ノン・アルコール」の缶ビールもどき。本物のビールとデザインが全く同じものになっている。よく見ると「ノン・アルコール」と小さく印刷されている。

 

 これは「お花見弁当」になっている。今日は風もほとんどなくて、陽だまりでゆっくりとお弁当が食べられた。それでも、花びらが一つ二つ、はらりと舞う姿が見られた。

 

 お役所というものは、作ったら作っただけ。後の管理はやらないらしい。奇特なボランティアでもいればさっぱりとするのになぁと、毎年思いながら、それで終わって済ませている。「来年こそは・・」という約束はできない私。

 

 昨年秋に、防災行政無線のスピーカー局が新設されたが、私んところと、お隣の勝馬さんとこは山陰でまったく聞こえない。あとの7軒はちゃんと聞こえているらしい。その報告書も作っておいた。自治会総会が終われば市役所の危機管理課に報告しておく。

 

 我が家のチューリップもようやくに咲き出した。間もなく幾つもの花が咲くことだろう。

 

 アジサイの新芽も吹き出してきた。ようやくに春らしくなってきた今日この頃である。

 

 今日の掲示板はこれ。「はら立てば鏡を出して顔を見よ 鬼の姿がただで見られる」というもの。どこの誰の言葉かはわからない。仏教は自らの欲望を満足させるためにあるのではない。私たちの目や耳は外に向いているから他人さまのことはよく分かるもの。でも、自分のこととなるとどうだろうか。お寺や神社にお参りすると何かいいことがあるだろうか、お金が儲かるだろうか、病気が治るだろうかといった自己中心的な根性でお参りしているのではないだろうか。お寺では阿弥陀さまからの願いを聞いていくことだという。そこで、私は凡夫だと自覚せしめられた時に、初めて腹も立て、愚痴をこぼしながらもいろんな方々とつながりをもちながら生きてゆける生活が始まるのではないだろうか。仏教は本当の私の正体を明らかにしていただく鏡のようなものだと言うているのである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


春風が冷えた弁当見て通る

2021年03月23日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は4度から15.7度、湿度は64%から50%、風は1mから4mの南西の風が少しばかり。明日の24日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れるが、気圧の谷の影響で夕方から曇る見込み。

 

 118/68/78 35.9c-99% 64.4Kg 15.5c-47%-1024hPa 体調に問題はない。

 

 先日から観光ガイド仲間から携帯に着信があるのだが、何の急用だろうと確認してみたらば、観光ガイドの総会資料用に「活動報告」を至急送れ・・・とのことらしい。早速にメール送信しておいた。

 

 で、相変わらずの「観光ガイドが作る観光ガイド用の観光ガイドブック」の最終チェックをやっていた。「ありがたや 矢筈の山は あいうえお」「兼割を 越えて大窪 かきくけこ」「さあ行こう 柴燈大護摩 さしすせそ」発声練習である。

 

 私が作るのだから、プロみたいにはいかない。所詮、アマチュアはアマチュアでしかない。

 

 今日は天気もいいので、奥方の布団を干しておいた。奥方は和室の畳の上に布団を敷いているので多めに布団を干している。

 

 今日は11時半から歯医者さんの予約だった。だから30分前には歯医者さんに入っておく。ま、遅くはなっても早まることは滅多にないのだが。

 

 ここの駐車場は6台しかスペースがない。で、診察台は5席ある。それが今日は2台しか車がなくて待合室にも待っている患者さんはいない。これはラッキーだぞ・・と思ったが、予定通り、11:30分からの診察になった。

 

 で、下の入れ歯ができるのかと思ったら、上の型取りをするのだという。またしても型取りなんか・・・。もう、四、五回は型取りをやっている。今回は上下の噛み合わせを調べるのだとか。ということで、12時前にはここを出た。今日は早かったな。

 

 山では山桜が咲いているし、

 

 大川ダム公園の桜もきれいに咲いてきている。

 

 そこで、今日のお昼はダム公園での「ソロ花見」をやってみた。ま、いつだってお昼は一人の「ソロ昼食」だから珍しくはない。家の台所で食べるか、ダム公園で食べるかの違いだけだ。

 

 近くの山桜は満開みたいだ。

 

 我が家の花壇のチューリップもようやくに花が咲くようになった。

 

 今日の掲示板はこれ。「悪いのはいつだって他の人 私は全然悪くない」というもの。築地本願寺さんの掲示板からである。えっつ!と驚くお言葉なのだが、他人様の姿は私からはよく見えるもの。『他人のすがたは私からよく見えますので、他人のことを指摘することはそれほど難しいことではありません。しかし、自己中心的な考え方にとらわれて生きている私が、自分の悪い点を見つめて改善することは非常に難しい事です。』でも、自分のことはまるきり見えないし聞こえないしわからない。だからこそ、「悪いのはいつだってほかの人。私はちっとも悪くない」のだ。自分が悪いのだと思ったら生きていくことなんてできないじゃないか。人との付き合い方をよく考えてみると、ベクトルがどこに向いてるかによって捉え方は全然変わって来るもの。たまには視点を変えて見てみたいものである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


花冷えに峠の馬酔木も揺れている

2021年03月22日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は9.0度から13.7度、湿度は68%から50%、風は2mから6mの西の風が一時は強かった。明日の23日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 101/58/79 36.2c-98% 64.4Kg 18.7c-43%-1015hPa 数字的には問題ないが、おなかの張りが今日は一段ときつい。何が原因かはわからない。

 

 今日も朝方(6:00~8:30)は、観光ガイドのためのガイドマニュアルを作っていた。観光ガイド養成講座のガイド講座の資料が見つかったので、それを電子化していたというわけ。

 

 午前9時になったのでJAバンクに行って来た。おそらくこれが今期の最後になる筈。

 

 で、昨日の「地神さん」のお賽銭374円を入金してきた。それと、昨年に建てた「防災無線」の鉄柱の敷地料というか協力お礼にする金額も引き出しておいた。

 

 すると、今月分の電気料金と水道料金の引き落としも記帳されていた。これで、今年度の会計締めができる。それと、この口座の名義変更手続きの用紙ももらってきた。これで私のお仕事も終わりそう。

 

 準公金みたいなものだから、何回も何重にもチェックしておいて、記載漏れや記入不備がないかを確認しておく。で、今週半ばあたりに会計監査をしてもらっておく。それで、今週末の自治会総会で報告するという段取りに。

 

 元来、私は算数は大の苦手で、とくに数字は見るだけで頭が痛くなる。でも、だからと言って、自治会の会計をやらないという訳にもいかないではないか。ま、一応、「商業簿記三級」ということにはなっているが、車の免許と一緒で、免許をもらったら交通法規なんぞ忘れてしまうのと同じで全く記憶の彼方に消えてしまっている。

 

 でも今は、パソコンがあるし、エクセルシートがあるものだから、わからんなりにもそれらしい帳簿にはなっている。

 

 会計報告書ができたら、市役所に提出する書類も片付いてしまう。

 

 お昼前に、近くのダム公園に行って来た。もう、これは五分咲きくらいだろうか。そういう計算ができない私である。

 

 お天気が良ければソロ花見もいいのだが、今日は風が冷たくて、落ち着いてはお弁当などは食べられない。ここは私の「プライベート・ベンチ」みたいなものだが、今日はまだまだ花冷えという感じ。

 

 午後からも、ガイドマニュアルの入力をやっていたが、またしても右耳が聞こえなくなってきた。目はかすむし、耳は片耳が聞こえないし、歯医者さんは明日だし、おなかは張って苦しいし、足もピリピリとして歩きづらい。まさに「病のデパート」みたいになってきた。

 

 今日の掲示板はこれ。「うまくいけば先祖のおかげ ひとつ間違えば先祖のたたり 私の都合で先祖を仏とし鬼とする」というもの。佛光寺( 真宗佛光寺派・京都市)の言葉かららしい。最近、よく耳にする言葉。正常性バイアス(日常性バイアス)」とは、心理学用語の一つである。深刻な事態でもそれを異常事態と受け止めず、正常範囲のことのように軽く捉える心理を指している。なぜこういった心理傾向があるかというと、普通に日常生活を送る中でも、予期できない出来事はたくさん起こるからである。初めて起こることや予想外のことにいちいち緊張したり過剰に反応したりを続けていては精神的に疲弊してしまうため、ある程度は動じないことも大切なのだろう。しかし、たとえば夜中に火災報知機が鳴ったとして、「煙が出ている様子もないし、何かの間違いだろう」と考えて、そのまま布団をかぶって寝てしまう……という行動を取るのは危険なことだ。火災の発生を早めに知らせて、安全に避難させるために火災報知器が鳴っているのに、心理的に大丈夫だろうというバイアスがかかると、本当の火災で逃げ遅れて命を落としてしまうかもしれない。ものごとが良い方向に進んで何事もなければ、「あ、ご先祖さんのおかげだな」と思い、ケガや災難にあってしまったら、「あ、ご先祖さんのたたりだな」と、全く自分のこととは考えてもみない。火災報知器の例は、多くの方が危険だと判断すると思うのだが、緊急地震速報のアラートが鳴っても、すぐに避難態勢を取れる方はどれくらいいるだろうか。 「(この前のでも大した揺れではなかったから、今回もご先祖さんがついているから大丈夫)大した揺れではないだろう」と考えて、すぐに身を守る行動を取っていないのだとしたら、それも正常性バイアスのはたらきである。正常性バイアスのせいで、最悪の事態になってしまうケースがあることも、しっかりと知っておく必要があるということを肝に銘じて欲しいものである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


やぶ椿箒の前から後ろから

2021年03月21日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は前線や湿った空気の影響で曇り、昼過ぎまで雨が降っていた。気温は13.5度から15.9度、湿度は94%から625、風は1mから6mの西の風が一時は強かった。明日の22日のさぬき市地方は、寒気の影響で概ね曇る見込み。

 

 117/55/77 36.2c-98% 64.8Kg 19.5c-50%-1006hPa 体調に変化はない。

 

 今日は集落内の「地神(じじん)さん」の例祭である。まずは境内地のお掃除から。集合時間は午前7時だが、ここは6時半にはほぼ全員が集合して作業にかかる。このあたりでは、集落ごと、自治会ごとに、こうした「地神塔」がある。その土地の神様であるらしい。畑や田んぼの神さまである。

 

 藪椿が境内地に野生しているので、この時期には花びらが落ちてピンク色に染まっている。それを丁寧に掃き清めておく。

 

 ご神体の御幣としめ飾りを新しくする。これは当番さんのお仕事になる。

 

 のぼりを立て、お神酒さんなどをお供えする。

 

 で、年長者が先導して「二礼二拍手一礼」し、みんなもそれに合わせる。その後、お神酒やお洗米、塩などをいただいておしまいになる。それだけ。のぼりは当番さんが片付けるが、今日はずぶぬれだから乾かすのが大変そう。

 

 その後は、今日のお賽銭を集めて自治会計に入金する準備や、来週末の自治会総会の議案などを準備しておく。さぬき市へ提出する書類なども確認したり、事務引継ぎの「引き継ぎ書」の修正などもやっておく。

 

 それに令和3年度の自治会当番表も準備しておく。できることからコツコツと。

 

 会員数も減ったし、長老たちもいなくなって、集落の行事も簡素化されて少なくなったし、時間も短くなった。その分、信仰心も薄れるし、集落内の連帯感、一体感も薄れていくような気がする。

 

 気分転換に、「オール巨人」さんが歌う「男の子守歌」などを、YouTubeで歌ってみる。

 

 お昼前からは本降りの雨になった。これでは「ソロ花見」もできないではないか。

 

 ふと気が付けば、山ではヤマツツジが満開になっている。遠い山にはヤマザクラがあちらこちらで満開になっている。もう、あたりはすっかりと春になっている。

 

 今日の掲示板はこれ。「グラム単位で考えるとポルシェよりふりかけの方が高い」というもの。お寺の住職さんが説いた、「グラム単価で考えるとポルシェよりふりかけの方が高い」という法語がネットで話題となっている。「だったら、ふりかけをあげるからポルシェをくれ」という人まで現れたとか。この言葉は、短歌人の天野慶さんの言葉で、その法語を説いているのは、北九州市にある永明寺住職の松崎智海さん。「モノの見方で世界は変わるのです」と、自身のツイッターより公開している。ポルシェの定番「ボクスター」は重量1320キログラムで596万円。丸美屋の「のりたま」は、2.5グラム×40個で538円。これを計算して比べると、のりたまの方がグラムあたり約1円高いのだそうだ。肝心の意味だが、「しあわせはいつも自分のこころが決める」というもの。お金は価値基準の一つだが、それが全てではない。高価なポルシェもグラム単位というモノの見方ではふりかけの方が高価になる。モノの価値はどんな見方をするかによってコロコロと変わるの。世界をつまらないものにするモノの見方も、世界を美しくするモノの見方もある。世界を美しくするのも、汚くするのも私の心しだい。仏様の目にはこの世界のすべては輝いて見えるのだそうだ。そんな「仏様に成る道が仏道です」との解説も添えられている。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


彼岸冷えうどん屋にある野外席

2021年03月20日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で概ね曇っていた。気温は9.5度から19.2度、湿度は92%から66%、風は1mから4mの東南東の風が少しばかり。明日の21日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で明け方まで雨が降る見込みらしい。

 

 105/65/84 35.9c-96% 64.8Kg 20.8c-43%-1015hPa 数字的に問題はないが、おなか、胃のあたりが重い感じでだるい感じがする。食べ過ぎただの飲み過ぎただのということはない。

 

 今日は3月の20日ということでさぬき市の広報の発行日だから、集落内にこの広報誌ほかを配ってきた。学校便りとか映画会の案内とかゴミ収集の予定表とかなんたらかんたら。

 

 その中に、今度の週末、3月27日に予定している自治会総会の案内も入れてある。これを開かないことには自治会長から降りられない。

 

 これを集落内の8軒に配ってきた。我が家を入れて9戸になった。

 

 さて、奥方が買え買えと言ったハーモニカが届いた。上が先日に届いた「C調」のハーモニカで、下が今日届いた「Am調」のハーモニカである。普通は「C」のハーモニカで演奏可能なのだけれど、「さくらさくら」とか「荒城の月」なんかになると「Am」のハーモニカが必要になる。時には、この二本を上下に構えて演奏することもある。

 

 でも、今は呼吸法をしっかりとできるようにするのが先決。少し動けば「ハーハー」と言うようではハーモニカの演奏はできない。呼吸は吸って吐いて、吸って吐いて・・だが、ハーモニカの場合は、吹いて吹いて吹いて吸って吸って吐いて吸って・・というような呼吸法になったりする。ハーモニカのリードがそういう構造だから仕方がない。

 

 そうそう、この花粉症のバッジも買った。最近になって痰がからんで咳をするようになった。耳鼻科で診てもらおうとしたが、先日の内科の診察で、心臓から来る咳ですから・・と言われたのだ。だとしたら終生、この咳が続くとしたらたいへんだ。花粉症ではないのだけれど、花粉症にしておけば安全だからと、これをつけることにした。

 

 孫のハヤテ君が帰省しているというので屋島まで行って来た。そのついでというか、これがメインというかで、高松市新田町にある「うどん処しんせい」に行って来た。孫のハヤテ君のお気に入りのお店らしい。

 

 ここが、本場さぬきの半セルフの店うどん処しんせい。名勝屋島を借景に、のどかな田園地帯にある。ここへ、私ら夫婦と孫のハヤテ君となぎちゃんの四人でやってきたというわけ。

 

 私はここに来ると、決まってこの「しんせいぶっかけ小の温いん」をお願いする。鶏肉・山菜きのこ・かぼちゃの素揚げを盛り合わせ、お楽しみの季節の野菜天を添えたもの。510円だった。

 

 ここは「福井製麺」という会社なのだが、「しんせい」がなんだかはわからない。

 

 ここには、「しんせいの森」と名付けられた野外席がある。心地よい風を感じながらの野趣味あふれるおうどんタイムはまた楽しい。

 

 ここから屋島を東から西に海側を回って帰って、二人を降ろして、戻って来た。これで奥方は大満足だった様子。

 

 今日の掲示板はこれ。「苦の娑婆や 桜が咲けば咲いたとて」という小林一茶の俳句らしい。いつもの赤松先生の掲示板にあったもの。「世の中がいくら苦しいものだからと言って、桜が咲いたのに それまで「苦」だと思ってしまう…。人は愚かなものだねぇ。楽しいことまで「苦」の種にするこたぁないじゃないか。」とか、『この世は苦しみばかりだなぁ。桜が咲いてウキウキするはずのような季節でも、やはりその苦しみがなくなるわけではないのだ。』というような解釈になろうか。人は「幸せ」な事柄まで、ああ大変、ああ面倒、と思うことがよくあるもの。余分なことまで取り越し苦労をしなくてもいいものを・・・。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


侘び助やこころ映らぬ三面鏡

2021年03月19日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は7度から16.3度、湿度は84%から44%、風は1mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の20日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れるけれど、低気圧や湿った空気の影響で次第に曇り、夜は雨となる見込みで雷を伴う所があるらしい。

 

 110/73/88 36.2c-97% 64.6Kg 18.8c-43%-1020hPa 数字的には問題ないが、今日もおなかの張りが尋常ではない。そんなに食べたと言うことなく、飲んだということもないのに。

 

 朝の間は観光ガイドのマニュアルに取材依頼の事項や寺院境内のマナーやお作法も追加しておいた。お寺や神社はテーマパークや観光遊園地ではない。信者さんにとっては聖地なのだからマナーやお作法は守らなければならない。

 

 9時になったら郵便局の第二口座から貯金を引き出しておく。

 

 それの半分をJA(農協)さんに入金をしておく。4月には我が家の建物共済の共済金が引き落とされる。毎年相当額の保険金であるから油断していると引き落とせなくなってしまう。

 

 その後、銀行さんで一般口座にも入金をしておく。先月あたりからAmazonさんで相当のお買い物をしたから少し余分目に補充をしておく。

 

 その後、大川ダム公園にも行ってみたが、毎日見ていてもそんなに大きな変化はない。

 

  それの会計処理もしておいた。通帳ごとの会計帳簿があるからそれぞれに記帳をしておいた。

 

 ついでに、こういう名札も作ってみた。本当は花粉症ではなくてぜんそくらしい。それも心臓の劣化によるものらしい。だから咳がたまに出ると止まらない。時節柄、咳をするとにらまれたり叱られたりするのでプレートを作っておいた。

 

 今日のお昼はワカメうどんである。わかめばかりで肝心のおうどんが見えない。白いのはおろし生姜である。

 

 お昼からは大窪寺に行ってみた。やはり、いつものようにお参りの人の数は少ない。で、明日の「柴燈大護摩供(さいとうおおごまく)」の準備ができていた。この葉っぱの中身は・・・、

 

 こうなっていて、お遍路さんが納めた「お杖」が中に入れられて、明日の供養でお炊き上げされて大地に戻される。私は明日はお客様が来られるので来られない。

 

 その帰りに、さぬき市の前山ダム公園に寄ってみた。ここではレンギョウが満開状態だし、桜も四分咲きくらいに咲いている。

 

 このあたりになると七分から八分咲きみたい。

 

 今日はさぬき市の広報袋が届く日。これで今期の広報係はおしまいになる。この集落では、自治会長というと公報配布係みたいなものだ。

 

 これを戸別に分類して封筒に入れて、明日の朝に配達する。ついでに、自治会総会の案内状も入れておく。自治会長のお仕事も間もなく終わる。

 

 今日の掲示板はこれ。「出会いにはかならず意味がある」というもので、町内の善楽寺さんのお寺の掲示板から。出会いには、必ず意味があるという。たとえ、うまくいかなくなったとしても、お互いに切磋琢磨し合う学びがあったから、出会ったのだという。江原啓之さんの言葉で、「出会いには必ず意味がある」というお言葉がある。あなたの人生で、無駄な出会いばかりだったなんて思われているかも知れない。でも、人生で起こることは、全てあなたにとって意味があることだというのである。私たちはいつも自分の都合だけで周囲の人たちを見て、しかもその人のことが分ったつもりになっている。そのため、自分にとって都合の良い人との出会いは喜ばしいことと受け止める一方、都合の悪い人との出会いは「出会わなければよかったと歎いたりもする。けれども、その出会には必ず意味がある。人生における希望や示唆を与えてくれる有り難い人もいれば、「反面教師」という言葉があるように、決して見習ったりしてはいけないことをしていたり、進んではいけない方向に足を踏み入れている人もいたりする。善きにつけ悪しきにつけ、この人生において私が出会うすべての人は、私に人生の意味を教えてくれる大切な人たちである。どれほど意識していても、日々出会う一人ひとりの人を、自分の都合のいいようにしかとらえることができないということを忘れず、出会ったことの意味を確かめられるような生き方をしたいものである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


春来れど降ろせぬ荷物みぎひだり

2021年03月18日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れていた。気温は6度から14.6度、湿度は82%から52%、風は4mから1mの東の風が少しばかり。明日の19日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 110/65/78 35.9c-98% 64.8Kg 19.3c-45%-1022hPa 体調に問題はない。おなかの張りもひどくない。尿・便ともに多め。何かをしたという訳でもない。

 

 朝の間(5:00-8:30)は、いつものように観光ガイドのためのガイドブックを作っていた。ようやくに推敲も終わったので、印刷・製本をやってみた。

 

 製本が終わったところで、「あれ、広報のやりかた、PR用ポスターの作り方なども入れたかったなぁ」とか「あ、取材許可のお願い方法とかも必要だったな」とか「報道に関するお願いもやっておかないとなぁ・・」とかと、後の祭りが続々と。

 

 それはこれから、少しずつ追加していくことにした。

 

 さて、10時からはサービス担当者会議である。ケアマネさんと介護設備会社の担当者との会議である。まずもって、昨日の病院でのいきさつやら結果やら今後のことなどについて報告しておく。ケアマネさんのケアプランにも介護設備にもに影響するからである。

 

 「しかし、よく、ご自分で気がつかれて病院に行ったことですね。手遅れになっていたら大変でしたよ」と、ケアマネさんも私の「日々管理表」を見ながらびっくりしていた。

 

 我が家の花壇のチューリップのつぼみが見えてきた。もう少しでチューリップの花が開きそう。

 

 ケアマネさんたちが帰ったので、ダム公園の桜を見に行ってきた。こうしてみると花盛りのように見えるけれど、これは日当たりのよい場所だけで、ほかはまだまだ固い蕾のまんま。

 

 この公園も一時期は花見客で賑わったのだけれど、今はすっかりと忘れられた存在。この週末はお天気がよくなさそうだが、わたし一人の花見にはうってつけかも。

 

 今日のお昼は久々に「イワシの味噌煮うどん」。いや、普通のおうどんにイワシの味噌煮缶を入れただけのもの。でも、味噌煮のお出汁でいい味のおうどんになった。

 

 話は前後するのだが、昨日の夜、奥方が帰るなり、「ねぇねぇ、ビデオちゃん~。ボランティアでハーモニカ演奏をやるって決めてきたの」とおっしゃるのである。数年前には、こういうハーモニカで演奏に出掛けたものだが、このハーモニカが行方不明になっているのだ。カラオケ設備を置いたとき、邪魔になるのでどこかに置いたのだが、それっきり姿を見ないのだ。

 

 「じゃぁ、Amazonでもメルカリでもいいから買ってよ~」とうるさいのだ。「あの・・、それ以前にね、今日、病院に行って来たら・・・」という話で奥方の顔色が真っ青に・・。それきりハーモニカの話は消えた。

 

 で、お昼からは来週末の27日に予定している自治会総会の案内状を作っていたら・・・。

 

 「ピンポーン」と郵便屋さんがお荷物を持ってきてくれた。

 

 昨夜、どさくさにまぎれて、「ポチ!」したらしい。で、久々にハーモニカを吹いてみたが・・・、

 

 右の肺が半分ほどになっているのと、おなかの腹水が邪魔になって呼吸がうまくできないのだ。だからして、ハーモニカの音も小さくなったり大きくなったりで音楽にはならない。これはしばらく奥方には内緒にしておくことにした。

 

 今日の掲示板はこれ。「空っぽの容器は一番大きな音をたてる」というもの。イギリスの牧師、ジューウェルさんのことばらしい。意味としては、「頭が空っぽな人間ほど、大きな声でわめき立てる。」ということらしい。似たような言葉に「空き樽は音が高い」というものがある。「空き樽は音が高い」とは、同じように中身のない人ほどよくしゃべるということのたとえらしい。日本でも「弱い犬ほどよく吠える」とか。これからは、「不言実行」「能ある鷹は爪隠す」・・・でいきたいものである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


何色と問えば桜の花の色

2021年03月17日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は12度から16度、湿度は84%から54%、風は1mから4mの北東の風が少しばかり。明日の18日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れるらしい。

 

 119/71/78 36.4c-98% 65.2Kg 17.1c-37%-1034hPa 数字的には問題ないが体重が増加しているのとおなかの張りが苦しくなってきた。

 

 そういう訳でもないのだろうが、朝の5時前から起きてしまって、仕方がないから、昨日の続きで「ガイド手習帳」というものを作っていた。観光ガイドの進め方、ガイドの心得みたいなマニュアル本である。

 

 だいたい、私の作る本は似たようなデザインになってしまう。これを越えようという勇気がないというか面倒なのかも知れない。

 

 で、9時を過ぎたので郵便局で貯金を引き出してから、さぬき市民病院に行ってみた。いつもの県立病院でもいいのだけれど、違った視点から診てもらおうというか・・。いやいや、セカンドオピニオンとかいう大袈裟なものではなくして。

 

 初診の方は、この総合診察室で最初の一歩を調べるみたい。で、問診票やお薬手帳なんぞを参考にしながら、この患者はどういう風に調理するかなぁ・・というプランというか設計図を引くみたい。

 

 で、恒例の採血と採尿検査。今日はしっかりと尿も出た。ここではどっさりと血液を抜かれた。抜かれたからと言って体重が減るほどでもない。

 

 そこから胸部レントゲン検査とCTスキャナー検査。この患者の身体はどうなっているのかなぁという観察検査。

 

 それが終わると心電図検査に、

 

 心臓エコー検査。おなかが張って苦しいのに、やっぱり心臓の検査を入念に、入念にやっている。「あのぉ・・おなかが・・」と言いたいのを我慢して耐えている。

 

 結果はやはり心臓だった。心臓が劣化して水分を血液中に取り込めず、体内にあふれさせているらしい。だから、おなかが張るし、食べ物を食べると苦しくなるらしい。今後のことは、県立病院の担当医日浦ドクターと協議の上で決めるらしい。今日の診察費は11,200円。検査料が高いなぁ。

 

 帰りに近くの県営大川ダム公園の桜をのぞいてきた。一気に桜が開花したらしい。開花したのだが、お花見にはまだまだ遠い。チラホラというところかな。

 

 でも、原因がわかってすっきりとしたことだった。悪いものを食べたのじゃないのか、水分を摂り過ぎたのじゃないかなどといらぬ心配をしなくてすんだ。あとは担当医日浦ドクターがどんな指示を出すのかが待たれるところ。入院でも手術でもどんと来い・・というところだ。

 

 そうそう、我が家の巣箱にはヤマガラならぬスズメの夫婦がお先に住んでいる様子。ヤマガラは一歩出遅れたかな。

 

 今日の掲示板はこれ。「良いも悪いも 因果の種は まけば芽を出すいつの日か」というもの。お釈迦様は「因果の法」を説かれた。「因果」とは、「原因」と「結果」である。『善いも悪いも因果の種は播(ま)けば芽を出すいつの日か』という川柳であるが、良い種をまけば良い実がなり、悪い種をまけば悪い実が必ずなるということである。つまり、すべての現象には必ず「因」という種があり、必ず「果」という「結果」が現れるということなのである。今の時勢、善人がしいたげられ、悪人がのさばっている事の多い世の中。何が「善因善果」「悪因悪果」だと文句を言いたくなることが多々あるけれど、お釈迦様は、そんな凡人の姿はとっくにお見通し。「善を施すに、その報いを求めてはならない」と厳しく戒められておられよう。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


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