まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

いよいよ・・・大晦日になりました。

2006年12月31日 | 自然
 いよいよ大晦日になりました。だからと言って世界が大きく変わる訳ではないのですが、なんとなく世の中は慌ただしく見えています。

 今日はケイコおばとさっちゃんがおせち料理を作っていますので、私はゴンの散歩と称して・・孫のはやてちゃんとなぎちゃんを外に連れ出すお役目です。

 二人とも・・、このゴンが大好きで抱きついたりダンスをしたり・・・草むらに隠れ家を作って、はやてとゴンとが隠れて遊んでみたりと・・・。野生児みたいに元気いっぱい。おかげでズボンも靴下もドロドロです。何度換えてもどろんこです。

 近くのお不動さんまで走っていったり、山の旧宅へ不用品を運んだりするのですが、いつもゴンを連れてゆくのです。ゴンも迷惑そうな顔をするのですが、こどもたちは斟酌なんぞしないのです・・。

 外回りのお掃除は私の役目で・・・これはおしまい。仏壇・神棚のお掃除がまだかなぁ・・。これからやらなくちゃぁ・・です。

 お料理のほうもほぼ終ったみたいだし、今夜は早めにお風呂、早めに夕食かなぁ・・・。

 あ、私のコンピュータ・ルームのお掃除がまだなんだ・・・。PCの電源をお外して大掃除だぁぁ・・。
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迎春準備みたいなもの・・。

2006年12月30日 | 自然
 今日も孫のはやてちゃんやなぎちゃんたちとゴンの散歩から始まり、お布団干し、咸臨丸の資料整理・・・と、いつものように。で、お昼前に旧宅の山へ行って、マツだの竹だのツタだの・・・を取ってきて、お正月用のお花や玄関飾り作りですわ・・。

 で・・、さっちゃんの御用で近くのスーパーに行ったんですが、広い駐車場に車がいっぱい・・・。買い物カゴが足りないくらいの大勢のお客さん・・・。みんな、お正月の準備なんですねぇ・・・。注連縄とかおもちとかお野菜とか・・。

 「こんな高いとこはあかんなぁ・・」と・・、産直のお店に。しかし、ここだって似たようなもの・・・。おしあい、へしあい・・。お墓用のお花を買って・・再度・・・旧宅のお墓へ。

 お墓の簡単なお掃除とお花を換えて・・・と、なんだかんだとしながら・・・夕方です。孫二人をお風呂入れると・・・、もう、夕食です。訳がわからんままに・・・一日があっという間に過ぎてしまうのです。人生っていうものも、そんなものかも知れません・・・ねぇ・・。

 私の書斎も少しは片付けないと・・・と、思いつつ・・・。そのまんまでお正月を迎えるのかもしれません。

 例年ですと、年末から島に行って、島のお寺の除夜会(じょやえ)に行って鐘をついて、おとそをよばれ、おうどんをいただく・・・というのが常になっており、二日には百々手(ももて)神事という弓道の会があるんですが、今年は欠席。

 今年はこの新しいおうちでのはじめてのお正月ですから、所属するお寺での除夜会(じょやえ)に修正会(しゅしょうえ)という新年のお勤めに参加する予定です。自分ちのお寺にお参りせずに、よその・・・しかも真言宗のお寺にお参りするのはいかんわねぇ・・・。今年は・・というか来年には・・まじめに自分ちのお寺にお参りの予定です・・。
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我が家の川にこんなものが・・。

2006年12月29日 | 歴史
 今日から年末休暇ですが・・、たってき、するようなお仕事もありません。昔は大掃除だとかで大騒ぎしたものですが、ここは新築だもので、そんなに汚れることもなく、子供もいないので散らかることもないもので、取り立てて大掃除の必要もありません・・。

 そこで、朝の間はお布団を干したり、咸臨丸の資料の整理とゴンという名の犬の散歩くらいなもの。お昼からはゴンを車に乗せて旧宅の様子を見に行ってきたのですが・・・、二週間ぶりでしょうか・・・。砂防ダムがこんなに高くできておりました。あと、1mくらいは高くなりそうです・・・。

 さぬき市にいくら頼んでも治してくれなかったのに、どこかわからん役所発注で、「木村谷水」と呼ばれる・・・我が家の川を無償で治してくれておるのです。嬉しいような、あきれるような・・・。これがもう少し早くにできていたら、我が家の被害はあんなにもならずに済んだのにと・・・、思ってみたり。

 でも、まぁ、流木やらがれきやら土砂が盛り上がっていた我が家の周辺がすっきりとしてきたのには感謝です。自分でやると数百万もかけてもできないような大工事が・・・あっという間に片付いてしまったのには感謝です。

 つくづく・・・ついているなぁ・・・と思うばかりです・・。
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お仕事おさめ・・・。

2006年12月28日 | 歴史
 昔ならば・・・、「御用納め」などと言って、午前中から挨拶回り・・<本年中はお世話になりまして・・・、来年もどうぞ、よろしく・・>と、ぞろぞろと挨拶をしたものだった。で・・・、午後からはお休みなって、石油ストーブでイカなんぞを焼いて、お酒を飲んで・・・・・みたいな雰囲気だったのだけれど。

 今は・・・、通常勤務で五時半まで・・きっちりお仕事。仕方がないというのだろうか、世の中の動きなんだろうか・・・。昔の尊い部分が失われて行く・・。

 いやいや・・合理化だの改革だのはいいのだけれど、昔の人々が守り伝えてきたものを、いとも簡単に・・・、「今の情勢に合わない」とかの理由だけで片付けるのはいかがなものか。監督采配がおかしいなぁぁと思った今日だった。

 別に酒が飲めないとか・・の単純な話ではなくして、あのころの篤い思いを振り返ってみたかっただけなのだけれど・・・。

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師走らしくなりましたが・・。

2006年12月27日 | 自然
 さすがに空気も冷たくなって・・、師走らしい雰囲気になりましたが、今年は・・あんまり、お坊さんを見かけませんでした。師が走るから師走なんでしょうが、それらしいバイクも自動車も自転車も見かけずに・・・お正月になりそうです。

 もちろん、そんなことはないのでしょうが、お逮夜とか、ご遠忌とかと、報恩講だとか、ご正忌さんだとか・・・、お寺さんにとっては大切な年越しの行事のはずなのですが・・。

 今日もお昼休みには・・・県立図書館で、「咸臨丸と塩飽の水夫」だとか「咸臨丸と塩飽」という貸し出し禁止の本を読んできました。悲しいかな、紙面がセピア色になって、読みにくいったらありゃしない・・。こういうのは電子化して保存して、PCか何かで読めるようにしていただければありがたい・・。だから・・、ほとんど参考にはならなかった・・・。頭の中を通り過ぎただけ・・。

 平成18年のお仕事もほぼ予定通りに終えて・・・、勤務表も、作業報告も、工程数報告も終えて・・・、今年のお仕事はおしまい。

 明日は身の回りとか、愛車のお掃除とかをやりたいし、公衆BOXの撤去確認も数箇所やりたいし・・・で、おしまいかな??
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今日は一日・・・、雨でした。

2006年12月26日 | 自然
 今日は一日中、雨が降ったり止んだりの一日でした。本来ならば雪になるのでしょうね。昨年の今頃は雪の写真がいっぱいでした。

 今日も孫のはやてちゃんの遊び相手ですが、雨の合間にゴンの散歩に行くくらい・・・。あとはお勉強のお手伝いなんぞと。でも、お昼過ぎにお迎えが来て、はやてちゃんが帰ってしまうと・・・ヒマです。そこで・・朝からホームページのお掃除やらお正月用にページを入れ替えました・・・。なんか、センスのないページですねぇ・・。いい壁紙が見つからなかったなぁ・・・。昨年のがどこかにあるはずなんだがなぁ・・。

 で、あいも変わらず・・・咸臨丸の資料の整理をやっとりました。鉄は熱いうちに打て・・・ですね。気分が乗ってるときにやっておかないとすぐに忘れてしまいそうです。

 なぜ・・、塩飽の水夫たちが咸臨丸に乗ってアメリカに行ったのか・・・というのが、今日の整理した部分です。こういうのは、一般的に発行されている書籍の中には記載されていなかったように思います。日本の船がはじめて太平洋を渡った快挙で、その水夫50人の中の35人が塩飽の水夫だった・・・というのが多くの記述で、水夫や火焚のことなんぞ、どこにも書かれてはおらんのですね。

 その水夫がなぜ選ばれたのか・・・という、一番、大切にしたい箇所なんです。

 でも・・・、そんなことばかりやってると気分的におかしくなるし、背中や肩や腕が痛くなる・・・。そんなこんなで・・・近くのお寺にお散歩・・・。気分転換でありました。四国霊場87番札所の長尾寺でありました。
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今日も資料の整理だった・・。

2006年12月25日 | 歴史
 今日はケイコおばに「お休みして、はやての面倒を見てね!」といわれたもので、前夜に、課長やら友人やらにメールを送って休むことを知らせておいた。

 今でも朝早くに会社に電話を掛けてきて「年休一日・・おねがい・・」なんていう人もいるが、ゆっくり寝られる点では、前日からのメールが最高。

 で、孫が起きるまでは・・・咸臨丸の資料の整理やら、電子化、つまりは・・パソコンにデーターを投入するわけだ。写真はスキャナーで、文章は「読んでココ」というソフトで電子化してしまう。それをアレンジ、取捨選択して・・・、私の資料の中に取り込んでしまう・・・。それをどう利用するかが・・・あとで問題になるのだが・・・。

 気分が乗った頃に・・・「マヨネーズがないんだけど、買ってきてよ・・」とか、生協さんが来たので、仕分けをやってよ・・とかといわれると・・・、いきなり幕末の水兵さんから、現実のおじちゃんに引き戻されてしまう・・・現実。

 このお墓・・・、向井仁助(むかいにすけ)という・・・さぬき広島市井浦から出た水主・・、水兵さんですが、塩飽では・・・というか、讃岐では最初に写真に残った人・・・とかと聞いている。りりしい姿の写真が本島ほかで残っています。

 このお墓も・・・数あるお墓の中から・・・いとも簡単に見つかったです。なんか、呼ばれたような・・・っていうとおかしな表現ですけれど。

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今日は孫の日・・・。

2006年12月25日 | 自然
 今日は臨時にお休みです。今日は工程数の締め日で、今日中に報告しないといけません。それが産廃部門と公衆電話部門の二つの報告をやらねばならんぬので、お買い物の途中に会社へ投げ込んで・・・、あと、休暇の申請と、稼動システムへの投入変更など・・・。

 はやてちゃんがゴンのためにビスケットを買うというので、ホームセンターで、ジャーキーやビスケットなんぞを買いました。

 そのあと・・、こどもの国・・、高松空港南にある場所でしばらく・・飛行機のお勉強です。飛行機の操縦のシュミレートや、管制官のシュミレーションなどを楽しみました。

 その後、高松空港の中のおうどん屋さんでおうどんの昼食。私はぶっかけ野菜天、はやてちゃんは普通のかやくうどん・・。このかやくうどん・・・というのが珍しい。昔は・・かけうどんのことを・・かやく・・・というとったような。

 「ええっ!かやくが入っとん??どれがかやく??」と、はやてちゃんは、しいたけを持ち上げたり、天かすをどけてみたり・・・。

 でも、こどもの国で遊んだせいか、おうどんをぺろりと食べてしましました。

 お昼からは・・・ごんと一緒に寝転んだり、お散歩したりと・・、ゴンにひっつき虫になっておりました。
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シーバスの入れ食い状態・・・。

2006年12月24日 | 自然
 さて・・、当初の目的もほぼ達成できた・・。立石の曽根仁作、伴幸吉、江の浦の東国蔵、青木の岡田源之助、山下伊三郎、市井の向井仁助、茂浦の平田源次郎と・・・、七人の咸臨丸乗組員のお墓を確認できた。残りは、森寅吉ただ一人となった。

 さぬき広島から咸臨丸に乗り組んだのは十一人。江の浦の松井弥十郎、茂浦の森友吉、森和三郎のお墓は未確認。塩飽の郷土史家の真木(さなぎ)信夫先生も確認していない・・・。

 昨夜のうちに山の家に帰ろうかと思ったが、日曜日の朝に帰ろう・・・ということになって、土曜の夜は島の家で泊まったが・・・、その夜に・・・自治会長さんがやってきて・・・「甲路(こうろ)でタチウオが釣れている・・・」と言ったもので、よっくんは、四時起きで出かけていった・・・。

 んで・・・朝ごはんの用意ができた七時前に戻ってきて、差し出したのがこれ・・・。シーバスと呼ばれるスズキだ・・・。大きいもので85センチ超え。
小さいものは20センチほどだが、その数は・・なんと七匹・・・。

 我が家にはそのうちの二匹が届けられておさしみになって、昼食の食卓を飾ってくれた・・・。で。まごのはやてちゃんがお休みになったもので、しばらく我が家にお泊りをする・・・。よっくんと、はやてちゃん、かねちんの三人が加わっての楽しい昼食会となったのである・・。

 久々に・・・にぎやかになった我が家であった。
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平田源次郎のお墓・・・。

2006年12月23日 | 歴史
 朝の間に・・・いろんな墓地を訪ね歩いたが・・・、それらしいお墓は見つからなかった。そこで、自治会長さんが貸してくれた、塩飽史談会の内部資料の、幕府海軍草創期における塩飽水夫・・・を読んでは筆写した・・・。これが実に疲れる作業だった・・・。ページ数では20ページ余りの冊子だが、全てを鉛筆で写し取るというのは・・・実に腕が疲れる仕事だった・・・。

 昼食後・・・、魚釣りに来ていた弟の「よっくん」が・・・、「暇やからお墓探しに行こう・・・」というので・・、「なんだかなぁ・・」と思いながら出かけた。

 まずは立石の神光寺裏の・・・水主(かこ)小頭の曽根仁作のお墓。ここは・・過去に何回も調べに来たのだが分からないままだった・・。それをよっくんは・・・たちどころに見つけてくれた・・。

 その後、茂浦という集落の山手にある正福寺裏山にある墓地で、、、平田源次郎のお墓を探したが、ほどなく・・・「あにき、これやで・・・」という。

 「まさか・・・」と思った。自治会長さんと、あれほど探しても分からなかったお墓なのに・・・、いとも簡単に見つけてしまったのだから・・・。

 平田源次郎は・・・水主だった。帆を張ったりたたんだり、ロープを締めたり緩めたりする水兵であった・・。法名は「観空禅定門」亡くなった日付などは刻まれていない・・。

 あと一人・・・、森寅吉・・・のお墓もここにあるはずだけれど・・・、冬至のこの日は・・・日中が一番に短い日であった。すぐに暗くなって行く竹やぶの中で、二人は・・・残念な思いを胸にしながら墓地を出た・・・。

 その夜・・・。横瀬さんがやってきて、筆写を終えた塩飽水夫の資料をお返ししたら、まっさらな・・・幕府海軍草創期における塩飽水夫・・・という、資料そのものを差し出した・・・。<ああ、私のまる2日の努力は一体・・・なんだったのだ・・・>
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咸臨丸乗組員の墓・・。

2006年12月22日 | 歴史
 金曜日の午後からお休みをもらってさぬき広島に入った。暖かい金曜日だった。

 で・・、フェリーの中で偶然に自治会長の横瀬さんと出合った。何かの会合からの帰りらしい・・・。なかなかに連合自治会長という役も多忙らしい・・。

 で・・話はお墓の話になって、「そんなら、ワシもつきあうでぇ・・」ということになって、まずは、地元自治会の江の浦のお墓に入った。

 中学校の裏手一帯が・・江の浦の共同墓地になっている。昔の海岸・・・、砂浜だった場所。昔は土葬だったし、塩飽では両墓制度というものがあって、遺体は海岸近くの砂浜へ埋め、ここに「埋め墓」という簡易な石積みをしたお墓を作ったものだった。本当のお墓はお寺近くに立派な「拝み墓」とか「参り墓」を建てたものだった。

 しかし、いつの頃からか・・・、ここには拝み墓がどんどんと建つようになった。

 その一角にあるのがこれ・・。東国蔵のお墓である。東国蔵というのは咸臨丸に乗り組んでわが国最初にアメリカに渡った水夫50人のうちの一人。鉄砲方という兵士であった。先日、子孫の会の幹事役がその子孫と会って、脇差などの写真をここに掲載したはずだ。

 法名は「法山浄照信士」、明治十四年九月一日と刻まれている。

 その後、市井浦の海岸墓地で、向井仁助のお墓も発見した・・・。
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恒例の文集が届いた・・。

2006年12月21日 | 歴史
 さぬき広島のお隣のお隣くらいになるのかなぁ・・・、佐柳(さなぎ)島という島がある。塩飽諸島の一つだ。

 ここも・・・、すっかりと過疎の島となってしまったのだが、島を出た方たちの団結が強い・・・。もちろんん、リーダーがしっかりしているのだろうし、みんなも、その島田さんを信頼しとるんだろう・・。

 毎年・・・、200ページを越える文集を作成して関係各位に送っている。なかなかにできない行為だ。原稿を書いていただく・・・、そもそもこれが難しい。書いていただいた原稿を電子化する。ワープロ・ソフト等でデジタル化し、それを印刷して・・・専用というか大型製本機で製本して、指定した人に袋詰めして郵送するのだ・・・。

 先の11月の咸臨丸乗組員子孫の会がやってきても、ちゃんと懇談会をして文化交流をしている・・・。実にすばらしい島人たちだ・・・。

 おとなりの本島でも・・・入江会長ほかが出迎えて水夫たちの遺品などについて説明もしたが・・・、我が広島は・・・誰も対応できなかった・・・。それが悔しかった・・・。わずかに・・・天野商店のオヤジが・・・山下伊三郎さんのお墓を見つけるお手伝いをしただけだった・・・。

 私も何かをしなければならないなぁ・・と、思いつつ・・・怠惰な毎日に流されてしまっている・・・。
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咸臨丸乗組員のお墓・・。

2006年12月20日 | 歴史
 今日は坂出市番の洲町にある三菱化成という工場内にある公衆電話室の調査だった。そこのお仕事が終ってから・・・、ほんの200mほど先にある西浦墓地という場所をのぞいてみた・・・。

 うーん、単に小便がしたくなっただけの話で、みかん畑の脇で用を足した。見れば・・・「汚物投入厳禁」と書いてある・・。これはしまった・・・と思ったが・・・出物腫れ物ところかまわず・・・である。

 で、眼を転じたら・・・、目が点になった・・・。

 <南(島本)善四郎の墓>という看板が見えたのだ・・・。咸臨丸に乗ってアメリカに行った水夫のお墓なのだ・・・。もったいな場所に小便したものだ・・。

 あとは丁寧に合掌・・・お念仏してお詫びをしておいた。で・・、子孫の会事務局に報告したのは・・・当然だった。ま、これだけのお墓なのだから、とっくに子孫の会では把握しとるに違いないとは思うのだけれど・・・。

 しかしのかかし、このお墓、基礎台と上の竿石の色が違う、質が違う、年代が違う・・・。つまり・・・、この竿石は・・・近年になって、作りかえられたものらしい。だから、古い資料に残されている碑文とは違う文字が刻まれている・・。

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久々に表彰状をもらった・・・。

2006年12月20日 | 歴史
 朝、課長からのメールがあって、「なんのことなんだか・・」と思ってしまった。社長から表彰されるとかなんだとか・・・。

 私が応募した・・・人権標語が佳作になったということで、あんまりたいしたことではなかったみたい・・・。でも、四国中で、最優秀が1、優秀が3、佳作が5人なのだから・・・、それなりだったのだろうか・・。

 四国中では・・・2706作品の中からだから・・・まぁ、よしとするんだろうが、その記念品というのが・・・商品券・・・一枚・・・。つまりは千円だ・・・。それも三越の商品券・・・。なんだかなぁ・・と思ってしまった。

 早速に・・・旧宅からアルミの額を探してきて・・・、書斎の壁に飾ってみた。やっぱり、こうしてみると・・・、社長の印鑑が・・・重くみえる・・・気分だけ。

 ちょっぴり・・・、自分にご褒美・・・。
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いい天気になりました・・・。

2006年12月19日 | 自然
 今日もおかしな天気といえばおかしな天気であったのかも知れません。

 空は晴れて気持ちのいい冬空です・・。でも、気温は暖かい・・・。暖かいのだけれど、空気は凛としている・・・。窓を閉めると暑い。しかし、あければ寒い・・・。微妙な気温・・・。暑いのだか寒いのだかがわからない・・。

 今日はお友達に・・・自然薯を贈って歩いた・・。と言っても、本当に歩いた訳ではない。ちゃんと車で配達したのだけれど・・・。だったら、「贈って走った・・」というのだろうか・・・。

 あ・・・、「お友達」というのは、「ともーたち」という複数をさすことばではないらしい。小泉という個人も「友達」というのだそうだ。では、小泉を含む友人たちを「友達たち」というのだろうか・・・。最近の若者ことばでは、そんなことも言うとるらしい・・・。

 最近・・・、「木村のブログは難しい・・・」という声を聞くようになったが、そんなに難しいことをいうとるわけではなくて、単なる探求なのだし、少しだけ、難しいことを言ってみたいのだと思う・・・。

 普通の日記ではつまらんし、何か、私という人間が生きた証しみたいなものだから、みんなも・・・気楽に読み流してくれれば・・・と思ったりする。
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