まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

赤とんぼ 明日の予定が 見えてきた

2017年08月27日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は24.1度から31.8度、湿度は84%から54%、風は1mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の28日は、引き続き、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 昨日の雨のせいか、ずいぶんと空気が変わって涼しくなってきた。

 

 さて、昨夜のことだが、家内のあんちゃん夫婦(義兄・義姉)がお世話になっている介護施設の「夕涼み会」があった。私たちは「家族」ということで、サポート兼お楽しみ会ということで参加した。

 

 この施設はけっこう、大きな施設なので、利用者さん、利用者さん家族と、職員を合わせると、すごい数になったと思う。それに、来賓だの、一般客、地元の方などが集まっていた。

 

 この2人が、「あんちゃん夫婦」。こういう席ではビールも飲ませてくれるが、あんちゃんは合唱のリーダーなので、案外と控えめに飲んでいた。

 

 あんちゃんは、「起立」「礼」「着席」などと号令したし、歌のリード役だった。

 

 そんなことがあって、今朝。すごくさわやかだし、涼しくなったなぁと感じた。「秋かなぁ」と思ったが、温度を見ると、小学生の頃の日記に書かれていた「26度」とか「27度」とかいう夏休みの気温だった。

 

 さて、今日は、従兄弟の「七・七日」、満中陰の法要の日。東かがわ市にある会館での法要に参加した。

 

 導師は、曹洞宗のお坊さん。向こうさんは、私が真宗の僧侶だと知っているので、お友達だと思い込んでいるが。私は、お友達だとは認識していない。

 

 およそ、30名ほどがお参りしての49日、満中陰のご法事である。少し前ならば100名ほどが集まった名家なのだが、栄枯盛衰は世の習い。めっきりと減ったなぁと実感した。

 

 こういうものは、私は全く食べられない。まるごと持ち帰ることになった。とにかく、固い物はダメ、ご飯ものはダメ、噛む物はダメだから・・・食べるものがない。

 

 ところが、弟たちの策略で、二次会が我が家になっていた。で、持ち帰った食材で二次会、三次会になった。

 

 当然、奥方も参加してのカラオケ大会。ま、いとこを偲ぶ親身の食事会になったということか。なんまんだんぶ。

 

  今日の掲示板はこれ。「人の世話にならず 自分の力だけでやれた事が一つでもあるか」というもの。これは「荒了寛」という禅僧のことばで、カレンダーになっているもの。これも、そのまんまでいただくほうがいいというもの。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

 

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黄水仙 名刺一枚 いただいて

2017年01月04日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていたが、寒気の影響で、夕方からは雲が広がる見込みらしい。気温は6.5度から13.7度、湿度は96%から60%、風は2mから5mの西の風が少しばかり。明日の5日は冬型の気圧配置となるため、概ね曇るらしい。

 

 お正月も終わったことだし・・・ということで、玄関の正月飾りは片付けてしまった。新年会が終われば玄関飾りも松飾りも必要ない。

 

 で、久しぶりに香川県立図書館にやってきた。別段、捜し物があるわけでも調べたいものがあるわけではないが、「今年は何をやろうかなぁ・・」という漠然とした思いからだった。

 

 という、脈絡のない本ばかりを借りてきた。

 

 今日のメインの場所はここ。香川県立ミュージアムである。

 

 ここで、今の時期に行われている「日本伝統工芸展」を鑑賞するためである。ここ数年、この時期に毎年ここにやってきている。

 

 で、観覧料は一般610円 前売・団体(20名以上)490円、 高校生以下無料。こうした長寿手帳を持っている65歳以上の方や身体障害者手帳等をお持ちの方は免除されて無料で観覧できる。

 

 この広い会場には、陶芸87点、染織15点、漆芸87点、金工26点などが展示されている。別室には、木竹工43点、人形10点、諸工芸32点、総計300点が展示されている。

 

 これは日本工芸会会長賞の鍛矧合壺「線」という作品。「うーむ」とうなるしかない。

 

 こちらはNHK会長賞の「沈黒象嵌合子「能登残照」という作品。

 

 人形の部、東京都知事賞の桐塑紙貼「船出」というやさしい作品。

 

 染織の部の文部科学大臣賞の殻織着物「海に聞く」という作品。いずれもパンフレットの写真から。

 

 圧倒された後、ほんわかするつもりで、常設展示場にある「古い道具と昔のくらし」展を覗いてきた。

 

 箱膳と言われたもの。昔は食後にお茶碗にお茶をいれて、食器を洗い、箱にしまって保管した。水が豊富でなかった時代、食器を洗うのは一週間に一度程度だった。

 

 私的には懐かしく思いで深い三号自動式電話機。通称「3A」と呼んでいた電話機である。

 

 家に戻ると、この手帳が届いていた。今年も歴史を捜して歩き回るとしようか。

 

 今日の掲示板はこれ。「たとえどんなに辛くても 春を迎えぬ冬はない」というもの。同じような言葉に、「止まぬ風はない」、「あがらぬ雨はない」、「山よりでっかい獅子は出ぬ」、「明けない夜はない」、「来ない朝はない」などが思い出される。「秋が来ない夏はない」、「春が来ない冬はない」シリーズみたいなことだ。けれど、時計は逆回りはしないのだ。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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正月は 銘酒談義に 花が咲く

2017年01月02日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は4.6度から12.7度、湿度は94%から66%、風は2mから3mの西の風が少しばかり。明日の3日は、引き続き高気圧に覆われて晴れるけれど、夕方からは気圧の谷の影響で曇る見込みらしい。

 

 穏やかなお正月になった。風もなく静かな正月2日の朝を迎えた。これはお隣の不動尊に揚げられた佛旗のぼり。

 

 あたりは大霜でうっすらと白くなっている。空気もぴんと張り詰めている。犬の散歩をすませると、年賀状の返礼をポストに投げ込んでおく。

 

 わが家のお正月の朝はこれと、

 

 このお雑煮。あん入り丸餅白味噌仕立て。これが讃岐のお正月。

 

 で、正月2日は恒例の新年会。このあたりでは「正月礼」と言う。親族一同が一堂に会しての食事会。私が子どもの頃は40人、50人と集まったものだが、叔父さんや叔母さんたちもいなくなり、親戚の数も減って、最近は20人程度。

 

 女性陣はこの和室部分。弟「よっくん」の初孫が主役になっている。

 

 これがその、よっくんと孫ちゃん。ようやくにおじいちゃんになって目が細くなる。

 

 酒飲み親父たちはこちら。食べることより飲む方が楽しみ。いろんなお酒を持ち寄っての酒談義。

 

 今年は赤ちゃんを入れて16人とやや少なめ。お正月からお仕事が入った家族もあったため。

 

 こんな伊勢神宮の「御神酒」まで登場。

 

 やがてにはカラオケ大会になる。

 

 女性陣はお正月らしくカルタ大会。

 

 この宴は、午前11時から始まって、夜の22時まで11時間も続いたのであった。

 

 今日の掲示板はこれ。「一日を大切にする人は一年を大切にする 一年を大切にする人は一生を大切にする」というもの。年の初めに、こころしておきたい言葉である。「一秒を大切にする人は一分を大切にする 一分を大切にする人は一時間を大切にする 一時間を大切にする人は一日を大切にする」ということばが、この言葉の前についている。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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蓮の花 弥陀の香りを 仏前に

2016年08月13日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は26.3度から33.5度、湿度は88%から70%、風は1mから2mの東の風が少しばかり。明日の14日も、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 本格的な夏になった。朝早くからヒグラシが鳴き始め、ミンミンゼミが泣き出すと朝になる。

 

 朝の間の涼しいうちに全ての部屋や廊下などに掃除機をかけて掃除を済ませておく。

 

 9時前になったので買い物の運転手を頼まれた。今夜の「盆礼」の準備のためである。世の中は「お盆だ」「お盆だ」と賑やかだけれど、私的には「お盆」らしいことは何もしなかったし、お盆という意識もなかった。それは子供の頃からで、お盆だから何かをする・・・ということはなかったと記憶している。唯一、「盆礼」という食事会があるということくらいなものだった。

 

 お盆だから家族で旅行に行く・・なんてことがなかったし、お盆だから出かけるということもなく、ボン・ダンスがあったわけでもないし、演芸大会があったわけでもない。最近の10年余りは、島の家に神戸からのお客さんがあって、みんなで魚釣りをしたり、クルージングをしたり、ウエークボードや海水浴で楽しんだりしたが、子供たちが大きくなると部活だ受検だということで、それらもやまってしまった。

 

 でも、この「盆礼」と「正月礼」というのはずっと継続している。ちなみに「盆礼」をぐぐってみた。

 「盆に行われる訪問、贈答。盆を凶礼とするのは仏教の影響によるもので、もともとは正月と同様に祖霊祭の日であったため、子方から親方へ正式の訪問がなされ、そうめん、米、あるいは塩さばなどの食品の贈答が行われた。」(ブリタニカ国際大百科事典より)

 

 母が健在の頃には、母方・父方の叔父や叔母、母のいとこや甥や姪、それに弟たち家族などで30人から40人の大宴会になっていたが、今は叔父や叔母などがいなくなって、私の弟家族らの10数人になってしまった。今夜もそんなものだろう。

 

 樽生ビールは大繁盛で今年はお店に在庫がなくて、15リットルを今日と明日一本ずつの30リットルになる予定。わが家の冷蔵庫は容量が小さいのでビールを冷やす容量がない。そこで、いつも、こうしたサーバーをお借りしている。これを飲み干してしまうと、ぬるい缶ビールになってしまう。

 

 今夜も神戸から「よしつぐさん親子」が来る。

 

 みんなでお勤めをしてから小宴会になる。

 

 こうした盆礼や正月礼というものが、それぞれの家で行われてきたのだが、最近は、どういう訳か、わが家でのみ行われるようになった。だから、私たちが親戚筋の盆礼に出かけることはなくなってしまった。

 

 その後は、恒例になった「カラオケ1番」での歌合戦になる。

 

 一番の歌いたがり屋は私のすぐ下の弟の「よっくん」である。今夜も彼の一人舞台になることだろう。

 

 今日の掲示板はこれ。「蓮は泥沼で華開く 憂世の苦しみの中でこそ人は磨かれる」というもの。お釈迦様は「高原陸地に蓮華生ぜず、卑湿汚泥にこの花を生ず」と話された。蓮華は泥中にあって、はじめてきれいな花を咲かせる。泥なくしては決して美しい花は咲かない。泥が大切で、泥があってこそはじめて咲く蓮華である。泥を如何にして肥料として昇華していくべきか、私たちの生きて行く道にも泥中に学ぶことがたくさんありそうである。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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時はるか 夏の宴は 燃えさかる

2016年07月31日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は25.3度から30.8度、湿度は86%から77%、風は0mから1mの東の風が少しばかり。明日の1日は引き続き高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 ドラマなんぞ見ない私だが、このタイトル、「百合子さんの絵本」という言葉にひかれて、ついつい眺めて(?)いた。

 

 駐在武官という名のスパイ、情報収集というお話だったが、この女優さんが印象に残った。

 

 私的には、この映画、セーラー服と機関銃とか、

 

 戦国自衛隊とかで鮮烈な思い出があった。それから久しく顔なんぞ見なかったのか見たくなかったのか・・・。 昨年だかには、NHKの朝ドラの「あまちゃん」に出ていたのを眺めていた・・・

 

 すっかりとおばさんからおばあさんになったなぁと思ったことだった。ドラマの中身はどうでも良かった。心震えるお話でもなかった。「で、絵本はどうなったん・・」みたいな印象が残った。

  

 遍路札が終われば、今度は、歴史講演会の準備だ。主催団体の会長さんからOKをいただいたので、こういうお話をすることになった。その、スライドの作成に入った。

 

 さて、ご案内の通り、8月1日は、親父の命日である。で、今年は前日の7月31日に祥月命日のお勤めをすることになった。私たち夫婦はあんまり興味がないのだが、次男のよっくんが熱心なのだ。昨年なんぞは、しわく広島で中学生に歴史講座をやっているのに、呼び戻されてお勤めをしたくらいなもんだ。

 

 もう、46年も経てば、親父の思い出も悲しみもない。みんなで思い出を・・・と話しかけても「知らない・・」とか、「忘れた・・・」ということしかない。「寡黙だった」「働き者だった」くらいなものだ。

 

 ま、本音のところ、仏事より食事が大事なんだ。昔から、このあたりでは「おきゃく」と呼んでいたが、故人を縁にして(ダシにして)食事を楽しんだもの。そういうことでもないと、人が集まらないし、ご馳走も出せなかったわけだった。

 

 で、一緒に高知旅行をもくろんだ弟の「よっくん」と、いとこの「RRT(コールサイン)」に話を振ってみたが、二人とも覚えていないという。ふーん、そんなもんなんだ。やっぱり、64年は永いのか。64年前は遠いんだ。

 

 おきゃくは12時前から始まって、延々と夜の9時過ぎまで続いたのであった。

 

 この弟なんぞはマイクはなさーずで、歌いどおし。

 

 で、今回、おきゃくをしたのだから、お盆のおきゃくはしないで済まそうと考えていたら、「お盆は昔から『盆礼(ぼんれい)』をするもんや」と言われた。

 

 今日の掲示板はこれ。「人生はできることに集中することであり、できないことを悔やむことではない。」というもの。アインシュタイン以降の物理学、宇宙論の第一人者、スティーブン・ホーキング博士の言葉である。幼少の頃から数学や物理学に才能を発揮していた彼は、17歳でオックス フォード大学に入学。その在学中に、筋萎縮症性側索硬化症という難病にかかり、大きなショックを受けた。しかし、博士の強固な意志と周囲の協力により、 精力的に研究を続けてきた。ケンブリッジ大学院の研究生として本格的な宇宙論の研究を始め、1960年後半に「宇宙にはブラックホールが存在する」 ことを示した。1980年代になってからは、宇宙の起源や量子力学が宇宙の運命に及ぼす影響について研究を開始。まだ、どうやって宇宙ができたかは解明 されていないけれど、博士の功績はじつに大きなものだといわれている。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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暑い日も 雨の日もある 寺の庭

2016年07月06日 | 時には日々是日

 京都市は高気圧に覆われて概ね晴れていたが、大気の状態が不安定となっているため、夜のはじめ頃まで雨や雷雨となるところがあるらしい。今日の気温は26.1度から34.9度、湿度は92%から61%、風は1mから3mの南南西の風が少しばかり。明日の京都府は高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 さて、1時間半から2時間おきにトイレに起きるものだから身体がカラカラになって、喉が渇いて仕方がないので眼が覚めて起きたのが朝の5時前。早くから起きて、寝ている人の邪魔をしても悪いのでお寺から外に出た。

 

 で、近くのコンビニで水分補給をする。

 

 その後、お隣の本願寺さんの「おあさじ」に出る。朝のお勤めが6時からつとめられている。でも、ゆっくりとしている訳にもいかない。

 

 阿弥陀堂のお勤めが終わればすぐさま、うちのお寺に引き返す。

 

 6時半からは「両堂=阿弥陀堂と御影堂」の畳のから拭き掃除である。受講生全員が、このお掃除をする。

 

 お掃除が終われば宿舎の片付けに入る。使った寝具からシーツをはがし、布団の種別ごとに分けて整頓する。みんな手慣れたものでてきぱきと片付ける。

 

 午前8時からは朝食になる。これまた、みんなでてきぱきと食事の準備。朝は「ご仏飯」のお裾分けということで、ご飯とお味噌汁などが定番となっている。それに納豆と海苔とおつけもの。

 

 私は小食だから皆さんの半分ほどをいただく。

 

 午前8時からは「ご晨朝(じんじょう)=おあさじ」である。阿弥陀堂では「讃仏偈」、御影堂では「正信偈」のお勤めになる。

 

 で、9時から12時までが講義になる。今回は、インターネット時代の中での人権問題を取り上げている。安易にLINEやFACEBOOKなどのSNSなどで、ヘイトスピーチや人権問題などが一気に拡散してしまう中で、現実社会の人権問題はどうあるべきか・・という講義であった。

 

 12時からは閉講式があり、修了証書が授与されて、今回の研修が終わった。

 

 いつもお世話になるお店で格安のお食事。150円の生ビールに「小すだちうどん」とサービスの生玉子。おうどんたって、ミニサイズでふたくちほどで食べられるもの。まるで幼稚園生のお食事みたい。とにかく、おなかが小さいのだ。

 

 途中で、「龍谷ミュージアム」での展示をみたり、仏教のお勉強をしたり、仏具屋さんで仏具や仏壇を眺めたりしながら、30分ごとのトイレ休憩の場所を探して歩き回る。高速バスは京都駅前を16時50分発。永い4時間余りだった。

 

 今日の掲示板はこれ。「いいところも悪いところも 丸ごと あなた自身じゃないですか」という松原祐善先生の言葉から。私たちがいつも忘れていること。それは、松原祐善先生が仰るような、丸ごとの私を好きになること。自分のいいところだけしか認められないのは理想主義。そもそも自分で認めたり認めなかったりする以前に、私はこの世に生まれることを認められていたではないか、生きることを願われていたではないか。丸ごとの自分を「そのまま愛しています」と手を広げて待ちわびていてくださる仏さまがいらっしゃるのである。その仏様が大きな声でこの私を呼んで下さっているではないか。「南無阿弥陀仏」と。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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梅雨空を 写して手にする 杓の水

2016年06月09日 | 時には日々是日

 京都地方は気圧の谷や湿った空気の影響で夕方まで雷雨となるところがあるらしい。気温は22.3度から27.6度、湿度は94%から83%、風は1mから3mの北北西の風が少しばかり。明日の京都は、高気圧に覆われて、昼ごろからは概ね晴れる見込みらしい。

 

 今朝も5時過ぎに目が覚めたが、みんな、ぐっすりとお休みだから邪魔をしても悪いもので散歩に出た。散歩たって、そのあたりを歩いてもつまらない。そこでまたも本願寺さんにやってきた。来てみれば、「今日はお休みなんやろうか・・」と思うような静けさ。

 

 それでも喚鐘(かんしょう)が響き出すと、どこかから人が集まって来る。それでも、今日は少ないほう・・・。

 

 阿弥陀堂でのお勤めが終われば、今日は失礼してお寺に戻る。今日は帰る支度をしないといけないのだ。

 

 この方、うちのお寺のお勉強にこられている方なんだが、道路の雑草を取っている。立派な心がけだなぁと感心したが、お手伝いをするほどの善人ではない私。見て見ぬふりをする極悪人。

 

 すばやく着替えをして7時からの朝食をいただく。「一粒一滴みなご恩、不足言ってはもったない。感謝でおいしくいただきましょう。」「いただきます」。

 

 朝食が終われば、撤収の準備。使ったお布団のカバーを外して片付ける。荷物も整理して、ゴミも片付ける。みんな、手慣れたものであっという間に片付いてしまう。

 

 8時からは「ご晨朝(じんじょう」、朝のおつとめである。阿弥陀堂では「讃仏偈(さんぶつげ)」のおつとめ。

 

 御影堂では「正信偈(しょうしんげ)」のおつとめ。

 

 今日は「副講」と・いうことで、このような講義であった。

 

 明恵(みょうえ)さんは、法然上人に対抗したお坊さん、そのさまじさに驚いた。

 

 お昼前に講義が終わって、今回のお勉強会はおしまい。

 

 奥方の希望で、おつけもののおみやげを買って帰宅の準備。

 

 おお、今回もまた、中学生の修学旅行生。こういう旅行も続いているんだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「すべて見える世界は その幾層倍もの見えない世界に支えられている」というもの。東井義雄先生の心に響く言葉より…。

【自分は自分の主人公】

自分は自分の主人公
世界でただ一人の自分を創っていく責任者
九(苦)をのりこえなければ
10のよろこびはつかめない
九九を通らなければ
100のしあわせは得られない

ほんものと にせものとは
見えないところのあり方で決まる

ほんものはつづく
つづけるとほんものになる

すべて見える世界は、それの幾層倍もの
見えない世界にささえられて
そこに存在している

尊いもの 美しいもの 善なるものも
みんな謙虚な人のところへ集まってきて
その人のものとなる

二度とない人生。二度とない今日ただ今。
生きているということは
どんなにすばらしいことなのか
どんなにただごとではないことなのか

いちばん身近な人のおかげが見えないようでは
しあわせにはめぐりあえない

亀は兎になれない
しかしそのつもりになって
努力すれば
日本一の亀になれる

君は 君をりっぱにする
世界でただ一人の責任者なんだね

『森信三先生講述 中・高生のための「人間の生き方」-人間学小門-』(寺田清一編)親子教育叢書 より

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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城跡に 歴史を知らぬ アマリリス

2016年05月12日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れている。気温は11.9度から22.6度、湿度は89%から64%、風は1mから2mの東北東の風が少しばかり。明日の13日は高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 今日は暑くもなく寒くもない朝になった。こんな日はお出かけだな・・ということで車を走らせた。

 

 で、やってきたのは高松市林町にある「香川県立図書館・文書館」。すっかりとアキニレの葉っぱが出そろってきた。

 

 開館直後の図書館は静寂そのもの。今日は利用者さんの数も少ない。

 

 先週だかに借りた6冊の本を返却して、また、新たな6冊を借りた。

 

 今回は、こういう本と・・・、

 

 こういう本を借りてきた。来週は案外と時間が空きそう・・・。でも、読書には不向きかも知れない。

 

 帰りには、ここに寄ってみた。高松市香南郷土資料館である。昔の「由佐城跡」だが、こんな立派な櫓があったわけではない。

 

 ここでも、「わが家のお宝展」をやっているかと思って来たのだが、それは来月からですと言う。で、ものはついでだから、この「城山まつり」を勉強して帰ろうかなと思った。

 

 中山城山(なかやま-じょうざん)1763-1837 は、江戸時代後期の儒者で宝暦13年にこの地香南に生まれた讃岐の人。医師中山玄柳の子。藤川東園に医学と儒学をまなび、寛政11年高松藩に招かれる。また城山塾をひらき古文辞学をおしえた。讃岐の郷土史「全讃史」をまとめ藩に献上した。天保8年4月23日死去。75歳。名は鷹(よう)。字(あざな)は伯鷹。通称は塵(じん)。

 

 この、「城山まつり」は、香南町生まれの儒学者「中山 城山(なかやま じょうざん)」ゆかりの貴重な書物や軸を、城山先生の命日である4月23日に併せ、城山まつりを開催し、展示・公開しているもので、毎年の恒例行事になっている。中山城山は幼少の頃から勉学に励み、藤沢東畡や藤川三渓など多くの門弟を育てたし、また、久米通賢の鉄砲作りの協力や、讃岐の郷土史誌の手本とされる「全讃史」を書き上げるなどした、香川の偉人の一人である。あわせて、香南小学校・中学校の児童生徒による書や絵画も展示している。

 

 これが、「全讃史」である。

 

 こうした書や書物なども展示されていた。

 

 今日の掲示板はこれ。「与えられた場所に生きる意味を見つけない人は、どこに行っても満足はない」というもの。「やりたい仕事が見つからない」とか、「こんな仕事をやるためにこの会社に入ったんじゃない」とか、そういう声をよく聞くのだが、目の前にあるものをまず はきちんとやるべきで、「生きる意味」とか、「仕事の意味」とかは人に教えてもらうものではなく、自分で見つけるしかないのである。自分の置かれている環 境に対して文句ばっかり言っていたって、何も解決はしないし、自分の人格を下げるばかり。だから、今自分にやれることをやる。自分で居場所を作って、自分 で生きる意味を見つけるしかない。シンプルだけど、生きてくってそういうことの繰り返しなのだと思うばかりである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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山高く 若葉きらめく 庭の先

2016年05月04日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は14.7度から24.0度、湿度は86%から64%、風は1mから2mの北西の風が少しばかり。明日の香川県の5日は、高気圧に覆われて晴れるらしい。

 

 左側のデスクトップPCは、早くからWindows10にアップデートしていたのだが、別段問題も支障もないので、無料アップデートの期間中にノートPCもWindows10に更新した。問題なく動いている様子。

 

 さて、今日はお昼からカラオケボックスに行って、カラオケを楽しむ予定だったのだが、やってきた娘家族は、「こんないい天気なのに、暗い室内でカラオケをやるよか、外で焼き肉でもしようか・・」ということで、バーベキューの用意に入って、ガーデン・バーベキュー。

 

 新緑に囲まれた中、薫風かおる青空の下で、爽快に焼き肉を楽しむことになった。

 

 午前中はお仕事だった奥方の「けいこばぁ」も戻ってきて仲間入り。

 

 私ら夫婦と次男の「よっくん」と、娘家族の3人の計6人のこじんまりとした昼食。

 

 その後、「カラオケ1番」でのカラオケを楽しむ。

 

 けいこばぁのカラオケなんて我が家の史上初めてじゃなかろうか。

 

 ひとしきりカラオケを楽しんだ後は、少しばかり休憩。そこで山の旧宅跡に行ってタケノコ探し。孫のなぎちゃんが奮闘している。

 

 コーチ役の「よっくん」が「こうやって掘るんやで・・」と指導したり、手伝ったり・・・。

 

 そのあと、市内をドライブして、おへんろ交流サロンやら・・・

 

 天体望遠鏡博物館をのぞいたりして帰宅・・・。

 

 カラオケ1番には古い歌しか入っていないというので、ノートPCをテレビにつないで、「ユーチューブ」でのカラオケ・・・・。音声は「カラオケ1番」を使っての歌になる。こうなると、「よっくん」の独壇場・・・。

 

 お昼にしっかりとお肉を食べたので、夕食は野菜サラダとかの軽めのものをつまみながらの熱唱が続いた。

 

 今日の掲示板はこれ。「数秒間 心を空っぽにする これが人生のコツ」という沢庵さんの言葉から。こんな言葉もある。「つらいこと一つひとつが心の栄養になる。/空海」、「人のために灯をともせば、自分の前も明るくなる。/日蓮」、「汚れた心があるから清らかな悟りがある。/法然」、「手を合わせると、どんな心もきれいになる。/ 道元」、「人の苦しみを分かるために苦しむのです。/親鸞」、「分かち合える人が来世も幸せな人。/慈円」、「幸せは人に分ければ分けるほど大きくなる。/最澄」、「徳がある人が得をする人なのです。/明恵」、「いつもありがとうと言うように、言われるように。/蓮如」・・・・。こころに残る言葉があればありがたい。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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ただ無心 風に任せる 藤の花

2016年04月19日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は8.5度から21.7度、湿度は92%から58%、風は1mから5mの西の風が少しばかり。昨日とは一転して暖かい一日になった。明日の20日は高気圧に覆われて晴れるけれど、夜は気圧の谷や湿った空気の影響で雲が広がる見込みらしい。

 

 ノートパソコンは順調に動いている。何があって、ご機嫌を損ねていたのやらである。

 

 で、山の旧宅の草刈りに出かけたのだが、秋に使ってからしばらく草刈り機を使っていなかったものだからエンジンは動くのだが刈り刃が回らない。仕方がないから修理に出したら、部品交換で1万数千円もかかるというが、まさか、手で刈り払う訳にもいかないのでお願いをした。どこに災難があるかわからない。昨日のハシゴを止める器具である。しっかりしたものに交換されていた。

 

 草刈りができないならばどうするか・・・と考えたが、今日はここに行ってみた。例の、東かがわ市帰来(きらい)というところにある芝桜富士である。手前が自作の山小屋である。

 

 これが、ドローンで撮影した全体像である。

 

 毎年、気になる石仏がこれである。「八十二番」と書いてあるのだから、ミニ四国霊場に違いないが、どこから始まって、どこで終わるのだろうか・・・と、気になっていたのである。

 

 で、このおじさん、森本君に聞いてみた。このミニ四国は、近くにある「観音寺」というお寺から始まって、その手前で終わるというのである。それでは・・・ということで、今日は、石仏を追って山歩きをすることになった。

 

 五合目の芝桜も見頃を過ぎたみたい。今月いっぱいはもたないかも知れない。

 

 で、こういう石仏を追って、山道を登ってみた。

 

 芝桜富士の頂上部分近くに81番があった。

 

 このようなブロックをどうやって運んできたのだろう。それにコンクリートだって。中には、倒れたり、割れたりしたものもあった。急な坂道もあるし、石仏が並んでいる場所もあった。中には「大阪」と刻まれたものもある。

 

 ここが山の頂上らしい。石仏は20番台までになってきた。

 

 そして、ここが結願の88番札所である。何やらいろんな石仏が安置してある。

 

  そして、ここが、その観音寺さん。ここも弘法大師さんの創建ということになっている。

 

 お寺から見た山である。このあたりに鉄塔は見当たらないので、あの頂上の鉄塔まで登って下りてきたことになる。

 

 正確ではないが、こういうイメージだろうか。桃色の三角が芝桜富士。赤がミニ四国霊場。登るときはズンズンと登ったのだけれど、夕方になると筋肉痛がひどくなってきた。明日はもっときついかも知れない。

 

 今日の掲示板はこれ。「自信の上には奢りがあり、謙遜の下には卑屈がある。決して、自信に墜ちるな、謙遜に満ちるな」という大滝秀治さんのことばから。大滝さんは大正14年6月6日生まれ、平成24年10月2日没。俳優・ナレーター。本名同じ。昭和18年に旧制私立駒込中学校を卒業して、三田の電話局に勤務した。昭和20年に通信兵として召集され、戦後は大手町の電話局で、進駐軍を担当した。平成23年度文化功労者。名優の一人として舞台やテレビドラマ・映画・テレビコマーシャルと60年以上にわたり幅広く活躍した。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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あれやこれ 山はなかなか 笑わない

2016年04月15日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は11.2度から21.2度、湿度は85%から42%と、気持ちの良い初夏のような季候になった。明日の16日は、高気圧に覆われて晴れるけれど、夕方からは気圧の谷や湿った空気の影響で雲が広がり、夜は雨の降る所がある見込みなんだと。

  

 山菜もタケノコも飽きたしなぁ・・・ということで、今日はここに行くことにした。

 

 この、「千手観音」と、刀剣の「ニッカリ青江」である。というのも、私のブログの検索項目に、最近多いのが、「ニッカリ青江 混雑」というワードなのである。そんなに混雑するか・・・ということで、のぞいてみようと思って居たのだった。

 

 そんなにすごいのかなぁ・・ということでやって来たものの、人影はまばら。平日の朝だから、若い人はお仕事中の筈。

 

 ところが、ここではこちらがメインのよう。こういうポスターがあちらこちらに張られている。

 

 入場券まで、こんなもの。「ピカソは見てもわからんので、刀を見たいのですが・・」と言うと、「ピカソのコーナーを通って、次の会場に進んでください」と仰る。そこで絵画や彫刻などが並ぶ中をすり抜けて、次の展示室へ・・・。

 

 ここは、空海さんの常設展示室である。その一角に、この千手観音立像が置かれている。(NET画像より)

 

  この観音さまは、宇多津町にある聖通寺山の中腹にある聖通寺の宝物で、現在、収蔵庫を修復しているので、その合間にお借りをして研究調査をして展示してあるそうだ。時代は平安時代の作とされている。重要文化財である。(以下、パンフレットから)

 

 「鬢髪(びんぱつ)」という、耳の前から紐状の鬢髪が2本垂れて、耳をわたって後へ流れるというのが特色らしい。でも、こうした仏像も、お寺にあればそれらしく手も合わせるのだが、こんな場にあると「工芸品」とか「美術品」とか「展示物」という意識が働いて「鑑賞」するという気持ちになってしまう。

 

  さて、今日のメインの「KATANA」である。刀に「名物」というものがある。由緒があったり、すぐれていると高く評価されたりする茶道具や刀剣をさす言葉らしい。その名物のうちの2本がこれ。

 

 高松松平家伝来の脇差し「切刃貞宗」で、由緒としては「明智日向守光秀」が所持していたもの。この刀は大坂の陣で火災に遭い、「消失名物」に指定されているもの。

 

 これが丸亀京極藩に伝来した「ニッカリ青江」である。にっかりと笑う女の幽霊を切った筈が、翌日には石塔が切れていた・・・という由緒が名物帳に記載されている。価値が高すぎて代付けができないので「無代」と記載されている。

 

 若い女性が押し寄せる「刀剣乱舞」の看板がここにも置かれていた。このゲームに登場するのが、「にっかり青江」である。だから、「混雑」するのだろうが、杖をついたおじいさんと私だけが鑑賞していただけであった。週末には大勢が押し寄せるのかも・・・。

 

 午後からは、講演会のリハーサルをやっていた。

 

 今日の掲示板はこれ。「去年ともに歩きし人よ いないということ思い知る葉桜の下」という俵万智さんの唄から。 《チューリップのペンダントして歩く道 鈴のようにも涙のようにも》  《去年ともに歩きし人よ「いない」ということ思い知る葉桜の下》 葉桜を見ると私はいつも、人との出会いや別れを思い出す。『短歌は、ぼんやりとしていては、生まれない。けれど意識しすぎても、だめだ。いつ訪れるかはわからない「あっ」という心の揺れ、それが種となって、少しずつ育ってゆく。花は、そんな心の揺れを、たくさん私に運んでくれる大切なパートナーだ。俵万智さんの言葉である。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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やまつつじ お墓ばかりを 見て通る

2016年04月08日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていたが、気圧の谷の影響で午後からは雲が広がってきた。気温は13度から21度、湿度は88%から63%、風は1mから2mの西の風が少しばかり。すっかりと春の陽気になってきた。明日の9日は高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 今日は香川県立図書館へ本を探しに出かけたのだが、この、高松東警察署で警察官に止められた。「朝から検問か・・・」と、シートベルトや免許証を確認したら、見慣れたお坊さんが何人かいる・・・。

 

 「今日はお釈迦様の誕生日で、キャンペーンをやっております」と、小さな袋をいただいた。

 

 ふーん。町の仏教会が「いのち尊し」ということで、交通安全キャンペーンをやっていると言うのである。

 

 袋の中には「芝桜」が一鉢、入っていた。なるほど、「花まつり」なのか・・・。

 

 当然、こういうチラシも入っていた。朝からお疲れ様でした。

 

 で、9時の開館と同時に入館した。で、借りていた「長尾町史」ほか数冊を返却した。

 

 で、書庫に収められているこの「両墓制と他界観」とか・・

 

 「中世の葬送・墓制」とか「神と霊魂の民俗」とかという民俗学の本を6冊借りて来た。ま、「両墓制」に関するものばかり。なんで、一人のためにお墓を二つも作るのか・・・ということを調べている。

 

 私が初めて、塩飽諸島の「しわく広島」に行った時・・・・

 

 こういうお墓を見て驚いたのである。「なんだ、こ、この墓は・・・」と、思わず、カメラを向けたもの。で、そのあたりには、自然石を置いたものや、普通の石塔墓も向こうには見える。これが「両墓制」との出逢いだった。で、両墓制について調べた膨大な資料も倉庫から出てきた・・・。

 

 そこで、その資料の中から古い写真を探し出してきて、両墓制について撮影した写真を集めて、これを電子化することにした。

 

 この島では、この奇妙な屋根型のものを「ヤネ(屋根)」と呼んでいた。これは寝棺を埋めた上に置いたもの。分類学的には「四十九院」というもの。下部に柱状の板が打ち付けてあるが、これが49枚あるのだ。ここでは、7年経つと、この屋根が腐って砂が落ち着くので、その上に「詣り墓」という石塔墓を建てる。埋め墓が参り墓に変わるというのである。

 

 古い写真の中に、わが家を建てる前の何もない荒れ地に、少しばかり盛り土をした風景が写っている。もう、二十数年昔の写真であった。

 

 今日の掲示板はこれ。「願わなくても花は咲き 願っても花は散る」というもので、町内の善楽寺さんの掲示板から。こんな言葉が、若かりし頃には気にならなかったものだが、生きて生かされ・・・60数年も経てば、こんな掲示板が目に付くようになった。春・夏・秋・冬・・・やれ台風だ、地震だ、晴天だ、木枯らしが吹いてきたぞ、積雪になったな・・・。願わなくても自然は動き続け、綺麗な花をもう少し見ていたいと願っても花は散ってしまう。私たちの「我」や「望み」や「希望」や「思惑」など、何の役にも立ちはしないのだ。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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花曇り 歴史の重みを 知らされる

2016年03月31日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は気圧の谷の影響で薄雲が広がっていた。夜遅くには雨が降る見込みらしい。気温は10度から18度、湿度は94%から78%、風は1mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の4月1日は四国の南海上を東に進む低気圧の影響で夕方まで雨が降る見込みらしい。

 

 すっかりと春めいてきた朝になった。ウインドブレーカーも帽子も手袋もいらなくなった。

 

 で、木曜日になったので、さぬき市富田中にある「さぬき市歴史民俗資料館」にやってきた。ここの休館日が水曜日だったからだ。

 

 ここで企画展の「古文書からたどる近代教育のあけぼの・明義堂・鴨居家展」が開かれている。鴨居ミチさん・・・というのは、高校の時の書道の先生だったが、あとの方はわからない。同じ町内に住んでいながら、明義堂が何であったのかも覚えてはいない。

 

 寒川郡冨田西村に生まれた鴨居忠次郎は、明治2年に高松藩の許可を得て西村2520番地に郷校の創立計画をする。明治3年に許可され明治4年に竣工して、近郷近在から100名にも及ぶ生徒が集まり「明義堂」と称した。鴨居家の土地に、鴨居氏の資金や資材で建設して高松藩に寄付する形だったという。

 

 その時の門がこれであるという。これは写真である。

 

 これが、郷校設立の嘆願書である。教授陣は高松藩の講道館から派遣されてきた。この忠次郎も漢学準少助教を務めていた。

 

 ところが、明治5年になると学制が公布され、明義堂は「大道小学校」となり、忠次郎は雑事係をしながら教育の任にあたったという。明治28年までの24年間、この校舎は使用されたが、校舎の傷みが激しく、遂に取り壊されてしまったという。

 

 これが、その跡地近くに建てられている記念碑で、ここが富田小学校の起源であると記されている。その富田小学校も昨年に閉校となってしまった。

 

 これが、その展示室の様子であり、白髪あたまの方が、私どもの会長であり、ここの文化財保護協会のお仕事もされているらしい。

 

 この方が、忠次郎さんの二男の武さん。東大合格香川県人第一号、博士号香川県人第一号、東大名誉教授となった方。私は全く、知らない人だった。この先生の著書や研究器具なども展示されていた。

 

 この額は、工学博士鴨居武先生が大正14年に描かれたもので、富田小学校の講堂に掲げられていたものらしい。

 

 この方は、武さんの次女の「鴨居ミチ」さんという方で、日展で19回連続入選するなどした書道家である。私の高校でも書道の先生をしていたが、教えていただいたことはない。ただの普通のおばさまだったような記憶がある。

 

 その先生の書の入った屏風である。これまた、立派なものだった。

 

 これは、鴨居道先生筆の「かな手本・四国霊場八十八ケ所御詠歌」である。地元に、こんな人が居たのか・・・と、驚くと共に、こんな資料や、こんな書簡や、こんな貴重な本が眠っていたのか・・・と驚かされることばかりであった。

 

 今日の掲示板はこれ。「今日も一日無事に過ごせた これに勝る幸せはない」というもの。「日々是好日」という言葉あるが、晴れた日も、風の日も雨の日もある。主体的に懸命に今日一日を生きるなら、それはかけがえのない一日となり、毎日が佳き日となる。「今日も一日無事に過ごせた。これに勝る幸せはない。」そう、感謝して、今日を終えたいものである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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すぐそこに 梅の花あり 野のほとけ

2016年02月17日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は冬型の気圧配置となっており、寒気の影響で雲が広がりやすく、西讃では昼前は雨や雪が降っていたらしい。気温は6度から9度、湿度は76%から53%、風は3mから5mの西の風が一時強かった。明日の18日は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 昨年の11月16日から防災設備改修工事を行っていた香川県立図書館だったが、ようやくに工事も終わって、昨日から通常開館したということで、三ヶ月ぶりにここにやってきた。

 

 で、昨日のニュースでは、香川県初の総理大臣になった大平正芳さんの愛読書など9,100冊がここに寄贈されて、大平文庫が開設されたということだった。

 

 香川県観音寺市(旧豊浜町)出身の大平正芳元首相の蔵書などを保存して、県民らが閲覧できる「大平文庫」が16日、香川県立図書館に開設された。大平元首相 の資料などを展示して業績を顕彰してきた「大平正芳記念館」(観音寺市坂本町)が老朽化のため昨年3月末に閉館したので、公益財団法人「大平正芳記念財団」が蔵書などを寄贈したもの。

 

 寄贈図書は9,135冊。「大平文庫」としては8,593冊で1階閲覧室の郷土資料コーナーに大平元首相の思想、活動、足跡などが分かる図書をはじめ著作・研究書、愛読書など約1千冊を展示し、残りは書庫で保存するという。

 

 さすが総理になっただけのお方で、難しい本をたくさん読まれた様子。見てもなんだかわからないような本ばかりであった。この「大平文庫」は閲覧はできるが、貸し出しはしないということだった。つまり、1冊だけしかないってことらしい。

 

 次にはこれ。歌人の与謝野晶子(1875~1942年)が満州事変(1931)後に書いた、国の将来を憂える内容の書簡などを、所有者の椎名さんが香川県立図書館に寄贈したもの。書簡は、明善高等女学校(現私立英明高校)教員で、歌人でもあった椎名六郎氏(後の県立図書館長)に宛てたもの。巻紙に墨で書かれており、封筒には32年2月1日の消印がある。図書館では2月16日から一般公開している。

 

 で、私が借りてきたのはこんな本・・・。何度も読んだ本なんだが、ついつい、借りて来てしまった。来週にでも返却してこなければ・・・。

 

 わが家から少し南に進んだところにあった大きな梅の木。さぞや満開なんだろうと言ってみたら・・・。

 

 あれ・・・。何にもない。上の写真にあったプレハブ小屋もなければ、古めいた空き家も、その手前にあった大きなクスノキもない・・・。きれいさっぱりとなくなっている。

 

 ここの路線の二つのカーブがきついので、この赤線のように削り取るのかも知れない。この図の黄色い部分は土石流危険エリアらしい。わが家は上部真ん中の赤丸の位置。少しばかり安心地域。

 

 お昼からは本を借りていた「さぬき市立志度図書館」へ行って、五冊の本を返却してきた。両方で借りていると訳がわからなくなってしまうので、さぬき市のものは返却しておくのがいいと思ったからだった。

 

 わが家のチューリップも葉っぱを伸ばし始めてきた。少しずつだがひたむきに生きている。

 

 そろそろ、おひなさんのイベントも近くなってくる。春の足音がひたひたと近づいてくる。

 

 今日の掲示板はこれ。「なんでもないこと どうでもいいこと 得にならないこと それを大切にする時 人は美しくなる」というもの。これも赤松先生のお寺にあったものかな。私の研究や調査は、それこそ「なんでもないこと」、「どうでもいいこと」「得にならないこと」ばかり・・・。レキの墓研究でも、咸臨丸乗組員のお墓探しで も、二十四輩さん研究でも、法然上人の足跡探しでも、お遍路さんの納め札調査でも、それで誰かが幸せになることもないし、生活が豊かになるわけでもない。そんな「どうでもいいこと」「得にならないこと」を大切 にしてはいるのだけれど、それで「こころが美しくなる」訳でもなく、「生活や身なりが美しくなる」訳でもないのだけれど。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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餅撞いて 今年の予定の 幕を引く

2015年12月30日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は1度から10度、湿度は70%から53%、風は1mから3mの北北東の風が少しばかり。明日の31日は、午前中は晴れるけれど、午後は気圧の谷や寒気の影響で雲が広がり、雨の降る所がある見込みらしい。

 

 昨日のドタバタが効いたのか、連日の疲れが出てきたものか、今朝は7時半過ぎになって起こされた。いつもは5時半頃に起きるのに・・・。

 

 起きると、簡単な朝食を食べて、餅つきが始まった。今年は娘家族もやって来ないし、三男坊の弟の姿も見えない。そこで、二人だけでの餅つきになった。

 

 餅つきたって、臼や杵でペッタンペッタン・・と撞く訳やない。こんな機械でこね回す・・・という具合。ところが、最初は要領が分からず、機械を回しすぎたらしくて柔らかくなりすぎて、手に指にくっついてしまってお餅にならない・・。ま、どうにか、一臼分はお餅になった。

 

 そこへ、三男坊の弟がやってきて、三人での餅つきになった。これを三回、繰り返して、三臼分になった。

 

 ご存じだと思うが、讃岐のお雑煮は、「あん入り丸餅白味噌仕立て」。

 

 だから、一臼分はあんこ入りの丸餅になる。餅を丸めるなんていうのは、子供の時以来・・・。いつもは娘や孫や母である「さっちゃん」らの役目だった。でも、やってみれば、身体がおぼえているのか、自然に丸められてお餅になった。

 

 子供の頃は、食べるものがなかったから、学校から帰るとお餅を焼いて食べたもの。ところが、二十才台の後半ごろ、会社で鏡開きがあって、そのときに競争みたいにして、あん餅を焼いてぜんざいにして20数個食べて胸焼けになって、それ以降、お餅を食べることができなくなった。だから、今は全く、お餅も雑煮も食べてはいない。

 

 これらのお餅は、娘んちや二男の弟んちや三男の弟んちに配ってしまって、後は奥方のけいこばぁが何ヶ月もかかって食べることになる。

 

 その後は、仏間のお掃除・・・。

 

 で、ののさまにもお餅をお供えして、お花も入れ替えて、迎春準備もおしまいに。

 

 昼からは、弟と一緒に、庭木の剪定作業。家の裏手に、母や奥方らが植えたケヤキだのミモザだのなんだかんだの植木がある。植えたら植えっぱなしだったので、思い切り、切って切って、切り倒していった。これは剪定ではなくて伐採やなぁ・・などと言いながら・・。

 

 施工前の画像がないので比較ができないが、ずいぶんとさっぱりとした裏庭になった。これも十年ぶりの・・・というか、初めての庭仕事になった。

 

 世の中は、来年がサル年だとにぎやかだけれど、このあたりでは、毎年がサル年だし、イノシシ年であって、なぁんにもめでたくも嬉しくもないと言うもんだ。来年は、サルが去る年にでもなれば、みんなで盛大にお祝いしたいものである。

 

 今日の掲示板はこれ。「夢は見るものではなく 叶えるもの 何をするにしても壁はある 壁にぶつかるからこそ人は頑張るんだと思う」という、沢穂希さんの言葉から。『夢は見るものではなく叶えるもの』を座右の銘とするキャプテンの澤穂希(さわ・ほまれ)さんは著書の中で、こう述べている。「苦しい思いをすると、同時 にもっとやれる自分が見えてくる。」「何をやるにしても壁はある。壁にぶつかるからこそ、人はがんばれるんだと思う。」「夢を抱くのに年齢もキャリアも関 係ない。シンプルな習慣を少しプラスするだけで、あなたの夢がグッと近づく。」と語ってくれている。そして、「発明王」トーマス・エジソンは「我々の最も 大きな弱点は、諦めることにある。成功するための最も確かな方法は、常にもう一度だけ挑戦してみることだ。」という名言を残している。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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