まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

大晦日 一人ぼっちの 日が暮れる

2013年12月31日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は気圧の谷や寒気の影響で西部を中心に雲が広がったり晴れたりしたが、概ね晴れていた。気温は5度から12度、湿度は84%から50%。風は1Mから3Mの西北西の風が・・・。明日の1月1日は、気圧の谷や寒気の影響で、雲が広がりやすいという。

 

 ということで、今日はお布団を干したり、二階部分のお掃除。大掃除という訳ではない。

 

 きれい好きというわけでもないが、なんとなく、お掃除でも・・と思った次第。ま、お天気が良かった・・ということらしい。

 

 おこたとかも全部運び出してのお掃除・・・。奥方は8時半にはお仕事だと云って出掛けて行った。今夜はお泊まり介護の日。ひとりぼっちの大晦日「おおみそか・ぼっち」。

 

 ついでに、昨年から破れたまんまになっている障子も張り替えておくことにした。

 

 まずは洗って古い障子紙をきれいに洗い落として乾燥させて・・・。

 

 ご近所のおうどん屋でのお昼。

 

 少し変わったイメージのしっぽくうどん。寒いときにはこういうおうどんがおいしいと思う。これで400円。

 

 午後からは障子張り作業。我が家は「アイロン流」。

 

 アイロンを乗せるだけで障子紙が貼れるものを使っている。余った部分を切り取れば作業終了。あっという間に終わってしまう。

 

 これでさっぱりとお正月。実は左右の両端の二枚だけの張り替えである。少しばかり色が違うけれど、それは愛嬌というもの。

 

 今年に母が亡くなったもので、今年はお正月らしいお正月はしないことにした。ま、けいこばぁがお仕事・・ということもあるし。母がいなくなれば、お正月らしいことをしなくてもいいんじゃないか・・・みたいなことで。

 

 お飾りも普通のままで・・・。

 

 ご近所のお不動尊も迎春準備が整っている。今夜はここでおこもりがあるのだという。

 

 今日の掲示板はこれ。「年は唯 黙々として 行くのみぞ」という虚子の俳句。また、「年を以て巨人としたり歩み去る」がある。いずれも擬人化表現を用いて、去る年を表現しているのが特色といえるだろう。この句は、時の流れを暗い混沌としたものとしてとらえ、それを貫くようにして太々とした棒のごとき存在を意識しているのである。きわめて抽象的な認識であるにもかかわらず、説得力があるのは、虚子の自信に裏打ちされた一句であることによるのだろう。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


臨時増刊>私の2013年十大イベント特集

2013年12月31日 | 時にはぼぉっ~とする時

 昨年にならって、私のこの一年を振り返ってみた・・・。すると・・何もなかったような一年のような気がするが・・・さまざまなことがあった。

 そんな・・私の今年の十大イベントは・・・。

 ⑩ 島の家の冷蔵庫停止・給湯器故障・・・。

  

 さらに洗濯機の漏水と浄化槽の放流パイプ詰まり現象も発生・・・。

 

 給湯器は無料のものをサービスで頂いたのだが、これが実は「追い炊き」ができない代物だった。夏場にはいいが、冬場には不便だった。

 ⑨ 福武財団小豆島研修会

 

 福武財団からの研究助成を受けて、「イギリス士官レキ研究会」をやっているので、その成果発表会のために、11月の2日3日と、小豆島の福田地区に行ってきた。

 

 たくさんの研究の中では、まったく注目されない研究テーマだった・・・。

 ⑧滝本さんのルーツ探しで旧別子銅山遺跡へ旅行

 

 そこから、「東洋のマチュピチュ」と呼ばれる「東平(とうばる)遺跡へ・・。

 

 ⑦興正寺松別院で講演会や定例法座を行った。

 

 講演会では、「讃岐における二十四輩遺跡について」、定例法座では「法然上人絵伝に見る讃岐の風景」。どちらもパワーポイントを使ってのお話になった。

 

 ⑥安居と興正学会に参加して、論文発表

 

 ここでも、「讃岐に於ける親鸞聖人二十四輩遺跡」についての論文発表をした。

 

 奨励金と記念の略袈裟を頂いた。

 ⑤「しわく広島・島案内人養成講座」で、咸臨丸概要とレキの墓」についての講演を行った。

 

 これもパワーポイントを使っての1時間の講演だった。

 

 ④さぬき市観光協会の「おへんろつかさ」養成講座を受講

 

 計6回の講義・現地研修を経て、来月11日に閉講式で、受講修了証書がいただける予定。

 ③法然上人讃岐の足跡調査と、その研究報告書の作成

 

 法然上人の足跡もまた、讃岐の地に44ヶ所もあって、島から山からと歩き回ったものだった。

 

 これは仲南町(現まんのう町)の山奥にある「ガキマチの観音堂」。ここを探して山の中ヲさまよったものだった。

 

 こうして、この小差研究書がまとまった。

 ②屋久島・鹿児島旅行

 

 屋久島や洋上のアルプスとも云われるように洋上に二千メートルもの急峻な山があって、そこには雨が降り注いでいて原生林が残されていた。

 

 また、鹿児島では知覧特攻平和会館なども見学した。

 

 ①母の体調変化と入退院・そして死亡・葬儀

 

 お正月には元気であったのに、1月下旬に転倒して圧迫骨折により動けなくなり、2月には入院し、2月17日にお浄土へお帰りになった。

 

 この日、思わぬ大雪になってみんなは大慌てしたことだった。

 

 最後まで、みんなを困らせたり、驚かせたりしたことだった。

 そのほかにも・・・さまざまなことがあったのだけれど。おおざっぱにまとめると、こんなものだったのかと・・。

じゃぁ、また。


餅搗いて 今年の暦を 取り外す

2013年12月30日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は冬型の気圧配置となっているため、瀬戸内側を中心に雲が広がり、雨や雪の降っている所があったが、午後からは幾分か晴れてきた。気温は2度から10度、湿度は72%から51%。風は1mから3mの南西の風がときおり・・。多くは無風の穏やかな一日になった。明日の31日は、気圧の谷や寒気の影響で雲が広がりやすく、朝まで雨や雪の降る所がある見込みとか。

 

 風邪薬が効いたのか、喉の痛みが治まったし、プラモデル造りで肩こりがひどくなって唇に「口唇ヘルペス」ができていたのだけれど、それも治ってきた。

 

 今日はけいこばぁがお餅を搗くのだと張り切っているが、今年は二人だけの餅つきになるなぁと思っていたら、ひょっこりと末の弟、「たっくんが」やってきて、三人の餅つきになった。

 

 餅つきと言うても、最近はこういう餅つき器で簡単にお餅ができる。ただ、冷えないうちに丸めてお餅にしないといけないので三人は必要ということで・・・。

 

 ま、二時間ほどで、これが三重ね分になった。家族が少なくなると、これでも十分すぎるほど。今年は娘家族も忙しいらしくてやって来なかった。

 

 お餅ができあがると、三人でここに行った。さぬき市造田宮西にできた「さぬきうどん溜(たまり)」というプチ・セルフのおうどん店。少し前まではお醤油屋さんだったらしい。

 

 中は古民家カフェのようだが、これでもうどん屋さん。

 

 で、私が注文したのは、「溜うどん」という、とろろがたっぷりに巨大なピンポン玉のような梅干しにかつおぶしがたっぷり。この一玉分小で350円。これに特製だししょうゆをかけて食べるもの。

 

 今日は年末ともあって、家族連れのお客さんがいっぱい。ま、行列に並んでも10分もすればおうどんが食べられるほど回転は早い。

 

 昼からはささやかな迎春準備。母も居なくなったことだし、けいこばぁが31日にはお泊まり勤務ということもあって、おせち料理も作らないし、新年会も予定していないし。だから年始のお客さんも来ないはず・・・。

 

 ま、ささやかな「節目」の行事、気分転換・・・ということで。

 

 だから、大晦日の夜は私一人きり。明日は何をして遊ぼうか・・・。そうそう、今年の「十大ニュース」がまだできていない。明日こそ、私の「十大ニュース」をまとめねば。

 

 午後からはいい天気の年末になった。

 

 今日の掲示板はこれ。「人の世は あせらず あわてず あきらめず」というもの。ある小学校の先生が授業の中で生徒たちに教えているのは「あいさつ、あんぜん、あとかたづけ」。恩師からの大事な言葉だという「あらそわない、あなどらない、あせらない」。成功本のメッセージを要約すると「ありのまま、あせらない、あたえ続ける」。そして、いつの世も心に残る名言として、多くの人たちが胸に刻んでいる言葉は「あせらず、あわてず、あきらめず」である。やってもやっても思うような結果が出ないときは、気持ちばかりが焦るもの。焦ってしまうと「目先」のことばかり気になってしまう。目の前のことに取り組むのが悪いわけではないんだが、目先の事態に翻弄されて自分のペースが乱れることがまずいのである。そんな「三つの<あ>を探してみたらどうだろうか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。


冬晴れて 犬に散歩を 誘われる

2013年12月29日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は冬型の気圧配置となっているため、西部や瀬戸内側を中心に雲が広がり、雪や雨の降っている所があったらしい。気温は-1度から6度、湿度は68%から55%。風は1mから5mの西南西の風が・・・。明日の30日は、冬型の気圧配置は緩むらしいが、寒気の影響で雲が広がりやすい見込みとか。

 

 鹿児島の朝から喉が痛いなぁと思っていたが、どうにもこうにも喉のいがらっぽさが収まらない。これは風邪なんだろうか・・。熱もないし、咳もないし、鼻水も出ない。ただ、喉がいがらっぽいだけ。乾燥のせいだけでもなさそう・・・。

 

 これが、屋久島で作った、「サンド・クラフト体験教室」のキーホルダー。屋久杉をこすって磨いて・・・できあがった作品。名付けて・・「天の邪鬼の涙」。ま、こんなもんだ。

 

 旅行で集まった資料の整理にかかったのだが、大きさも綴じ方向もまるでバラバラなので、一応の整理まで。製本になるまでには当分、かかりそう。

 

 そうそう・・・23日の朝、屋久島に渡る前にコンビニで買ったあんぱんが、リュックのそこでぺっちゃんこになってセンベイのようになっていた。迷犬ごんに投げてやると、大喜びで食べていた。6日前のものだが、おいしく食べられた筈。夏だと、そうはいかんだろうけれど。

 

 「利津さんサンタ」から届いた写真集。私がブログにアップした写真の中から選んで、そこに私の俳句を入れ込んで印刷したもの。こうしてみると、プロの写真集かと思うばかり・・。

 

 なるほどねぇ・・・。

 

 にころこサンタさんからは、551蓬莱の豚まんとかシュウマイとか・・・宝くじ券とか・・・。さすが、こまやかなサンタさん。近畿宝くじはハズレだったけれど。

 

 豚まんとかは娘家族が持って帰ってしまった。誰でも欲しくなる蓬莱の豚まんだもの。

 

 こちらはシュウマイ。おいしくぺろりと食べてしまったらしい。

 

 こちらは、ギョウザ。家族四人で食べたらあっという間・・・。

 

 満足ななぎちゃんの笑顔でありました。ありがとう、にころこさん。

 

 けいこばぁは、親戚の方が亡くなった・・・というのでお葬式に出かけていった。私は近所の「まるたけうどん」で久々のさぬきうどん。

 

 これまた、お久しぶりの「肉うどん」・・・。まろやかな麺にホッとしたもの。

 

 言うちゃぁ、なんだが、やっぱり、我が家がいいし、食べ慣れたものが一番、おいしいと思う。それを言っちゃぁ、おしまいか・・・。

 

 でも、今回の旅ではいろんなことを教わったのも事実。屋久島にあるから「屋久杉」ではなくて、「屋久杉」という杉があるんだってこと。それは固くて油分が多くて年輪が詰まっていて腐らない・・・ってこと。これを実感しただけでも大収穫。

 

 それに、「隠れ念仏」と「知覧特攻隊」。やはり、「現地に行こう」・「現物にさわろう」を実感した旅であったのも、これまた事実。

 

 ということで、旅の疲れの休養と資料整理で終わったのんびりモードの一日になった。

 

 今日の掲示板はこれ。「あのときの あの苦しみも あのときの あの悲しみも みんな肥料になったんだなぁ 自分が自分なるための」というあいだみつをさんのことば。人生に無駄はないともいうし、あのことも、このことも、みんな自分のためであるとも言うし・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


久々に 旅の疲れは 暮れの松

2013年12月28日 | たまには旅など・・。

 さて、旅の最終日も、まだ薄暗い6時過ぎに起床して、7時半出発。今日は完全に移動日。

 

 鹿児島港から桜島へ渡る「桜島フェリー」に乗って、海上15分の船旅。

 

 この桜島フェリーは鹿児島市営らしい。運行時間は時間帯によって10分ごと、15分ごと30分ごとに出るらしい。まさに市民の足・・・という感じなんだろう。

 

 桜島につくとそのあたりを走ってみる。このあたりの民家には雨樋がない。降灰によって詰まってしまうかららしい。それとお墓に立派な屋根がついている。まるでお堂の中にお墓がある感じ。

 

 展望所に行ってみるが、時期的なものかシャッッターが閉まったまんま。ここを訪れる人がいないからだろうか。

 

 朝の錦江湾。そこから時間つぶしに「溶岩なぎさ公園」の足湯につかったり、ビジターセンターで火山についてのお勉強。

 

 道の駅・「火の島めぐみ館」で、桜島大根をけいこばぁへのお土産に買う。

 

 ビジターセンターの職員さんは、「収穫は一月からなので今の時期には販売はしていない」と言うたけれど、ここではいくらでも置いてあった。ここで朝昼兼用の食事をして、後は一目散に帰るばかり。

 

 このような溶岩を見ながら・・霧島を半周して国分に向かう。

 

 途中、奇妙なものを見つけて停車。ここが「国旗日の丸発祥の地」らしい。

 

 下黒旗の薩摩藩の旗と日の丸の旗が風になびいていた。

 

 噴煙をあげる桜島に分かれを告げて、国分から東九州自動車道に入り、隼人道路経由で九州自動車に入って帰路につく。10時過ぎのことだった。

 

 途中、宮原サービスエリアで、けいこばぁへのおみやげの「晩白柚:ばんぺいゆ」という巨大なみかんを買った。あとはトイレ休憩を挟みながら・・・関門橋を15時に通過、さぬき市に着いたのは20時前だった。夕食・入浴で、みんな早々に眠りについた。

 

 留守の間にはたくさんのプレゼントが届いていた。

 

 蓬生さん、しらとりさん、にころこさんほか、ありがとうございました。御礼は年明けにでも。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


みやげ手に 師走の街の 影法師

2013年12月27日 | たまには旅など・・。

 今日の鹿児島は、曇りのち雨・あられ・強風・晴れ・・・と忙しい一日。今日も朝の6時半起きで7時半出発。向かった先は・・・。

 

 南九州市にある「知覧特攻平和会館」。あんな山の中にあんな町があるとは・・・。古くから古代城跡もあったところとか。そこに軍部が目をつけて、山の中のシラス台地に滑走路を開き、航空隊を招致した。

 

 知覧・・・。映画とかでは見たことがあるのだけれど、こんな所に特攻基地があったのか・・・。映画に使われたゼロ戦・・・。

 

 これは「疾風:はやて」。館内には、遺影とか遺書とかが壁面にいっぱい掲げられていて・・・。

 

 涙ぐむご婦人たちがいるし、訳のわからない外国語ではしゃぐ人たちもいるし・・・、しげしげと見つめる若者もいるし、熱心に食い入るように読みふける人も居る。

 

 そのおとなりにある「知覧ミュージアム」を見学して・・・「かくれ念仏」にみんなは一様にびっくり。なんでお念仏が禁止されたのか・・みたいなことだし、そこまでしてお念仏しなければならなかった人たちのことを・・・。私たちは当たり前のようにお仏壇がある暮らしなのに、なんで山の中や岩の下や船の上でお念仏しなければならなかったのか・・・。

 

 私も教養課程ではお勉強したけれど、ここまで過酷な弾圧があったのかと・・・。

 

 その後・・・指宿市に移動して・・砂蒸し温泉に・・・。

 

 娘家族は砂蒸し風呂を楽しんで・・・。私は寒いのと、心臓が弱いので待機・・・。

 

 午後からも風が強くて。でも、天候は晴れ間も見えだしてきた。昼食は道の駅で簡単な食事で済ませて、鹿児島市内へ戻る・・・。

 

 15時前になって、興正寺鹿児島別院に到着。担当の方をお願いしたが、もう、お帰りになられた・・・とかで、とりあえず、本堂にお参りをさせていただいた。

 

 とにかく、不勉強で鹿児島別院の歴史とか由来とかは全く知らずにお邪魔してしまって、ご本尊様に申し訳なく思った次第。隠れ念仏とか隠れ釜とか盗人窟とか・・・。これまた、衝撃的なお勉強をしたことだった。

 

 その後、一行は宿舎近くの駐車場に車を預けて、路面電車に乗って「鹿児島中央駅」に向かった・・・。こういう乗り物に乗るのも初めての経験だった。香川には路面電車などなかったし、神戸でも路面電車は見かけたが乗ることはなかったものだったし・・・。

 

 で、着いたのがここ。「維新ふるさと館」。地下にあるシアターでは、ロボットの西郷隆盛とか勝海舟とか大久保利通とかが維新前夜のお話をしてくれるというもの。

 

 あと、篤姫とか西郷さんとかのコーナーがあったりする。そこで孫たちの歴史のお勉強をしたら、あとは自由時間。

 

 鹿児島中央駅の「おみやげ横町」でのお買い物。それぞれが、それぞれの義理お土産選びに没頭・・・・。

 

 久々の掲示板。「してあげたこと してもらったこと どっちが多い」というもの。振り返ってみれば、してもらったことばかり。自分からしてあげたということはほとんどないなぁと思った事だった。ま、私が生きている、生かされているということが、してあげたことの大きなものかなぁとは思ったことだった。

  

じゃぁ、また、明日、あえると良いね。


来てみれば ここにはここの 暮れがある

2013年12月26日 | たまには旅など・・。

 さすがにお疲れというか、飲み過ぎというか・・・目が覚めたのは7時半過ぎだった。頭は重いし、眼があかない・・。それだし、おなかもぽんぽん状態・・・。だから、起きてすぐにお風呂に入ったのだが・・・幾分か気分が悪い・・・。早めにお風呂を切り上げて、パソコンを持って端末機室へ移動してネットサーフィン・・・。

 

 で、9時過ぎにホテルをチェックアウトして、カフェでのモーニングサービスを食べる予定だったのだが、クリスマスケーキを作るのに疲れたのか、どこもが「臨時休業」・・・。行けども行けども・・・・「休業」・・・。

 

 ようやくに探しあてた、宮の浦地区にある「屋久島環境文化村センター」の中にある「カフェ」での朝食になった。朝食というても、11時過ぎから12時近い朝食だから朝昼兼用というか、昼食になったかもしれない。

 

 その後、そのセンター内にあるワークショップでの「屋久杉・三度クラフト工房体験」にチャレンジ。屋久杉の木っ端材を使っての、キーホルダーとかペンダント作成。

 

 ところが・・・、この「屋久杉」というのが固い・・・。思い通りには切れない、削れない、磨けない・・・。タイム・オーバーで持ち帰っての制作になった。

 

 350円で一時間ほどの暇つぶし・・・。みんな、真剣な一時間になった・・・。

 

 さて、フェリーに乗る頃になって大粒の雨が・・・。とにかく、ここは雨がよく降るところ。島のどこかで雨が降っているというような島らしい・・・。

 

 これが、鹿児島本港と屋久島宮の浦を結ぶ「屋久島2」という大型フェリー。とにかく、島へ物資を運ぶのが主な目的みたい・・・。観光客はおまけみたいなものか・・・。

 

 二等客室はこんなもの。ここで、寝ては起き、起きては寝て・・・約四時間。

 

 ところが・・結局の薬局で・・・18時過ぎに着岸。それから、ホテルの「チサン・イン・鹿児島」にチェックイン。荷物を置いて、そのまま・・・夕食に。みんな、お昼のトーストとコーヒーだけだったもので。

 

 とにかく、おなかが空いていたもので、近くにあった居酒屋の「わらわら」でのお食事。とにかく座って生ビールが欲しい・・・ということで。

 

 クリスマスが終わったら、即、迎春準備。忙しいことやねぇ・・・。

 

 なんだろうかねぇ。鹿児島の町にはこのような銅像があちらこちらに建っている。孫のはやてちゃんが「昔の人は小さいねぇ~」というてたが、確かに昔の人は小さかったらしい・・・。

 

 そのあたりをしばらく散歩して帰って来た。明日も早めに出かけるらしいので、今夜も短めの更新にしておく。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


師走背に 太古の森に 遊ぶ雲

2013年12月25日 | たまには旅など・・。

 さすがに6時起床が辛かった・・。身体が動かないのと、少しばかりミニ・イブ宴会が過ぎたのかも・・・。でも、7時半にはホテルを出発して宮の浦経由で「白谷雲水峡」を目指してくねくねと山道を走る。こうした森は高い山の頂付近にある。

 

 8時半過ぎにコースに入ったが、足が進まないというか、足が上がらない・・・。重い足取りで一歩一歩歩くしかない。

 

 ここは毎日どこかで雨が降っていて、雲霧が立ちこめているために、コケ類がびっしりと生えている。そこに露がたまっていて、まさに原生林、太古の森状態・・・。

 

 娘家族たちは二時間コースにチャレンジするが、私は30分コースでゆっくりとマイペースで歩いて行く。

 

 最初は小雨が降っていたが、たいした雨にもならずに雨具もいらずにすんだ。

 

 昨日の「屋久杉ランド」もここもだが、入園料とか入場料はいらない。ただ、トイレの処理費用という「協力金」というのが必要で、これがおとなで300円。自然環境を守るために、トイレの使用は厳格で、公衆トイレでも「協力金」を入れる募金箱のようなものを老いてある。

 

 この屋久島は世界遺産登録されて20周年とかいう看板を見た。そういうことで、島中が省エネ・省資源化が行われている。

 

 私は30分コースを2時間かけて歩いてきた。そのほうがじっくりと古代の森を体験できるような気がした。

 

 その間にも観光バスでやってきたらしい団体さんやグループがドンドンと私を追い越してゆく。外国人も多く見かけた。

 

 これが自生している「クワズイモ」。こういうものがそのあたり一面にひろがっている。

 

 それと、ツワブキの花と・・・。

 

 11時前になって、娘家族がもどってきた。食事は普通のレストランでの食事になった。もちろん、私は生ビール付きである。

 

 午後からは、町の歴史民俗資料館で島の歴史などをお勉強して、早めにホテルに戻った。今夜もゆっくりとして、明日のお昼過ぎに島を出て、鹿児島に泊まる予定。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


つわぶきの 黄色に虹の かかる島

2013年12月24日 | たまには旅など・・。

 さすがに、昨夜はバタンQ・・で、みんな、8時半には寝てしまった。前日の車中泊がこたえたようだし、今朝は6時起きで7時出発ということもあって・・・。

 

 で、今日は7時過ぎにホテルを出て・・「屋久杉ランド・トレッキング、180分コース」にチャレンジ。一般のお散歩コースだというので、のこのこと付いて行ったのだけれど・・・。それだし、「たかが杉林でしょ・・・」という気持ちもあったし・・・。

 

 ところが、車で1時間も山道を走って到着したのは高い山の頂上部に近いところ。そこから、最初は遊歩道が整備されていて、歩きやすくて、こういう杉の大木に「すごぉぉい」とか「これは圧倒されるあなぁ・・」と、わいわいと言うておったのだけれど。

 

 30分コースが過ぎたあたりから、アップダウンがきつくなり、けいこばぁが用意してくれた、トレッキング・シューズが鉛の靴になり、鉄下駄になってきて、足があがらなくなってきた。まさか、靴を脱いで歩くわけにもいかないし、ここでギブアップをするわけにもいかない。誰も助けには来てくれないのだから・・・。

 

 最初の30分ごろまでは、わぁわぁ・・というていたのだが、やがてのことには、古代杉にも慣れてきて、ただ、足下を見つめて歩くばかり・・・。行けども行けども・・・山道のアップダウンの連続・・・。意地悪をして、わざと山道を上下にしているのじゃないのかと思うばかり。このころには遊歩道はなくなって、木の根や岩伝いに歩くことに・・・。

 

 こういう遊歩道が出てきたら安心安心と思った瞬間・・・・。

 

 この仏陀杉の裏側で足を滑らせて転落・・・・。ま、幸いにけがもなく済んだけれど。ひやっとしたことだった。およそ、2時間半。11時前にはゴールして、おもわず、やれやれ。まさに「お化け屋敷」みたいなもので、最初は、「わわわ・・」「ぎゃぁぁぁ・・」というていたが、やがてにはうんざりしてきて、出口を出たら、「なんだ、こんなものか・・・」みたいな印象。

 

 その後、「屋久杉自然館」というところで休憩しながらお勉強。この屋久杉は年輪が詰まっていて、非常に固いそうで、何百年も腐らないのだそうだ。普通の杉とはまるで違う素材。

 

 だから、これを薄く割って、「平木:ひらぎ」にして、屋根を葺くと300年は腐らないというので、江戸時代には、多く切り倒され、これを平木にして背負って山出ししたそうだ。この平木2310枚で米一俵と交換されたそうだ。

 

 その自然館の近くにあった「杉の茶屋」というお店でお昼になった。思い思いにカレーライスとか日替わり定食とか注文したが、私はいつものおうどん。

 

 今日はよく歩いたもので、「うどん定食」をお願いした。750円だった。おむすび2個付きとおつけものなどがセットになっている。食べた瞬間に「あ、さぬきうどん・・・」と思った。さぬきの冷凍うどん「カトキチ麺業」のおうどんだなぁと思った。

 

 かまぼこと、アジ節入りのおうどんだった。こんなところで、さぬきうどんとは・・・と思ったことだった。

 

 帰りにスーパーに寄ったら、案の定、カトキチの冷凍うどんが売られていた。

 

 あと、千尋(せんぴろ)の滝や付近の観光をしながら、夕食の食材の買い出しをして、15時過ぎには宿舎の「屋久島グリーンホテル」に戻って来た。

 

 これがホテル前にある、ガジュマルとつわぶきの花。これらとクワズイモや、シダ類が印象的な島である。

 

じゃぁ、また、明日、あえると良いね。


来てみれば ここにはここの 冬がある

2013年12月23日 | たまには旅など・・。

 ご案内の通り、12月22日の夕方の17時にさぬき市の我が家を出発して、娘家族4人と私の珍道中が始まった。まずは、高松自動車道志度インターから高速に上がって、瀬戸中央道、山陽自動車道を経て、九州自動車道へ入る。天候は曇りから小雨・・・。

 

 途中、何カ所かでトイレ休憩や仮眠を繰り返して、12時間半後の、午前6時半に鹿児島港に着いた。まだまだ、あたりは真っ暗。ちょうど、冬至の、夜の一番永い日に、夕方から夜明けまでを走ってきたという訳だ。

 

 これが、乗り込む予定の「屋久島2」というフェリーボート。その向こうに霞んでいるのが桜島らしい。

 

 こういう船で、鹿児島本港から屋久島・宮の浦港まで4時間の船旅。さすがに車中泊は疲れたようで、みんなはすぐに眠ってしまった・・・。

 

 これが船から見た桜島。あいにくと天候が悪くてきれいな絵にはならなかった。朝食は簡単におにぎりとか菓子パンなんぞで済ませた。

 

 8時半に鹿児島港を出た船は、12時45分に屋久島に着いた。そこで、さっそくに昼食。近くにあった、「屋久島観光案内所」のレストランだった。

 

 私はさっそくに生ビールに海鮮定食。

 

 ま、驚くようなものはなかったが、トビウオの唐揚げが珍しかった。普段には気にもしないような海草があちらこちらに使われていて興味深かった。

 

 ここは「屋久杉」で有名らしくて、杉細工の木工製品のおみやげが目立つ。

 

 その後は、屋久島を一周してみた。3時間ほどの旅になっただろうか。

 

 ウミガメの上陸する砂浜とか、大小幾つかの滝とか・・。

 

 この滝、「大川」と書いて、「おおこ」と読むらしい。落差88mの滝は確かに迫力があった。

 

 そのほか、「ヤクシカ」とか「ヤクザル」という島固有の生物にも出会うことができた。

 

 ここは、絶海の孤島のようなところで、通信環境が悪く、携帯端末からはつながらないことが多く、この更新はホテルの設備を借りての通信だから、手短にしておかねばならない。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


冬戯れて 身動きもせぬ 達磨堂

2013年12月22日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は冬型の気圧配置となっており、太平洋側では概ね晴れているらしいが、瀬戸内側では雲の広がっている一日になった。気温は3度から8度、湿度は68%から62%。風は2mから4mの西北西の風。明日の23日は、気圧の谷の影響で雲が広がりやすい見込みだとか。

 

 朝方は快晴のいい天気であったのだが、昼前からは厚い雲が空を覆ってきた。今日は旅行日だというので、何も予定を入れていない。だからと云って何もしないという訳にもいかない。

 

 で、広島コミュニティセンターから依頼のあった「しわく広島・島案内人用ガイド・マニュアル」の作成・・・。A4版で40頁程度・・・と云うのだが、現在は30頁ほど。納期は2月20日だから、そう、急ぐものでもないが。

 

 で、今日からの予定の概要は・・・。今夜、夕食後、我が家を出て高速で九州・鹿児島に向かう。明日の朝、鹿児島市本港新町着。8時半に鹿児島を出て「やくしま2」で屋久島にお昼過ぎに到着。あとはゆっくりするらしい。

 

 24日には屋久杉ランド・トレッキング。25日には島内観光、体験施設見学など。26日には朝、ゆっくりとして、お昼過ぎに島を出て鹿児島へ。その夜は鹿児島市内で宴会の予定。27日には鹿児島市内観光。28日には鹿児島を出て帰宅・・・。

 

 29日からは我が家でごろごろ・・・の予定。特段の予定も入っていない。

 

 今日のお昼はここになった。東かがわ市引田にある「手打ちうどん宮川」というプチ・セルフのお店。「実演セルフ」・・・と書いてあるが、滅多に麺を打っている所を見たことがない。

 

 また、「一日一麺」「うどんは別腹」というのも讃岐ではよく云われていることば。

 

 で、今日のおうどんは、「すごもり」というおうどん。小で560円だったような。鳥の巣をイメージしているのだそうだ。

 

 でも、来週の鹿児島・屋久島周辺は曇りで雨も降るかも知れないという予報。気温はそうは寒くないような数字だけれど。ま、問題は24日の屋久杉ランド・トレッキング。その2時間ほどだけ。その日は曇りのち晴れ。あとは車で移動だから・・・。

 

  さて、荷物の最終チェックでもしておこうか・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「成長しようとしている人だけが壁を観じる」というもの。『神は乗り越えられる試練しか与えない!』ってドラマの『仁』の中にでてくる有名な言葉だが、自分からその壁に向かわない人にはそれなりの試練しかこない!というよりは必要ないのだろう。自分が一つでも二つでも一歩前に進みたい、大きくなりたい、高いところに行きたいと思うのであれば、人と同じ事をしていても決して辿り着くことは不可能で、そういう人にとっては壁も試練も必要になって来るというもの。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


思い出は 枯れ葉のように 奪われる

2013年12月21日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は冬型の気圧配置が続いていた。沿岸部では晴れている所もあったらしいが、山沿いを中心に雲が広がり、雨や雪の降っている所があった。気温は4度からは9度、湿度は72%から69%。風は4mから6mの西の風。今日も冷たい一日になった。明日の22日は、冬型の気圧配置は次第に緩むらしいが、寒気の影響で雲が広がりやすいということらしい。

 

 さて、昨日は16時40分の高速艇、「ニュービサン」に乗ったのだが、乗客のおじさんが云うとったが、「潜水艦」。窓の外は波しぶきで、まるで海の中を走っているようなものだった。この高速艇、人が乗っていようがいまいが、翌日の運行のために、丸亀港まで戻らないといけないのだそうだ。だから、右に左に、上に下に・・・風をよけて走る走る・・・。

 

 丸亀港には17時過ぎに到着。我が家には18時40分に帰宅した。やれやれの一日になった。すると、奥方のけいこばぁがいない・・・。電灯は付けっぱなし。食事の最中らしく、食べ物が散乱している。何ごとが起きたのかと思えば、私のいとこが緊急入院したので、お見舞いに行っていたのだとか・・・。人騒がせな一日になったことだった。

 

 さて、またも、本のお礼だと、お酒をいただいた。ありがたいことだ。お正月はこれでまた、楽しめそう・・・。

 

 さて、とある出版社から、「あなたの著作に興味があるので、『丸亀市の狛犬』を送って欲しいという連絡があった。それのお返事やら、その本ほかの冊子を三冊ほど送ることになった。

 

 また、日本離島センターからも同様の連絡と、さらなる資料の提供依頼があった。これは、もう、来年に回すことになった。

 

 ということで、今日も「まほろば工房」は大忙し・・・。

 

 ということで、今日のお昼はここになった。さぬき市志度にある「こがね製麺所・志度店」という、プチ・セルフのおうどん屋さん。本店は善通寺市にある。

 

 で、相変わらずの・・・「しっぽくうどん」。ここは白味噌仕立てでマイルドなおうどんになっているのが嬉しい。これで380円だった。

 

 ここも早くて、安くて、旨い・・・という三拍子揃ったお店。こういうのが気楽で気分がいいではないか。

 

 午後からは、「島案内人ガイド・マニュアル」の作成・・・。島のご婦人たちが行う、観光アテンダント用の「しわく広島完全ガイドマニュアル」・・・。つまりは、島観光用の案内台本みたいなものの作成作業。これも、お仕事、お仕事・・・。

 

 その後は、奥方と一緒に、明日からの旅行用の食材とか缶ビールの仕入れ。旅に出て、自販機で缶ビールを買うと高いし、必要な時に自販機がなかったりするもので・・。それとか、非常食用のパンとかお菓子とか・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「天気に良し悪しはありません 私にとっていい天気 仕事をするのにいい天気はありますが」というもの。 「今日はいい天気ですね」とか、「今日は悪い天気ですね・・」というのは、その人の気持ちの表現であって、晴れた日が「良い天気」「雨が悪い天気」ということにはならないのであって、雨を期待するお仕事の人だっている訳だ。雪を期待する職業の方もいるわけで、必ずしも「晴れた日」が良い天気だとは限らない。ただ、単に、「私が遊びに行くのに良い天気」「私が出勤するのに悪い天気」というだけの基準にすぎないってことだ。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


吹き荒れる 風にゆだねる すすきの穂

2013年12月20日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 丸亀地方は、気圧の谷や寒気の影響で雲が広がり、雨や雪になっている所があるらしい。気温は2度から6度、湿度は76%から68%。風は7mから6mの西北西の風が強い。明日の21日は、冬型の気圧配置になるため雲が広がりやすく、夕方にかけて雨や雪の降る所がある見込み。

 

 昨夜もなんだかんだで23時まで起きていたので、8時過ぎまでは寝る予定だったのだが、風の音で起こされた。この島の家は鉄骨造りの金物でできている家だから、金属のふれあう音がけっこう、強い。で、6時半には起こされてしまった。

 

 で、山の家に戻るつもりで、荷物をまとめ、空き缶や燃えるゴミなどを集積場に運んでいると、自治会長さんから・・「フェリーが出ないので、今日の会は中止になった」という連絡が・・・。「じぇじぇじぇ・・」である。仕方なく・・・家に戻って、パソコンを開いて時間つぶし。

 

 10時半過ぎに、丸亀市広島支所、広島コミュニティーセンターに向かった。「イギリス士官レキ研究会」はなくなったが、次回の日程の検討やら、今後のことの打ち合わせ、三月に予定されている「成果発表会」の日程とか内容の検討会、「島案内人用のガイド・マニュアルの作成」などという、打ち合わせを行うためだった。

 

 この日は「食生活改善」の調理講習会があって、お昼はそのお相伴にあずかった。

 

 こういう、しっぽくうどんに副食・ケーキ付きの豪華なお食事。申し訳ないが、おうどんだけをいただいた。どうにも、こんなには食べられない。

 

 こういうおうどんjだけでもおなかがいっぱいになった。で、食べて、早々にフェリー乗り場に行ったのだが、「12時45分は欠航ですよ」と言われたので、またも家に戻って、パソコンを開いて・・・島案内人用のガイド・マニュアルに使えそうな資料をパソコンの中から探して保管しなおしたりして・・・。

 

 空は明るくなったし、風も弱まったし・・・ということで、14時10分のフェリーに乗るべく港に行ったのだが、それもまた、欠航だという。次は16時45分の高速艇だという。その後は17時半だというが、それも確約はできないという。

 

 ま、今日中に帰らないといけないということもないので、心配はしないが、帰れるならば今日中には帰っておきたいもの。次の行程が待っている。

 

 次回の「レキ研究会」は、1月17日の午前中の予定。2月の20日までに、島案内人のガイド用マニュアル原稿を提出。3月の「成果発表会」には英国から、グラハム・トーマスさんを招いて、広島島民・丸亀市・坂出市・多度津町内外にも案内する予定。そのチラシも作成しなければ・・・。

 

 ということで、早くも来年の1月・2月・3月の予定が埋まってきている。

 

 こうして見る限り、このあたりは波も風もおだやかなのだけれど・・・。今後のことはわからないが、今日は早めにブログを更新しておく。

 

 今日の掲示板はこれ。「すべてを捨てる勇気には誰も勝てない」というもの。日本一の「夢」応援団長・福島正伸のことばで、書は風間宗拓先生の物という。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


水仙に 明日の予定を 聞いて見る

2013年12月19日 | 時にはぼぉっ~とする時

 丸亀市地方は気圧の谷の影響で瀬戸内側を中心に雲が広がり、雨の降っている所があった。気温は6度から12度、湿度は86%から72%。風は1mから5mの西北西の風が夕方から強くなってきた。明日の20日は、冬型の気圧配置が強まるため雲が広がり、昼過ぎまで雪や雨の降る所がある見込みらしい。

 

 9時に山の家を出て、10時半に丸亀着。11時10分に丸亀港発でしわく広島に帰る。

 

 そのわずかな時間に、丸亀魚市場構内にある、この「一打入魂:喰うかい」に寄った。セルフのお店だがプチセルフ。一般店となんら変わりはない。料金も後払いだし・・・。

 

 ここに来たらこれ。牛すじうどんの小で380円。あんまり固くもないし、アブラ濃くもない。牛肉がどっさりと入っていると思えばいい。

 

 で、一気に瀬戸内海クルージング。海上約15分で、しわく広島・江の浦港に着く。島は晴れて居て良い天気。江の浦港には11時半過ぎに着いた。

 

 おなかごなしに2時間ほど島を歩いてみた。相変わらず、人影はこの方一人・・・。

 

 人影の絶えた民家が目立つようになった。雨戸が閉じられたまま、門扉が閉じられたままの家。固く玄関を閉じた家もある。それでも庭木は元気に実をつけている。

 

 これは大根を細く切って煮たものを干してあるのだろうか。生のママを干してあるんだろうか、ともかく、大根を切って干してある。冬の風物詩である。

 

 江の浦集落にある「長尾山地福寺」という真言宗善通寺派のお寺。この日、住職さんは不在でいなかった。丸亀か善通寺かでご法務なのだろう・・・。

 

 島では早くも水仙がぽつぽつと咲き出している。高松で花水仙の開花が確認されたそうで、例年より7日早く、昨年より37日早い開花だとか・・・。

 

 明日が、明治元年12月20日、イギリス士官レイクさんの没後145周年という日になる。その日を記念しての研究会の例会なのだが、どういう趣向になることやら。今夜は、その前泊ということで帰って来たもの。

 

 夜になってから、西風が強くなってきて、ビュウービュウーという風のうなり声が聞こえるようになった。

 

 今日の掲示板はこれ。「一生を終えて後に残るのは、われわれが集めたものではなくて われわれが与えたものである」というもの。ジェラール・シャンドリ氏、たしか三浦綾子さんの『続・氷点』の中に、ジェラール・シャンドリの言葉として引用されていたが、さらに遡ると、フェデリコ・バルバロ著の『三分の黙想』(ドン・ボスコ社)1巻目「与えること」の最初に出てきている言葉なのである。

 

 「私がこの人生の喜劇で自分の役を最後までうまく演じたとは思わないか?この芝居がお気に召したのなら、どうか拍手喝采を」というアウグストゥスの臨終の言葉があるが、自分と人生を一緒に過ごした人たちに、行動であったり、言葉であったり、その人達の励みになるような事とものを、なんらかの形として残せたらいいなと思う、今日この頃である。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。


枯れ落ち葉 今日の想いを 締めくくる

2013年12月18日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は前線を伴った低気圧が九州の南を東に進んでいるため雨が降っており、山地では雪が降っているとのこと。気温は6度から最高でも7度どまり。湿度は85%から90%。風は1mから4mの北北東の風が。明日の19日は、大陸から高気圧が張り出し、瀬戸内側では寒気の影響で雲が広がりやすく、夕方からは雨の降る所があるらしい。

 

 ♪~雨が降ります 雨が降る・・・♪ ということで、今日は昨日の続きのガンプラ作業。昨日は胸の部分でつまずいて作業中止。今日は説明書を拡大コピーしての作業になった。

 

 で、どうにか胸の部分は組み上がった。最近のプラモデルは「パチ接合」で、接着剤を使わないでも組み立てが可能。組み立て図にも「パチン!」という字が入っている。その分、繊細な作業も必要になる。

 

 腰と足の部分も小さいので苦労したが、どうにか組み立て完了・・・。

 

 そこへ、けいこばぁが夜勤から戻ってきて、「どこかにおうどん、食べに行こう!!」というので、新装開店したばかり(12/15日開店)の「さぬきうどん溜(たまり)」に行くことにした。こうしてみれば普通の民家。さぬき市宮西、造田八幡宮の少し西。コンビニのすぐ東にあるお店・・・。

 

 民家改造のおうどん屋さん・・・。こうしたお座敷席もある。ここはセルフのお店で、昨日行った「笠堂や」さんの姉妹店みたい。今日は「笠堂や」の店長さんがお手伝いに来ていた。

 

 私はさっそくに「しっぽくうどんの小」をお願いした。ここも同じく350円だった。お味は似たようなものだが、麺が太いなぁと思った。だから、全体的に量が多いなぁと感じた。

 

 ここは元、お醤油屋さんだったという。ここは作業場らしく天井が高い。そこに洋風にテーブルを置いて落ち着いて食べられるようになっている。周りの黒い腰板のようなものは古い雨戸を横に並べている。大工さんのアイディアがすばらしいなぁと思った。

 

 これは衝立(ついたて)か屏風を飾りにしてあるが、こういうものがあるというのは老舗だったのかも知れない。そのほかにもいろいろと・・・。おうどんよりも建物が気になるお店だった。

 

 午後からは、総合的に、「機動戦士ガンダム・ユニコーン・デルタ・プラス」の組み立てになった。この、二頭身から三頭身モデルを「SDガンダム」というが、このモデルは「BB戦士」と呼ばれるもの。

 

 最終的には、こうして空中を飛ぶようなものになった。で、格納場所はここ。

 

 壁面にある、ガンプラコーナー。痴呆症予防・老化防止・・・という名目の・・・プラモデル作成。しかしのかかし、20年前、30年前のプラモデル作成とはすごく違うなぁと思った。さすが「バンダイ」。技術の進化はすごいなぁと思った。このプラモの金型を作るだけでもすごい技術だなぁと思った。その原型を作った技術者もすごいと思った。

 

 場面転換の一枚。これはガンダムには関係のない画像だが、気分転換にはなったのだけれど、こういうプラモデルは、目は疲れるし、指先は緊張するし・・・。相当に肩こりがひどくなったように思う。首筋も相当に緊張しているみたい。しばらくは、ガンプラ工作はお休みせねば・・・。

 

 ということで、今日も1日があっという間に過ぎていった。

 

 今日の掲示板はこれ。「一つひとつ ゆっくり 解決していこう 人生にはムダなことなんて一つもない」というもの。これは、二つの別な言葉なのかもしれない。右の「一つひとつ ゆっくり 解決していこう 」はそれなりに納得できる言葉。ものごとはそうして一つずつ、ゆっくりと解決していかねばならぬこと。左頁の「人生には無駄なことなんて一つもない」というのも別な言葉かも。でも、これはこれで、それなりの言葉になっている。誰のノートにあった言葉かはわからないが、それはそれで、いい言葉だと思った・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


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