肉体労働者の好物
家を建てる、その建築の途中、棟上の時にはヤマトゥ(倭の国)でも何らかのお祝いをすると思う。沖縄でもある。現代ではコンクリートの家が多いので、棟上のお祝いはスラブ打ちの時となる。大工さんたち工事に携わっている人々の他、親戚、友人知人らを呼んで、家の主が酒と料理を振る舞う。料理は、ヒージャー(山羊)丸ごと一匹。
山羊一匹をつぶし、バラ肉の一部と睾丸を刺身にし、残りの全て(内臓も含めて)は煮て、汁物にする。ヒージャージルと言う。山羊の大きさにもよるが、一匹でどんぶり4、50杯分のヒージャー汁ができる。それだけの量ができる大きな鍋が各家庭にあるわけではない。山羊を養っている農家などから借りる。その大きな鍋にはシンメーナービという名前がついている。シンメーは、沖縄語辞典には無いが、たぶん、シン(千)メー(名)という意味。ナービは鍋で、シンメーナービは「千名分の鍋」となる。千名はもちろん、大きいということを象徴して言ったもので、実際の容積は50リットル前後。
ヒージャーには目が無い、という人はいっぱいいて、ヒージャーの匂いを嗅ぎつけてやってくる。シンメーナービたっぷりのヒージャー汁は、ほとんど残らない。ヒージャーには目が無いという人には肉体労働者が多い。ヒージャーは滋養強壮の食物であり、夏、灼熱の太陽の下で肉体労働する人間には良い薬となるのだ。
私のヒージャー初体験は高校生の頃、親戚の家の棟上祝いだった。驚いた。まったく雲子そのものの匂いがする。「人間の食い物では無い!」とまで思った。が、その後、何度か口にする機会があり、二十歳を過ぎた頃には平気になった。いまだに「旨い!」とまでは思わないが、普通に、豚汁を食うような感覚で食べている。
初体験ではその臭さに閉口するが、2度、3度と試みるうちに、いつしかその臭さが癖となって好物になる。体に力を注入する必要のある肉体労働者の多くは、炎天下でもバテない体になるし、夜は女房に大サービスできるということで、大好物になってしまう。
最近は棟上の祝いにヒージャーを振舞うということも少なくなり、慣習通りに一匹つぶしても多く余ってしまうようだ。ヒージャー大好き人口は減りつつある。
ヒージャー
山羊のこと。山羊汁、山羊刺しとして食す。正統派の山羊汁は匂いがキツイので、訓練が必要だが、山羊刺しはくせも少なく、初めての人でも何とか喉は通る。
正統派と書いたのは、正統派でないものが最近は多いらしいから。じつは、数ヶ月前に安里駅の近くの山羊屋さんで山羊汁を食った。匂いが薄かった。観光客向けなのか、BSE対策なのか知らないが、中身を見ると内臓類が入ってなかった。旨さ半減だった。
山羊汁には山羊の肉の他、血圧上昇抑えにフーチバー(よもぎ)、またはサクナ(ボタンボウフウ)等が入っている。正統派の山羊汁は、表面にたっぷりと脂が浮いている。その脂が血圧を上げるらしい。その脂はまた凝固点が高く、山羊を食べているときは水を飲んではいけない。胃の中で脂が固まり、激しい腹痛を起こすそうだ。アルコールの混じった水分ならいいとのことで、ウチナーンチュは、たいてい泡盛水割りを飲んでいる。
記:ガジ丸 2004.10,1 →沖縄の飲食目次
参考文献
『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行