ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

セイタカヒイラギ

2011年05月06日 | 動物:魚貝類

 釣り人の最後の仕事

 15年ほど前のこと、知り合いの木工職人にボートに乗らないかと誘われた。彼は釣りが好きで、そのために小さなエンジン付きボートを所有していた。彼のボートの係留場所は、首里からだと車で15分ほど行ったところにある与那原湾にあった。
 春だったか、秋だったか季節は忘れたが、暑くなく寒くなく、陽射しの柔らかい、風も穏やかな気持ちの良い日であった。舟の揺れも緩やかで、このまま寝てしまうんではないかと思うくらいのんびりした海上のドライブを、2時間ばかり楽しんだ。
 帰る前に、「ちょっと待って、魚を貰って帰ろう。」と彼は言って、船着き場の近辺にいた何人かの釣り人たちに声を掛けた。どうやら、釣り人たちの多くは彼の知り合いらしかった。しばらくして、スーパーのビニール袋いっぱいの魚を持ってきた。「今日はこれしか無いらしい」と言い、袋の中を見せてくれた。魚は皆、同じ種類のようで、大きさ20cmばかりのカワハギに似た平たい魚。名前はユダヤガーラというらしい。5、60尾はありそうな中から、彼は30尾ばかりを私に分けた。

 その後、木工職人の木工所でちょっと飲んで、ちょっとユンタクして夜10時過ぎに帰る。30尾の魚は、とても一人では食えないので、自宅では無く、実家に向かう。その時間には、両親とも既に就寝中であった。台所に一人立つ。3時間、苦闘する。
 木工職人によると、ユダヤガーラは、海岸傍の砂泥の海底に住む魚で、内臓は臭いらしい。内臓を残したまま保管すると肉までが臭くなるらしい。砂泥の海底に住む魚でなくても、概ね魚の内臓は臭い。多くの魚は釣った後、なるべく早く内臓は除去した方が良いとされている。で、やった。いわゆる、魚を捌くという作業をやった。鱗、えら、内臓を取り除き、皮も剥ぐ。骨も取って開きにし、ラップで1枚1枚包んで冷凍庫に入れた。30尾全部終えた時は、夜中の1時を過ぎていた。
 捌いたユダヤガーラ、その日、6尾持って帰る。バターソテーですごく美味しく、ワインの肴にピッタシだった。次はフライに挑戦しようと思い翌週、実家を訪れ、冷凍庫を開けた。20尾以上は残っていたはずのユダヤガーラが影も形も無い。「煮魚にして美味しかったよ。父さんと二人で、二日間で全部食べたよ。」と、母親の話だった。

 それから数年後のこと、「休日にグルクン釣をしてきた。たくさん釣れた。社員みんなで分けてくれ」と、職場の社長から声がかかった。1人当たり5、6尾の割り当てはありそうだったが、皆は2、3尾、私は1尾だけを持って帰る。遠慮したわけでは無い。社長のグルクンは釣り上げたまま何の処理もされていなかった。捌く面倒を考えると、5、6尾なんてとんでもないのであった。妻帯者の同僚たちは「捌いていない魚を持って帰ったら、女房に嫌な顔をされるからたくさんは要らない。」とのことであった。

 別の釣好きな友人からたまに釣果をいただくことがある。彼はいつも内臓等を処理してから持ってくる。訊くと、「そういうものです。処理してからあげるのが釣り人の礼儀です。」と答えた。釣った魚は内臓処理するまでが趣味の釣り人の仕事である、ということなのだろう。偉いね。ちなみに、ユダヤガーラをくれた与那原の釣り人たちは、処理する前に我々が強引に頂いたもので、彼らに落ち度は無い。

 セイタカヒイラギ(背高鮗):食用魚 ※写真無し
 ヒイラギ科の硬骨魚 琉球列島、インド・西太平洋域に分布 方言名:ユダヤガーラ
 ヒイラギが広辞苑にあり「ヒイラギ科の海産の硬骨魚」とのこと。名前の由来は資料が無く不明。「ひいらぐ」という動詞は「ひりひり痛む。ずきずきする。」(広辞苑)という意味があり、ヒイラギの背鰭にある鋭い棘に刺さるとヒリヒリ痛むところから来ているのかもしれない。本種もその仲間、体高が高いのでセイタカ(背高)と付く。
 沖縄語でガーラは「アジ類のなかでも体高が高く、側線に楯鱗を備える魚の総称」(沖縄大百科事典)とのことで、カスミアジ、シマアジなどアジ科の類の他、ヒラアジ科の仲間のいくつかもガーラと呼ばれている。本種は体表面がぬるぬるしていて、ユダイ(よだれ)が付いているみたいなのでユダヤガーラと名がついている。
 全長は20センチほど。体は平たく、体高が高い。背鰭の棘はシマヒイラギに比べて短い。内湾浅所から河川汽水域に生息する。スーパーの鮮魚コーナーや魚屋さんで見ることは滅多に無いが、釣りの対象魚として人気があり、食べても美味しい。

 記:ガジ丸 2004.12.17 →沖縄の動物目次
 参考文献
 『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行
 『沖縄釣魚図鑑』新垣柴太郎・吉野哲夫著、新星図書出版発行
 『水族館動物図鑑』(財)海洋博覧会記念公園管理財団監修・発行
 『磯の生き物』屋比久壮実著・発行、アクアコーラル企画編集部編集