ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

イモガリガリ

2011年03月20日 | 沖縄の飲食:果物・菓子

 辛党の子供の大好物

 辛党という言葉は辛いもの(しょっぱいものも含む)が好きな人ということではなく、酒飲みという意味ではなかったかと不安になって、今、調べる。広辞苑。
 「辛党:酒好きの人。左党。」とある。やっぱり、であったか。甘いものの好きな人を甘党という。甘党の人はお茶を主にし、あまり酒を飲まない。で、甘党に対するものとして、酒好きな人のことを辛党というようになったのであろう、たぶん。
 辛党の人のことを別に、右党ともいう。それは、甘党の人を砂糖にかけて左党というのに対応したものである。・・・というのはガセ。今、テレビで『トリビアの泉』をやっている。そして、ついさっき、ちょうど緒川たまき(カワイイね)に「ウソつき」と言われてしまった。正しくは、辛党のことは右党では無く、左党という。右手には箸を持ち、左手にはいつも酒の入った猪口というわけであろう、たぶん。

 そういうことはさておいて、私は子供の頃から酒の肴となるような食い物が好きであった。刺身も幼稚園の頃からワサビをつけて食うのが好きであった。ジュースを飲み、チョコレートを食い、饅頭も、他の甘いお菓子(ケーキは苦手だった)も食いはしたが、どちらかというとポテトチップやらするめやらの塩味系のお菓子が好みであった。
 そんな中でも特に私が好きなお菓子があった。正式な名前は覚えていないが、我々(友人たちを含める)はイモガリガリと呼んでいた。イモ(サツマイモのこと。琉球から薩摩へ渡ったのにサツマイモって?)を薄くスライスして、油でカリカリに揚げたもの。ポテトチップと同じようなもの。そして、ポテトチップと同様に塩をふってある。この塩味がたまらないのだ。しょっぱい中にほんのり甘さがあって、すごく美味しい。
      
      
 私が子供の頃は、沖縄はまだ米国民政府(注1)の統治下にあった。日本国への復帰前ということだ。沖縄で一番偉い人は高等弁務官という肩書きのアメリカ人であり、他府県へ行くにはパスポートが必要であり、車は右側通行であり、使う通貨はドルであった。
  その頃の1ドルは円に交換すると360円。子供にとっては大金で、1ドル札を手にすることは日常には無く、普段は10セント玉、5セント玉、1セント玉などしかポケットにない。25セント玉になると大金の部類に入った。映画を観に行くときは25セント玉を貰えた。当時、映画の子供料金が25セントだった。コカコーラは10セント、菓子パン類は5セントで、駄菓子類は概ね1セントであった。
 そんな物価の頃、私の大好きなイモガリガリは、イモガリガリ屋さんにしかなく、店の中で揚げたものをその場で袋詰めして売っていた。小さな紙袋、1袋1セント。今でもイモガリガリはスーパーで袋入りが売られている。今の袋はその頃の量の5倍位はある。値段は200円位。塩をふったものであるなら、たまに買って食っている。美味しいので200円も惜しくは無い。今はしかし、塩では無く、砂糖をふったものが多い。これに200円を払う気はさらさら起きない。辛党の子供はオジサンになっても辛党なのである。 
      
 注1:米国民政府については「個人は友達、集団は敵」で詳しく。

 記:ガジ丸 2005.7.21 →沖縄の飲食目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行

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