ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

最北端の旅2012 伊是名伊平屋

2016年05月06日 | ガジ丸の旅日記

 1、序章

 鹿児島の友人Nは大学の同級生で、たびたび沖縄にやってくる。仕事で来て、ついでに遊んで帰る。彼の遊びは琉球弧の島々を巡ること、慶良間諸島、宮古諸島、八重山諸島など多くの島を既に訪れている。彼にとって未踏の地、伊平屋島伊是名島は私にとっても未踏の地、「いつか一緒に行くか」とかねてから計画していた。
 琉球列島は北東から南西へ連なっている。その内、沖縄県は沖縄諸島から八重山列島(与那国島含む)となっていて、人の住む島ではその南端は波照間島、西端は与那国島、東端は北大東島、そして、北端が伊平屋島。それら全ての端を制覇したいと以前から思っていて、2009年には最東端の大東島を旅し、2011年には最西端の与那国島、最南端の波照間島を旅した。ちなみに、与那国島、波照間島はそれぞれ日本国の最西端、最南端でもある。日本国の最北端である北海道稚内は2006年に訪れている。最北端の碑なるものも見ている。いつか、日本国の最東端も踏破したい。何処?・・・後で調べる。
     
 鹿児島のNと相談しつつ、沖縄県最北端の旅は2012年3月16日の午後に那覇を出て沖縄島北部の大宜味村で1泊し、7日最北端の伊平屋島へ渡り、散策して、夕方にはお隣の伊是名島へ渡り、そこで一泊し、18日の午後には帰る旅程となった。


 2、美女と一緒

 今回の旅には美女が一人加わった。福島の原発事故後、神奈川から沖縄に移住してきたM女。彼女は汚染瓦礫が全国に拡散されることに反対し、沖縄に汚染瓦礫が運ばれるのを阻止する運動をしている。その心意気に感動して、私は彼女の運動を少々手伝った。車の運転ができない彼女のために、運転手としてほんのちょっと手伝った。そして、沖縄の為に頑張っている彼女に「たまには休んで・・・」のつもりで旅に誘ったのであった。
 私に下心は少しもない。彼女は美人だが、沖縄に美人はたくさんいる。多少美人だからといって、私の下半身は動かない。私としては、「よう頑張っているなぁ、たまにはのんびり遊べば?」と頑張る娘を労わるオジサンの気分である。とはいえ、Nと2人のオッサン2人旅よりは、美人が加わる方が遥かに楽しい旅となるはず。

 16日の午後、家を出て、目的地とは逆方向の那覇に住む彼女を拾い、那覇のホテルに宿泊しているNを拾い、そして、美女と野獣2匹で北へ。先ずは大宜味村の無農薬有機農家Iさんの家。伊是名伊平屋は沖縄島の北部にある。そこへ渡る船は沖縄島北部にある運天港から出ている。というわけで、運天港に近いIさん家で1泊することにしたわけ。Iさん家にはそれ以前にも数回お世話になっている。楽しい1夜を過ごす。
 Iさんには他にも世話になっている。今回の伊平屋伊是名、どちらかで1泊する予定であったが、Iさんの友人の実家が伊是名で民宿を営んでいるとのことで、そこを紹介してもらっていた。人格者(と私は見ている)Iさんの紹介であれば大安心。
     


 伊平屋島編

 1、最北端まで

 17日、Iさん家で朝食を取り、9時過ぎに出る。伊是名と伊平屋、沖縄島からは伊是名の方が近いのだが、宿泊が伊是名ということもあり、先ずは伊平屋へ渡る。
 大宜味村のIさん家から古宇利島経由で運転港へ向かう。道に迷って出港時間ギリギリに着く。運天港発11時の船に乗り、伊平屋着12時20分。
     
 この日の宿泊地は伊是名島、夕方には伊是名島に近い野甫港に着いていなければならない。よって、伊平屋観光は4~5時間ほどしかない。レンタカーを借りる。
 先ずは、沖縄島最北端であるところの、伊平屋島最北端を目指し車を走らせ、その途中にある名所旧跡なども巡る。念頭平松という立派な松を見、クマヤ洞窟という「天の岩戸伝説」の1つになっている洞窟を見、そして、最北端の伊平屋灯台を見る。
     
     
     
     


 2、最北端から

 そこから伊平屋島の南にある野甫港へ向かい、伊平屋らしき風景の写真を撮りつつ車を走らせる。伊平屋らしき風景といえば田園。沖縄島に田園風景は少ないが、伊平屋は、沖縄県では石垣島に次ぐ米の産地であると事前に調べ、知っていた。数年前までアパートの隣人であったAさんは伊平屋の出身で、何度か米を頂いたことがある。
     
 道路にヤギの親子が散歩していた。20年ほど前まで付き合いのあった木工家のSさんは伊是名の出身で、「伊是名伊平屋はヒージャー(ヤギのこと)どころ、村民はみんなヒージャーが(食料として)好き」と聞いていたので、ヤギは多くいるだろうと予想していたが、その通りであった。同じくSさんから「伊是名伊平屋には野良ネコは少ない、いたら捕まえて食べるから」と聞いていたが、その通りネコは見なかった。
     
 途中、小さな茅葺の四阿(あずまや:四方の柱だけで、壁がなく、屋根を四方に葺きおろした小屋 By広辞苑)を見つける。見ると「神アシャギ」と名があり、県指定の有形民俗文化財であった。「神々が祝女(ノロ)に乗り移り、降臨する場」とのこと。
     
 午後4時過ぎ野甫港へ着く。レンタカーはここで乗り捨て。4時間4千円プラス乗り捨て代500円であった。伊是名に渡るチャーター船は1人2100円であった。
     
 なお、写真の説明文の多くは沖縄県企画部地域・離島課のサイトから抜粋したもの。


 3、データ:沖縄県企画部地域・離島課のサイトから抜粋

 伊平屋(いへや)島は、沖縄本島北部本部半島から北へ約41kmに位置し、沖縄県最北端の有人島です。北東から南西方向へ延びる島の約6割を標高200~300mの山地が占める細長い島です。歴史的には、琉球を統一した第一尚氏の発祥地であり、その先祖の屋蔵大主の墓があります。
     
 第一尚氏については少々興味があるが、屋蔵大主の墓には関心が向かなかったので写真を撮っていない。屋蔵大主の墓について県のサイトに詳しい記載があった。

 琉球の第一尚王統の祖先、屋蔵大主ゆかりの地
屋蔵大主(やぐらうふぬし)は琉球国王英祖(えいそ)の五男として生まれ、今から約600年前、現在の我喜屋集落の上 里に住んでいたと伝えられています。 二男二女をもうけ、長男は鮫川大主、次男は上里按司、長女は我喜屋親祝女(のろ)、次女は、我喜屋祝女に就任させました。その長男鮫川大主が第一尚氏の元祖。

 とのこと。
 さて、チャーター船は野甫港を4時半頃出て、伊是名の内花港まで15分の船旅。




 伊是名編

 1、ぶらぶら散歩

 チャーター船はほぼ予定通り5時前(5分10分の遅れは気にしない)には伊是名島内花港へ到着。民宿の人が迎えに行きましょうかというのを断って、そこからオジサン2人美女1人の3人は景色を眺めながらのんびり歩いて民宿へ、1時間ほどで着く。
 夕食は7時からというので観光案内地図を片手にそのまま1人で散歩。目指していた公園の入口が見つからずその近辺をブラブラして、民宿へ戻る。
     

 2、感じの良い民宿

 3人で食事する。ビールを飲み、泡盛を少し飲む。8時には食堂を出る。夕食はまあまあ満足の内容。部屋に入ってシャワーを浴び、ベランダに出て、一人でビールを飲み、夜空を眺めながら煙草を吸う。旅の夜を遊びに出ずに、10時には寝る。
     
 18日、6時半には起きる。6時50分頃、散歩に出ようとしたら食堂に朝食が準備されていたので食べる。同行のNが7時に下りてくる。先に食べ終わった私はNを残して散歩。港に向かってのんびり歩く。伊是名も伊平屋と並んで米どころ、前日にその田園風景の写真を撮っているが、この日は害虫防除の看板に出会う。稲作も簡単ではない。
     
     
     
 港まで行って、帰りの船の確認をして、ブラブラ歩いて8時前にはホテルへ戻る。H嬢がまだ食事中であった。歯磨きして、帰る準備をして、チェックアウトする。
 宿の人が、車で展望台まで送るというので甘える。H嬢と2人展望台で降りる。Nはその車でそのまま港まで送って貰い、レンタカー屋でバイクを借り、1人で島内を巡るとのこと。ということで、そこからH嬢と2人でのんびり歩く。
     


 3、伊是名観光

 展望台から名所旧跡である銘刈家、伊是名城跡、名所旧跡ではないと思うが私の趣味で造り酒屋などを回る。その途中、私にとっては嬉しい光景があった。昔沖縄は、通りすがる人が利用できるよう家の縁側にお茶とお菓子を置いたのだそうだ。伊是名島の民家にその古き良き習慣が残っていた。古き良き沖縄を感じて幸せな気分になった。
     
 後日、その習慣について確認しようと思って、いくつかのサイトを覗き、図書館へ行って本を読んだりした、私が覗いたサイトの1つ、沖縄県企画部地域・離島課に、「イヒャジューテー」とその習慣について説明があった。
     
 幸せな気分に浸ってなおも歩く。私と並んで歩いている美女H嬢はしかし、そういったことにはあまり感動しないみたいで、「だから何?」という顔で歩いている。ウチナーンチュとヤマトゥンチュの感性の違いかなぁと思って、以後、私は彼女に気を使うこと無く自分の思うままにあちらへ行き写真を撮り、こちらへ行き写真を撮りつつ歩いた。
     
 1時頃には港へ着く。昼食を摂るという2人を置いて、伊是名島というとこれ、という場所へ私は1人で出かけた。港の近くなので写真を撮るくらいの時間はある。
 「伊是名島というとこれ」というのは尚円王、琉球の歴史では有名な人、真面目に勉強してこなかった私でも知っている人、琉球王朝時代の初期の人、第二尚氏の始祖である尚円王金丸。その生誕の地が港の近くあったのだ。それを見に行った。
     
 尚円王生誕の地から港へ戻って、港で土産を少し買って、1時半少し前に乗船する。ここで伊平屋伊是名の旅はお終い。美女H嬢と関係が深まるということはなかったが、良い空気を吸い、良い雰囲気を感じ、楽しい旅となった。
     
     
     

 2時半には運天港に着いて、そのまま真っ直ぐ那覇空港へ、その日帰るというNを空港で降ろして、H嬢を家まで送って、家に帰って、のんびり飲んで、寝た。


 4、データ:沖縄県企画部地域・離島課のサイトから抜粋

 伊是名島は、沖縄本島北部の今帰仁村より北西約27km、東シナ海に浮かぶ、周囲約16kmの島です。島の南東から北西にかけて山々が連なり、南側の伊是名山一体は、天然の盆栽を思わせる美しい琉球松の群立した絶景の地です。
 伊是名島は、琉球王朝第二尚氏を開祖した尚円王の生まれ島としても名高く、今なお往時の歴史を伝える文化財や遺跡などが島内に数多く残されています。
     


 5、伊平屋伊是名で出会った動植物たち

 伊平屋伊是名は沖縄島北部(ヤンバル)に近く、植生もほとんど一緒なので、伊平屋伊是名で初めて出会った動植物は少ない。以下のアオサギ、オキナワコアオハナムグリ、ギーマも既に沖縄のどこかで出会ったものだが、アオサギはあんまり近くにいたから、オキナワコアオハナムグリとギーマはあんまりたくさんいたからという理由でここに紹介しておく。残りの4種の植物は、伊平屋伊是名で初めて出会った植物たち。

     

     

     

     

     

     

     

 記:2016.4.29 ガジ丸 →ガジ丸の旅日記目次

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