万に一つの不運
職業に暴の字が付くその男は、その夜たまたま機嫌が悪かった。すごく悪かった。
その日の夕方、弟分の一人がシートベルトごときで警官に止められた。その時、たまたまちょっと飲んでいて警官に反抗したものだから、挙動不審と見なされ、「降りなさい」となり、車の中を調べられた。車内から白い粉が見つかって、ひと騒ぎとなった。
その車は、男がたまたま弟分に貸してあった車だった。で、男も警察に呼ばれた。白い粉は、だいぶ前にダミーとして組に持たされたもので、中身は小麦粉か何かのはず。その一袋だけがたまたまシートの隙間にもぐりこんでいたもののようであった。
薬では無いことが判り、警察からは開放された。が、長い時間こってり絞られて、疲れた。時間は、夜9時を過ぎていた。家に着いたのは10時前。玄関に子供をおぶって、手に大きな荷物を持った女房が立っていた。女房は静かに言った。「今日が最後のチャンスって言ったでしょ。しばらく、実家に帰っているわ」・・・そして、出て行った。
その日は4つになる娘の誕生日だった。半年前に浮気がばれて、離婚騒ぎになって、謝り倒して、二度と浮気はしない、娘の誕生日に家族水入らずの時間を過ごし、娘と家族の将来を祝う、などと誓い、何とか許して貰うことになっていたのだった。
誰もいない部屋で、泡盛を飲む。「ちくしょう、何でこんなことになるんだ!」と口の中で叫ぶ。泡盛をがぶがぶ飲んで、ベッドに入って寝た。寝られなかった。やり場の無い怒りが込み上げてきた。外へ出た。半年前浮気した女のいる飲み屋へ向かった。
午前2時過ぎ、店に入ると女は奥の部屋にいた。傍に見知らぬオヤジがいて、女の手を握ったり、腰に手を回したり、時々頬擦りしたりしていた。男は頭に血が上った。
その夜、私は職場の仲間たちとの飲み会があり、二次会まで付き合わされる。その二次会はたまたま入ったスナックバー。そして、たまたま私の傍に19歳のカワイイ子が座った。私好みの女だったので、10分もすると仲良くなり、そういう店に似合う程度にイチャイチャするようになった。久々の柔肌に私は有頂天になっていた。
午前2時を過ぎた頃だった。ヤクザみたいな顔つきの男がフラフラとやってきて、私の目の前に立った。男は何やら私に向かって怒鳴っていた。何を言っているか判らない。
たまたまその日、数年ぶりに有頂天になっているオジサンは、たまたまその日、人生でもそう無いくらいに怒りに狂った男に、訳もわからず殴られた。晴天の霹靂だった。
"たまたま"という偶然が10位も重なって生まれた、万に一つの不運というやつが、どうやら私を襲ったようであった。人生にはこんなこともあるんだなぁと思った。
玄関のドアを開け、右足を外に一歩出す。玄関の内と外では15cmほどの段差があるので、いつもドカッっといった感じで右足を下ろす。
そうやって足を下ろすのは1日当たり平均2回、1回当たり約1秒。下ろした足裏の面積は約0.02㎡、ヤモリ1匹の行動面積は約60㎡。ということで、1日に、ヤモリがたまたま私の足の裏にいる確立は、約2億6千万分の1。"万が一"どころでは無い。2億6千万分の1の機会に出会うということは、ほとんど奇跡に近い出来事なのだ。
ある日、玄関のドアを開け、右足を外に一歩踏み下ろした時に、グチャっという音がした。足をどけて、見ると、子供のヤモリが平たくつぶれていた。何たる不運!!
私の場合は万に一つの不運だったが、子ヤモリは何と、約2億6千万分の1に遭遇したのだ。しかも、私の不運はちょっと痛かっただけだが、子ヤモリは、その幼い命までも失ってしまった。こんなことが世の中にはあるんだなぁと、私は思った。南無阿弥陀仏。
ホオグロヤモリ(頬黒守宮)
ヤモリ科 方言名:ヤールー
沖縄には数種類のヤモリ科の仲間がいるが、ヤマトゥのヤモリに比べると沖縄のヤモリは敏捷に動く。ハエ、カ、ガなどもすばやく捕らえるし、ゴキブリだって捕まえる。
ホオグロヤモリは家の中でよく見かけるヤモリ。私が奪った幼い命もこのヤモリ。家の中のどこからか聞こえてくるケッ、ケッ、ケッという鳴き声は、このヤモリの声。
私の家にも家守がいる。時々家出して、声も姿も見せないことがあるが、今は2匹。
外にいたヤモリ。体の模様を背景に合わせて変える。
沖縄ではお馴染みのヤモリの卵。どの種のヤモリかは不明。
記:ガジ丸 2004,9,27 →沖縄の動物目次
参考文献
『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
『沖縄昆虫野外観察図鑑』東清二編著、(有)沖縄出版発行
『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行