ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

カエルの音返し

2011年03月18日 | ガジ丸のお話

2月の終わり頃からポッカポカ陽気となった。
「春が来た」と虫たちも思ったに違いない。
それまで静かだった畑にも蝶が飛び、バッタが跳ね、カエルが鳴いた。
ところが、3月に入って急に寒くなり、冬に逆戻りしてしまった。

3月3日、世の中が「ひなまつりだー、ひしもちだー、おだんごだー」と騒いでいる中、
オジサンは一人畑へ出て、黙々と農作業を続ける。
今日は、オジサンにとっては6月の幸せのための仕込み、
6月の幸せとは枝豆、この日は枝豆のための整地作業。
土を耕すのは重労働だが、寒いのでちょうどいい運動。
重労働にはちょうどいい寒さだったけれど、
虫たちには寒すぎたようで、昨日まで飛んでいた蝶も、跳ねていたバッタも、
今日は姿を見せない。カエルの声も聞こえない。

3月4日、いよいよ枝豆の種を蒔く。蒔きながらオジサンは笑っている。
6月の幸せを想像して笑っている。
採りたての枝豆を茹でて、ホクホクの奴を食べて、「うまいー!」と言い、
冷えたビールを飲んで、プハーっと息を吐き、「しあわせー!」と言い、
「幸せをありがとう」と大地と太陽に感謝して、嬉しくて涙も出る。
そんなこと想像して、オジサンは笑っている。
 
種を蒔いたら水をかけて、今日の作業は終了。
種蒔きも水かけも軽作業なので、たいした運動にはならない。
それに、今日は昨日より寒い。
「寒いぜ、早く水かけて、早く帰ろ」と呟きながら水桶のある所へ行く。

水桶の中にバケツを入れようとしたら、そこに1匹のカエルがいた。
カエルはヒメアマガエル、小さいけれど、グエッ、グエッと煩く鳴くカエル。
カエルは水面に浮いたままピクリとも動かない。
バケツを入れて、水面を大きく揺らしてもピクリとも動かない。
「可哀そうに、あんまり寒くて凍えてしまったんだな。」
水の中に手を入れると水はとても冷たかった。
「冬眠するカエルが、こんな冷たい水では生きていけないよな。」
オジサンは「南無阿弥陀仏」と手を合わせた。
 
水かけの途中、足元の草むらでガサっと音がした。
「何者!」と思って、草を掻き分けると、そこにはバッタがいた。
バッタはタイワンツチイナゴ、とても大きくて、ジャンプ力の強いバッタ。
警戒心が強いので、普通は人が近付くと、すぐに跳んで逃げてしまう。
だけど、今目の前にいるタイワンツチイナゴはちっとも逃げない。
逃げないどころか、動かない。触角がピクピクしているので死んではいない。
「あんまり寒くて動けないんだな。ネコに食われないよう気をつけな。」
 
そりゃあ、数日前のあの陽気じゃあ、誰だって春が来たと思うさ。
虫たちもとんだ災難だ、とオジサンは思いつつ、
カエルもバッタもそのまま放ったらかして帰った。

3月5日、昨日までとは一転、ポッカポカ陽気となった。
オジサンは今日も畑に出て野良仕事。今日は草抜き作業。
朝は寒かったので、オジサンは昨日と同じ厚着の服装、
草抜き作業は軽作業だが、昼頃になると汗をかいてしまった。
着ていたトレーナーを脱いで、Tシャツ姿で作業を続ける。

草抜き作業を続けて、昨日バッタを見つけた草むらの辺りまで来た。
ポッカポカ陽気だ、「もしかしたら」と思って草を掻き分ける。
昨日のバッタは、昨日と同じ場所にいた。太陽の下に出してやる。
バッタは昨日よりずっと元気になっていた。
絶好調では無いらしく、ジャンプはしなかったが、のそのそと歩いた。
歩いて、草むらの中へ逃げていった。
「オメェ、せっかく温かい所に出してやったのに、バカだなぁ。」と思った。
バッタはきっと、寒さよりも、オジサンが怖かったのだろう。

バッタが逃げるのを見ながら、「おっ、もしかしたら」とオジサンはまた思った。
昨日カエルがいた水桶を見に行く。昨日のカエルはそのままだった。
手を伸ばした。するとカエルはピクっと動いた。
「おっ、生きカエルか?」と、外に出してやった。
カエルはしばらくそこでじっとしていたが、
「僕は生きている、助かったんだ。」と気付いたのか、
ぴょんと大きく飛び跳ねて、草の中へ消えていった。
 

それから数日後、雨の降る日の夜、8時を過ぎた頃、
バッハの静かな曲を聴きながら酒を飲んでいると、
窓際に座っているオジサンの、その窓をペタペタと叩く音がする。
曇りガラスの向こうに影が見える。猫ほどの大きさだ。
「雨に濡れて冷たいよー、中に入れてくれよー。」なんて、
その辺りの野良猫が甘えに来ているんだろうと思って、無視した。
ところが、もう一度、ペタペタと叩く音がして、
「野良猫なんかじゃねーよ。」と声が聞こえた。
うむ、確かに、その辺りの野良猫が人の言葉をしゃべるわけが無い。
「いったい何者?」と窓の外を覗く。
 
そこには大きなカエルがいた。
目が合った。カエルはウンウンと肯くようにして、
「ワシだ、ワシがしゃべっている。ちょっと開けてくれんか?」と言う。
優しそうな顔でも無いが、悪そうな顔でも無い。で、開けてやる。
「中には入らないよ、濡れているし、濡れているのは好きだし。」
「まぁ、入れよ、窓を開けていると雨が入る。今、タオルを持ってくる。」とオジサンは言って、タオルを取ってきて、窓の傍に敷いた。
「それじゃあまあ、お言葉に甘えて、ちょっと失礼する。」とカエルは言って、タオルの上にちょこんと座った。大きさは、その辺の野良猫より一回り大きい。

「先日は、仲間が大変世話になったようで、ありがとうございます。」
「仲間って」とオジサンはすぐに気付いた。「あの畑のアマガエルか?」
「そう、彼です。あのまま水の中にいたら死ぬところでした。」
「そうか、そりゃあ良かった。ところで、オメェ、何で人の言葉がしゃべれるんだ?」
「ワシは長く生きている。で、カエル界の代表であり、しゃべることもできる。」
「長く生きているって、どのくらい?」
「そう、はっきりは覚えていないが、少なくとも百年は生きている。」
「ひ、百年!そりゃあ大先輩だ、タメ口きいて、失礼しました。」
「いや、それはいいんだよ、アンタはもうワシの友人だ。ところで、これ。」とカエルは言って、手に持っていたビニール袋をオジサンに差し出した。
「何ですかこれ?」
「ほんのお礼だ。お口に合わないかもしれないが、どうぞ受取ってください。」
 
オジサンは袋の中を覗いた。中にはダンゴのようなものが3個入っていた。
「何ですかこれ?」と、オジサンはまた訊く。
「ボウフラのダンゴだ。ワシらにとっては大変な御馳走だ。人間の口にも合うよう味付けをしてある。レンジでチンして温めても美味しいと思う。」
たくさんのカエルたちが協力して、大量のボウフラを集めて、それを練ってダンゴにするまでたいそう手間がかかったらしいが、オジサンはキッパリ断る。
「せっかくですが、これは要りません。お気持ちだけありがたく頂きます。」
「えっ、美味しいぞ、一つはゴマ味、一つはピーナッツ味、もう一つは黄粉味だ。」
「例えチョコ味でもイチゴ味でも、ボウフラはボウフラです。口に合いません。」
「そうか、それならしょうがない。でもまあ、そういうこともあろうかと思って、別のプレゼントも用意してある。それを贈りましょう。」
「別のプレゼントって、食い物は要りませんよ。」
カエルはニコッと笑って、立ち上がって、そして、
「食い物じゃない、今日から1週間、毎晩、アンタに楽しいことが待っている。とだけ言っておこう。では、さらばじゃ。」と言った。言い終わるとすぐに、カエルは自分で窓を開けて、ピョンと飛び跳ねて、あっという間に夜の闇の中へ消え去った。

「楽しいこと」って何だろう?とオジサンはワクワクしながらベッドに入った。「毎晩、美女が夢の中に現れて、チューでもしてくれるのかなぁ?」とオジサンはドキドキしながら目を閉じた。それから数分後、もう夢の中へ入ろうかという時に、
グエッ、グエッ、グエッ、グエッという大合唱にオジサンは起こされた。
「何だ!何だ!何ごとだ!」と慌てふためくほどの大音量だった。音はすぐ傍、枕元の窓の方から聞こえる。窓を開けた。そこには何十匹ものヒメアマガエルたちがいた。
「あー、そうか、カエルの恩返しは、カエルの音返しということか。」とオジサンは気付いたが、もう後の祭り、一所懸命歌っているカエルたちを追い払う訳にもいかない。この後一週間、オジサンは寝不足の日々を送る羽目になったとさ。何てこった!
 
 おしまい。

 2011.3.18 ガジ丸 →ガジ丸のお話目次