ガジ丸が想う沖縄

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書けること

2011年03月18日 | ガジ丸通信-社会・生活

 「こんな時、何を書こう」と考えた。先週土曜日、同級生の告別式があった。彼は、離婚後一人暮らしとなって、孤独死だったそうだ。私も同じ一人暮らしなので、いろいろ感じることもあったのだが、「こんな時に書かなくてもいいか」と思う。

 先週金曜日、午前中畑仕事をする。トウモロコシの種を蒔く一角を耕して、除草し、堆肥を混ぜて、整地する。以上の作業に3時間ほどかかって、毎週金曜日に行っているガジ丸HPのアップは、いつもより遅れて、お昼過ぎからとなった。
 アップを終え、日常の近況メールや告別式などの連絡メールのやりとりも終え、午後3時、ネットのニュースを見る。「震度7」の文字が目に入る。地震に慣れない呑気なウチナーンチュでも、震度7には「ただ事ではないぞ」と直感する。
 家に帰ってテレビを観る。時間が経つにつれてこの地震の凄まじさ、被災地の惨状などが分かってくる。映画で見るような大津波が各地を襲っていた。

 弟夫婦、従妹家族、姪の家族が千葉に住んでいる。いずれの住まいも海の傍では無かったと思うが、念のため、弟に電話する。が、電話が通じない。従妹は「無事だ」というメールがあったと、彼女の姉から聞く。そうか、電話は通じなくてもメールはできるんだと解り、姪にメールする。「大丈夫です」返信がすぐにあった。
 テレビはずっと大地震に関する報道を続けている。『東日本大震災』という名前からも察することができるように、この地震は関東にも被害を及ぼしているようだ。で、埼玉に住む友人、東京に住む従兄、静岡に住む才色兼備にもメールした。多少の混乱、騒動はあったようだが、いずれも無事とのこと。従兄は40年近く東京に住んでいるが、そのメールには、「今まで経験したことのない大きな揺れだった」とあった。
 弟はメールをやらない。「今時、いくらオジサンでもメールくらいやらんかい!」と思いつつ、翌日の夕方、再び電話する。通じた。「みな大丈夫」とのこと。

 以上は、私の個人的付合いにおける心配だ。被害にあった多くの人々については、地震に襲われ、津波に襲われる中、運良く助かって、命からがら逃げて、避難所で生活しているのが我が身であると想像して、「何とか耐えてください」と祈る他ない。

  その後、東京に住む叔父一家や甥の無事を知り、私の、個人的付合いにおける心配は消えたが、私は別に、公的心配もしていた。「東北地方沿岸で震度7」のニュースを知った時に、「もしかしたら」と思っていたが、その後の報道で「やはり、あったか」となった原発。場所は東北のその辺りとおぼろげな記憶しかなかった原発。福島にあった。
 チェルノブイリの事故は、人的被爆の深刻甚大な大災害であったと覚えており、それほどではないが、スリーマイル島でも放射能拡散の災害が起こった。なので、福島の原発も大変気になっている。今朝のニュースを観ても、原発はなお危険な状態にあり、放射能拡散の可能性は残っているようだ。「何とか治まってくれ」と祈る他ない。

 「こんな時、何を書こう」と考えた。考えて、以上、いつもの日記風。
         

 記:2011.3.18 島乃ガジ丸

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