ユクレー屋を棲家としているケダマンは、当然、ほぼ毎日ユクレー屋にいて、ほぼ毎日酒を飲んでいるが、私は、住まいは村の中にあり、ユクレー屋へは、金土はほぼ欠かさず通っているが、その他の日はたまにしか顔を出さない。その他の日は概ね、思索に耽っており、ものを書いたりしている。文化マジムンなのだ。
日曜日はユクレー屋も休みだ。なので、昼間、村の中をブラブラした後は、夕方からは自宅で執筆活動となる。で、そうしていたら、珍しく、ケダマンが訪ねてきた。
「おや、珍しいね、何かあったの?」
「今朝、マナがオキナワに帰ったんだ。」
「知ってるよ。昨日聞いたし、今朝、見送りにも行ったよ。」
「でよ、マミナも忙しいらしいんだ。」
「そうだな、学校始まったしな。」
「でよ、明日から木曜まで、ユクレー屋の手伝いがいないんだ。」
「手伝いたって、昼間はウフオバーが見てるし、夜だけだろ?」
「夜だけなんだがな、まあ、俺一人でも大丈夫なんだがな、もう一人いると楽にできるし、楽しかろうと思ってよ。どうだい?」
「どうだいって、・・・あー、そういうことか。いいよ、手伝うよ。」
ということで、月曜日から私も夜のユクレー屋を手伝うことになった。しかし、それにしても、ケダマンの言い様はまどろっこしい。自分一人では心許無いと真っ直ぐ言えないのは、たぶん、人間だった頃の名残なんだろう。自尊心の欠片が残っているのだ。
ケダマンと二人、カウンターに立つ。私は中央から少し離れて、台所寄りに立つ。
「やっ、お前ずるいぞ。俺と立ち位置を代われよ。」(ケダ)
「ここには村の人もたまには来るんだ。勝さんや新さんや太郎さんだけじゃない。マジムンに慣れていない人もいるんだ。ネズミの私がまん前にいたら、びっくりするよ。その点、ケダマンは毛むくじゃらだけど、いちおう元人間だからね。大丈夫さ。」
「いやいや、兄貴、お言葉を返すようだが、世の中にはミッキーマウスという大人気者のネズミがいるんだ。お前はそれに負けないくらいの愛嬌があるぜ。」
なんて煽てられて、結果、二人代わりばんこにカウンターの中央と端を分担することにした。しかし、それは結局どうでもいいことであった。村の人は来るには来たが、少数であり、皆、テーブル席に着いたのだ。いつもならカウンターの客であるはずの二人がカウンターの中にいるので、カウンターに座る客がいない。我々は酒と料理を運ぶだけで、それも数は少なくて、しかも、村の人は皆、8時頃には帰っていった。
「あー、そうなのか、俺たち一人と一匹がいなければ、この店はウフオバー一人で十分やっていけるんだ。俺たちが余計者だったんだ。」と改めて気付いた。
カウンターに立っていて、ほとんど暇だったし、少しは店に貢献しようという気持ちもあって、翌火曜日にはモク魔王に声をかけて、来てもらった。久々の登場だが、このところずっと忙しいらしい。彼が忙しいということは、世界が不安定な状況にあるということだが、詳しくは不明。忙しいモク魔王は、1時間ほどいただけであった。
水曜日にはガジ丸を呼んだ。モク魔王が忙しいってことは、ガジ丸も当然忙しい。なので、ガジ丸もまた、少し飲んだだけで、さっさと帰ってしまった。
木曜日にはシバイサー博士に来てもらった。この人に忙しいということは無い。酔うと寝てしまうので、その巨体を家まで送り届けるのが大仕事となる。長くいて欲しいし、酔って寝られたら困るし、ジレンマだが、大仕事が嫌なので早く帰って貰った。
結局、月曜日から木曜日までの4日間、夜8時過ぎには一人の客もいない状態となってしまった。私とケダマンが客ならば、夜遅くまで開けててもいいのだが、私達が客じゃなければ、店は8時閉店でいいわけだ。うー、これもジレンマだ。
翌日の午後、マナが帰って来た。で、4日間のことを話すと、
「そうだね、では、君達のことをこう名付けよう。ジレンマン。どう?」
「焦れんマン、いつものんびりしていて焦らないって意味か、そりゃあいいな。」と、ケダマンはトンチンカンな反応。でも、よく考えると、ケダマンの焦れんマンは面白い。ジレンマは「相反する二つの事の板ばさみになって、どちらとも決めかねる状態」(広辞苑)のこと。そういう状態になっても焦らないというのは、マジムンの証明だ。
記:ゑんちゅ小僧 2008.9.12