5月の爽やかな気候が続いている、はずの週末の夕方、ユクレー屋の一帯は大雨になっていた。「なんだ、どーしたんだ、博士の機械が壊れたか?」と思って、雨の前で立ち止まる。ユクレー屋の天気はシバイサー博士が操作している。人家の無い山や森の近辺はしょちゅう雨が降っているが、人が普段生活している一帯は、冬場は週に1回、夏場は週に2、3回、田畑や、草木を潤すための雨が夜中の数時間に降っているだけで、それ以外の日、時間にはほとんど雨は降らないようになっている。
ということなので、傘なんてもちろん、私は持っていない。で、近くにあったクワズイモの大きな葉を一枚拝借して、それを傘代わりにし、ユクレー屋に向かう。
門の前で、私と同じようにクワズイモの大きな葉を傘代わりにして、向こうから歩いてくる人影が見えた。人影じゃなくてマジムン影だ。ガジ丸だった。
「おー、何でこの辺りだけ雨が降ってんだ。いや、そもそも、何でこの島にこんな時間に雨が降ってんだ?」と顔を合わすなり、ガジ丸が訊いてきた。
「俺に訊かれても分らないよ。それより、とにかく中へ入ろうよ。」
ドアを開けると、中はいつもの光景。カウンターの向こうにマナが立っていて、こちら側にケダマンが座っている。カウンターへ向かいながら、
「やー、ひでぇ雨だな。・・・なんてセリフ、この島では初じゃ無いのか?いったい、何がどーなってんだ?」とガジ丸が誰にとも無く訊く。
「温暖化の影響で、この島にも異常気象が来たってことさ。」と言うケダマンに、
「いや、この島の天気は博士の管轄だ。博士の機械が故障したか、博士が操作ミスをしたかだな。あるいは、もしかしたら、博士の気まぐれで、今年はこの島もオキナワ並に梅雨にしてやろうってことかもしれないな?」と私が応じていると、
「違うよ。私がそうするよう博士に頼んだのさ。」と、マナが真相を語ってくれた。
「ケダマンがさ、1年以上も体を洗っていないって言うから汚いと思ってさ、また、体は雨に打たれながら洗うって言うからさ、雨を降らせて貰ったのさ。」
「そうか、そういうことか。で、洗ったの?」と言って、私はケダマンを見る。
「まだだよ。こいつ、洗うのを面倒臭がっているんだよ。」とマナが答える。それと同時にガジ丸が立ち上がって、ケダマンの首の辺りの毛を掴んでドアに向かう。
「せっかくのマナの好意だぜ。ありがたく受け取ってやれ。」と言いながら、ドアを開けて、ケダマンを土砂降りの雨の中へ放り投げた。
ケダマンが消えて静かになったユクレー屋、雨のせいもあって、何だかしっとりとした雰囲気になった。普通の話ができる雰囲気ということだ。で、マナに、
「どうだい、オキナワの暮らしは?」と訊いてみた。
「うん、楽しいよ。近所の人とも知り合いができてさ、一緒にお茶飲みに行ったりしてるよ。このあいだはさ、ガジ丸が遊びに来てくれたよ。」
「へーえ、新婚生活にお邪魔したのか?ガジ丸が。」と、ガジ丸を見る。
「このあいだ、ユイ姉を送った帰りに寄ったんだ。お邪魔ってほどでも無いぞ。ちょっと寄って、酒を付き合っただけだ。・・・おー、そういえば思い出した。今日ここに早く来たのはよ、唄を歌うためだったんだ。」と言って、ギターを取り、歌った。
その唄、「雨が酒なら」と始まって何となく愉快、テンポは軽快で、メロディーも明るい。なのだが、歌詞には悲惨な感じのする箇所もある。歌い終わったガジ丸に、
「何て唄だい?負け犬の唄みたいにも聞こえるけど。」
「タイトルは『石ころの唄』、サブタイトルを『戦いに疲れたオジサンたちの唄』、あるいは、『負けっぱなしの人生でもさ』って言う。負け犬ってちゃあ負け犬だが、負けたっていいさ、のんびり生きていこうぜっていう負け犬達への応援歌だ。」
「何でまた、そんな唄作ったの?」とマナが訊く。
「このあいだ、ユイ姉を送ってからナハの街をちょっとブラブラしたんだ。そしたら、あちこちの公園に浮浪者風の人が多くいたんだ。ひと昔前から比べるとずいぶん増えていたんだな。ニホンも自由競争社会になって負け組みが増えたということだな。で、彼らを見ていたら、ちょっと励ましてやりたくなってな。この唄ができた。」
「でもさ、雨が酒ならってさ、何か飲兵衛の唄みたいでもあるね。」(マナ)
と、ここでドアが開いて、ケダマンが入ってきた。濡れた犬がその毛を乾かすように、入口で体をブルンブルンと数回揺らしてから、
「雨が酒ならって、何て夢のある言葉なんだ!」と目を輝かせながら、
「雨が酒なら、そりゃあもう、幸せになる人が多くいるぞ。」と続けた。
「いや、雨が酒なら、飲めない人は嫌だろうし、飲める人だって、酒に溺れてアル中になる人が多くなるよ。不幸になる人が増えると思うな。」(私)
「いやさ、いくら飲兵衛でも、毎度毎度の雨が酒じゃなくてもいいんだ。たまにでいいんだ。ある時はビール、ある時は泡盛、稀には大吟醸が降ったりするんだ。するとよ、今日は曇りのち雨、時々酒が降るでしょう、なんて天気予報になるぜ。」と言いながら、それを想像したのか、ケダマンはニタニタ笑いながら、口から大量の涎を滴らせた。
記:ゑんちゅ小僧 2008.5.23 →音楽(石ころの唄)