金曜日の夕方、ユイ姉が島に来ているというので、いつもより早めにユクレー屋に顔を出した。ユイ姉は若い頃、ユクレー島にいたことがある。もう25年ほども前の話だ。久しぶりの来島である。私も彼女と会うのは久々である。
ユイ姉は、カウンターにケダマンと並んで座っていた。彼女の隣に私は座って、
「今日着いたの?」と訊いた。
「うん、昨日、ジラースーの家に着いて、一晩泊めてもらって、今日、ジラースーの船に乗せてもらったさぁ。普通の方法ではジラースーの船以外、この島に来る方法は無いもんね。あとは、ガジ丸に連れて来て貰うって普通じゃない方法もあるけどね。」
「他にもあるよ。ケダマンの背中に乗るって方法が。」
「あー、そうなの。」とユイ姉はケダマンの方を向いた。
「おー、俺ならひとっ飛びだ。日帰りも可能だぜ。」
「そうなんだ。なら、もっと早く来れば良かったさぁ。」
「そういえば、一ヶ月くらい前にジラースーとマナの結婚を祝福するパーティーがあったんだよ。それは知らなかったの?」
「ううん、だいぶ前に、結婚することになったって、マナから電話があってさ、そのパーティーのことも聞かされて、招待もされたんだけどさ、手の離せない仕事や用事が重なってさ、残念ながら、パーティーには参加できなかったのさ。一ヶ月も遅れたけど、やっと、来ることができて、さっき、オメデトのハグをしたさぁ。」
我々がそんな話をしている間、マナはその中に参加しなかった。マナは台所にいる。ジラースーもそこにいる。このところ毎週金曜日はそうなっているが、今日もまたジラースーとマナは台所で仲良く料理をしている。仲良く料理というけれど、実際は、ジラースーが釣ってきた魚を持ってきて、そのおろし方、刺身の盛り付け方、また、煮魚や焼き魚などの料理法をマナに教えているみたいである。
外が薄暗くなった頃、ジラースーの料理教室もやっと終わったようで、料理が何皿か出され、マナはカウンターの中に立ち、ジラースーはカウンターの私達のところに来て、並んで座った。夫婦と認められてからはジラースーも前みたいに照れたりしない。仲良く料理している時も平然としているが、「マナ、ビールくれ。」と注文するときも堂々とマナの顔を見て、堂々と声をかける。ひょっとしたら、ジラースーは、同情から結婚したのでは無く、本気でマナのことが好きなのかもしれないと思ってしまう。
ジラースーはオキナワに住んでいる。たまには街にも出る。で、年に1、2回はユイ姉とも会っている。なので、我々よりもユイ姉とは親しい。その親しさから、娘ほども歳の離れたマナとの結婚について、ユイ姉はひどくからかったようだ。しかし、
「何かねぇ、あまりからかい甲斐が無いのよ、このオジサン。そのての話は苦手だったと思うんだけどね、性格が変わったみたいに、何言われても平然としてるのよ。」とのことであった。好きな女がいるというのが、男の自信となっているのかもしれない。
しばらくして、村の人たちも何人か飲みにやって来た。勝さん、新さん、太郎さんはユイ姉を知っている。賑やかに挨拶を交わす。我々も昔話に花を咲かす。そんな中、ジラースーとマナが見詰め合っている瞬間にたびたび気付く。ケダマンもそれを感じて、
「なっ、気色悪いだろ?」と囁く。確かに、恋する若者たちが見詰め合うほど美しくは無いが、しかし、私には気色悪いものとは感じられない。それなりに美しい。ただ、二人の間に漂っている桃色の空気が、少々熱さを感じて、ちょっと鬱陶しい。
「あんたたちねぇ、他人の恋路を邪魔するもんじゃないよー。気色悪いなんて言ったら駄目よー。マナは愛されているのさぁ。羨ましいさぁ、私は。」とユイ姉が囁く。どうやら、ユイ姉もジラースーが本気で恋しているのを感じているみたいだ。
隣に桃色の空気を感じながら2時間余り経った。星がちらほらと出だし、夜の暗さとなってからガジ丸がやってきた。ガジ丸はこれからだが、我々は既に熱い気分。
「あのさぁ、私の元亭主のクガ兄が作った唄にね、『夜はこれからだけど』ってのがあったよ。あっ、タイトルは『フロームホットボックス』だったな。歌い出しが『夜はこれからだけど』だ。それね、熱い気分に悩まされるって唄なんだ。」とユイ姉は言って、ピアノを弾いて、その唄を歌ってくれた。楽しい唄で、すぐに覚えられた。
ユイ姉がピアノを弾き、ガジ丸、ケダマン、私の3人で踊りながら歌った。唄は、「夜はこれからだけど」を繰り返していたが、我々の夜はこれからだった。その後、大いに盛り上がって、みんながいろんな唄を歌い。賑やかに夜は更けていった。
記:ゑんちゅ小僧 2008.5.2 →音楽(From Hot Box)