「寅次郎恋やつれ」 1974年 日本
監督 山田洋次
出演 渥美清 倍賞千恵子 吉永小百合 松村達雄 三崎千恵子
前田吟 太宰久雄 笠智衆 中村はやと 佐藤蛾次郎
高田敏江 小夜福子 宮口精二
ストーリー
香具師渡世の寅の夢は、カタギの職業について、気立ての良い女性を妻に迎えて、東京は葛飾・柴又で暮す、おいちゃん、おばちゃん、そして妹さくら夫婦を安心させることだった。
そんな夢が一度にかないそうな機会がやって来た。
温泉津というひなびた温泉町で、ひょっとしたキッカケから温泉旅館で働いていた寅は、夫が蒸発している働き者の絹代という人妻と所帯を持とう、と決心したのだった。
早速、柴又に帰った寅は、この縁談をまとめるべく、さくらと裏の工場の社長を引き連れて絹代に会いに行ったが、その絹代は寅の顔を見るなり、夫が戻って来たことを、嬉しそうに告げるのだった。
さくらに置き手紙を置いてまた旅に出る寅。
山陰にある城下町・津和野で、寅はなつかしい歌子と再会した。
二年前、寅の恋心を激しく燃え上らせた歌子は、小説家の父の反対を押し切って陶芸家の青年と結婚したのだが、その後、その夫が突然の病気で亡くなり、今は夫の実家のあるこの町で図書館勤めをしていた。
現在の彼女は不幸に違いないと思った寅は「困ったことがあったら、“とらや”を訪ねな」と言って別れた。
歌子が柴又を訪ねたのは、それから十数日後。
人生の再出発をする決意ができたと語る歌子は、暫くの間とらやの二階に住むことになった。
歌子にとって一番の気懸りは、喧嘩別れしたままの父・修吉のこと。
寅は早速、単身修吉を訪ね、歌子の代りに言いたい放題を言って帰って来た。
そのことを知って皆が蒼くなっているところへ修吉が現われ、歌子と二年ぶりの父娘の対面となった。
やがて、歌子は東京に帰って来たもう一つの目的である仕事について、博とさくらにも相談して、悩みぬいた結果、伊豆大島にある心身障害児の施設で働くことを決心した。
寸評
寅がひょっこり「とらや」に帰って来て、お絹さんと言う女性のことを話し「今夜重大発表がある」と告げる。
寅の話しぶりからしてどうやらその女性と所帯を持とうとしているらしい。
周りの者が早合点してオメデタ騒ぎとなるが、肝心の寅とお絹さんの間では何も話し合われていなかった。
結局は寅の一人合点なのだが、「とらや」の面々とのやり取りで先ずは笑わせる。
お絹さんとの一件は早々とカタがついてしまい、歌子の登場となる。
吉永小百合が歌子として二度目の登場である。
国民的女優としての立場を築きつつあった吉永小百合ではあるが、寅さんの相手としてはいかにも若い。
同じ役で二度目の登場とあって、結婚相手の夫は亡くなっているという設定だ。
亡き夫の実家で居ずらくなっている様子が描かれるが、くどい説明はなくそれとなく知らせる演出は上手い。
しかし同じ役で二度目の登場となると、観客は初回の9作目を見ていることが前提となるから「男はつらいよ」シリーズは多くの固定ファンに支えられたシリーズであることがうかがわれる。
寅が彼女のことを気に掛けながら「とらや」に帰ってくると、やがて歌子が訪ねてくるのはいつもの通りである。
傷心の彼女であるが、どうも若い吉永小百合には不幸が似合わない。
いつまでたっても明朗快活な吉永小百合なのである。
元気を取り戻した歌子はさくらの家に夕食を招待してもらうのだが、歌子との夕食を楽しみにしていた寅は歌子をさらわれてむくれてしまう。
寅がスネてさくらに不満の態度をとるシーンが愉快で、作中で僕が一番大笑いした場面だ。
渥美清は面白い。
歌子は結婚を反対された父親と疎遠である。
父娘が共に意地を張っているせいでもある。
さくらや寅がその仲を気に病んでなんとか元の鞘に収めようと腐心する。
特に寅が大作家の父親を訪ねて説教するのも愉快だ。
廊下が掃き清められていないことを指摘して、こんなんじゃいい作品が書けないと捨て台詞を残す。
寅さんのそんな努力が実り、父親は娘が厄介になっている「とらや」を訪ねてきて、父娘が久しぶりの対面を果たすことが出来るのだが、ここでの父親宮口精二の芝居が泣かせる。
お互いが歩み寄ることの難しさと、歩み寄る勇気の尊さを丁寧に描いていたので、歌子と父親が「とらや」で泣き崩れるシーンはこの作品屈指の名場面だった。
僕は父親の心情に触れた思いで大泣きしてしまった。
どうやら伊豆の大島に旅立つことになった歌子を寅が訪ね、打ち上げ花火を見る歌子の後姿に「浴衣が綺麗だね」とつぶやく。
ふられた女性にこんなロマンチックな言葉を投げかけたのはこの作品を置いて他にない。
吉永小百合の歌子はシリーズ中でも特別な存在だったのだろう。
歌子は大島の身障者施設に勤めることになるが、身障者問題は山田洋次にとって一つのテーマになっていたのかもしれない。
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